第4話 急なオフの過ごし方
「申し訳ないが、『格闘術』の訓練は3日後からにしてくれとのことです。」
当初は合わせて8日かかると見込んでいた『剣術』と『短剣術』の習得だが結果的には5日間で全員習得する事ができた。次は札幌支部長が立ち会って『格闘術』の習得予定なのだが、これは支部長の仕事の都合もあり3日前倒しにするわけにはいかず、当初予定通りのスケジュールで進めさせて欲しいとの事であった。
柚子缶としてはそれは構わないのだが、急に明日から3日間予定が空いてしまったわけでどうしようかという流れになる。
「せっかくだし札幌ダンジョンの探索する?」
「去年ユズキさん達がエルダートレントを討伐しちゃってるから、普通に探索しても動画映えしない気がするんだよね。」
「毒を出すタイプのトレントっていたよね? そっちを狩ってみるってのは?」
「ありかも。『毒耐性』を活かした攻略は殺生石ダンジョン(※)以来だし。」
(※第2章12話)
「ピコン! 閃いた! 雀荘に行って2人に麻雀を教えるってのは」
「却下。」
そんなわけで札幌ダンジョンの探索が決定する。さすがに今回は去年のような命懸けの戦いをする羽目にはならないだろうと思いたいユズキとカンナである。
翌日、朝から札幌ダンジョンの受付を訪ねる柚子缶の4人。スキル習得訓練の時は受付不要と言われて直接ダンジョン内に入っていたが、今日はダンジョンを攻略するのできちんと受付をする必要がある。
「結構並んでるね。」
「ここは人気ダンジョンだからね。」
札幌ダンジョンは札幌駅から徒歩数分、大通公園に入り口がありアクセスが良い。またモンスターは
初心者から上級者まで幅広い層の探索者に人気のダンジョンなのである。
さて、受付を済ませた柚子缶の4人。ダンジョンに入り少し進んだところで脇道に入った。慣れた手つきでカメラを取り出して撮影の準備をする。
「おい、何やってるんだ?」
声がした方を見ると、男性4人組のパーティが仁王立ちしていた。カンナは周りを見回すが、周囲にその4人と自分達以外に探索者はいないので、自分達に声をかけて来たということで間違いなさそうだ。
「何をしてるんだと言っている。」
通行の邪魔になるような場所ではないので、明らかに自分達に文句を言うために声を掛けたのだろう。
「見ればわかるでしょ? 撮影の準備だけど。」
パーティ同士のやりとりはリーダーが話すのが基本だ。リーダーであるユズキが一歩前に出て声をかけて来た男に答えた。
「誰の許可を得てそんな事してるんだ。」
「札幌支部から許可は貰ってるけど。」
厳密に言えば許可は得ていない。というより別にダンジョン内で撮影、配信する事は禁止されていないので誰かの許可など必要無い。しかしこんな風に絡んでくる奴らにそんな事を言っても仕方が無いと考えたユズキは咄嗟に嘘をついたのである。
「嘘を吐くな、協会がわざわざそんな事に許可を出す筈がないだろう。」
「だったらなんだっていうの? 別に誰かに迷惑をかけているわけじゃないでしょ。」
「いいや、迷惑だね。お前らみたいなチャラチャラした配信者が居るせいで俺たちのホームに他の探索者が集まってくるんだからな。そのせいで俺たちみたいな地元の探索者が碌にモンスターを狩れずに割りを食ってるんだ。」
知らんがな、とユズキは思う。テレビの隠れた名店紹介でもあるまいし自分たちの配信を見て「そうだ札幌ダンジョンに行こう」と思う探索者が果たしてどれだけ居るというのか。言い掛かり以外の何物でもない。
「それに、お前らを好きにさせてこのダンジョンのコアまで壊されたら堪らないからな。」
そう言ってニヤニヤとしている男達。ああ、そういうことか。彼らは柚子缶を認識した上で文句を言ってきているのだ。このまま話を続けていると何を要求されるか分かったものでも無い。
「分かったわ、じゃああなた達に免じてここでの探索は辞める事にする。」
「は?」
「だから、私達がここで探索するとあなた達に都合が悪いんでしょ? 別にここでの探索に拘る必要も無いから今日はもう帰るって言ってるの。行きましょう。」
ユズキに促され、武器とカメラを仕舞うカンナ達。さっさとその場を離れる事にする。
「おい、ちょっと!」
男が何か言いたそうに声を掛けてくるが、無視してダンジョンの出口に向かう。男達は悔しそうにその場に立ち尽くしていた。
「……ユズキちゃん、良かったの?」
「もともとここでの探索に拘ってたわけじゃ無いし、ケチが付いた状態で配信しても雰囲気悪くなるかなって。みんなごめんね、勝手に決めて。」
「ううん、私もイヤな気持ちになったから、そんな状態で探索したくなかったしユズキと同じ気持ちかな。」
「それにしてもイヤな奴らだったね! あれ、こっちが引き下がらなかったらどうするつもりだったんだろう。」
イヨはぷりぷりと怒っている。配信用の動画が撮れなくてお冠だ。
「イヨ、ごめんね。」
「ユズキさんは悪く無いけど、イライラが収まらーん!」
「あんな風に絡まれるなんて運が無いよね。特に私達を知ってて声をかけて来るなんて、あそこで引き下がらなかったら何要求するつもりだったんだか。お金かな?」
「多分だけど「変な事しない様に見張っててやる」とか言って私達に同行しようって目論んでたんじゃないかな?」
イヨが男達の目的を邪推する。
「え、あの態度で私達と同行? それは無いと思うけどなぁ。」
「ま、二度と会うことも無いような奴らでしょうし事故に遭ったと思って忘れましょ。」
「じゃあ今日の探索は切り上げって事で……どうする?」
「汗はかいてないけど戦闘服着てダンジョンに入っちゃったし、温泉とか行きたくない?」
「行きたい!」
「札幌って市内に温泉があるのよね。車で1時間弱かな。」
「そうと決まればさっさと行きましょう!」
イヤなことは忘れるに限る。さっさと気持ちを切り替えたユズキ達はダンジョンを出て温泉に向かった。
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「おい、全然ダメじゃねーか。」
「なんだよ、せっかく有名人と会えたってのに何も出来なかったじゃん。」
「何が「俺に任せておけば上手くヤレる」だよ。相手にもされなかったじゃねぇか。」
ダンジョンに残された男達。彼らの目的は概ねイヨの想像通りであった。というよりもそこからさらに一歩も二歩も下衆い事を想像していた。
「あーあ、せっかくのチャンスだったのにな。探索する気も失せちまったしもう帰ってススキノでも行こうぜ。」
「ばーか、そのススキノで楽しむ金を稼ぐためにここに来たんじゃねーか。」
「そうだったな。ちっ、リーダーが失敗しなければ柚子缶の稼ぎにあやかって大儲けした上に夜はタダでヤリ放題だったってのにな。」
万に一つも実現しなかった最低の妄想に想いを馳せつつ、男達はトレントを狩る。
リーダーと呼ばれた男のアプローチは最悪の一言に尽きるが、他の者なら柚子缶の4人が気を許したかと言えばそんなこともある筈は無い。どう転んでも同じ結末になっただろう。しかし彼らはそんな事は知らない。柚子缶の探索に相乗りして楽して大儲けできたハズ、そのまま彼女達と熱い一夜を過ごせたハズ。それが出来なかったのはリーダーの声の掛け方が悪かったからだと決めつけ、この日は一日中彼を責め続けた上、夜に風俗へ行く金まで出させた。
(畜生、馬鹿にしやがって……。)
リーダーはこんな事態に陥った原因をユズキ達のせいだと決めつけ、逆恨みの感情を募らせていた。
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「はぁー、生き返るぅ。」
「イヨさんの機嫌が直って良かった。」
「高原は単純だからね。多少機嫌が悪くても温泉でも行くか美味しいもの食べさせるかすれば直ぐにご機嫌だよ。」
「フユちゃん先輩、それは流石に酷く無い!? カンナさん、私はそんなに簡単な女じゃ無いからね!」
否定はしているが現に温泉で機嫌が直ってるんだよなぁこの人。そう思いつつ、「ソ、ソウダネ」と返しておくカンナ。変なことを言ってもう一度機嫌を損ねたら大変だと思った。
札幌ダンジョンから定山渓温泉までの道中、イヨはずっとご機嫌斜めだったのだ。確かにダンジョンで出会った男達はイヤな感じだっけど、ユズキが相手にせずにさっさと切り上げる方法をとってくれた事で実害は無かったし、今日の探索にそこまで執着のなかったカンナとマフユはすぐに気持ちの切り替えが出来た。しかし、イヨはそもそも予定が狂うことを嫌うタイプで、それが名前も知らない下品な男共のせいだとなればカンナ達ほどあっさりとはいかないのであった。
しかしそこで切り上げる事を決断したユズキに怒りをぶつけるのは筋違いであるとイヨも分かっているし、結果的には最良の選択をしたと理解している。だから怒りの矛先を先程の男達に向けて、心置きなく悪態をつく事でストレスを吐き出していたのである。
カンナ達もそんなイヨの心境が理解できるので、口を挟む事なく言わせたいだけ言わせておいた。
(でも包茎、短小、早漏、素人童貞と悪口のレパートリーが中学生なんだよなぁコイツ。カンナちゃんに「素人童貞」の意味を訊かれた私の身にもなって欲しい。)
マフユはこっそり、後で説教しておこうと決意していた。悪口は良いけど、もうちょっと言葉を選びなさいと。
そんな3人から少し離れて、ユズキは温泉に浸かっていた。カンナはユズキの表情が暗い事に気付いて声を掛ける。
「ユズキ、どうしたの? 具合悪い?」
「カンナ。ううん、別にどこか悪いわけじゃないの。」
「ユズキの判断は間違ってなかったと思うよ。温泉は気持ちいいし、イヨさんもご機嫌に戻ったし。」
「……ありがとう。うん、ちょっと考えてたんだけどね。私達って他のパーティから見ると「コアを壊した奴ら」って扱いなんだなーって。」
「ユズキさん、あんなヤツらの言った事を真に受けてるの!?」
「気にしなくて良いよ、難癖つけたかっただけだと思うし。」
「うーん、あんな人達に何か言われても気にしないんだけど……。でも直接責められたのって初めてだったから他の探索者の中にも同じように私達を厄介者だと思う人も居るのかなって考えてた。」
「ユズキさんは真面目すぎるね。企業に目をつけられるならともかく、個人探索者同士は基本的にライバルなんだから如何に商売敵のやる気を削ぎ落とすかって世界だよ? 他人の言葉なんて気にする事無いって。」
「うん、ありがとう。」
「イヨさんがサラッと言ったけど私達ってやっぱり企業に目をつけられてるのかな。」
「そりゃあ鎌倉ダンジョンを消失させたわけだし、そこで利益をあげていた企業からすれば憎き柚子缶、妖精譚、ついでにカマクラバクフじゃない? もう二度とあそこで稼げなくしちゃったわけだし。」
「そっか、そういう事になるのか……。」
「カンナちゃん、大丈夫だよ。そういう企業から守ってもらうために協会に恩を売ってるんだし。」
「そうそう、『広域化』の有用性に企業側が気付く頃には協会とズブズブになっておいて、何かあったら守ってもらうっていうのが今回のプランだからね。」
「私達はそれで良いけど、カマクラバクフの人達って大丈夫かな?」
「さあ……? そこまでは分かんないなぁ。」
「気になるなら話してみる? エリカとは連絡先を交換してるし。」
「フユちゃん先輩、いつの間に!?」
「ふふふ。じゃあ東京に帰ったら一度会ってみようか。」
「……うん! って勝手に決めちゃったけどユズキ、いいかな?」
「もちろん構わないわよ。企業側の動きも掴めるかもしれないし。」
今のところ企業側から柚子缶に何かして来たりがあるわけでは無いが、今後の事を考えると情報収集は必要だろうと結論付けたユズキ達。
話もひと段落したので、改めて温泉を楽しんだのであった。
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