第3話 訓練とユズキ先生の特別授業
訓練2日目も順調だった。朝から打ち込み稽古を始めた内の1人が、昼過ぎに遂に叫ぶ。
「き、来た! 本当に『剣術』スキルが使えるようになったぞ!」
他の者も彼の周りに集まりやったやったと盛り上がる。
「どんな感じだった?」
「初めてダンジョンに潜ってハズレスキルに覚醒した時と同じだ! まるでそれが使えるのが当たり前だったことを思い出すかのような感覚というか……ちょっと試させてくれ。」
彼はそういうと改めて剣を構える。そのまま剣を二、三度振ると嬉しそうに叫ぶ。
「やっぱり間違いない、『剣術』スキルを任意に発動出来る! さっきまでのスキルオンで剣を振った時の感覚をいつでも再現できるんだ!」
おおーっ! と感嘆する一同。本当に武器スキルを習得出来る。この事実は残りのメンバーに良い影響を与えた。彼らは俺も俺もと希望に満ちた顔で再び訓練に戻ったのである。
またスキルを覚えた者はまだ覚えていないものに積極的にアドバイスをする。それが次の習得者を生み出して……とても良い循環が産まれた。
「1人目、想像よりも大分早かったね。」
プレハブ小屋からその様子を見ていたカンナが呟く。
「やっぱりもともと探索者をやっているとある程度の武器の扱いの下地が出来ているって事なのかしらね。」
「あの人たちって武器スキルも魔法スキルも無しで何年も探索者やってたんだよね。」
「協会所属の探索者だからね、お仕事はあるのよ。」
「それなんだけど実は私、「協会所属の探索者」ってあまり聞いたこと無くて……教えてユズキ先生!」
パンっと手を合わせるカンナ。ユズキは仕方ないわねと言いつつ満更でもない表情でカンナに「協会所属の探索者」について説明をする。こうやって頼られるのは嫌いじゃない。
そしてそんなカンナとユズキの楽しそうな様子をマフユとイヨは微笑ましく眺めていた。
「まず探索者に必須と言われているものは当然スキルよね。ヒトは初めてダンジョンに降り立った時に何か1つ、スキルに覚醒するの。
この時に覚醒するスキルには一般的に見て当たりハズレがあるとされていて……まあ当たりハズレって言い方は私はあんまり好きじゃないんだけど、とりあえず一般論で話すわね。当たりとされるのは武器スキルや魔法スキル。あとは私やカンナみたいにユニークスキルも大当たり扱いね。まあユニークスキルは性能がピーキーだったりするから一概に大当たりとも言い切れないんだけど。」
カンナは頷いた。今でこそ『広域化』は壊れスキルだと分かっているが当初は何を広域化すれば良いか分からずちょっとだけ攻撃力が上がるスキルだと勘違いしていたのだ。運良くユズキと出会い、正しい使い方や他のスキルとのシナジーに気付くことが出来たがそうでなければ未だに渋谷ダンジョンでゴブリンを狩り続けていた可能性すらある。
「逆にハズレなのは耐性スキル……あとは身体強化も最初に覚えると強化が微妙すぎてハズレって言われてるわね。」
ユズキは少し言いにくそうにする。イヨは当初『毒耐性』しかスキルを持っておらずハズレスキル側だったためだ。そんなユズキに対して、イヨは気にしなくて良いよといった様子で手を振った。
「多くの探索者志望者が目指すのはやっぱり大企業への就職ね。固定給プラス探索成果による歩合制を取ってるところが多くて、活躍できれば20代で年収で数千万円稼ぐことも夢じゃないと言われているわ。ただ、大きい会社は入るための条件も厳しいし競争率も高い。大手になると募集要項に「当たりスキル」の所持を掲げている所もあるわね。だから当たりスキルが無いとスタートラインにすら立てないってことね。」
もちろん当たりスキルがあれば即大企業に入れるわけでも無く、足切りラインでしかない。だがここに歴とした「スキル格差」が産まれているのは事実である。
「さて、スキルで足切りされてしまった人やそうで無くても採用に至らなかった人はどうするか。私達みたいに個人探索者になるって道はあるわね。あとは中小企業に入るって手もあるけどこれは探索者の活動的には個人探索者のそれと大差無いわ、大企業が独占してる隙間を縫うように探索して成果をあげるわけだからね。これは収入としてはピンキリ……だけどサラリーマンぐらいの平均年収ぐらい稼げれば大成功と言われているわ。」
サラリーマンの平均年収を稼げれば大成功と言われる個人探索者業界において、柚子缶の4人は20代……カンナに至っては未成年で既に億万長者である。これは数々の幸運の上に成り立っている奇跡的な数字であり、個人探索者の中でも最も成功している例である。その下には今日の口に糊をするだけで精一杯な個人探索者が大勢存在しているという事だ。
「それとは少し別ルートっていうのかしらね、探索者協会に所属して探索者をするっていう道もあるの。」
「ここからが本題だね。」
カンナは背筋を伸ばす。
「まず協会所属の探索者の存在意義ね。さてカンナさん、ここで問題です。不人気なダンジョンをずーっと放置するとどうなるでしょう?」
「えっと、ダンジョンから外にモンスターが出てくる?」
「正解。
日本ではいま
定期的にモンスターを間引くことが出来ずに外にモンスターが溢れてしまう、それどころか溢れたモンスターにその地域が占領されてしまい人が住めない環境となってる場所はそれこそ世界中に存在した。そんな地域を放置すればモンスターの生息域は際限無く広がっていく。せめてこれ以上ダンジョンと化した地域が広がらない様に必死でその地のモンスターを狩り続けている場所はまだマシな方で、例えば南極などは継続的に人を送り込むことが困難で、既に大陸全体がモンスターの巣窟となっている。もはや南極大陸そのものがダンジョンになってしまっているといっても過言では無い状況だ。それ以外にもアマゾンの密林奥地や中国の秘境、エジプトの砂漠などではダンジョン化した地域は半世紀の時をかけて少しずつ広がってきている。ダンジョンが地上を侵蝕する速度は決して速くは無い。だけど何もしなければいずれ世界はダンジョンに飲み込まれる。それが100年後か200年後かは分からないが。
「人気のあるダンジョンは企業なり個人探索者なりが勝手にモンスターを
「つまりそういう仕事をするための協会所属の探索者って事だね。」
「ご明察。もちろんそんな割りの合わない場所だけじゃなくて、協会所有のプライベートダンジョンを攻略させて貰えたりそういう所のボスを倒させてもらえてスキルゲットのチャレンジが出来たりって飴はあるらしいけどね。
それでも大企業に比べたら儲けは少ないし、ボスに挑めるのは数年に1回とも聞くし……そんなわけでなりたがる人は少なくて常に人手不足。だから企業に入れない探索者志望の人が来るし協会も基本的にはウェルカムって事情があるのよ。」
「協会所属の探索者のお仕事は不人気ダンジョンのモンスターの討伐だけ?」
「他には救援要請が出て他の探索者が向かわない場合には所属探索者に打診するらしいわ。大抵は実力が足りないって言って辞退するらしいけど。」
そういえばカンナ達が鎌倉ダンジョンにて救援を出した時に来てくれたのも協会所属の探索者達だと言っていた。あの時はコアを破壊してダンジョン内の全てのモンスターが動きを止めていたから、当たりスキルが無くても安全と判断して来てくれたということか。
「……こういう聞き方するのも失礼かもなんだけど、やっぱり大企業所属の探索者より弱いの?」
「探索者としての強い弱いって結局のところ、所持スキルなのよね。だからそういう意味では「弱い」わよ。だって強いスキルを持っている人は大企業に行っちゃうか、個人で成功しちゃうから。ただ探索者としてやっていけないかと言えばそんな事は無くて、当たりスキルを持っていても大企業に入れなかったって人は普通に即戦力だし、耐性スキルだって不人気ダンジョンの間引きに限って言えば有用だったりするわけで協会はその辺り適材適所に配置できるわね。」
「でも武器スキルや魔法スキルが無いとモンスターと戦えなくない?」
「そんな事ないわよ。カンナだって最初の半年は、実質スキルの補助無しでゴブリンを狩り続けたじゃない? ある程度身体を鍛えてさえいれば、当たりスキルが無くても一層の雑魚モンスターを間引くくらいなら十分余裕持ってできるわ。例えばさっき『剣術』スキルを習得した人がいるわよね? あの人なんか見た感じ30代後半っぽいから、多分探索者歴20年近くになるんじゃないかしら。そういう人はスキルが無くても素の身体能力とこれまでの経験で探索者を続けてきた大ベテランって事になるわね。」
そう言って外を指すユズキ。そこには真剣に『剣術』の指導をするベテラン探索者の姿があった。
「じゃあ彼らは長年、協会の指示で不人気ダンジョンの間引きをやったり危険な禁止ダンジョンに行ったりしてるって事なんだね。そういう人から見ると私達みたいに好き勝手に行きたいダンジョンにいく個人探索者はよく思われてないのかな?」
「そこはもうスタンスの違いだとしか。彼らは協会に所属することで安定した収入は保障されつつ探索者を続けているわけで、私達は明日どうなるかも分からないって感じだからね。例えば彼らはローンが組めるけど私達は大抵の銀行に断られるし。」
「ローン組めないの?」
「個人探索者の社会的信用はフリーターと変わらないからね。クレジットカードは審査が緩い所なら通ることもあるけどって感じ。カンナもカード作るならお母様の扶養から抜ける前に家族カードを作っておいた方が良いわよ。私はかなり苦労したから。」
ローンだのカードだのの審査と言われてもピンとこないカンナだが、実感のこもったユズキのアドバイスにとりあえず頷いておいた。
「ちょっと話が逸れたけど、協会所属の探索者についての説明は大体こんな感じかしら。」
「うん、概ね理解できたと思う。ユズキ先生ありがとう!」
「どういたしまして。今日の授業の内容は期末テストに出ますからね。」
「ひえっ!」
軽く脅す様に告げるユズキに怖がって見せるカンナ。イヨはやっぱりてぇてぇなぁと訓練そっちのけでユズキとカンナを見守るのであった。
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その後、2日目のうちにさらに2人の探索者が『剣術』スキルを習得。翌日には残りの7人も無事に続くことができ、当初は『剣術』の習得に4日間を見込んでいたところなんと全員が予定を繰り上げることが出来た。
「このまま明日からは『短剣術』の習得に入って良いんですかね? それとも1日間を空けますか?」
「日出さんのコンディションに問題が無ければすぐに『短剣術』の習得に入って欲しいと支部長からは言われています。」
4日目の予定を訊ねたユズキに秘書が答えた。カンナは問題無いよと頷いたため、翌日はそのまま『短剣術』の習得に入る探索者達。『剣術』スキルを習得して勢いに乗っていた彼らは、なんと全員が2日間で『短剣術』スキルも習得できてしまった。
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