第2話 スキル習得訓練開始
翌日、朝からプレハブ小屋に向かう柚子缶の4人。訓練自体は10時から17時、間に1時間の休憩を挟むので1日6時間のスケジュールだ。
カンナはその間、10分おきに『剣術』の『広域化』をオンオフし続けるという仕事である。切り替えに対して秒単位での厳密さは求められていないが、かと言ってうっかり切り替え忘れるとお叱りを受けてしまうのである程度集中し続ける必要はある。そんな彼女のためか、プレハブ小屋内にはアラーム付きの時計が3つも準備されていた。
「全部10時から10分おきにアラームがセットしてある。」
「マメねえ。お気遣いに感謝はしておきましょうか。」
エアコンは無いとのことであったが、2つある窓を開ければ暑かったり空気がこもったりといった事はなさそうだった。
プレハブ小屋と聞いて庭先に置いてある物置の様なものを想像していたカンナだが、広いし中にはソファや仮眠スペース、簡易トイレまであったりと思ったよりしっかりしているなと感じた。念のため持って来た携帯トイレは使わずに済みそうだ。
「当たり前だけど、電気はひけてないんだね。照明が電池式のLEDなんだ。十分明るいけど2週間持つのかな?」
「乾電池の替えはたくさん用意してあるわよ。」
なるほど、よく考えられている。自分達のプライバシーを守るため尽力してくれたようだ。
「ダンジョンの中にこんなの建ててモンスターに壊されないのかな?」
「このフロアはトレントしか出ないから、ここら一体にエルダートレントの木材で作った柵で囲ったらしいわよ。そうすると通常種のトレントは近づかなくなるみたい。」
より強い種の縄張りと認識するのだろうか? 理屈は分からないがある程度の安全は確保できるとの事だ。ただしあまり広い範囲を囲うとその内側にトレントが出現してしまうので、この方法で作れる安全地帯の広さは教室2つ分くらいの広さが限度という事だった。
「とりあえず中を一通りチェックしたけど、カメラや盗聴器は無さそう。ネットで買ったこの発見器がちゃんと機能してれば、だけど。とりあえず毎朝チェックだけはしておこう。」
イヨがソファに腰掛けながら笑った。プレハブ小屋の事は昨日聞いたので、こういうパターンを想定して発見器を予め用意していたあたり、さすがの準備の良さだ。
「10時の訓練開始まで自由時間かな。あと30分くらいか。」
各々持ち込んだ本を読んだりパソコンを触ったりしていると外に人の気配を感じる。受講者の探索者達がやって来たようだった。昨日支部長と共にいた秘書が引率している。
探索者達はプレハブ小屋の方をチラリと一瞥はしたが特にこちらに来ようとはしない。彼らは一応「ダンジョンコアを利用してスキルを一時的に使える様にした装置が作られて、その試用に札幌支部が選出された」と言う名目で声を掛けられたらしいが、どこまで信じているかは分からない。一応このプレハブ小屋にその装置が設置してあり機密保持のため中に入らないようにと伝えてあるようだ。
彼らが輪になっているのは少し離れた広場なので、余程大声を張り上げなければこちらの声が彼らに届くことは無さそうだ。
「さて、そろそろ10時か。カンナ、準備はいい?」
「うん。もう全員に『剣術』を『広域化』してあるよ。」
無事に小屋の中から10人の探索者達に『広域化』を適用出来たようだ。
10時になると秘書の指示のもと全員が素振りを始める。すぐにおおっ! という驚きの声があがる。スキルの効果が出ているのを実感したのだろう。秘書の指示で素振りを続ける探索者達。
最初の10分が終了し、カンナがスキルを解除する。再び探索者達はざわついた。実際にスキルがオン、オフされる事で感じる身体の違和感に戸惑っているようだ。
「落ち着いて、今はスキルの効果が無くなっているので先ほどまでのスキルがあった時の身体の動かし方を思い出しながら素振りを続けてください。」
秘書に言われ、慌てて素振りを続ける10人。なるほどこれを繰り返すうちにスキルが習得できるのかと、勘のいい探索者から声があがる。
その後は『剣術』スキルのオンオフを切り替えながら素振りを続ける10人。スキルオフ時には互いに指摘し合うなど、雰囲気も良好であった。
…………。
「カンナ、魔力は大丈夫?」
開始から3時間。ここから1時間の休憩タイムという事で探索者達は一度ダンジョンを出て食事に向かったが、柚子缶の4人はプレハブ小屋の中で買って来たパンを頬張る。
「うん。10分おきだし、ただ『広域化』するだけならそんなに魔力も減らないし、夕方まで問題なく保ちそうだよ。」
「なら良かった。」
14時になり訓練再開。そのまま素振りを続けていると夕方には何人か手応えを掴み始めた者が出てきたようである。明日には打ち込み稽古に入って早い者なら2日目でスキルを習得しそうだ。
17時、気持ちよく汗を流した探索者達は成長の実感を伴っていることもあり笑顔で帰って行った。彼らを見送った秘書がプレハブ小屋に入ってくる。
「柚子缶の皆さん、お疲れ様でした。」
「お疲れ様です。今日はどうでしたか?」
「そうですね。お陰様で皆、高いモチベーションを維持したまま訓練にあたることが出来ました。柚子缶の皆様から見てどうだったでしょう?」
窓の一つを指して秘書が訪ねる。この窓のみ内側からは外が見えるが、外からは中が見えないようになっており、柚子缶の4人はここから訓練の様子を覗っていたのだ。
「良かったと思います。特にスキルの効果がない時にお互いに声をかけ合っているなんてのは私達が習得した時もやってなかったですし。」
「そうですか。確かに動きが良くなっているのは分かりますし、本人達もそれがモチベーションになっていますがこれで本当に武器スキルを習得出来るのかについては私も含めてまだ半信半疑なところがあります。
誰か1人が実際にスキル習得できれば周りの者もやる気が続きそうですが。」
「それであれば、何人かは明日にでも習得できそうでしたよ。」
「ああわかる。あのリーダーっぽいガタイのいいオジさんとか。」
「あとはポニーテールのお姉さんもいい感じだった。」
「私はメガネの彼が筋が良いと思ったけどな。成長率って意味では彼はピカイチじゃない?」
カンナ、マフユ、イヨはそれぞれイチオシのメンバーを挙げる。
「ほ、他の人も朝と比較すれば明確にフォームが綺麗になってましたし、早い遅いはあれど4日以内に全員スキルを覚えられそうです!」
それ以外の7人が劣っているわけではないとユズキは慌ててフォローする。
そんな様子をみて秘書は微笑んだ。
「分かりました。支部長にはそのように報告しておきますね。明日からも引き続き、よろしくお願いします。」
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夜、ホテルに戻って来た柚子缶のメンバー。ファミリー用の部屋を札幌支部が用意してくれたので朝から晩までみんな一緒である。仲が悪かったら地獄の環境だが、この4人には無用の心配であった。
「それはそれとしてあと11日、ずっとあの場に篭ってるのはさすがに暇を持て余すわねー。」
うーんと伸びをしながらイヨが漏らす。最初は持ち込んだパソコンで柚子缶の切り抜き動画を作っていたのだが、後半は飽きて隣に座るマフユにちょっかいをかけていた。
「確かに7時間拘束は長いよね。まあ3000億円で雇われてると思えば文句は言えないけど。」
マフユが仕方ないと言った様子で返す。そう、今回のスキル習得は鎌倉ダンジョンのコアを破格値で買い取ってもらった交換条件のようなものであるので、ある意味日給250億円の仕事とも言えるのであった。
「そういえばそんな背景あったね、忘れてたよ。」
「カンナちゃんとユズキちゃんはまるで自分の借金のことのように悩んでくれたと言うのにお前は……。」
「いやいや、私だってあの時は真剣に考えたんだからね!? そもそも返済プランを考えたのは私でしょうよ? ただちょっと喉元すぎて熱さを忘れてただけで……ごにょごにょ。」
イヨは必死で言い訳するが、後半は声が小さくなっていく。そんな様子を見て笑いながらカンナが提案した。
「今日の感じだと私1人でも問題無く対応できそうだし、3人は昼間別のことしててもいいよ? いっそみんなで札幌ダンジョンの探索とかしてきたら?」
「そんなこと言わないで、探索はカンナちゃんも一緒にみんなで行こうよ。……別に何がしたいってわけでもないんだよね、ただ暇を持て余してるだけで。」
「まあ、今回は大人しく時間を浪費しましょ。読書とか勉強とか、そういう事に時間を使うって事で。」
「せっかく4人いるし、麻雀でもして時間潰す?」
「お前はバカか。あんなところでジャラジャラ音鳴らしてたら流石に訓練してる人たちも何やってるんだって思うよ。」
「フユちゃん先輩、私もそこはさすがに雀牌じゃなくて携帯ゲーム機を4人分持ち込んでかなって思ってたんだけど!?」
外では武器スキルを習得しようとする10人が居て、プレハブの中で麻雀を打つ柚子缶……あまりにシュール光景を想像してユズキは笑ってしまった。
「私は麻雀やったこと無いんだよね。カンナは?」
「ドンジャラなら。」
まだミサキやトモと家族ぐるみの付き合いがあった頃の話だ。ミサキの家に集まり、わちゃわちゃと夜遅くまでドンジャラをやったのは良い思い出である。
「妖精譚は月1くらいで徹夜で麻雀やってたんだよ。」
「そんなに!?」
「月末にミーティングっていって一月の活動を振り返りつつ、翌月の予定を立てるの。それが昼から夕方までかな、そのあと定番の飲み屋に行って打ち上げしてからハルヒさんとアキちゃんの家に行って宅飲みするんだけど、夜10時くらいになると机片付けて麻雀始めるんだ。」
「あれ、もともとハルちゃんとナッちゃんが所属してたパーティでの定番だったらしいんだけど、せっかくメンツが揃ってるし頭の体操にもなるからやろうやーってハルちゃんが言い出したんだよね。」
ハルヒとナツキは以前男女混合パーティに所属していたと言っていたので、そこで麻雀を覚えてきたということらしい。
「でも高原、柚子缶は4人丁度だからメンツは足りるけどオヤツ係が居なくなっちゃう。」
「あー、そっかぁ……。それは辛いなぁ。」
「オヤツ係?」
「うん。半荘……1ゲームが終わって最下位だった人が抜けて、罰ゲームとして簡単なおつまみを作るの。それで残った3人と1人が次のゲームをやりながらそれを食べるの。勝ち続けると太っちゃうっていうジレンマもあって盛り上がるんだ。」
「フユちゃん先輩、負けが込んだ時に夜中に砂糖とたっぷりまぶしたドーナツを揚げたりしたからね。なんの嫌がらせだよって思ったけど美味しいんだこれが。」
「楽しそう!」
「東京に帰ったらみんなでやろうよ。打ち方、教えてあげる。」
「うん、楽しみにしてる!」
カンナとユズキに麻雀を教える約束をしながら言外に「札幌遠征中に麻雀はやらないからな」とイヨに告げるマフユ。イヨは苦笑いしつつ了承した。
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