第1話 札幌支部にこんにちは
3月も中旬。カンナの学校が春休みに入るタイミングで柚子缶は札幌支部長との約束――『広域化』を使った訓練で協会所属の探索者に武器スキルを習得させる――を果たすため、2週間の北海道遠征に向かうこととなった。
遠征先が陸続きの場合はマイカーに荷物を乗せて移動だが、北海道の場合はそうはいかない。武器が入ったケースは事前に渋谷支部に預けて札幌支部に送って貰い、戦闘服は着替えと共にスーツケースに押し込み空港に持って行く。
「2週間分の着替えは入らないね。去年は夏服だったからなんとかなったんだけど。この時期の北海道はまだ冬服だし服が嵩張り過ぎるなあ。」
「カンナは服を入れすぎよ。ちょっと着回しコーデを勉強したらいいわよ。」
はい、とファンション誌をカンナに手渡すユズキ。
「明日からの遠征の準備をしていたところで、いま攻略本を渡されてなんとかなるかね?」
「1週間分の服を組み合わせを考えてそれを2回転させれば良いと思うから、この特集ページを参考に7日間コーデを作っちゃいなさいよ。」
確かにファッション誌の表紙には「上下3枚プラスαで完成する1週間コーディネート!」と書いてある。
「むむむ……。」
雑誌を持って隣の部屋に引っ込むカンナ。
「カンナったら、服なんて何着か適当に詰めておけばいいのに。」
「カンナちゃんはユズキちゃんに可愛いところを見せたいんだよ。乙女だねー。」
「カンナさん、私服はいつも気合い入ってるもんね。オシャレしたいお年頃なのかなって思ってたけど、彼女に見て欲しいからっていうのが可愛すぎる。」
マフユとイヨがふふふと笑った。ユズキもそれは分かっているし嬉しいけれど、大型のスーツケースに入りきらないほど服を持って行くのは流石に困るだろう。
「逆にマフユとイヨは荷物少な過ぎない?」
2人が明日持って行く荷物として事務所に持ってきたのはそれぞれ小型のスーツケースが1つずつであった。これはこれで2日分くらいしか服が入らなさそうではある。
「服は着ていく分以外は1セットしかないからね。下着は2セットあるけど。長期遠征の場合必要になったら現地調達しちゃえばいいし。」
そんな風に答えるマフユの隣でうんうんと頷くイヨ。このパーティ、両極端なやつしか居ないなと思ってユズキは笑ってしまった。
一方カンナは隣室で服を並べつつ四苦八苦している。
「着回しコーデかあ。奥が深いなぁ。これマスターすればお洋服の量減らせるのか。」
ユズキにかわいいと言ってほしくて買い物に行くとつい服を買ってしまう。ファストファッションが中心なので金銭的な負担はそこまででは無いが、最近はクローゼットが溢れてきて母親に注意されている自分にとってはこれはどんなスキルより優先して習得すべきなのでは無いかと考えるカンナであった。
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翌日、飛行機で北海道に向かう柚子缶の4人。機内でもカンナは昨日ユズキから渡された雑誌を熟読していた。
「その本、気に入ったの?」
「着回しコーデは奥が深い……まだ『着回し』のスキルは使えないかなあ。」
「ぷはっ、何それ。」
思いがけないジョークに笑うユズキ。スキルと同じくらいストイックに習得しようとしているのだろう、頑張ってくれているようで何よりだ。
北の地に降り立った4人。レンタカーを借りて札幌に向かう。マフユの運転でイヨが助手席、カンナとユズキは後部座席に座った。道がところどころ凍っており、スタッドレスタイヤとはいえ滑らない様に十分注意が必要だ。ユズキは運転が苦手なわけでは無いが凍った道の運転は流石に怖いと思っていたところ、マフユが雪道でもどんとこいだよと運転を買って出てくれたのだ。
ダンジョン攻略に限った話で無くこういうところでも苦手をカバーしてくれる人が増えたのは素直にありがたいなとユズキは思った。
「北海道はまだ雪が残ってるんだね。」
「気温も低いわね。まだまだ冬って感じ。」
「夜は特に冷え込むみたいよ。ダンジョンの中は温暖だから気温差で体調を崩さない様に注意が必要ね。明日から2週間、昼は暖かいダンジョン内で夜は寒い北海道だもの。」
ユズキがカンナを気遣う様に声をかける。
「私は服をいっぱい持ってきてるからね。イヨさんとマフユさんの方が調整難しいんじゃ無い?」
「私、『氷魔法』を覚えてからは寒いのってわりと平気になったんだよね。自分の魔法で凍えない様に身体が順応したのかなって思ってるんだけど。」
「そんな効果があるの!?」
「そりゃ寒いことは寒いんだけど、ガタガタ震える様なことが無くなった感じかな? 冬でも半袖で居られるわけじゃないけど、それこそ気温がマイナスになっててもそこまで辛く無いってぐらい。何気に冬の朝、お布団からすぐに出られる様になったのがメリット大きいんだよね。」
「それは羨ましい! スキルってそんな副次的な効果もあったんだ。」
カンナは自分の『広域化』は何か日常生活でお得なことが無いか考える。……うん、何も無いな。強いて言えば3000億円分の価値を札幌支部長が見出してくれたくらいか。
「ちなみに高原は風邪をひかないタイプ。」
「馬鹿だからなっ!」
ドヤッと胸を張るイヨ。この人は黙ってれば美人なのに話すとギャップが大き過ぎる。とはいえ高嶺の花すぎるよりこのくらい親しみやすい方がモテるのかな、とちょっと失礼な分析をするカンナとユズキであった。
「そういえば札幌ダンジョンは暖かいって話だけど、四季は無いってこと?」
「個々のダンジョンで季節の違いがあるっていうのはほとんど聞かないわね。ただ、札幌市内でも定山渓温泉の付近にあるダンジョンは逆に年間を通して雪が降ってるらしいわよ。昔はそういうダンジョンを夏でもスノースポーツが出来る観光施設にしようって動きもあったみたいだし。」
「ダンジョン内でスキーをするの? 危なく無い?」
「まさにそこがネックになって計画は頓挫したらしいわ。どんなに安全を謳ってもモンスターが襲う可能性はゼロには出来ないし、常に監視しようとしたらコストがかかり過ぎるって事ね。」
「逆に言えば個人がやる分には何も言われないわけで、場所によっては勝手に楽しんでる人もいればスポーツ選手が夏の練習に使ったりしてるケースもあるよ。」
ユズキの説明をイヨが補足する。この2人って本当に物知りだよなぁ。こういう事ってどこで習うんだろう?
「カンナ、難しい顔してどうしたの?」
「今みたいな話を学校でも教えてくれれば面白いのになって思ってた。少なくとも私にとってはサインコサインタンジェントより役に立ちそうな知識なのにって。」
「プッ、確かに。」
「あはは、それ良いね。」
「カンナちゃんが先生に提案してみたら? ダンジョン史の授業も取り入れましょうって。」
「マフユさん、それ結局数学
「そりゃそうよ。」
アハハと車内に笑い声が響く。そんなこんなで車は札幌支部に到着した。
受付を済ませると会議室に通される。程なくして札幌支部長とその秘書が部屋に入ってきて柚子缶の4人に向けて軽く会釈する。
「わざわざご足労ありがとう。さて、2週間でのスキル習得訓練という事で、一応こちらでもスケジュールを組んできた。こんな形でどうだろう。」
秘書から手渡されたスケジュールに目を通すと、どうやら4つのスキルの習得を考えているようだった。
・対象者は札幌支部所属の探索者10名。
・最初の4日間で『剣術』スキルを習得させる。
・次の4日間で『短剣術』、さらに次の4日間で『格闘術』の習得。最後の2日間は予備日とする。
「10人は『毒耐性』と『即死耐性』と『冷気耐性』、それに『身体強化』持ちですか。」
所謂ハズレスキルと呼ばれるスキルを持っている人達だ。耐性スキルは探索者としてはあまり役に立たない。何故なら耐性が必要になるようなダンジョンは避けて探索すれば良いわけで、それよりも汎用性の高い武器スキルや魔法スキルの方が探索者にとって有用だからだ。
『身体強化』は柚子缶の切り札であるが、これはユズキの『一点集中』で体の一箇所にのみに身体強化を集中して強化倍率を何十倍にも押し上げる。その強化をカンナの『広域化』で強化範囲を全身、そして仲間にまで広げる事で人間離れした動きが可能になっているのである。そんな壊れスキルによるブーストがあるから切り札足り得ているため、そうでない『身体強化』は身体能力を1.1倍程度に強化するに留まる。
「うむ、彼らは攻撃に使えるスキルが無い分どうしても探索時にリスクを負ってしまっているからな。現場でも当たりスキル持ちのサポートにあたる事が多い。とはいえ探索者としては十分経験を積んできている。身体作りはしているので4日もあれば武器スキルを習得できる筈だ。」
「『剣術』と『短剣術』は私達が使えますが、『格闘術』はどうしましょう?」
「そこは私が持っている『格闘術』を『広域化』してもらおう。」
「10名にスキルを『広域化』する時はどういったスタイルを想定していますか?」
「一応君達のスキルである事は秘匿出来たほうが良いかと思って配慮はしている。札幌ダンジョン一層の一画、先日私が『剣術』を習得した辺りだな、あそこにプレハブ小屋を設置した。可能であればその中から小屋の外にいる彼らに『広域化』してくれればいい。」
「カンナ、それでいける?」
「たぶん大丈夫だと思う、とりあえずやってみるよ。」
「前半の8日間は私は立ち会えないが代わりにこちらの秘書がこの10人を監督してくれる。彼らがプレハブ小屋に勝手に入る事は無いし、一応内側から鍵が掛かるようになっているからプライバシーについては安心してくれ。」
「ちなみにプレハブ小屋って中が暑くなったり息苦しくなったりするイメージですけどエアコンってついてます?」
「……窓が付いているので、それを開けて気温を調整してくれ。」
さすがにエアコンまでは完備できなかったようだった。
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