第18話 リベンジ! 鎌倉ダンジョン!

 殺生石、赤穂、猪苗代、甲府と 4回実施してきた柚子缶と妖精譚フェアリーテイルのコラボ探索。おかげさまでコラボ探索動画は好評で、妖精譚のチャンネル登録者数は25万人から27万人に、柚子缶は10万人から15万人にそれぞれ増加した。基本的にはお互いの視聴者がそれぞれコラボ先のパーティのチャンネルも登録したのだろうと言うのがイヨの見立てではある。


 そんなコラボ探索も今回で一旦最後である。


 先日の勧誘……柚子缶の2人に妖精譚に入って欲しいという提案については、結果を各々のパーティで持ち帰って、お互いに前向きだったら改めて考えようという約束になっている。とはいえ、提案した妖精譚側に反対意見があるわけも無く。つまり、今日の結果次第で柚子缶が首を縦に振ってくれるかどうかという妖精譚側からすれば勝負の探索である。


 実は柚子缶の2人もしっかり話し合ってこの優しいお姉さん達とこれからも探索を続けて行きたい気持ちは強い。だけどイヨが言った「柚子缶という名前に拘りたいか」という部分ついては中々決断出来ずにいる。ユズキとしてはカンナが一生懸命考えてくれた名前だし、カンナもやはり「自分の居場所」というイメージが強い。そこについては今も結論が出ないままでいる。


 そんな思惑が混じり合う重要な最後のコラボ探索に、妖精譚が選んだのは鎌倉ダンジョンの石人形ゴーレム討伐だった。


「せっかくならもう一体くらいボス討伐した方が良かったんじゃ無いの?」


「アキちゃん、そこは2人の気持ちが分かってないかな。ここのシルバーゴーレムって柚子缶がこれまで唯一敗走してる相手なんだよね。だから、私達と力を合わせてリベンジを果たす事でより一緒にやっていきたい感を味わってもらえるって寸法よ」


「そうなの?まあイヨちゃんマネージャーに任せるけど」


「どーんと大船に乗った気分でいてよ」


「高原はそういう裏工作やらせたら右に出る者いないし、まあ最善だと思う」


 そんなやりとりをしつつ柚子缶の2人を待つ。約束の15分前にはしっかりやってきた。


「おはようございます。すみません、お待たせしましたか?」


「ううん、全然。じゃあ今日もよろしくね」


「はい! こちらこそよろしくお願いします」


 連れ立って鎌倉ダンジョンに挑む7人。一層は前回柚子缶だけでも倒せたブロンズゴーレムしか出ないので、適当に倒しつつ進んでいく。二層に向かう手前でやはり躊躇するユズキ。


「……前回はこの先で最初に出会ったシルバーゴーレムが倒せなかったのよね」


「まあシルバーゴーレムってその上のゴールド白金プラチナよりも硬いですからねー」


 さらりとイヨがつっこんだ。


「ええっ!?」

「そうなんですか!?」


 目を丸くするカンナとユズキ。


「銀って柔らかいイメージなんですけど、シルバーゴーレムの銀って実はチタン合金に近い素材らしくて、めっちゃ硬いんですよ。柚子缶の2人もシルバーを無視してゴールドやプラチナだったらワンチャン狩れたかも知れませんよ」


「そうだったんだ……。ちゃんと情報を調べないとダメだね」


「シルバーの時点で剣で討伐したレポートとかほとんどなかったからその上なんて余計に無理だと思い込んじゃってたわ」


 明らかに気落ちする2人。そんな空気を作ったイヨを妖精譚のメンバーは恨みがましく睨む。イヨはそんな視線は何のその、明るく言い放つ。


「まあ今日はパパッとシルバーゴーレムをぶっ倒してついでにプラチナくらいまでは狩り尽くしてやりましょう!」


「……倒せるかな?」


「絶対倒せます」


 まだ不安そうに呟くカンナに、イヨはニィッと笑ってみせた。


 …………。


 ほどなくして第一シルバーゴーレムを発見した。打ち合わせ通りの一発をお見舞いする。


「『上級剣術』発動!」


「『広域化』!」


「『一点集中』。はっ!」


 ハルヒの『上級剣術』をカンナが『広域化』でユズキに広げ、ユズキが『一点集中』で効果を高めた上で斬撃を飛ばす。シルバーゴーレムに真っ直ぐ向かった斬撃は、硬い体に阻まれる事無くその向こうの壁に大きな切り込みを作る。間に立っていたゴーレムは自分に何が起きたのか理解する間もなくその身体を両断されていた。


「……斬れた……」


「ユズキ! やった!」


「うん……うん! やったよ!」


 前回、1時間かけてもまともな傷ひとつつけられなかったシルバーゴーレムをまさかの一撃で倒せた事に感動し、手を取り合って喜ぶユズキとカンナ。


「ほらね。適切なスキルがあればあんなもんですわ」


「私が使ってもあんなに綺麗には斬れないもん。改めて『一点集中』も相当ぶっ壊れてるわ」


 魔石を回収し、上機嫌で先に進む7人。三層ではゴールドゴーレムを、四層ではプラチナゴーレムをそれぞれ一刀のもとに斬り伏せて行く。


「これ、ダイヤモンドやミスリルも行けるまで無い?」


「同感。高原の見立ては?」


「やってみる価値は全然ありかな。正直ここまで順調に行くとは思ってなかったんで……」


「ユズキちゃん、カンナちゃん、魔力は平気?」


「はい、攻撃する時以外は使ってないのでまだまだ余裕があります」


「私も大丈夫です」


「じゃあダイヤモンドゴーレムから行ってみようか」


 五層を探索し、ついにダイヤモンドゴーレムと対峙する。これまでのように一撃とはいかないものの、その身体に大きなヒビが入った。


「さすがにダメか!」


「あと何発か打ち込めれば!」


 ハルヒも自前の斬撃を飛ばし、また後方で待機していたナツキが飛び出して撹乱する。マフユがゴーレムの足元を凍らせたところでユズキの二撃目が炸裂する。先程よりさらに効果を集中、斬撃の範囲を縮めた代わりに威力を上げた一撃は、ダイヤモンドゴーレムの片腕を切断した。同じ要領で攻撃を繰り返し、もう片腕、両脚と切断する事で相手の攻撃力と機動力を奪う。四肢を切り落とせばあとは落ち着いて攻撃を続ければ良い。胴体を両断するにはさらに十数発の斬撃が必要となったものの、結果としては怪我もなく危なげない討伐だったと言える戦いであった。


「行けちゃいましたね」


「なかなかしんどかったけどね。共闘してる! って感じではあったかな」


「プラチナまでは一撃だったから、稼ぐだけならプラチナがいいかな?」


「いやー、そもそもプラチナもダイヤモンドも滅多に見つからないから……」


 そう、5層といいつつ、そこらを闊歩しているゴーレムの9割以上はブロンズかシルバーであり、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンドといった上位のゴーレムはそもそも個体数が非常に少ないのであった。


「私、3層はゴールドゴーレムだけで、4層はプラチナだけで……って感じなのかと思ってました」


「実は私もそう思ってた。でも冷静に考えたらそんなに簡単に見つかるなら魔石だって値崩れするものね。炎魔法持ちが集まれば他のパーティでも倒せるし」


「数の少なさが高価格の秘密だったんですね」


 ハルヒとカンナは今更ながらにこのゴーレムの魔石の価格の理由に納得した。


「とはいえ私たちはゴールドプラチナダイヤモンドを1体ずつ狩れてるから、5550万円は確定してるわね! 折半しても2775万円ずつ、これはすごい額じゃないかしら! なんならしばらくここに通って荒稼ぎしたいまであるわね」


「ハルヒ、それはやめた方がいいわよ。ここって一応拠点にしてる企業があるから目をつけられるとつまらないわ」


 思った以上の成果に欲を出しかけたハルヒを、ナツキが諌める。


「あ、そうなの?」


「ええ。ここはまだ開放ダンジョンだけど、その企業が買い取ろうとしているって噂もあるし」


「ここの評価額って結構高いんじゃないの?」


「それが、協会を通さずにやりとりしてるパーティがあったりするから意外と安いらしいのよ。そこで私達が魔石で荒稼ぎすると、評価額も上がって企業の恨みを買いかねないって事」


「なるほどねぇー……じゃあ今日はあとミスリルゴーレム倒したら撤収しますか?」


「話、聞いてた? まあそもそもミスリルゴーレムなんて滅多に見つからないレア中のレアモンスターだけどね」


 ナツキは呆れて笑った。そんな話を聞いていたカンナが、隣にいるユズキにこっそり訊ねる。


「……ねえユズキ、いまハルヒさんとナツキさんが話してたのってどういう意味? 開放ダンジョンは知ってるけど、買取とか評価額とか」


「私じゃ無くて遠慮しないであの2人に訊けばいいと思うんだけど……」


 と言いつつ、自分を頼ってくれた事が嬉しくなってユズキはカンナに説明する。


 

 まずダンジョンには「開放ダンジョン」の他にも「禁止ダンジョン」や「プライベートダンジョン」などがある。


 開放ダンジョンは、探索者全員に開放されているダンジョンで基本的にはどの探索者でも自由に探索が可能だ。世間一般に「ダンジョン」と言えばコレを指し、今までユズキやカンナが探索してきたダンジョンは全て開放ダンジョンである。


 禁止ダンジョンは政府が立ち入りを禁止しているダンジョンだ。禁止の旨を協会に伝えて、実際に取り締まるのは探索者協会が請け負っている。禁止の理由は様々だが、単純に一層から凶悪なモンスターが跋扈しており危険度が高すぎるもの、放射線が観測されたため被曝リスクがあるとされているもの、入口が皇居敷地内に出現してしまったものなどがある。あとは政治的ななんやかんやで禁止されているダンジョンもあるらしい。


 最後のプライベートダンジョンだが、これはその名の通り個人がダンジョンの所有権を持つというものである。実はダンジョンと言っても個人の私有地――さすがに家の庭や地下室に、とかではなく田舎の広い畑や個人所有の山の奥といった場所だが――にたまたま入口が出現する事がある。そして入ってみれば半径10m程度の空間が広がっているだけでモンスターすら居ない。そんな小規模のものも無数にある。流石にそんなものを全て管理するわけにもいかないので「私有地に存在するダンジョンはそこで産出される資源に応じた固定資産税を払うことを条件に所有権を持つ事が出来る」という決まりがある。仮に畑にダンジョンが出来てしまっても資源がゼロならダンジョンにかかる税金はゼロ、これはそんな市民を守るための規則であった。

 これがプライベートダンジョンだが、ダンジョン黎明期に出来たこの規則を悪用して豊富な資源を持ったダンジョンの産出資源を過小報告して有用なダンジョンを私物化しようとする輩も多かった。現在は流石にそう言った事例はほとんど無くなっており本来の目的に近い運用がされてはいるが、逆にこれを有効に活用しているのが大企業だ。


 

「例えばこの鎌倉ダンジョンに目をつけている企業があったとするでしょ? ダンジョン自体の購入金額や継続的に払う税金なんかはここで取れる資産……具体的には過去の魔石や素材の買取額から決まるのよ。その買取額って言うのは基本的には探索者が協会に素材を売った実績ね。

 彼らはここ独占して得られる利益と、かかる費用を秤にかけて、プライベートダンジョン化するか開放ダンジョンのまま資源の購入を続けるか、選択するってわけ」


「でも、プライベートダンジョン化しても自分達でせっせと資源を回収したら結局税金で持っていかれちゃうんじゃないの?」


「まあその辺りもさっき言ったかかる費用に含まれるんだけど、実はこっちはいくらでも節約できるらしいわ。そもそも企業は自分達で資源を使うのが目的だから、売却価格は基本ゼロ……あとは素材の市場価格をもとに決定されるけど、魔石からエネルギーの取り出したり、素材一次加工なんかをダンジョン内の安全な場所に作業所を構えてそこで行っちゃえばその市場価値はガッツリ落とせたり、とかね。

 もちろん協会側もそんなのわかってるから、企業の言い分を100%聞くんじゃ無くて、購入時の価格をかなり参考にする……このあたりは結構複雑ね」


「なるほど、つまり初めに安くダンジョンを買えれば結果的にその後も安く運用しやすくなるって仕組みなんだね」


「そそ。なんか変な感じなんだけど実際そうだとしか。そこでさっきのハルヒさんとナツキさんの会話ね。この鎌倉ダンジョンはゴーレムの魔石や素材の価値の割に評価額……つまりこれまで探索者協会に売却された資源の総額が低いと言われているわ」


「それは前にネットで見た、企業がお抱えの探索者パーティからも高めに買い取っているから?」


「そういうウワサね。多少割高でも協会を通さずに買い上げる事でこのダンジョンの評価額を下げてるんじゃないかしら」


「ユズキちゃん、しっかり勉強してるのね」


「アキさん」


 カンナとユズキの間にアキが入ってきて続ける。


「つまり、ハルヒが言ったみたいに私達がここで乱獲して協会に素材を売却すると、これまでコツコツと評価額を下げてきた企業側からすると面白くないってこと。まあ、今日の素材分でどうのこうのにはならないと思うけど、大企業と喧嘩しても良い事ないからね。あまりに目立つようなことは辞めましょうって話。理解できた?」


「はい! ありがとうございます! ……ユズキも、ありがとね」


 納得してすっきりしたカンナ。つまりやり過ぎ注意って事だね、と理解した。その認識は概ね間違って居ない。



 その後数時間、5層を回った一行だが出会うのは殆どがアイアンかシルバー、それ以外に追加で狩れたのはゴールドゴーレムが1体のみであった。


「そろそろ撤収かな?」


「そうね……プラチナやダイヤモンドの追加がなかったのは残念だけどあれも中々にレアモンスターだし、1体ずつ狩れただけでも満足しないと」


「帰り道で運良く見かけるかもしれないし、とりあえず今日はここまでって事でいい?」


 ハルヒがユズキに確認する。


「はい、大丈夫です!」


「よし! じゃあ帰ろうか!」


 そうして帰路に着く一行。四層への階段を目指して暫く歩くと、他のパーティと出会った。


「あっ……」


 それは前回柚子缶が討伐失敗した時に彼女達を助け、ついでにやや辛辣な意見を飛ばしてきたパーティ……1192→1185カマクラバクフであった。

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