第19話 バックアップの依頼
「どうも」
カマクラバクフの面々に軽く頭を下げるハルヒ。他のメンバーもそれにならって会釈する。そのまますれ違って帰ろうとする背中に声がかけられる。
「ねぇ、ちょっと!」
それは前回、カンナとユズキに苦言を呈した、確かエリカと呼ばれて居た女性であった。
「はい、何でしょう?」
ハルヒが応える。ダンジョン内で出会ったパーティ同士が話し合うは基本的にリーダーのみ発言するのが良しとされる。あくまでマナー的なものだが。ということは、エリカがカマクラバクフのリーダーなのだろうか?
「あなた達、今日この階層でダイヤモンドゴーレムを狩った?」
「……何で?」
「いいから!」
「質問する理由を教えて頂きたいんですけど」
イライラした様子で聞いてくるエリカだが、ハルヒはイエスともノーとも言わない。
「私達がいくら探してもダイヤが居ないからよ!」
「それと私達が狩ったかどうかってどう関係あるんですか?」
「だから!」
「エリカ」
落ち着いた様子の男性が、エリカの肩を叩いて下がらせる。
「ウチのが済まない。俺がこのパーティ……カマクラバクフのリーダーだ。別に素材を寄越せと言うつもりでは無いんだ。俺達はよくこのダンジョンに来るから知っているんだが、実はダイヤモンドゴーレムはこの五層には1体しか居ないんだ。そして一度倒すと数日は再ポップしない。だからもし君たちがやつを狩ったのならこの層ではダイヤは枯れているって事になる。それを確認させて欲しかったんだ」
「ああ、そういう事。だったら先に言ってくれれば良かったのに」
「まあ個体数と再ポップに関しては公開されてない、うち独自の調査結果だからな。コイツも口にしたく無かったんだろう。君たちもあまり公にしないでくれるとありがたい」
「わかったわ。じゃあ情報のお礼も兼ねて。確かに私達でこの層のダイヤモンドゴーレムは討伐したわ。つい数時間前の話」
ハルヒがそういうと、エリカが「はぁ!?」と突っかかってくる。あんまり良い子じゃないなと言うのが柚子缶と妖精譚の共通の印象だった。トラブルになるのも嫌だったので、そのままその場を離れようとするが、そんな彼女達を再び呼び止めたのは男性の方であった。
「……ちょっと相談があるんだが、いいだろうか?」
「何? 素材は譲らないわよ?」
「ああ、それはもちろん。相談というのは、俺たちが六層でダイヤモンドゴーレムを狩りをする、そのバックアップを頼めないかという話だ」
「バックアップ?」
「ああ。俺たちは企業の依頼でダイヤモンドゴーレムの魔石を取りに来てるんだが、今日か、遅くとも明日中には欲しいと言われてしまっている。だけど今言ったようにこの五層ではこの先数日間ダイヤは湧かない……となれば六層に探しに行くしかないんだが六層のゴーレムは五層までの個体よりひと回り強くなるんだ。
そんなわけでいつも六層に挑まないと行けない時はバックアップパーティを手配しているが、今日はそのつもりがなかったから、バックアップがいない。そして今から戻って慌てて手配しても都合良く実力のあるパーティが見つからない可能性が高い。だから、ダイヤモンドゴーレムを倒せる実力のある君たちにバックアップを依頼したいんだ」
そう言って頭を下げる男性。
「ねぇユズキ、バックアップって何?」
カンナが小声でユズキに訊ねる。
「ごめん、私も分かんない……イヨさん知ってます?」
「うん。要は「何かあった時の保険」っスね。一応自分達で解決出来るつもりだけど、リスクも高いと判断した場合には「自分達に万が一の事があった場合は助けて下さいね」という人達を予め雇っておくって事」
「ああ、「事前救援要請制度」の事か!」
「そそ、確か正式名称はそれです。ベテランの間では通称バックアップって呼ばれてます。ただ、これも相場は結構高くて大体メインターゲットの素材分ですね。今回の場合はダイヤモンドゴーレムの魔石分ですけど、それだけだとリスクが高いからハルちゃんは断ると思いますよ」
「リスク、高いですかね? 万が一の備えをするだけで5000万円って事ですよね?」
「カンナちゃん、それは探索者の考え方としては失格です。安全を追うならその「万が一」が起きた事を想定しないとだめっスよ。ダイヤモンドゴーレムを倒せるはずのパーティに何かあったときに対応しなければならないって事ですからね。今回の場合は相場の2倍、1億でもハルちゃんは首を縦に振らないはずです」
なるほどなとカンナは感心した。改めてハルヒとカマクラバクフの方を見る。
「依頼を受けてくれるだろうか?」
「条件次第ね」
ハルヒが言うと、男性は指を2本立てる。
「2000万? 馬鹿にして……、」
「2億円払おう」
「……っ!」
想像を超えた提示に思わず息を止めるハルヒ。
「俺たちが戦闘不能になった場合、安全に地上まで送り届ける事。あとはもしもダイヤモンドゴーレムを討伐できなかった場合は君達の持つ魔石を5000万円で譲ってほしい。それが条件だ」
「……破格すぎて逆に警戒しちゃうんだけど?」
「ぶっちゃけると企業からの報酬が1億円、違約金は2億円で契約している。このまま魔石を納められないと丸々2億円損する上に信用を失っちまう。だが、あんた方に2億円支払えば損は1億で済む上に、もしも狩れなくても追加、5000万円で企業に対する信用だけは失わずに済む。
1億5000万円は正直痛いが太客を失わないための経費としてはやむを得ないってところだな」
「……私の一存じゃ決められないわ。15分ほど待ってもらっていい?」
「ああ」
ハルヒは6人を集めてカマクラバクフから少し距離をとった。
「どうする? 単純に各パーティで1億円ずつのプラスだけど。行こうか辞めようか、ぎりぎりのラインついてきたわねー」
「でもあまりにウチに有利すぎない? 一応理由に筋は通ってるけどどこまで本当か分からないし」
「最悪私たちの魔石を奪って口封じに殺されたり、とかないかな?」
「アキ、それは流石に……ないと思いたいけど、そうなった時に勝てるかしら?」
「柚子缶の2人ならいざとなったら逃げられるとは思うけど」
「何言ってるんですか、みなさんを見捨てて逃げたりしませんよ!」
「気持ちは嬉しいけど、そういう事態が起こらないように……かつ、起こった時の対処を考えて置く必要があるって事よ。なんせ2億円の依頼だもん。用心に越したことは無いわ」
「イヨちゃんのカメラで取引の場面を撮って、ネットに上げておけば? 私達にもしものことがあったら公開されるよう時間指定で予約して置くとかすれば、牽制にはならない?」
「それいい案。採用」
「でもそんな疑うような提案、向こうが受け入れますかね?」
「断られたら依頼自体受けませんって言えばいいのよ。交渉のカードはこっちが持ってるんだから」
「なるほど」
「あと、気になる点はあるかしら? というか柚子缶の意向としてはどうする? 勿論あなた達が危険と判断するなら断るけど」
「うーん、ユズキはどう思う?」
「六層の敵が一回り強いの強さ具合が分からないんですよね。いざという時に対応できる範囲なのかどうかが不安要素かな?」
「そもそも同じ名前のモンスターでもより深い階層に潜れば魔素が強いぶん手強くなるって言うのは当たり前の話なのよね。だから一層より二層、二層より三層のほうがブロンズやシルバーも強かったはず。 だからダイヤモンドゴーレムもさっき私達が戦った個体より強くはなるけれど……」
「いきなり2倍も強くなるみたいな事は無いはず。精々「ちょっと硬いかな?」くらいの違いにしかならないと思う」
「だとすると、カマクラバクフの人たちはなんで五層は単独で行くのに六層にはバックアップを要求するんでしょう?」
「カンナちゃん、どういう事?」
「えーっと……多少は強くなるけどそこまで劇的な違いが無いなら、2億円も払ってまで安全を買うかなって思ったんです。黒字に収まる範囲ならまだしも、1億円も赤字を出すくらいなら自分達だけで頑張ろうと思いません?」
「なるほどね。彼らがバックアップを欲しがる理由に違和感ありと」
「え、偉そうな事を言って、的外れだったらごめんなさい」
「全然。むしろちょっとでも気になることがあったら言って欲しいから、今の発言は助かったわ。確かに報酬に目がいってその理由については考えが足りなかったかも」
「じゃあ彼らが嘘の理由を言っているってこと?」
「嘘……うーん、鵜呑みにするのはまずいとして、じゃあ他に何か理由があるかしら?」
「五層と六層で、ゴーレムの強さがちょっと増す以外の危険ってありますかね?」
「それ以外の危険、そんなの精々――」
そこまで呟いてハルヒは気付く。同時に他の妖精譚のメンバーも思い至ったらしい。全員で声を合わせて「あ」とハモった様子をみて、ユズキとカンナは思わず笑ってしまった。
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「それで結論は?」
「みんなで話し合ったんだけど、もうちょっと報酬が増えたらやっても良いかなって」
ハルヒがカマクラバクフのリーダーと再び対峙する。
「……いくら欲しいんだ」
「5億」
「なっ!?」
先程破格と思われたカマクラバクフからの提示額。ハルヒはそれをさらに2.5倍にした金額を要求した。たまらず後ろに控えて居たエリカが食ってかかる。
「巫山戯ないで! こっちが下手に出れば調子に乗って……!」
「エリカ、下がってろ! ……だが俺の意見も同じだ。流石に4億円も赤字を出してまで依頼は出来ない」
「だったら私達はこのまま帰るけどね。そもそも私達に5億円払ったところで赤字にはならない算段はあるんでしょ?」
「何を言ってるんだ、さっき言っただろう? 企業とはダイヤモンドゴーレムの魔石を1億円で買い取ってもらう契約だ」
「ダイヤモンドゴーレムなら、でしょ」
はっと息を呑むカマクラバクフの面々。
「その上……。ミスリルゴーレム、狩るつもりなんでしょ?」
ハルヒはニヤリと笑ってみせた。
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