第17話 中央道中女子四人旅

 赤穂ダンジョンから東京に帰る車の中。来る時は柚子缶と妖精譚フェアリーテイル、それぞれの車で移動して来たので帰りも当然そのつもりだったユズキとカンナ。駐車場で各々の車に乗り込もうとする。


「私、柚子缶さんの車に乗って行ってもいいですか?」


 なんとイヨが柚子缶の車に同乗を希望した。


「え? まぁ、別にいいですけど……」


 思わずOKしてしまったものの、2人きりの会話を聞かれるのはなんだか恥ずかしいなあと思うカンナ。


「高原、どういうつもり?」


「あ、フユちゃん先輩もどうですか? 私一人で乗り込むと柚子缶の二人が緊張するかもしれないし」


「そう思うならずかずかと入り込むんじゃ無いって言ってるの」


「いやここから東京まで8時間運転しっぱなしでしょ? 来る時は途中で仮眠して来たって話だったけどここから今日の夜までユズキさん一人で運転とかヤバ過ぎるっしょ。だから途中で運転交代させて貰おうかなって思って」


「ああ、そういうことか。気が利くじゃん」


「あの、申し出は有り難いですけど保険とかありますし……」


「それは大丈夫です。私の保険って人の車借りてても対人対物無制限なので。というか妖精譚は全員そういう保険に入ってます。この車はハルちゃんの名義だけどナッちゃんやフユちゃん先輩や私が運転変わることも多いので」


「なるほど」


「赤穂ダンジョンを提案したのは妖精譚側ですし、無理な運転させて帰りに事故とかなったら大変ですし」


 そう言われてカンナは思い出す。以前岡山に遠征した際、帰りはユズキが1人で10時間運転した。午前10時に出発して東京に着いたのは午後8時過ぎ……ユズキは強がっていたが、顔には疲労が浮かんでいたし後半は普段飲まない栄養ドリンクにまで手をつけていた。

 その時もまだ免許が取れない自分の無力さがもどかしかったが、今回もきっとユズキは無理をしてしまうのだろう。


 昨夜、自分が甘えたせいでユズキは中々寝付けなかったはずだ。少なくともカンナの意識があるうちはずっと優しく頭を撫でていてくれた。そんな寝不足の状態で今から8時間以上運転させるのはやはり心苦しいし、イヨやマフユが運転を代わってくれるならその負担はだいぶ軽減されるはずだ。


 ユズキはまだ遠慮がちな顔をしているが、何より彼女の体調を気遣うカンナとしてはイヨの提案は心からありがたいものだと感じた。


「じゃあイヨさん、マフユさん、お願いしてもいいですか……?」


「カンナちゃん、いいの?」


 マフユが聞いてくる。自分たちがいると気を遣うのでは無いかという確認だ。


「はい。ユズキは寝不足ですし私は運転代われないから、途中で運転変わってもらえるってすごく有り難い提案です」


「ちょっとカンナ!」


 ユズキが慌ててその口を塞ごうとしたがもう遅い。カンナは別にイヤらしい意味ではなく、事実を告げただけである。しかし「恋人同士が二人で同じ部屋に泊まり、寝不足である」という事実が周りにどう思われるかの配慮が少しばかり足りなかった。


 慌てるユズキと、顔を赤くする妖精譚の面々、そしてニヤニヤ顔が隠しきれないイヨの様子を見てようやく自分の言葉がどう取られたか気付いたカンナは顔を真っ赤にして大きく手を振った。


「ち、違います! えっちな事をしてたとかじゃなくて! あの、えっと、あの後も私がずっと怖がってたからユズキが慰めてくれてただけでして!」


 慌てて大きな声で否定するが、駐車場で大声でえっちはしていないと言ってしまうあたり、完全にパニックである。自分の言葉に気付いてその場で真っ赤になって蹲る。


「恥ずかしい……死にたい……」


 半泣きのカンナを優しく叩くユズキ。


「死ぬほど恥ずかしいのは分かったけど、私を残して死なないでね。恥ずかしさは私も半分受け持ってあげるから」


「……うん、わかった。ユズキ、ありがとう」


 潤んだ瞳でユズキを見上げて差し出された手を取るカンナ。俯いたまま妖精譚の方に身体を向けて大きく礼をすると、そのままユズキの車の助手席に乗り込んだ。


 爆弾発言からのパニックからのいちゃつきを見せられては、お姉さん方はもう見なかったふりをするしか出来なかった。この子達がパーティに入ったらこのイチャイチャを毎度見せられるの? 勧誘早まったかしら……。ほんの少し、ほんの少しだけ、ハルヒにそんな思いがよぎる程度には朝っぱらから甘い空気を醸し出した柚子缶であった。


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「2人で遠征する時って温泉旅館とかには泊まらないんですか?」


 東京に向かう道中。結局イヨとマフユを後部座席に乗せて車を走らせる。


 イヨは先ほどの騒動を特に意識した様子もなく話題を提供する。


「そうですね、あまり贅沢してもお金が貯まらないし……」


「立派な心掛けですけど、せっかく色々な土地を回るんだから多少は贅沢した方がいいですよ。毎回いい旅館に泊まる必要は無いですけど美味しいものを食べるとか」


「私の前のパーティだと結構そういうところ緩くってホテルとか旅館とか泊まったりしてたんですけど、あんまり稼ぎも多く無いのに贅沢したがるせいでパーティ資金があまり増えなかったんですよね。だからどうしても財布の紐が硬くなっちゃってて……」


「あーなるほど、経験則ですか。カンナさんはもっと贅沢したいって思わないんですか?」


「そうですねー、色んなところに行けるだけで楽しいし、なんだかんだ毎回その土地の名物は食べてるし、満足してます」


「おお、美味しいものは食べてるんですね! 確かに食は大事ですよねー。うちも探索そっちのけで食べ歩きとか、よくするんですよ」


「食べ歩き! 楽しそう!」


「でしょー? 今度是非に」


「こら高原、さり気なく勧誘しない」


「違う違う、これは個人的なお誘い。私は厳密には妖精譚のメンバーじゃ無いからね。仮に2人が妖精譚に入らなくても個人的に遠征に着いて行ってもいいわけで」


「ふーん、そういうこと言うんだ?」


「フユちゃん先輩も着いて来てもいいよ。柚子缶の2人に断られちゃったら、フユちゃん先輩が妖精譚を抜けて柚子缶に入っちゃえばいいじゃん」


「「「えっ!?」」」


 思わず声がハモるカンナとユズキとマフユ。


「あれ、誰も気付いてなかった感じ? 別に妖精譚を無理やり存続させる必要も無いんですよ。お二人にとって柚子缶である事が重要ならそう言ってくれて。人数が多い方がとか、年上だからとか、歴が長くて視聴者が多いからとかそういうの関係無くて。

 みんなユズキさんとカンナさんと一緒にやって行きたいから誘ってるんだよね? だったら柚子缶が無くなって妖精譚が大きくなるっていうのはひとつの形でしかなくて、柚子缶に妖精譚のメンバー全員が入ってもいいし、お互いにまっさらになって新しいパーティ名を付けてもいい。

 私達には「柚子缶」っいう名前がお二人にとってどれだけ大切なのか分からないですが、それが譲れないならどちらを残すのか話し合えばいい。

 そういう事も含めて、どうしたいかを考えて欲しいんですよ。ユズキさんとカンナさんはもちろん、妖精譚のみんなもね」


「……高原は?」


「私は気ままなフリーランスだもん。今は妖精譚のみんなと専属契約してるだけの、ね」


 意地悪そうに笑うイヨ。マフユは確かにと頷くとスマホを取り出し今のイヨの話を残りのメンバーに共有した。


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 車を走らせること6時間ほど。途中で休憩を挟みつつの移動なので東京まではあと3時間といったところか。ドライバーは3番手のマフユ。助手席にイヨが座り、後部座席にカンナとユズキという並びであった。


 流石に6時間も同じ空間にいると話のネタも尽きて来る。となればトークのネタは好きな映画やら音楽なんて当たり障りの無い話から段々と踏み込んだモノになって来る。


「そういえば二人っていつから付き合ってるんですか?」


「え、恥ずかしいです。なんでそんな事聞くんですか?」


「ぶっちゃけると前に柚子缶がエルダートレントを討伐した時点でどうだったかってのだけが気になってるんですよ、個人的に」」


「エルダートレント……北海道遠征の時のですよね」


「そうそう。私お二人の切り抜き動画作るのが趣味なんですけどね。あの時ユズキさんがエルダートレントに斬りかかる直前、不自然にお二人が近付いてるなって思ったんですわ。まあ北の誓いが落っことしたカメラが映してる範囲だったので足元の部分しか見えてなかったんですけどね」


 ギクリとするカンナとユズキ。もちろん、お互いのファーストキスだったので忘れているはずもない。


「それであくまで私の妄想なんですけど、あのギリギリ映ってない範囲でキスしててユズキさんが「行ってくる」とか言って特攻、愛の力でエルダートレントワンパンとかだとマジてぇてぇ!と思うわけですわ」


 ドンピシャリであった。オタクって怖いとカンナは思う。


「あ、エルダートレント戦の答え合わせがしたいわけじゃなくてですね。その妄想を補完するスパイスとして実はその時2人がまだ付き合ってなかったとするとよりエモいと言うだけなんですが」


「エモい?」


「はい!」


 満面の笑みで助手席から後ろを振り返るイヨ。なんだか適当な嘘で誤魔化すのが申し訳なくなる笑顔だなとカンナは思う。


「ユズキ、どうする?」


「え、私!?」


「いつから付き合ってるかだけなら話してもいい?」


「えー……、カンナがいいなら、まあ」


 ユズキは渋々と言った感じで了承する。カンナが付き合ったタイミングを――流石に日時を言うのは恥ずかしかったので「エルダートレント討伐後、配信を再開するまでの休養期間中」と――告げると、イヨは「キタコレ!」と叫んで嬉しそうにする。


「あ、じゃあ私からもイヨさんに質問していいですか?」


「はいはい、さっきのお礼になんでも答えちゃいますよー!」


「私達の切り抜き動画を毎回アップしてくれてる「伊予柑」さんってイヨさんですか?」


「ぶふっ!!」


「妖精譚の動画とは構成も雰囲気も違うのでちょっと確信持てなかったんですけど、むしろイヨさんと話してる時の印象が動画から受けるイメージと近いっていうか、なんとなくそんな気がしただけなんですけどね……」


「…………」


 黙秘するイヨ。


「高原。なんでも答えるって言ったでしょ」


 マフユが運転席から指摘すると、観念したように両手を上げる。


「はいそうです……、私が「伊予柑」です……。勝手に柚子缶さんの動画切り抜いてお小遣い稼いで申し訳ないです……」


「ユズキ!」


「ええ、やっぱりそうだったんですね!」


 パンっとハイタッチするカンナとユズキ。


「私達、ずっとお礼言いたかったんです!」


「へ? お礼? 人の動画で稼ぐなって文句じゃなくて?」


「全然! 私達の動画をとっても丁寧に編集して、字幕をつけて、あれってすごく手間が掛かってるんだろうなって。私達は配信した動画を上げっぱなしだから、むしろ綺麗に時系列にまとまってる伊予柑さん……イヨさんの動画を見て「こんな事あったよね」って話す事もよくあるんですよ!」


「はい、だからむしろタダでここまでやってくれてる事に申し訳なさを感じてたくらいで」


「いえいえいえいえっ! 私が好きでやってる事なので全然大丈夫です!」


「絶対イヨさんの動画から私達の配信に来てくれてる人もいるよねって思ってて……だから、いつもありがとうございます!」


「ふ、フヒ、どういたしまして……」


「ふふふ、高原がその笑い方する時って本当は嬉しい時だからね。照れ隠し、照れ隠し」


 長年の付き合いから、気持ち悪い笑い方に秘められた本音をマフユに指摘されたイヨは真っ赤になってしまう。攻めっ気の強いオタクは攻められると弱いのであった。


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 なんだかんだ9時間も一緒にいて会話もそこそこ弾んでいれば仲も深まる。イヨは初めからグイグイくるタイプだったのでもともと打ち解けやすかったが、これまで会話する機会が少なかったマフユとも仲良くなれたのは柚子缶の2人にとって嬉しかった。マフユはさほど口数が多くなく、いつもイヨを諌めているイメージが強かったがよくよく話してみるとわりと毒舌でユーモアがあるタイプだった。


 例えば柚子缶が渋谷のタワマンに事務所を借りているのを話したときの会話だ。

 

「先に家賃徴収して後から同額を特別手当で払ってくれるってイヤらしいやり方だね。素直にタダで住まわせてくれればいいのに」


「そうですか? なんかあまり家賃を安くし過ぎると法的に問題があるって言われたので仕方ないかなって納得してたんですけど」


「大人はそうやって若者を丸め込むんだよ。探索者協会あいつらはがめついからこっちもグイグイ行かないと」


「フユちゃん先輩はその辺りマジでしっかりしてますもんねー」


「大多数の探索者が協会に利用されてるんだよ。勉強不足なのもあっていいよいいよで搾取されがち。基本的に人当たりの良い職員ほど一見ウィンウィンと見せかけて協会に有利な話を持ちかけてくるあたり、あいつら合法詐欺集団だからね。心当たりあるでしょ?」


 心当たりどころか現在進行形で毎月100万円を払っているカンナとユズキにとっては耳が痛い話で、これからは気を付けようと顔を見合わせるのであった。

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