第5話 コラボの相談
「さてと、いつものカンナに戻ったところで柚子缶の話をしましょうか」
「そうだ、事務所借りれたんだよね」
「ええ。綺麗なところだったわよ。今日はもう夕方だし……明日と明後日は振替休日って言ってたわよね、一緒に行く?」
「行きたい!」
「よし、決定!」
「私、タワーマンションって入ったこと無いや」
「すごかったわよー。詳しくは明日のお楽しみ」
期待に胸をむくらませてワクワクしているカンナ。あの部屋ならこの期待を裏切る事はないだろう。
「新しいお部屋紹介とか配信したらウケるかな?」
「ウケるとは思うけど、辞めておきましょ。私達って結構有名になってきて、この間も岡山で変なのに声かけられたじゃない。ああいうのが今後増えないとも限らないし、プライベートはあまり晒さない方が良いなって思う」
「ああ、確かに。あれは嫌だったね……」
カンナはなんとなく、有名な配信者が引っ越すと「お部屋公開!」みたいな動画をアップするのでそれに倣えないかと思った程度なのでリスクがあると言われれば別にやろうとは思わない。
「そんな動画出さなくても、チャンネル登録者数は10万人超えたからね。みんな私達の探索を楽しんでくれてるよ」
「10万人かあ、これってかなり多い方だよね?」
「うん。探索配信だとトップ20に入ってるのよ」
ほら、とユズキがスマホに表示させたのは「配信探索者のチャンネル登録者数ランキング」のサイトである。トップの「光の螺旋」は80万人。そこから数々の有名配信探索者パーティの名前が並び、ちょうど20位に「柚子缶」の名前があった。
「トップ20って結構すごくない!? もしかしてテレビの取材とか来ちゃったりしないかな!?」
「テレビ業界ってスポンサーの大企業に気を遣うから、個人探索者にスポット当てたりはほとんどしないのよね。仮に取材が来ても断ろうと思ってるけど」
「断るの? なんで?」
「あくまで私の意見だけどね、メリットよりデメリットが大きいかなって」
ユズキは指を折りながらテレビ取材を受けるメリットデメリットを語る。
メリットとしては、自分たちを知らなかった人がそれをきっかけにチャンネル登録してくれるかもしれない。デメリットは番組側がどう編集するか分からないし、出来たものに口出しもできないため望まない紹介のされ方をする可能性があること。また、探索者に興味のない一般層に名前が売れる事でトラブルが発生することが懸念される。
「トラブル?」
「さっきも言ったプライベートが晒されるリスクとかかな。もちろん探索配信しててもゼロじゃなんだけど、テレビの影響力って良くも悪くも大きいからね」
「なるほどね。まあ今のままコツコツ登録者を増やしていければいつか100万人に届くかも知れないし、地道に頑張りますか!」
ユズキはカンナにテレビに出たい欲が無くて良かったと思いつつ、正直テコ入れは必要だと考えていた。今のままコツコツではこれ以上チャンネル登録者を伸ばすのは難しいと感じている。
柚子缶のチャンネル登録者は2ヶ月前のエルダートレント討伐のタイミングで一気に増えた。たった2人でボスクラスモンスターを倒したという事で一時話題になって切り抜き動画も多く作られた。中には自分たちのスキルの考察をしている動画などがあり物によってはかなり真実に近いものもあった。
そこから物珍しさで柚子缶のチャンネルに登録してくれた視聴者は多いが、そういった人達が期待するのはより劇的な展開……つまりは第二第三のボス討伐である。
しかし柚子缶のモットーはご安全にである。エルダートレント討伐は完全なイレギュラーであり、それを期待されてももう一度、とはならない。そうなればジャイアントキリングを期待して登録した視聴者は離れていく。事実、話題になった直後は11万人近くいたチャンネル登録者は10万人強まで減ってしまったのだ。特需が落ち着いたとも言えるが、安全を優先したため勢いに乗り切れなかったのも事実である。
このままこれまで通りやっていって頭打ちを迎えるか、無理のない範囲でテコ入れをするか。答えがないだけに悩ましい問題である。
「そういえばパーティの代表アドレスにこんなメールが来てるの。……どう思う?」
ユズキはスマホをカンナに渡す。
「なにこれ? 「コラボのご相談」って書いてあるけど
……送り主が「
「そう。あちらは女の子4人のパーティね。トップ20以内に女子だけのパーティって柚子缶と妖精譚だけなのよ。あちらからすれば初めて20位以内に自分たち以外の女子パーティが来たから交流してみましょうって事みたい」
「配信?」
「いきなり配信はしないとは思う。でもまずは話してみないと分かんないかな。カンナはどうしたい?」
「どうしたいって言われても。そうだなあ、私って他の探索者の人に会った事ないし、とりあえず話してみたいかも。コラボで何かするかは会ってから決めればいいと思う。そんな感じで回答してもいいかな?」
「まあ妥当な回答だと思うわ。じゃあ一度会ってみましょうって感じで返信しておくわね」
「うん。ありがとう」
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ユズキはカンナの家の前に車を停めた。トランクからカンナの荷物……修学旅行に持って行った小型のスーツケースとドラムバッグ、そしておみやげを一式を取り出すとカンナに手渡した。
「ユズキ、家まで送ってくれてありがとう」
「いいのよ。修学旅行帰りにわざわざ会いに来てくれたんだもん。このくらいはさせて」
カンナが玄関の扉を開けて中に入る。片手が家の鍵で塞がってしまったが、ユズキがさり気無くカバンを一つ持ってサポートしてくれた。
「ありがとう。……上がってく?」
「魅力的な提案だけど、今日は辞めておくわ。カンナは長旅で疲れてるだろうから、しっかり休みなさい」
「うん、わかった」
「それじゃあまた明日ね」
「……ねぇ、ユズキ」
甘えるような声を出して目を閉じ唇を突き出すカンナ。ユズキはそこに自分の唇を重ねた。そのまま自然と抱きしめ合った2人はたっぷり10秒ほどキスをした。
「……んん……、ぷはっ!」
唇を離すと、カンナが大きく息を吸う。毎回そんな様子がかわいいのでユズキは「キスしてる最中は鼻で息を吸えば苦しくないわよ」とまだ教えてあげていなかった。
「ユズキ、好き」
「うん。私もカンナが好きよ」
2人は最後にもう一度強く抱き合った。
「じゃあまた明日……帰り、気を付けてね」
「ええ。ありがとう。じゃあまたね」
ユズキを見送ったカンナはテキパキと家事を進める。制服を脱ぐと、スーツケースから取り出した他の服と共に洗濯機に入れてスイッチを入れる。私服に着替えたらお土産として買ってきたソーキソバを夕食として準備する。スマホを鳴ったので確認すると、カンナママからあと20分ほどで帰宅するよとのメッセージだったのでその時間に出来上がるように逆算して調理を始めた。
「ただいまー。良い匂いがする!」
「お母さん、おかえりなさい。晩御飯できてるよ。
「あー! カンナがいる! おかえり、沖縄は楽しかった?」
「うん、楽しかった!」
ユズキと話したおかげで元気を取り戻していたカンナは、カンナママからの質問に素直に頷く事が出来た。沖縄での出来事を楽しそうに語るカンナに、うんうんと頷くカンナママ。
「これがお母さんへのお土産ね」
はい、と袋を渡す。中には「ザ・沖縄」といったパッケージのお菓子と化粧品などカンナセレクトのお土産が入っている。
「あら、ありがとう。こんなに貰っちゃっていいの? ユズキちゃんの分は大丈夫?」
「平気だよ。ユズキにはもう渡したし」
「あらあら、帰ってきて早速会いに行ったの? 相変わらず仲良しね」
「え! ふ、普通だよ」
ニヤニヤしながら指摘されて、カンナは慌てて誤魔化す。ユズキと恋人同士になった事はまだカンナママには伝えていないが、なんだが気付かれているような気はしている。母親の勘かな?
……もちろんカンナママはカンナとユズキが付き合いだした事を知っている。ユズキはたまに家に来てカンナママと晩酌するのだが、カンナとユズキが付き合いだして最初の訪問時に明らかに2人の空気が変わった事に気付いたし、なんならその夜ユズキから直接聞いていた。
だけどあえて気付かないふりをしているのは、カンナから言い出さない内は直接聞かないでおいであげようという親心と、何よりこうやって揶揄うと焦って照れるカンナが面白いからであった。
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