第6話 家具屋デート

 家具も何もない部屋の真ん中で、カンナはくるくると回るように全体を見回した。


「すごい! 広い!」


「でしょ。 ここがLDKで20畳ちょっとあるらしいわよ」


「20畳って聞いてもピンと来なかったんだけど、実際部屋に入るとすごく広いね!」


「今は家具が無いから余計にね」


「ユズキ、ここに引っ越して住むの?」


「どうしようかなって悩んでるのよ。事務所が欲しいって要求した時はビルの一室をイメージしてたから通うつもりだったんだけど、新築のタワーマンションだしね。

 設備もセキュリティも今の家より断然上なのよ。……カンナも一緒に住まない?」


「どどどど、同棲のお誘い!?」


「あ、そういう事になるのか」


 ユズキとしては今は思考がパーティモードだったので深く意識していなかったが、確かに一緒に住もうと言うならもうちょっとムードを作るべきだったかも知れない。


「わ、私は別にいいけど、うちにお母さんが1人になっちゃうからなあ」


 ちなみにカンナの家は渋谷から電車で30分ほどのベッドタウンにある一戸建である。詳しい話は聞いたことは無いが、両親が離婚した後もそのまま住めているので、今は母親の名義になっているのかと想像している。


「それもそうね。でも進学先によっては再来年から一人暮らしでしょ? 地方の大学に行ったらカンナの家からは通えないわけだし」


 まあ都内に通える場所に住んでいてわざわざ他の地方の大学に行く子は珍しいかもねと続けるユズキに、カンナは曖昧に笑って返す。高校2年生の秋というこの時期、未だにカンナは進学するか、探索者として生計を立てて行くかを決めきれていなかった。


「ユズキは私が進学した方がいいと思う?」


「……前にも話した通り、それはカンナが自分で決めないとダメ。そりゃあずっと一緒に探索者が出来れば楽しいけど、私に気を遣って自分の将来を狭めるような選択だけはしないでね」


「はーい」


 カンナが探索者を始めた理由の一つに、学費の捻出がある。今のペースであと1年ちょっと探索者を続ければ、余程学費が高い大学でなければ4年分の学費程度は貯金できる見通しでもある。

 だからこそ、そろそろ将来について真剣な考えるべき時期ではあるのだが、まだカンナは結論を先延ばしにしている。


(私はユズキと探索者を続けたいんだよなぁ……。)


 なんとなく、ユズキは進学を勧めているような雰囲気なので「一緒に探索者を続けたい」と言い出し辛いのだ。


(まあ、もうちょっとしたら相談しよう……。)


 まだ結論を出さなくても大丈夫。そう考えて今日も結論を保留したカンナであった。


「それで、今日はこの後どうする?」


「とりあえず最低限の家具を買いたいなって思ってるの。この部屋だけでもダイニングテーブルとソファ、ローテーブルとテレビ台……あと、カーテンも忘れちゃだめね。 ネットだと失敗が怖いから、一緒に見に行こう?」


「うん! 行く行く!」


「確か新宿に大きい家具屋さんがあるからそこに行きましょう」


 カンナは大きな家具屋に来るのは初めてだった。ユズキ好きな人と一緒に部屋のレイアウトを考えながら家具を見るのが楽しくないはずも無く。すっかりテンションを上げて様々な家具を選んでいった。


「ベッドはどれにする?」


「待って、まだあそこに住むって決めてないんだけど」


「あ、そうだった。でもベッドがないと夜遅くまで仕事した後わざわざお家に帰らないといけないよ?」


「逆に言うとベッドがあったら家に帰らなくなりそうなのよねー……」


 なんていいつつ寝具コーナーに足を伸ばす2人。


「私、子供の頃こう言うベッドに憧れてたんだ。お姫様みたいで」


 そういってカンナが指したのは天蓋付きのベッドだった。


「わかる。私もちょっと憧れてたし。こんなベッドも売ってるのね。……さすがに寝室には入らないかなあ」


 無理をすれば入りそうだけど、他に何も置けなくなりそうではある。


「ふふ、流石に今はちょっと恥ずかしいかな」


「まあ結局こういう普通のベッドよね。一人で寝るならセミダブルでいいけど、カンナと添い寝するならダブルかクイーンかなぁ」


「そ、添い寝!?」


 予想通りの初々しい反応である。


「2人とも小柄だしダブルベッドでいいかな? でもいざ寝てみて狭いとストレスよねぇ。ベッドが狭いからってカンナがお泊まりしてくれなくなったら寂しいし、大きい方にしちゃおかな」


 隣で慌てるカンナを揶揄いつつ、結局クイーンサイズのベッドを買ってしまうユズキであった。


 家具屋デートを満喫した2人はそのまま遅めのランチを取ることにする。


「今日買った家具が届くのは今週の日曜日だって。土日の探索で遠出すると受け取れないから、土曜日の探索は日帰りできる場所でいい?」


「うん。前に作ったリストでまだ行ってないところ、日帰りで行ける範囲だと……鎌倉あたりのダンジョンはどう?」


「鎌倉っていうと、石人形ゴーレムね。私達の実力だと一番下級のブロンズゴーレムぐらいしか狩れないから儲けは少ないけど、いい?」


「うん、大丈夫。シルバーゴーレムは流石に斬れないかな?」


「どうだろう? 1体くらいは試しに戦ってみてもいいかもね」


 そんな感じで週末の予定を立てていると、カンナのスマホが震えた。画面をチラリと見るとミサキからのメッセージであった。


「見てもいいわよ」


「ありがとう。……明日、トモと3人で会えないかって」


「行くの?」


「そうだね。トモとの事も早めに解決したかったし、行ってくるよ。……ねぇ、ユズキ。2人に私達が付き合ってるって言っても良いかな?」


 当初はミサキとトモが付き合ってると打ち明けてくれてから自分も話そうと思っていたカンナ。しかしそのミサキとトモが付き合っているという前提がカンナの勘違いであったため、自分から話すしか無いと考えたのだ。


「良いわよ。別にやましい事がある訳じゃない、し、……?」


 そこまで言ってセリフが固まるユズキ。冷静に考えて未成年の女子高生と付き合う21歳はやましく無いと胸を張って言えるだろうか? 一応肉体関係はカンナが18歳になるまでは自重しなければと考えているが、時折襲いかかりたくなる事もあるのでいつまで自制できるか怪しいとも思っている。


「ユズキ、どうしたの?」


「あ、ううん。何でもないわ。大事な幼馴染に誠実に接しようとするのってカンナらしいもんね。私はあなたのそう言うところ、好きよ」


 さらりと「好き」織り交ぜてくるユズキに、カンナはまた顔を赤くして「私も好き」と返した。


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「カンナ、明日OKだってさ」


「ありがとう、ミサキ」


「全く、修学旅行中に告白するなんて聞いてなかったわよ。それじゃあ他の男子と一緒じゃない」


「そうだな、焦っちまった……」


「まあ最近のカンナは可愛さに磨きがかかってるから焦る気持ちも分からないでもないけどね」


 ミサキは出されたお茶に口を付ける。トモから呼び出されて話を聞いてみれば、修学旅行最終日の夜にカンナを呼び出して告白、見事に玉砕したという話であった。

 正直そうではないかと思ってはいた。あの日のカンナの様子は明らかにおかしくて、詳しくは話さなかったけれど直前に誰かに呼び出されてホテルのロビーに向かったというクラスメイトの証言もあったので、トモから告白された可能性は高いなと睨んでいた。


「それで、私からもトモと付き合うように口添えしろってこと? 流石にそれは嫌だけど」


「そういう話じゃない。ただ、俺が告白した時のカンナの様子がおかしくて。ほら、前に距離を置かれた期間があっただろ? あのときみたいな感じだったんだ」


「下心丸出しなのが見え見えだったんじゃない?」


「いや、流石にそんな事は、なかった、と、思いたい……」


 トモとしてはあくまで真剣な告白のつもりだった。もちろん告白してOKを貰えたら……という思いがなかったとは言わないが、そこまで変な告白だったとは思わない。


「でも確かにカンナの様子は明らかにおかしかったからね。トモから告白されてパニックになったっていえばそうなのかもだけど、もっと深刻な感じがしたし」


「だろう? 俺がフラれたのは仕方ないとして、それが原因でカンナを何か傷付けてしまったならそれは謝りたいんだ」


 普通は振った男にそんな心配をされるのも迷惑だと思うしなんならお前の告白のせいだよと言いたくもなるが、トモの真っ直ぐな想いは伝わってくるので、ミサキは2人の間を取り持つ事にした。


「まあ、さっさといつものカンナに戻って欲しいしね」


 それでも、トモが友人の枠を超えようと一歩踏み出したその時点で3人の関係はこれまでと同じではいられないんだよなと思って寂しさを覚える。


 周りからは付き合っていると思われており、カンナさえ勘違いしていたミサキとトモだが、この2人の間には100%の友情が成立している。なぜなら2人とも


 トモは幼い頃からカンナの事が好きで、ミサキに対しては友達というか、もはや家族に近い情を抱いている。ミサキも同じで、トモの事は家族としてしか見れない。皮肉にもそれはカンナが2人に対して抱いている感覚と同じであった。


 思春期に差し掛かり、それぞれのカンナへの想いは少しずつ形を変える。トモのそれは、純粋な恋心として熟成していった。結果的に届かなかったが、正面からカンナに伝えた事で自分の中で区切りを付けることができた。明日もう一度話すことが出来ればその想いに決着をつける事ができるだろう。失恋の傷は深く痛いが、癒えないものでもないのだから。


 一方でミサキの想いは――。

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