第2話 修学旅行イン沖縄

 沖縄での修学旅行、その日程も終盤に差し掛かっていた。前半の日程では平和記念公園に行って戦争の歴史を学んだり、琉球文化を学んだりとキチンと「修学」する。今日からは待ちに待った自由行動。希望者を乗せたバスは美ら海水族館に向かう。


「美ら海水族館、楽しみだな」


「カンナって水族館好きよね」


「うん。昔はミサキとも良く行ったよね」


「……そうね」


 親同士も仲が良かったので、週末や長期休みに何処かに出掛ける時は、どちらかの親が引率してくれる事も多かった。そしてカンナやミサキをよく水族館に連れて行ってくれたのは、離婚したカンナの父親である。思い出話をしようとすると嫌でもカンナの父の事が話題に出てしまうため、水族館の話はミサキが避けて来た話題の一つであった。カンナの両親の離婚後は、敢えて水族館に行こうということが無かったので、ミサキ自身も小学校以来の水族館である。


 ほどなく水族館に到着。バスを降りて入り口に向かうカンナとミサキに、1人の男子生徒が声をかけてきた。


「ひ、日出さん、良かったら俺も一緒に回ってくれないかな?」


「あー。ごめんなさい、ミサキと回るんで」


「そ、そっか……」


 あっさり撃沈して去っていく男子生徒。


「ズバッと断るわね」


「それ以外の断り方ってある?」


「確かに。それにしてもバスの中でも誘われてたし、モテモテね」


「……みんな沖縄って事で浮かれてるんでしょ」


 ミサキには言っていないが、昨日もホテルで夕食前に1人の男子から「良かったら自由行動を一緒に回らないか」と誘われて断っている。つまりカンナはこの2日で3人からのお誘いを受けたということだ。


 だがこれはカンナに声をかけて来た男子生徒に限らない。沖縄という非日常の空気がそうさせるのか、あちらこちらでデートのお誘いや夕食後に呼び出して告白、無事カップルになったなんて話が飛び交っていた。ふと見回せばさっそく水族館デートをする初々しいカップルも居たりするくらいだ。

 ただしここでカップルが成立するのは2


「まあ沖縄のテンションで、全然話した事ない人に声かけられたって嬉しくも何ともないわよね」


「本当にそれ。みんな適当に声かけて来てるだけだよ。そうじゃなきゃわざわざ私に声をかけたりしないって」


 それは違うんじゃないかなあとミサキは思う。カンナ本人には伝えていないが、ミサキが知る限りカンナは滅茶苦茶モテる。トモから聞いた話では男子同士の恋バナになると絶対に名前が上がるくらいには人気がある。


 もともとカワイイ系の顔立ちをしていたが、ユズキと組んでパーティ活動を始めてからはその魅力に磨きがかかっている。まずメイクを覚えた事で顔の良さがより引き出されるようになった。学校には日焼け止めの他に眉を整えてリップクリームを塗る程度のナチュラルメイクではあるが、これだけでもノーメイクの女子に対して物凄いアドバンテージがある。また日々のトレーニングによって無駄な肉が落ちてより健康的な身体になっている。

 だけど何より大きいのは、探索者活動が上手くいく事で自分に自信を持てるようになった事だろう。自分に自信を持つ事で何事にも前向きになり、それが彼女の本来持つ魅力的な雰囲気を後押ししているのだ。

 加えて柚子缶が有名になってきた事でカンナが「柚子缶のカンナ」である事を多くの生徒が知った。


(これでモテないわけがないんだよなぁ。)


 現に今、チンアナゴを見てはしゃぐ姿だって同性のミサキから見ても可愛くて仕方がないわけで。親友ポジションでカンナの隣をキープできる幸運をしっかり享受するミサキであった。



「ねえねえ、これお揃いで買わない?」


 お土産コーナーでカンナがミサキに指差したのは、ジンベイザメをかわいくデフォルメしたキーホルダーであった。


「青とピンクがあるから、色違いでさ」


「カンナがピンクならいいわよ」


「やった! じゃあね……、うん、この子たちにしよう」


 キーホルダーをいくつか手に持って吟味してから、青いサメのキーホルダーをミサキに手渡す。


「そういえばカンナってぬいぐるみもしっかり見比べて1番かわいい子を選ぶのよね。さすがにキーホルダーは全部同じだと思うけど」


「ぬいぐるみは一人一人顔が違うからね。いま吟味したのは汚れがないかとか、チェーンが曲がってないかとかだよ」


「そういうことか。ありがとう」


 お揃いのキーホルダーに満足しつつ、水族館を後にする。またバスに揺られて那覇市街に戻る。


「そういえば沖縄のダンジョンは探索しないの?」


 ミサキは何となくカンナに訊ねる。


「攻略できそうなダンジョン、あるにはあるんだけどね。わざわざ沖縄まで足を運んでまでって考えると微妙な感じ」


「そうなんだ。じゃあ沖縄遠征編は期待できないわね」


「あはは、希望があるなら一応ユズキにも伝えておくよ」


「特に希望ってわけじゃないから、別にいいよ。一視聴者としていつか来るかもしれない沖縄編を楽しみにしておく」


「貴重な視聴者さんだ」


 

 午後は首里城を見て、その後は今日宿泊するホテルに向かう。


「とりあえず首里城と美ら海水族館を観光したら沖縄を堪能したと言えるのではないだろうか」


「私は、海水浴もせずに沖縄を語るのは流石に如何なものかと思うわよ?」


「それもそうか。じゃあ次は夏に来ようかな」


 カンナはそう言ってユズキとの沖縄旅行も楽しそうだななんて妄想を膨らませた。


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 ホテルで夕食を食べた後は基本的には自由時間。ただし異性の部屋に行くのは厳禁である。宿泊はそもそも別の棟だし、各フロアには見回りの先生がいる。異性のと会いたければロビーで会いなさいという事だ。


 カンナとミサキは、それにクラスメイトの女子2人を加えた4人部屋で、お菓子を食べながらトランプをしつつ井戸端会議に花を咲かせていた。


「え、このちんすこうってお土産じゃないの?」


「違うよ、今日みんなで食べようと思って買ったやつだよ」


「マジかー、さすが探索者様はお金の使い方が豪快だわ。ありがたくいただきまーす」


「ところでカンナさ、隣のクラスの高山と和泉を振ったんだって?」


「高山と和泉……? 誰だっけ?」


「ほらカンナ、水族館行く途中でデートに誘って来た男子達」


「ああ、あの人達か。振ったって言うか水族館回ろうぜって言われたから断っただけだよ」


 それにしても、さすが告ったの付き合ったの振られたのは修学旅行の裏メインイベントなだけあってすぐに伝わるものなんだなあとカンナは感心する。

 

「ここで誘うとか実質告白じゃん?それを断るってつまり振ってるって事よ。やっぱり結構この修学旅行に賭けてる男子は多いからねー、勝負に出るのよ」


「私なんてずっとカンナの隣に居たけど一度も誘われてないんだけど」


「ミサキには旦那がいるからじゃん?」


「違うから!」


「え、違うの?」


「もう! カンナまで!」


 プリプリと怒るポーズを見せるミサキ。カンナは笑いながら謝りつつ、その怒ったお口にちんすこうを入れてあげる。

 

 学校のみんなは、ミサキとトモは付き合ってると思っている。それは家が近くて共に帰宅部なので自然と一緒に帰る事が多いから、2人は付き合っていると噂にとなったというだけの話ではある。だけど、今みたいに直接言われれば否定もするが積極的に噂を消そうとするわけでもないため、いつの間にかミサキとトモは公認カップル扱いされているのだ。


 実はカンナも、なんだかんだ自分に隠れてミサキとトモは付き合ってるんじゃないかなあと漠然と思っていた。最近3人で会うと、ミサキとトモが何やら目線で会話している事が増えた気がするのもその根拠だった。


 中学時代はカンナも含めた3人で帰る事が多かったのだが、高校入学後はカンナは探索者稼業に精を出すようになったため、3人で帰る事はほぼ無くなった。ここ1年以上はミサキとトモは2人きりでいる時間も長いし自分が知らない事も色々とあるのだろう。


 ……2人が付き合ってるとなると3人で会う時にカンナが気を遣うだろうから黙っているんだろう。そのうち打ち明けてくれるのかな。その時には、自分もユズキと恋人同士になったって報告できるかな。そんな風に考えていた。

 

 だからカンナは油断していた。男子が自分を誘うと言うのは、そこから告白に繋げるつもりだろうと予想できたから全て断ってきたが、トモが自分を呼び出す事は無いだろうし、もしもあったとしてもミサキに関係する相談だろうと思い込んでいたのだ。


「さて、そろそろ順番にシャワー入って寝ましょうかね」


「お風呂入れない? 私ビジネスホテルとかでも湯船にお湯を張って入るタイプなんだけど、みんなはシャワーで済ます派?」


「女子高生はあんまりビジネスホテルで湯船に浸かる浸からない討論をしないかな。私はシャワーで良いんだけど」


 結局お風呂に浸かりたいと主張したカンナが最後に入る事になり、残りの3人が先にシャワーを浴びることとなった。


 1番手にミサキがシャワーに入る。他の2人はスマホを弄っているので手持ち無沙汰になったカンナもスマホをチェックすると、2件のメッセージが届いていた。

 片方はユズキからだ。疲れてないか? 明日、気をつけて帰っておいでとカンナを気遣うメッセージに、お母さんみたいだと心の中でツッコミつつもスタンプで返信する。

 もう一件は、たった今届いたもので、トモがカンナを呼び出すものであった。


「私に用? ミサキじゃなくて?」


 疑問を抱きつつも、スマホ持ってロビーへ向かう。


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 ホテルのロビーには何人かの生徒がいた。教師も2人立っていて、さり気なく全体に目を光らせている。


 カンナを呼び出した人物は、少し奥まったソファに腰掛けていた。


「トモ、お待たせ」


「カンナ。来てくれてありがとう。……ちょっと外で話さないか?」


 彼は中庭を指差す。一周100mほどの散歩コースがあり、そこで歩きながら話をしようと言う事だろう。2人並んで中庭を歩く。この段階でもカンナは、トモの話はミサキに関する相談事だと信じて疑わなかった。


「それで、話って何?」


「ああ」


 トモは意を決したように一度深呼吸をすると、カンナを真っ直ぐ見つめて告白する。


「カンナ、俺、ずっと前からお前のことが好きだったんだ。……付き合って下さい!」


 カンナにとっては完全な不意打ちとなる告白。トモが好きなのはミサキだと疑っていなかったし、今もどうせサプライズプレゼントのアドバイスをして程度の相談だろうと思っていたからだ。だから、一瞬で頭が真っ白になってしまう。


「いつかカンナの隣に立てるようになるまではって思って居たんだけど、探索者としてどんどん成長していくカンナを見ると焦っちまって……、もしも今は探索者稼業が忙しいって事でOKして貰えないとしても、俺の気持ちだけでも伝えたいって思って――。――――。――」


 トモが何か言っているが、頭に入って来ない。ドクンドクンと自分の心臓の音ばかりが大きくなって、トモの声も、周囲の音も聞こえない。


「――――。……って、カンナ?」


 自分の話が聞こえて居ない可能性に気付いたトモが、心配してカンナの肩を軽く揺する。はっと我に帰ったカンナはその肩に置かれた手を乱暴に払う。そして目の前の幼馴染に示したのは、


「カンナ……、」


「――嘘吐き」


 明確な拒絶の意思であった。

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