第2章 成長と変化の物語
第2章 プロローグ
秋の深まる10月。柚子缶の配信は順調だった。
「……というわけで、今日はサムライオーガの討伐でした! みんな、応援ありがとー!」
「それでは今日の配信はここまでです。チャンネル登録と高評価、よろしくお願いします」
「カンナ、告知告知!」
「え? あ、そうだった。来週末は一回、配信をお休みします! ちょっと外せない用事があって……ごめんなさい」
「ではまた再来週ということで、またね」
カンナが配信をオフにする。ユズキは確認用端末で配信が終了していることを確認した。
「……よし、配信終了」
「お疲れ様。サムライオーガは魔石と武器が素材になるんだよね」
「そうそう。魔石は心臓付近ね。ナイフある?」
「あるある」
仰向けに倒れているサムライオーガの上にひょいと乗り、心臓にナイフを突き立てるカンナ。手慣れた様子で魔石をほじくり出す。ちなみにこの手の作業、ダメな人はとことんダメなので魔石取り出しや死体の解体に抵抗が無いというのはある種の才能である。
「よし、取れたよ。これで100万円くらいだっけ?」
「ええ。強さのわりに、あまり高くないのよね」
「ユズキは感覚がバグってるよ。100万円って大金だよ?」
「確かにエルダートレントの1億円が未だに頭から抜けてないわ」
「あれは1000万円だったから。そういえば希望していた
「ええ。カンナにも立ち会ってほしかったんだけど、修学旅行だものねえ」
「ごめんね。流石に修学旅行には行っておけってお母さんにも言われてて」
「当たり前。でも修学旅行で沖縄か……この時期って海に入れるの?」
「入れるらしいよ。私は今回は入らないけど」
「あら、そうなんだ。まあ確かに修学旅行で海水浴も無いか……。平和について学ぶ感じか」
「そうそう。そっちがメイン。一応美ら海水族館とか首里城とかは見に行くけど、周りは結構行ったことある子が多いんだよね」
「まあ沖縄って観光地としてはメジャーだものね」
雑談に花を咲かせつつ、素材の回収も終えた2人。
「じゃあ行こうか、『身体強化』」
「はーい。『広域化』」
ここは岡山にあるダンジョンの四層。普通はここから地上までたっぷり3時間はかかるのだが、柚子缶の場合は広域化身体強化で20分ほどで駆け上がる。そんなに急いで大丈夫なのかと言うと、速く移動すればそれだけモンスターに襲われるリスクも下がるため実は下手に警戒しながら歩くよりも安全なのだ。もちろん、事前に最大限安全なルートを確認してはいるのだが。
先日のエルダートレント討伐で得た2000万円――素材の売却代金1000万円と北の誓いからの救援報酬1000万円――を、2人は装備に注ぎ込んだ。インナースーツタイプの戦闘服は1人500万円。モンスターの素材が編み込まれている高級品で防御力は折り紙付きだ。
ショートソードもダンジョン鉱を使った一般的なものから、ミスリル鉱のものに換えた。こちらは一本250万円。
2人分で1500万円を気前よく使った事で、これまで「実力的には勝てると思うけど安全マージンを考えたらやめた方が無難」と位置付けていたモンスターの討伐に挑戦できるようになった。
今日狩ったサムライオーガもそんな
無事に地上に戻った2人。岡山支部に素材を持ち込んで買い取って貰う。
さて、今日はこのまま観光の予定だ。カンナはネットで調べたデミカツ丼を楽しみにしている。こうやって全国の美味しいものを食べて回れるのも遠征の魅力よね、そんなご機嫌な2人が報酬を受け取り協会の出口に向かっていると不意に後ろから声をかけられる。
「お、まさか柚子缶?」
「……どちら様?」
「マジで!? 本物じゃん!」
「動画で見るよりかわいいな! もしかして配信の帰り? 今日は何狩ったの?」
チャラい男の3人組がユズキとカンナを取り囲んだ。
「何か用ですか?」
「別に用って程じゃないけどさ。俺たち「トリプル桃太郎」って名前でパーティ組んでるんだ。ところで今日の狩りは終わり? こんなところで会ったのも何かの縁だし一緒に飯でも食いに行こうぜ。岡山の美味いメシ奢ってやるよ」
ぐいぐい捲し立てて迫ってくる男達。カンナはすっかり萎縮してしまっている。
「結構です。退いてください」
「そんなつれないこと言わないでさぁ。女の子2人だと色々と危ないよ?」
今危ないのはお前らだよ。ユズキはそう言いたいのを堪えて振り切ろうとする。
「おい、ちょっと!」
三馬鹿の1人がグイっとカンナの肩を掴む。
「……ひっ!」
カンナはその場で小さく悲鳴を上げて固まってしまった。
「っ! 離しなさいっ!」
ユズキは、カンナを掴んでいる男の手首を掴むとそのまま締め上げる。
「痛てぇ!! おい、やりやがったな!?」
「先に手を出したのはそっちでしょ?」
「なんだと!?」
「ちょっといいですか!? この人たちにナンパされて、身体も触られて、迷惑なんですけどっ!」
ユズキは大きな声で協会の受付の方に声をあげた。こう言われれば協会側としても対応せざるを得ない。受付から事務の人間がこちらに歩いてくるのをみたナンパ男達は旗色が悪いと見るやさっさと退散した。
「なんだよ、ちょっと有名人だからって調子に乗りやがって!」
捨て台詞も忘れない。ユズキはそんな奴らは放っておいてカンナに声をかける。
「カンナ、平気?」
「う、うん……ユズキ、ありがとう」
「あの、大丈夫ですか?」
協会の事務員が2人に声を掛ける。ユズキは彼に礼を言うとさっさとその場を離れる事にした。駐車場では念のためさっきの男達が待ち伏せしていないか確認してから、車に乗り込む。
「せっかく楽しい気分だったのに、台無しね」
「……こわかった……」
「どうする? もうデミカツ丼って気分でもない?」
「ううん、それは食べる」
食べるんかい。気弱なようで変なところは図太い恋人の様子に、ユズキは思わず笑ってしまう。
「それにしても、有名税ってやつかな……あんな奴らがしょっちゅう絡んでくるようになるなら、対策考えた方がいいわね」
片っ端から『一点集中』した拳でぶん殴れたら早いけど、そう言うわけにも行かないしなあ。
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