第1章 エピローグ
慌しかった夏休みも終わり、2学期が始まった。久しぶりに会う親友に今さら北海道土産を渡すカンナ。
「はい、これがミサキの分で、こっちがトモの分ね」
「北海道のお土産ならだいぶ前に家に届いたわよ?」
「郵送したのは日持ちしないお菓子とか海の幸だね。今日のは2人のために私が厳選したアイテムだよ」
「俺のは開けるまでも無く何か分かるんだけど」
「さすがトモだね!」
「いや、この長さと形はどうみても木刀だろこれ!」
「うん。トモはこういうの好きそうかなって」
「高2にもなって木刀って……」
「私のは、シマエナガのぬいぐるみ?」
「うん。かわいいでしょ」
「嬉しい。これカンナだと思って大事にするわね」
「え、そこまで? そんな重く受け止めなくていいよ?」
「ううん、一生大事にする」
「あ、じゃあ俺もこの木刀をカンナの形見だと思って一生大事にするわ」
「まてまて、死んで無いからな?」
花火大会に行けなかったから怒ってないかな、そんな風にちょっとだけ不安だったカンナだけど、2人がいつも通りに接してくれてホッとした。
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配信を再開した柚子缶。そのチャンネル登録者数は倍増していた。
「こんにちは、お久しぶりです。カンナです」
「しばらく配信休んじゃってごめんなさい。SNSでは説明したんだけど、前回の配信……あ、トレント希少種討伐じゃ無くて、そのあと予告無しで配信した方だね。そこでカンナが怪我しちゃって、怪我自体は1週間くらいで治ったんだけど。春からずっと探索続けてきたからちょっと休息と装備の更新も兼ねて長めにお休み貰いました」
「そうそう。前回の配信についてはこのあと移動しながら話すね。まずはみんな、心配してくれてありがとう」
「新しくなった装備も披露しちゃおうかな。剣とか、凄くいいやつに換えたからこれからはもっと強いモンスターも狩れるよ!」
「というわけで今日は渋谷ダンジョン三層のシルバーウルフを狩りに行きます。習性は二層のワイルドウルフと変わらないんだけど、一体一体が全然強いんだよね。毛皮も硬くてこれまでの剣だと中々ダメージが入らなかったんじゃ無いかな」
「強くなった剣でどれだけ戦えるか、楽しみにしてて下さい! ということでカンナ、行こうか」
「うん、ユズキ!」
― てぇてぇ
― 待ってたよー
― おかえり!
― 今日もてぇてぇなあ
― 戦闘服変わったか?
― インナータイプ下に着込んだのか。
― 新武器期待
ユズキが端末でコメントを確認すると、視聴者からは好意的な声がほとんどだった。しばらく休んだことや、前回のボス討伐で期待値が上がりすぎたのでは無いかと懸念したけれど、これまで通り堅実な探索にシフトしても問題なさそうでホッとする。
そんな中、ひとつのコメントが目に留まった。
― なんか2人、前より距離が近い気がする
ギクリとする。先日、カンナと想いを伝え合って、2人は晴れて恋人同士になった。だけどまだそれを誰にも言っていないし、配信で公にするつもりも無い。
あくまでも探索時はパーティとして、イチャイチャするのはプライベートの時だけにしようと決めていた。だから今日の配信でもいつも通りにしたつもりだったし、大多数の視聴者は特に違和感を覚えてはいない。
(でも、わかる人にはわかっちゃうものなのかなぁ。)
恋人同士特有の空気感とか、そういうのだろうか。これをカンナに伝えたら変に意識して思い切り墓穴を掘りそうだったので、あえて伝えない事にする。
「ユズキ、どうしたの?」
「ああ。ちょっと端末の調子が悪かったみたいだけど、もう大丈夫。じゃあ行きましょう」
「おー! 頑張ろうね!」
両手でガッツポーズを作るカンナ。
― かわいい
― あざとかわいい
― てぇてぇ
― 頑張れー!
ユズキは端末をウエストポーチに仕舞うと、気持ちを切り替える。装備は新調したとはいえ、久しぶりの探索だ。油断せずに行こう。
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「はぁ……、今日も柚子缶の2人、最高だったわ……」
柚子缶のシルバーウルフ討伐が終わるのを見届けたその人物は、大満足と言わんばかりにパソコンデスクから立ち上がり、ベッドにダイブする。
「今日の配信のアーカイブがアップされるのは夜かな?」
今日はカンナがシルバーウルフの尻尾を踏んづけて転びかけたところをユズキが抱き止めたシーンがベストショットだったな。あそこを山場に持ってきて……あとは最初に話してた前回の配信、エルダートレントを討伐することになった流れもちゃんとまとめないと。ああ、ユズキが前にいた
切り抜き動画とはいえ、新規視聴者が見て混乱しないようにきちんと作らないと。
ベッドでゴロゴロしながら作成する動画の構成を考える。ベッドサイドのノートに、思いついたことを忘れないように走り書きしていく。
「エルダートレントの討伐といえば、あれってやっぱりキスしてたのかな?」
ユズキがエルダートレントに向かって飛び出す直前、カンナと重なったように見えたシーンがある。ただ、角度が悪くて肝心なところが上手く映っていなかったので、そうだったらてぇてぇなあと思いつつも、前回はやはりユズキの一刀両断のシーンがハイライトで、あらぬ推測を字幕で入れることは控えたのだ。
「でも今日見た感じ、絶対2人の距離感が縮まってたんだよなぁー!」
何がと言われると説明し辛いのだが、この半年間柚子缶を追い続けたからこそ微妙な雰囲気の違いに気付けたというか。要はオンナの勘だ。
「とはいえ、本人達が公にしていない以上は切り抜き動画にするのはマナー違反だよね。妄想は捗るけど、そこまでにしておくか」
とりあえず今日の配信の切り抜き動画の構成は大体固まった。それじゃあアーカイブ配信が来るまで一眠りしておくか。そう結論付けて、彼女はそのまま睡魔に身を任せた。
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