第24話 夏の終わりに
「「怪我も治ったので、今週末からまた配信再開予定です」っと。よし、周知完了」
カンナは来週の探索計画を練りつつSNSに告知を流す。今日は新しい戦闘服が届いたのでユズキの家で袖を通しているのだ。
「待ってくれてる視聴者さんもいるだろうから早く再開しないと。新しい戦闘服も届いたしこれも披露したいね」
「張り切るのは良いけど、無理はしちゃダメよ。というかカンナ、インナー着れた?」
隣の部屋にいたユズキが入ってくる。
「うん。あ、ユズキも着てみたんだ」
「採寸はして貰ったけど、サイズ合ってなかったら直して貰わないとだからね。キツく無い?」
「あの、胸の部分が痛いんだけど……」
「ホント!? ってカンナ、ブラジャー外してないじゃん」
「え、これノーブラで着るの!?」
「うん。じゃないと体捻った時にブラのワイヤーがインナー突き破っちゃうよ。最悪自分に刺さる」
「ええ……ノーブラで着るとかこれインナー破けたらほぼ全裸じゃん……」
「ショーツは履いてていいわよ。それにこのインナーはモンスター素材が編み込まれてるから、もしこれが破けて全裸を晒すほどのダメージ受けた場合はそんなの気にしてる余裕がないくらいの大怪我よ」
今回買った戦闘服は顔以外の全身をピッタリした生地で守るタイプで、カンナは選ぶ時は映画で女スパイがよく来てるやつだ! と楽しそうにしていた。ネットでは全身タイツ型と呼ばれる事もあるが、要はボディラインがガッツリ出るタイプのインナースーツである。これ自体が丈夫で伸縮性もよく、さらにその上からこれまで来ていた戦闘服も着込むことができるので、総合的な防御力が段違いにアップする。ちなみにお値段は1着500万円ほど。
「これでどうかな?」
改めてインナーを着込んでユズキの前でくるりと回るカンナ。インナースーツによってくっきりと強調された、その魅力的な体のラインに思わずどきりとする。
「い、いいんじゃない? 変なふうに弛んでる所も無いし。逆にどこか突っ張るところはある?」
「大丈夫かな。ユズキにも弛みがないか見てあげる」
そう言ってカンナはユズキの全身をしげしげと眺める。
「どうかしら? ……ってどうしたの?」
気が付くと、カンナは顔を真っ赤にしてうずくまっていた。
「これ、すごくえっちじゃん……」
どうやらユズキの体のラインがはっきり出ていることに気付き、自分もそうだと思って恥ずかしくなったらしい。
「ああ、気付いてなかったんだ。どおりで平気な感じだと思ったよ。カンナの高校ってプールの授業ないの? スク水とかこんな感じだから慣れてるのかなって思ってた」
「……だからプールの授業は好きじゃないんだよ。男子に見られたりして恥ずかしいし」
「じゃあさっさとお互いチェックして上からこれまでの服も着てみましょう。そうして丸まってたらいつまで経っても終わらないわよ」
「うー、分かったよ。あ、ユズキのインナーも特に弛みは無かったから大丈夫だと思う。ユズキはスタイルいいから羨ましいよ……」
ちゃっかりチェックはしてから丸まってたのかよとユズキは苦笑いする。カンナも出会った頃に比べると色々と引き締まって来たし、十分魅力的だと思うがそれを伝えてもこの子は余計に照れてしまうので、黙って上から戦闘服を着込んだ。
「あとは実際に動いて問題無いか確認したいね。
「こ、この格好で行くの!?」
「上から戦闘服着て見た目は普段通りだから大丈夫よ。なんなら来週からこれ着て配信するんだけど」
「そうか、そうだよね。わかった、頑張る」
渋谷ダンジョンで軽く体を動かしてみてインナースーツの調子を確認する。広域化身体強化状態でも特に問題無くを阻害することなくこれまで通りの動きを再現できた。
「うん、新しい戦闘服も良い感じだね! 前の服のおかげで見た目の印象も変わってないし、これで防御力が上がったのは戦力アップだね」
「だけど私の斬撃の広域化は成功しないわね。エルダートレントの時は一発で成功したのに」
「あれでコツを掴んだと思ったんだけどなあ」
「そう考えるとあの一撃って本当に奇跡の一太刀だったのね。ギリギリの緊張感でゾーンに入ってたのかしらね?」
「うーん、あとは……、あっ!」
何かを思い出したカンナ。
「もしかしてコツを思い出した?」
「……コツじゃないけど、ほら、あの時ユズキが私に、ちゅ、チューしたなって……。それでなんか心がホワホワしてたなって思い出した……」
顔を赤らめつつだんだん小さくなっていく声で語るカンナ。最後の方はほとんど消え入りそうな声だった。
「そ、そっか」
ユズキも同じように顔を赤くする。なんとなく気不味くなった2人は戦闘服のチェックを切り上げて帰る事にした。
ユズキの部屋に戻ると戦闘服から私服に着替える。8月下旬の東京はまだまだ真夏の暑さを維持しており、そんな中でダンジョンまでの道を往復したインナースーツの下は汗でびっしょりであった。
「あの、ユズキ……シャワー借りて良いかな? 汗で気持ち悪くて」
「あ、うん、どうぞ」
シャワーで汗を流しつつ、改めてユズキにキスされた事を思い出すカンナ。
前回はギリギリの状況下だったし、そのあとはゴタゴタしていたし、なんだかんだお互い意識してこの話題を避けていたのだが、カンナが口に出してしまった事でそのバランスが崩れてしまった。
なんでユズキは自分にキスしたんだろう。パニックになっていた私を落ち着かせるため? だとしたら2回目のキスはどういう意図で……?
交代でシャワーに入ったユズキが出るのを待つ間も、カンナの思考はぐるぐると回り続けていた。そしてひとつの結論に達する。
「直接聞こう」
ユズキからは勝手に冷蔵庫を開けても良いよと言われているので、麦茶を2人分準備してリビングのローテーブルに置いて、シャワーから上がってくるのを待つ。
汗を流したユズキがリビングに戻ると正座で佇むカンナがいた。
「ユズキさん。こちらへ」
「あ、はい」
カンナから床をポンポンと叩いて着席を促され、思わず言われるままにそこに座るユズキ。
「ちょっとお話があります」
「あの、カンナさん。よろしいでしょうか?」
「はい、ユズキさん」
「どうして敬語なんでしょうか?」
「どうしてもです!」
「は、はいっ!」
「……ではお話があります」
「えーっと……、はい、分かりました」
ユズキもカンナの正面で正座する。
「では、ユズキさん。率直聞きます。あなたは私の事が好きですね?」
「はぁ!?」
「え、違うの?」
カンナから何の捻りもないストレートを放り込まれて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまったユズキ。そしてそれが「何言ってるんだ?」の意味かと思って慌てるカンナ。
「いや、好きだけど……」
「ほっ、良かった。それで、それはどういう意味ですか?」
「どういう意味って言われると……」
ユズキだってニブチンでは無いのでカンナが何の話をするつもりなのかは分かる。渋谷ダンジョンでの会話から、エルダートレントとの戦いでのキスについて言及するつもりなのは明らかだ。
あの時キスをした理由。一瞬でカンナを落ち着かせるためというのが一番ではあるが、正直言ってエルダートレントを本当に一撃で倒せるかなんてユズキにも分かっていなかった。あの状況でカンナを見捨てる選択肢は絶対になかったけれど、咄嗟に思い付いた斬撃の広域化だって成功率が高い手段だとは思っていなかったのだ。
だからもしも死ぬなら後悔をしたくないという想いで咄嗟に好きな人とキスをしたいと思って衝動的にしてしまったのだ。いざキスをしたらなんでも出来る気になってしまったのだが。
ユズキがどんな意味でカンナを好きか。言うまでもなく恋愛感情での好きである。そうで無ければキスなんてしない。だけどそれをカンナに伝える事に戸惑っていた。
カンナがユズキに抱いている感情がパーティの仲間以上のものでなかった場合はお互いに気不味くなり、どうしたって今後の活動に支障が出る。であれば今の心地よい距離感を保ち続けたほうがいいのではと思っていた。
……と理屈は付けているものの、つまり想いを伝えて断られる事に怯えているのである。できるお姉さんのユズキだけど恋愛においては経験ゼロの初心者、振られることに臆病な女の子である。
そんなわけで、いまも詰め寄るカンナを前にあと一歩が踏み出せない。顔を赤くしてモジモジしてしまい、どうしても言葉が出ないユズキ。先に踏み出したのはカンナであった。
カンナはぐいっとユズキに詰め寄るとその頬を両手で優しく挟み込む。そのままグッを顔を押し出し強引にキスをした。正面から真っ直ぐに顔を押しつけたので、鼻同士がぶつかって上手く唇が重ならなかった。そのまま少しだけ自分の顔を傾けて、押し倒すようにユズキの唇に自分の唇を押し当てる。
「ん、んん……、うん……。ぷはっ!」
たっぷり10秒はキスをした2人。経験不足のキスはただ唇を重ねただけのシンプルなものであったが、それでもカンナの心臓は破裂しそうなほど早く、強く高鳴っていた。
「私、ユズキが好き!」
真っ赤な顔ではっきりと宣言するカンナ。
「ユズキはいつも優しくて頼りになるお姉さんで、一緒にいると楽しくて……、だからこの前キスされた時、あんな状況だったけどすごく嬉しかった。ユズキも同じ気持ちで居てくれたんだって幸せな気持ちになった」
「カンナ……」
「それなのにっ! あのあとユズキはキスなんて無かったみたいにいつも通りに振る舞って!」
「それは、」
カンナに拒絶されることを恐れたから、
「私は次のキスをしてくれるのをずっと待ってたんです!」
一気に言い切ると、改めてユズキを真っ直ぐに見つめる。そしてもう一度はっきりと自分の想いを伝える。
「私はユズキが好き。パーティの仲間としてだけじゃなくて、ユズキに恋してます。これからもずっと一緒に居たいし、たくさんキスもしたい。
……ユズキは、私のことをどう思っていますか?」
最後は不安で声を震わせながらもしっかりと言い切ったカンナ。そんなカンナの告白を受けて、ユズキは嬉しさよりも申し訳無さで一杯だった。自分の臆病さが結果としてカンナを不安にさせてしまったという後悔に苛まれる。だけどせめてこれ以上はと、改めて姿勢を正してカンナに向き合う。
「カンナ、ありがとう。私もカンナの事が好き。もちろん、恋愛感情っていう意味で」
不安そうにしていたカンナの顔がみるみる明るくなる。
「私がちゃんと想いを伝えなかったせいで、不安にさせてごめんなさい。……もしもカンナに拒絶されたらって思うと怖くって、だったら居心地がいい今の関係のままでいた方がマシだって思ってた」
だけど、と続けて今度はユズキからカンナにキスをする。これまた不器用な唇を重ねるだけのキス。だけど今の2人にはそれで十分だった。
「もう自分の気持ちに嘘つくの、やめるね。今のままでいいなんてウソ。私もカンナとずっと一緒に居たいし、キスもいっぱいしたい。
こんな私で良かったら……付き合ってください」
カンナはガバッとユズキに抱きつき、その体を強く抱きしめる。
「うん……、うんっ! こちらこそ、よろしくお願いします!」
とびきりの笑顔をユズキに見せると、唇を少しだけ窄めて目を閉じる。ユズキもカンナを強く抱きしめて、もう一度唇を重ねた。
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