第23話 北の誓いの解散

「わざわざカンナまで来なくても良かったのよ? あんまり気持ちのいい集まりってわけじゃ無いんだし」


「だったら尚更、ユズキに全部お任せってわけには行かないよ。私だって柚子缶なんだから」


 そう言ってグッと拳を作るカンナを見て、ユズキは心強い気持ちになる。探索者協会の渋谷支部。その会議室のドアを開けると既に北の誓いのメンバーは揃って着席していた。サブリーダーとコウキはまだガーゼと包帯が痛々しい。


「柚子缶のお二人、お待ちしておりました」


 北の誓いにいた頃から馴染みだった受付の女性職員が、ユズキとカンナにも着席を促す。2人は北の誓いの5人と向かい合うようにテーブルに座った。


(……やっぱりダメだわ。)


 ユズキは内心でため息をつく。先日は幼馴染達に死んで欲しくない一心で救助に駆け付けた。結果として誰も死ぬ事なくそれが叶ったのは喜ばしい。

 だがそれはそれ、これはこれ。追放されたことは今更どうでも良くなっているのが正直なところだが、自己中心的な理由で無理な討伐を決行し、結果的にユズキばかりかカンナまで危険に晒す原因になった彼らを手放しで許す気にはなれなかった。事件からしばらく間をおいて改めて彼らと顔を合わせたわけだけれど、命の危機を乗り越えて和解……なんて気持ちは微塵も湧いて来ない。


 貰うもの貰ってさっさと帰ろう。ユズキはそう決心した。

 

「本日は10日前、札幌ダンジョンにて「柚子缶」が「北の誓い」に対して行った救援行為、その報酬の請求の機会としてこの場を設けました。また柚子缶からの要望によりこの場に探索者協会が立ち会わせて頂いております」


 先日のエルダートレント討伐劇。その際の救援報酬と実費の請求を行うにあたって、ユズキは探索者協会の立ち会いを希望した。彼らに請求する金額はエルダートレントの素材売却額(現金)の1000万円、それと探索者協会が柚子缶に対しての救助費用として請求した100万円を合わせた1100万円に決めた。


 当初想定していた1億円以上という額に比べればまだ現実的とはいえ、それでも北の誓いがポンと出せる額でも無いと判断したため、話が拗れる前に協会立ち会いの元でやりとりした方が良いと判断したのだ。


「請求金額はこちらに記載してある通り、1100万円で間違いないですか?」


 女性職員がユズキとカンナに確認する。


「はい、間違いありません」


「では北の誓いの皆さん、問題なければこちらにサインをお願いします。リーダー代表の方のサインのみで結構です」


 つい、と書類を差し出す女性職員。


「あの、この金額って適正なんですか?」


 リーダーがおそるおそる質問する。


「……救援の請求額は、救援したパーティが自由に設定する事が出来ます。なので適正な金額という言葉で言えばいくらであってもそれは適正という事になります」


「それなら、」


「但し」


 食い下がろうとするリーダーを声で制する職員。


「一応相場的なものは存在します。今回のケースでは北の誓いの皆様が対峙されたモンスターであるエルダートレント、その魔石と素材の売却価格の相場と同額を請求するのが一般的な救援報酬となっています」


「エルダートレントの素材の相場……」


「はい。ですので、強敵に挑まれる際は万が一討伐失敗して救援要請となった場合に払えないなんて事が無いように、懐事情と相談してから討伐を決行する事を協会も推奨しています」


 青くなるリーダー。ユズキが予想した通り、強い敵ほど高額な救援費用がかかることは知識としては知っていても、それが自分達に降り掛かる可能性など考えてすら居なかったのだろう。


「ちなみに、エルダートレントの素材の相場というのは……」


 受付の女性はハァ……とあからさまにため息をつくと、リーダーを睨みつつ答える。


「エルダートレントは個人探索者による討伐記録が全くと言っていいほど存在しないモンスターです。よって素材は市場に出回っておらず、相場自体が存在しません」


「相場が無い……?」


「とはいえ、希少な魔石と素材ですので、協会からは一定額での買取を柚子缶の2人に提示させて頂きました。具体的な金額は守秘義務がありお伝えできませんが、それに比べれば今回柚子缶が北の誓いに提示した金額は安すぎると言える程度になります」


「1000万円が安すぎるって、そんなっ……!」


「リーダー。もう辞めろ、見苦しいぞ」


 なおも食い下がろうとするリーダーを、サブリーダーが諌めた。


「だって……」


「エルダートレントの素材だぞ? 1000万円どころか1億円、いやそれ以上だっておかしくない。それを1000万円でいいと言ってくれているんだ。素直に払おう……というより、これに拒否権は無いはずだ」


「はい。あまりに高額な報酬の要求があった場合は協会を通して異議申し立てをする事もできますが、今回のケースではむしろ安すぎるというのが協会側の見立てですので申し立てたところで協会が仲裁することも出来ません。強制執行となる前に素直にお支払いする事を勧めます」


 リーダーは観念したように項垂れ、探索者証を差し出した。女性職員がそれを受け取り専門の端末に挿し込む。これでパーティ資金を確認したり、引き出したりといった作業を行える。


「……北の誓い名義のパーティ資金の残高は597万9425円。柚子缶の請求額には502万円ほど足りませんが、どうしますか?」


 ここで言うどうしますか? は、個人の預貯金からパーティ資金にお金を振り込むか、パーティとして借金するかという問いかけである。間違っても値切っていいという意味では無い。


「ひとり100万円、出せるか……?」


 サブリーダーがメンバーに問いかける。それぞれ顔を見合わせては居るが、首を振る者は居なかった。


「じゃあそれでいいな。みんな探索者証を出してくれ。端数の2万円ちょっとは俺の口座から抜いて下さい」


 サブリーダーに促されて各々探索者証を出す。探索者登録している口座の残高はこれを使う事でパーティ資金に移す事ができる。

 女性職員が手際良く各自のカードを差し替えて北の誓いのパーティ口座にお金を移していく。


「……はい、皆様の口座から100万円ずつ移動しました。ではこちらの書類にサインをお願いします」


 柚子缶に1100万円、支払う事に同意する書類にサインを求めると、リーダーは渋々とサインする。それを受け取った職員はさっさと端末を操作して柚子缶のパーティ口座に1100万円を振り込んだ。


「確かに、協会立会の元で北の誓いから柚子缶に救援報酬が支払われた事を確認しました。それでは私はこれで」


「ありがとうございました」


 カンナがお礼を言うと、受付職員は軽く会釈をして部屋を出ていく。


「さて、用も済んだし私たちも帰りましょうか」


「ユズキ、待ってくれ!」


 ユズキは自分達もさっさと退出しようとカンナに促したが、そんな彼女にリーダーが縋るように声を掛ける。


「お願いがあるんだ! さっき払った救援報酬の半分……いや、1/3でいい! 俺たちに貸してくれないか!?」


「はぁ?」


「ユズキなら分かるだろ。パーティの活動資金の全額を渡しちまったら今後の活動に差し支える。みんなから徴収しようにも、それぞれ100万円ずつ負担してるからこれ以上はしんどいと思う」


 リーダーの勝手な言い分に、まともに取り合う気にもならずユズキはそのままカンナの手を引いて会議室を出る。


「ユズキ、話を聞いてくれよ!」


 リーダーが立ち上がり、ユズキを引き止めようと迫ってくる。このまま追ってこられても面倒だと思い、ユズキは扉を閉める前に一言だけ返した。


「お断りよ。お金を借りたいならそれを仕事にしてる人から借りて頂戴。……大体何百万円も借金までして探索者を続けたいってみんなの総意なの?」


「何言ってるんだ、当たり前じゃ無いか」


「私にはそうは見えないけど。どっちみち私から貸すことは無いから、銀行か探索者ローンか、または消費者金融に相談して下さい。カンナ、行こう」


 そういうとユズキは、今度こそ会議室を後にした。あとに残されたのは北の誓いの5人。リーダーは不機嫌そうに椅子に腰を下ろした。


「くそ! ユズキのやつ、あれだけ稼いでいるんだから少しくらい貸してくれたっていいじゃないか!

 仕方ない、利息は取られるけど探索者ローンを組むしか無いか。300万円程度あれば当面やっていけるか? 年利15%くらいだから一年で45万円返せればいいわけだし。みんなもそれで良いかな?」


 残りの4人に問いかけるが、だれも首を縦に振らない。サブリーダーが重い口を開く。


リーダータカヒロ、みんなを見てみろよ」


「何?」


 言われて初めて全員を見る。みんな一様に暗い顔をしていた。無理もない、パーティの資金を根こそぎ持って行かれた上にひとり100万円も取られたのだから。だからこそ、心機一転しっかり稼がないととリーダーは考えたのだが。


「なあ、もう潮時じゃないか?」


 コウキがリーダーに語りかける。


「なんだって?」


「俺たちじゃトップ探索者にはなれない。今回の事でよく分かったじゃないか」


「……っ!」


「金の事は正直たいした問題じゃない。リーダー、ユズキがエルダートレントと戦う動画を見たか? なんつーか、やっぱりユズキの戦いには「華」があるんだよな。『一点集中』のワンパンに目が行きがちだけど、それだけじゃない。戦う姿そのものが人を惹きつけるんだよ」


「俺たちだって努力すればいつかはそうなれるかも知れないだろ!?」


「分かるだろ、そういうものじゃないって。ああいうのは才能なんだな。それでいてユズキは上に行くための努力も惜しまない。俺達が努力して、力をつけて、何年か後にエルダートレントを倒せる日が来たとして、その頃にはユズキ……柚子缶はどうなってる? ドラゴンを倒してたりするんじゃないか? そうなった時、悔しさに耐えられるか? 柚子缶に勝てない悔しさじゃないぞ、って事実に対する悔しさだ」


 一気にまくしたてるコウキ。


「私も今回の件で痛感した。これ以上探索者を続けるのは無理だって」


 リナが続く。


「エルダートレントの攻撃をリーダーが防いでくれてるあいだ、私はずっとナナミと震えていたの。これまでは安全な場所から魔法を撃つだけだったから命のやり取りをしているって実感が薄かったんだと思う。……実際に命の危機が迫ったら怖くて何も出来なかった。奇跡的に生きて帰ってこれたけど、もう2度とダンジョンには入れない……入りたくない」


「私も、リナと同じかな。正直もうダンジョンは懲り懲り」


「もともと、次のミーティングで言い出すつもりだったんだ。資金もぴったりゼロになった今なら金の事で揉めることも無いし、良いタイミングなんじゃ無いかな」


「な、な……、」


 金魚のように口をパクパクさせることしか出来ないリーダー。そんな彼の肩に手を置いて、サブリーダーが語りかける。


「というわけだ。もうみんな無理だと思っちまったんだよ。……北海道遠征に行く前に話しただろ? これが上手くいかなかったら北の誓いは終わりだって。なるべくしてなった結果だよ」


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「ふーん」


 ユズキはスマホをしまうと、カンナに向き直る。2人は外出ついでに昼食をとっていた。メインのパスタは食べ終わって、今はカンナが頼んだレディースセットのデザート待ちをしているところである。


「どしたの? ユズキがお食事中にスマホに目を通すなんて珍しいじゃん」


「ああ、メッセージの差出人が北の誓いのサブリーダーだったから。何かあったのかなって。まあ予想通りだったわ」


「……北の誓い、解散したの?」


「うん。さっきそのまま協会で解散手続きしてきたって。リナもナナミもおしっこ漏らすくらいビビっちゃってたんでしょ? そうなると多分立ち直れないだろうなって思った。あの2人が抜けたらパーティとして機能しないだろうし」


「古巣が解散するって寂しい?」


「全然。前にカンナに言ったじゃない? 自分を捨てた相手に対する最高の復讐は、相手には目もくれずに自分が幸せになることだって。

 私はカンナと一緒に探索出来て今が凄く楽しいから、正直北の誓いが解散しても続けてもどっちでもいいかな」


「図らずも復讐できちゃったってわけだね。私はちょっとだけ複雑かも。あの日、北の誓いがユズキを追放してなかったら、私達って出会わなかったわけだよね。そうしたら私は今でも視聴者ゼロでゴブリンを狩り続けてたかもしれないわけで……そう考えると北の誓いって私にとっての恩人なんだよね」


「それはちょっと考えがぶっ飛びすぎだと思うけどなぁ。飛行機に乗る度にライト兄弟に感謝はしないでしょ?」


「あはは、その例えも極端だよ」


「ふふふ、でも仮にそこで恩を感じていたとしてもこの間の救出劇とその後の救援報酬をサービスした事でしっかり返してるから、カンナも気にしなくて良いわよ。

 ……彼らがここで終わるのは、自業自得みたいなものでしょ」


 そう言って話を打ち切るユズキ。色々思うことはあるのだろうけど、それをユズキの中で消化する時間も必要なんだろう。そう考えたカンナはこれ以上北の誓いの話題を続けるのをやめることにした。やっとデザートが届いたのでユズキとシェアして食べようとそっちに思考が振り切ってしまった事もあるけれど。


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 探索者協会を出たタカヒロ元リーダーは、重い足取りで帰路に着く。朝、協会に出向く前は不安こそあったけれど「この逆境を乗り越えて見せる」、そんな決意もあった。それがどうだ。自分以外のメンバーは既に全て諦めていたなんて。タカヒロは絶望に打ちひしがれて居た。


 そんな彼に声を掛けたのはアツシだった。


「タカヒロ、いいか?」


「アツシ……。何の用だよ」


「お前、この先どうするつもりだ?」


「どうするって……どうするんだろうな」


 何も考えていない。今は頭がゴチャゴチャだ。


「リナとナナミは就職活動するらしい。さっきも言っていたがもう探索者は引退するとさ。コウキは実家の親父さんに弟子入りするかもってさ」


「お前はどうするつもりだよ」


「さあな。お前次第だ」


「俺次第……?」


 アツシはタカヒロの肩に手を置いて問いかける。


「確かに「北の誓い」は終わっちまった。だけど俺たちの探索者としての道が絶たれたわけじゃない。なあタカヒロ。俺と2人で、ゼロからもう一度上を目指すつもりは無いか?」


「なんだって?」


「確かに以前より辛く厳しい道のりにはなるだろう。だけどユズキだってゼロから再出発してあそこまで立派になったんだ。俺たちだって必死になれば、まだまだ出来る事はあるんじゃないか」


「だってコウキは無理だって……」


「コウキはそう思っちまった。リナとナナミもな。だけど俺はまだ諦めてない。6人で始めたパーティの終わりはここだったけれど、新しい物語を始めちゃいけないなんて事はないんだぜ?」


 言われてタカヒロはハッとする。自分とっては探索者人生イコール北の誓いだった。だけど、決してそんなことは無いんだ。これまでずっと歩んできた相棒が、熱い想いで共に再出発しようと行ってくれている。


 タカヒロはアツシに向き直り、頷いた。


「そうだな、その通りだった……。アツシ、今日から始めよう。俺達の新しい物語を!」


 夕日をバックに、男達のシルエットが強く手を取り合った。

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