第22話 母と娘
札幌支部との話が終わったカンナとユズキはその足でレンタカーを借りて函館に向かった。夕方には既に函館を満喫していたカンナママと合流し予定通り函館観光を楽しんだ。
「足の怪我がなければもっと楽しかったのにな」
「無理しちゃだめよ。治ったらまた来ましょう?」
「うん、そだね!」
そんなカンナとユズキの仲睦まじい様子をやっぱり楽しそうに眺めるカンナママであった。
予定していた函館ダンジョンの探索は中止する事にした。もちろんカンナの足の怪我があるからだ。
「あ、SNSに無事と函館ダンジョンは中止するって周知しないと」
「あれ? 函館行く予定って言ってたっけ?」
「釧路での地獄の4時間トークの中でカンナが軽くふれた……ような気がする?」
「そっか。釧路とかもうだいぶ前のような気がするねー」
「まだ10日くらいしか経ってないのにね」
「「柚子缶です。この間は急な配信で驚かせてごめんなさい。ちょっとだけ怪我をしてしまったので、函館ダンジョンの探索は急遽中止します。怪我が治ったらまた配信をするから待っててくださいね」これでいいかな?」
「いいんじゃない、カンナらしくて」
「む、どういう意味?」
もうちょっと軽い感じでいいんじゃないかと思っただけだが、この真面目な感じがカンナの魅力だよなユズキは思い直した。
「かわいいって事よ」
「かっ……!?」
顔を真っ赤にして照れるカンナ。そんな様子をみてユズキはカラカラと笑う。カンナは照れ隠しでスマホに目を向けた。
「あ、みんな心配してくれたり応援のコメントつけてくれてる」
「早っ。みんな気にしてくれてるのね」
「うん! こうやって、応援してもらえるとやる気が沸いてくるね!」
「そうね」
だからこそ、視聴者ゼロで半年間配信を続けたカンナは鋼のメンタルをしているとユズキは思っているのだが。
「さて、じゃあ残り3日間北海道を満喫しましょうか!」
「おー!」
「ね、ユズキちゃん。ここ、オシャレなバーっぽいけど夜に一緒に来てみない?」
「あらホント、いいですね!」
「カンナは二十歳になってからね」
「お母さんもユズキも私を仲間はずれにしないでよぉお!」
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その後はトラブルも無く3日間、北海道を満喫。函館から飛行機に乗って無事に帰ってくる事ができた。
「ただいま」
「はい、ただいま。ふぅ、帰ってきたわねぇ」
「足は大丈夫?」
「うん、もう痛みはほとんど無いんだよ」
「そう。無理しちゃダメよ」
「ありがとう。暑っつい! エアコンつけるよ」
自宅に帰ったカンナとカンナママはとりあえず荷物を玄関において、リビングで身体を休める。
「やっぱり
「北海道も暑いけど夕方になるとわりと過ごしやすかったよね。こっちは夕方になっても暑い」
エアコンの風を受けながら、帰ってきた事を実感する。
「晩御飯は簡単にお素麺でいい?」
「うん。あっちでは贅沢して美味しいものばっかり食べてきたから落差がすごいね」
「あら、私の愛情たっぷり素麺に文句つけるならカンナには作ってあげないわよ」
「あああ、違うの、そういう意味で言ったんじゃなくて……ごめんなさい、お母さんのお素麺大好きです! 私の分も茹でて下さい!」
「ふふ、分かればいいのよ。座って待ってなさい。怪我してるんだから無理して荷解きとかしなくていいからね」
「はーい」
「あ、勉強はしててもいいわよ?」
「うっ……」
「まあ今日はいいか。明日からはもう通常モードだからね」
「お母さんは明日からお仕事だけど、私はあと二週間夏休みだもん」
「いいなー! 私ももっと夏休み欲しい! ……でも今年は楽しかったわ。カンナ、誘ってくれてありがとう。ユズキちゃんにもあとで改めてお礼言っておかないと」
「来年も行こうよ。また3人で」
「ふふ、楽しみにしておくわね」
「ユズキもいいよね? ……あ」
「あらあら、ユズキちゃんが居なくて寂しいの?」
カンナはこの二週間ずっとユズキと一緒だったせいで、うっかり今も隣にいる気がしてしまったのだ。失言を母親にしっかり拾われてしまい、慌てて弁解する。
「そ、そういうわけじゃなくて、最近ずっと一緒だったから、つい!」
「ふーん。まあそういう事にしておいてあげる。ユズキちゃんも「久しぶりに親子水入らずで」なんて気を遣わずにうちに来てくれて良かったのにね」
「そ、そうだね」
カンナは頷いた。ユズキが居なくて寂しい……母の指摘は図星だったけど、なんとか誤魔化せたと思ってほっとする。カンナママはカンナの考えている事など全部お見通しなわけだが。
夕食後、風呂にも入ってあとは寝るだけのカンナは、リビングで寛いでいた。
「カンナ、ちょっといい?」
「お母さん。なに?」
「ちょっとそこ、座って」
「うん」
言われてソファに座ると、カンナママもその隣に腰掛ける。
「お母さん、動画見たんだけどね。あなたとユズキちゃんがエルダートレントだっけ? 大きな樹のモンスターを倒すやつ」
「そ、そうなんだ」
「それでユズキちゃんからも詳しく話を聞いたの。かなり危ないところだったんですってね」
「……うん」
「カンナ、探索者を始める前に話した約束、覚えてる?」
「……極力危ない事はしない、絶対無理はしないって約束した……」
「そうね。お金を稼ぐ以上は探索者稼業ってなんだかんだ危ない事があるのは仕方ないかなとは思ってるけど、出来る限り安全を優先して行動すること。それがお母さんとカンナの約束だったし、ユズキちゃんにもパーティを結成するって報告をくれた時に話してるわ」
「……危ないことして、ごめんなさい」
カンナは消え入りそうな声で謝る。そんなカンナの頭をポン、と叩いてカンナママは続けた。
「お母さんね、嬉しかったのよ。カンナが、ユズキちゃんのお友達を助けに行こうって言ってくれて。自分の利益じゃ無くて、人の気持ちを考えて動ける優しい子に育ってくれたんだなって」
「……」
「だからお母さんが怒ってるのは、助けに行った事じゃないし、結果的に危ない目にあったのはある意味仕方なかったかなって思ってる」
「え?」
「では問題です。お母さんがカンナに対して怒っていることはなんでしょう?」
じっとカンナの目を見て問いかけるカンナママ。カンナは一生懸命考えたが思いつかない。そんな彼女にカンナママはヒントを出す。
「お母さん、ユズキちゃんから全部聞いてるの。動画では音声は拾えてなかったけどね」
カンナはあっという表情をして、恐る恐る答えた。
「もしかして、ユズキだけでも、助からないかなって言った、こと?」
カンナママは正解と告げる代わりにカンナの頭を撫でる。
「ユズキちゃんは、命の恩人ね」
「……うん」
「人を思いやれるのは良いことだし、土壇場でもそれがブレ無いのはカンナの強さだと思うわ。でも、お母さんからすればそれは覚悟の決め方が間違ってると言わざるを得ないの。娘が自分の命を捨てる覚悟をしていたなんて、ゾッとしない話よ」
「……ごめんなさい」
「あと、報告が遅いわよね。ユズキちゃんからは当日の夜に電話があったわよ?」
「そうなの?」
「ええ。「カンナを守れずに命の危険に晒してしまいました」って謝られたわよ。函館で2人きりで話したときに詳細を聞いたの」
知らなかった。カンナがのほほんと函館を満喫している裏でユズキはしっかりとやるべき事をやっていたのだ。
「ユズキはなんて……?」
「それは内緒。カンナ、あなたまだユズキちゃんと探索者を続けたいと思ってる?」
「も、もちろん!」
「だったら改めてお母さんと約束して。極力危ないことはしない、絶対に無理はしない。それとあと2つ、追加」
「2つ?」
「うん。1つは何かあったらちゃんと報告すること。お母さんだけ何も知らないなんて、そんなの嫌よ」
「分かった……。あと1つは?」
「いくら気を付けてても、それでも今回みたいにギリギリの事態になる事があるかも知れない。そんな時は絶対に最後まで諦めないで。今回はユズキちゃんがカンナを奮い立たせてくれたんでしょ? 次があったら……あったら困るんだけど、そんな時は最後の最後まで絶対に諦めちゃだめ。もしもユズキちゃんが諦めそうな時は反対にカンナがユズキちゃんを勇気付けること」
「……約束する」
「いい子ね。あと最後に条件。次にお母さんとの約束を破ったら、探索者を辞めてもらうからね。いい?」
「うん、分かった」
カンナママは良し、と言って小指を立てる。カンナも同じく小指を立て、指切りげんまんをした。
「さて、と。お母さんは明日から仕事だからもう寝るね。カンナもあんまり夜更かししちゃダメよ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ。……そうだ、ユズキちゃんに「探索者続ける許可が出た」って伝えておきなさい。気にしてると思うから」
「え? ああ、分かった。メッセージ送っておく」
「電話かけてあげなさい。きっと待ってるわよ」
じゃあね、といって寝室に入るカンナママ。カンナは慌ててスマホを取り出し、ユズキに電話を掛けた。
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時間は少しだけ遡り、函館にて。ユズキとカンナママはバーに行く前に喫茶店に入り、話し合いをしていた。
「今回はすみませんでした」
「うん。わざわざ報告してくれてありがとう」
「いえ、カンナを危ない目にあわせないって約束を守れなかったので……。私の責任です」
「それは違うかな。ある程度危険な状況なのはわかった上で、私も送り出したんだし。まあ仮にカンナにもしもの事があったとしたら私は誰かのせいにしたくなって、そばに居たユズキちゃんを責めてたかも知れないけどね。今回は無事に帰ってきてくれたんだし、こうして報告してくれてるし。ユズキちゃんが気に病む事はないわ」
「そう言ってもらえると助かります……」
「まあ肝心のカンナは何も言わずにのほほんとしているからそこには腹立つけど」
「それで、やっぱりカンナに探索者を辞めさせますか?」
「え? ユズキちゃんパーティ解消したいの?」
「したくないです! でも、お母さんとの約束は守れなかったわけで……」
「うーん、じゃあとりあえずイエローカード1枚って事にしておいてあげようかな」
「あ、ありがとうございます!」
「あとはカンナと2人で話してみて2枚目を出すか決めるわね。まあアイツの事だから自分から話す気無さそうだし、東京に帰ったらしっかり叱っておくわ」
「はい、分かりました。……あの、変なことお願いしていいですか?」
「何?」
「カンナにお説教する時、次からは自分を優先するようにってお母さんからも言ってやってください。「自分はいいからユズキだけでも逃げて」なんて、私、2度と言われたく無い……」
「わかった、しっかり伝えておくわね」
ユズキの謝罪と今後についての話がひと段落したので、2人はカフェを後にする。
月が照らす函館の街を並んで歩く。
「もしもカンナと話して、あの子が探索者辞める事になったら、ユズキちゃんはどうするの?」
「どうしましょう。私も辞めようかな」
「前のパーティに戻ったり、他の人と組んだりはするつもりは無いの?」
「前のパーティは100%あり得ないですね。他の人は……想像もつかないです」
月を見上げて、ユズキは続ける。
「私、前のパーティでは「頑張らないと」って焦りと義務感ばっかりがあって、今思うと楽しいって感じる事はあまりなかったんです。本当に仕事してるみたいで」
「今は違うんだ?」
「今は毎日がすごく楽しくて。カンナと一緒に次はどこに行こうって決めるのも、実際に色んなところに行って探索するのも。それはやっぱりカンナと一緒だからっていうのが大きいのかなって。……だからもし、カンナとパーティを解消して次のパーティを組んだとしても同じように楽しくやれないと思うんですよね。
そんなわけで、以前の私ならともかく、カンナと一緒にいる楽しさを知っちゃった以上はちょっと他の人とは組む気にならないかなって言うのが正直なところですかね」
そういってニッと笑うユズキ。
「そんな風に言ってもらえるなんて、カンナも幸せ者ね。……娘を、これからもよろしくね」
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