第21話 激戦の後で
― うおおおお
― 信じられん
― 勝った!?
― 倒した!!
― まじで? 2人でボス倒したの?
― 嘘だろ?
― うおおお すげええええ
― よく見えなかったんだけど
― 俺も見えなかったけど、多分ユズキが倒した
― 本当に倒したの?
柚子缶の配信のコメントが喜びと驚きで溢れる。みんな、北の誓いのカメラの映像を見ながら柚子缶のチャンネルで会話を続けていた。
― ヤベエ、感動して涙出て来た
― 俺も
― 伝説に立ち会えたな
― 今北産業
― 柚子缶が たった2人で ボス撃破
― ってかユズキとカンナ倒れた
― まじで!? なんで!?
― 救援は出てるのか?
― 俺、まだ札幌ダンジョンの受付にいるから協会に話すわ! 救援依頼する!
― ナイス
― はよ!
実はダンジョンに入ってからエルダートレントを倒すまでに、30分もかかかっていない。入口からエルダートレントの元に駆けつけるまで15分、北の誓いを助け出すために10分弱、そしてこのドーム状の穴に落ちてからは5分ほどでの決着であった。
後に「伝説の30分」と呼ばれる配信であったが、北の誓いのカメラが2人を映し続けたこともあって視聴者は速やかに救援を要請した。
北の誓いの救援は出せないと言った探索協会であったが、たまたま札幌ダンジョンの受付にいた視聴者兼探索者の彼が事情を詳細に説明して
およそ2時間後、エルダートレントの穴の前で立ち尽くしていた北の誓いと、大穴の下で目を覚ましたものの上に登れず途方に暮れていたカンナとユズキは無事に救助されたのである。
------------------------------
「今回はたまたまうまく行ったから良いものの、お二人がなさった事はただの自殺未遂です! 大体ボスクラスのモンスターなんてそれこそ大規模レイドで倒すような相手であって、クドクドクドクド……。
そこのところ、分かっていますか!?」
探索者協会札幌支部。会議室に呼び出されたカンナとユズキは、支部長の男性にこっぴどく叱られていた。
「はい、スミマセン……」
エルダートレントとの激闘から1日。昨日無事に救出されたカンナとユズキであったが、そのままカンナママの待つ登別のホテルに行くことは許されず1日検査入院と翌日の探索者協会への出頭を命じられた。
幸いカンナの足は折れていたわけではなく打ち身と裂傷、ついでに少し筋を痛めていた程度だったので回復魔法を使うほどで無いとされて全治1週間ほどと診断された。回復魔法を使えばこの程度は直ぐに完治するが、そもそも回復魔法は受けた者の自己治癒能力を限界以上に高める代償として寿命を縮めるものらしい。だから余程の重傷や緊急性の高い時以外は使わない方が良いとされている。
カンナの足以外は怪我らしい怪我もなく、精密検査の結果も問題無しと判断された柚子缶の2人は今日の朝退院。そのまま探索者協会札幌支部に赴いたのであった。
「お母さんは登別の温泉を堪能したみたいだよ。今日は1人で函館行ってくるからゆっくり叱られておいでって」
「なんか申し訳ないわね、せっかく招待したのに1人で行かせることになって」
慣れない松葉杖に苦戦するカンナを庇いながら、会議室に入るとスーツに身を包んだ男性が数人、既に腰掛けていた。名刺を受け取ると札幌支部長、副支部長、救援部の部長と偉そうな肩書を持つ方々であった。
「ようこそ、柚子缶さん。とりあえず掛けて下さい。……さて、お礼とお説教、どちらからにしますか?」
アルカイックスマイルで訪ねる支部長。
「ちなみにお礼だけって選択は無いんですかね?」
カンナは一応聞いてみるが即却下される。この子のこういう質問ができちゃうところって実はすごい長所よねとユズキは内心で感心する。
そして2人はガッツリ30分にも及ぶお説教を受ける事となったのだ。
…………。
支部長からお説教が終わると、今度は事務的な内容についての話し合いだ。
「救援要請に対して、個人探索者が自己判断でそこに向かう事は禁止されていません。柚子缶さんは札幌ダンジョンの受付できちんと宣言もされてから救援に向かわれたので手続き上も受理されていました」
救援部の部長から説明を受ける。
「ただ、そのあと配信の視聴者の方から柚子缶への救援要請が出ましたので、お二人は二次災害に遭われたという形になります。結果的に救助隊に助けられていますし、その経費はご負担頂くということになりますね」
「それって北の誓いと折半ですか?」
カンナの質問に対して、部長は首を振った。
「北の誓いに対してはリスクと自己責任の観点から協会は救援要請を断っています。なので協会が費用請求をするのはあくまで柚子缶に対してです。柚子缶から北の誓いに対して探索者法の中の「救援について」の項目に沿って費用と報酬を請求される事をオススメします」
こちらもどうぞ、とわかりやすく救援の費用請求について書かれたパンフレットを渡される。簡単に言えば柚子缶は今回、北の誓いに実費プラス救援報酬金を請求できる。というより、むしろ請求しなければならないらしい。ここをなあなあにして助けた側が損をするという前例を作ると誰も救援依頼なんて受けたがらなくなるので、適正な報酬の請求は助けた側の義務でもあるのだ。
「ちなみに報酬っていくらぐらいが適正なんですか?」
「そちらのパンフレットにも書いてありますが、まあ相場としては救援する事になった対象モンスター……今回の場合はエルダートレントにあたりますが、その素材売却総額と同額程度とされています」
「今回の素材売却額……」
カンナとユズキは顔を見合わせる。そういえばエルダートレントの素材ってどうなったんだろう、と。
「そちらについては私から説明させて頂きます」
いつの間にか会議室にいた、先日トレント希少種の素材売却の時にカンナとユズキを叱った受付の女性職員が手に持った書類を渡してくる。
「まずエルダートレントの素材自体が希少というより、まず市場に出回らないものですので、お二人には協会に売って頂くかオークションにかけるかという選択があります。協会に売って頂くとこちらの資料に書いてある金額を即日お支払いします」
「オークションにかけるなんてあるんですか?」
「ボスクラスの魔石や素材って大企業が数の力で押し切って倒して自社活用するケースが殆どなんです。なので基本的に市場に出回らないから相場が無いんです。それだけ希少な品なので、オークションにかければそこに書かれた額の2倍や3倍、もしくは5倍10倍もあり得るかもしれません」
言われて資料に目を通す。
「手数料を除いて、魔石が4000万円、素材が6000万円!?」
「はい。端数はオマケしていますが、協会から柚子缶さんに支払う金額はぴったり1億円になりますね」
「ゆ、ユズキ、これはどうしたら……」
文字通り桁違いの額に完全にビビっているカンナ。
「落ち着いて、カンナ。そこから税金ガッツリ引かれるから手元にはろくに残らないわよ」
といいつつユズキは頭の中では既に算盤を弾いている。
「ちなみにオークションってデメリットあったりしますかね?」
「思ったより値が付かない事があったり、お金が手元に入るまでにしばらく時間がかかったりですかね。ああ、あとはオークションの出品者は当然匿名になりますが、柚子缶のお二人がエルダートレントを倒したというのは配信もあって周知の事実なので、その落札金額をお二人が所有している事が公になります。……会った事も無い親戚が大勢押しかけますよ?」
「つまり協会に売るメリットとしては1億円が今すぐ手に入って、「ある程度は稼いだだろう」と推測はされてもそれが公にはならないってことね……」
「あとはこんな物言いをするのもですが、
そう言ってニコリと笑う。ユズキは様々なケースを考慮しつつ、相棒の希望も確認する。
「カンナはどうしたい?」
「どうって言われても。でも変な人が押しかけてくるのは怖いなあ。ウチはお母さんと二人暮らしだし、物騒なのは嫌だな。それってよくある宝クジが当たると親戚が増えるってやつですよね? 本当に来るのかな?」
「100%来ますよ、断言できます。変な親戚から宗教の勧誘、果ては政治家からもお声がかかります。むしろそういった団体相手の方が厄介ですね。あちらは百戦錬磨の猛者達、大金を持った世間知らずの小娘達なんてカモでしか無いと思いますよ」
「ひぇっ……」
ユズキは考える。オークションに出した場合との差額9億円は正直、はいそうですかと諦められる額でも無い。だけど確かに今回のケースでは、絶対にこれが原因のトラブルに巻き込まれるだろう。そこに対する防衛は差額の9億円があればなんとでも出来るだろうが、かける労力ははっきり言って無駄の一言だ。それであれば1億円で手を打って安全を買うと言うのも手ではある。
「ユズキ……?」
「ちょっと相談なんですが、ここで素材と魔石を1億円で買い取って頂いた上で、書類上は1000万円での買取という形にしてもらう事は出来ますかね?」
堂々と書類改竄の相談を提案するユズキに、この場にいる全員が疑惑の目を向ける。
「現金が難しいなら、あとの9000万円は現物支給でも良いんですが」
「ユズキ、どういう意味?」
「理由は2つあって。まずここで1億円での取引をしても、そこから私達に群がってくる人が居ないとも限らないでしょ? だったら魔石と素材の売値は1000万円だったって事にしちゃうの。1000万円だったら装備や機材の追加購入でパーっと使い切れちゃうからね」
「協会に1億円で売った場合でも周りにバレちゃうものなの?」
「協会だって全員が潔癖とは限らないわ。探索者と協会の取引履歴って全国どの支部でも参照できるらしいし、悪意のある人が私達の取引履歴を調べてその情報をどこかに流さないって保証がないと思うの。前にそんな事件ってありましたよね?」
女性職員に問いかけるユズキ。実際、そういう事例は過去にあったので苦々しく頷くしかなかった。
「だから逆に記録上は1000万円って事にしておけばいいかなって。そうしたら仮に調べられても1000万円……安くは無いけれど、ちょっと実力のある探索者ならそれ以上は余裕で稼いでいる額だからリスクは抑えられるかなって」
「なるほど。もう一つの理由は?」
「それはさっき説明にあった、北の誓いに対する救援依頼の報酬請求ね。相場は今回の素材売却額と同額でしょ? 1億円も請求したって彼らが払えるわけないじゃ無い。自己破産も認められないから、せっかく助けたのに5人とも借金苦で首を吊るしか無くなるのよ。かと言ってあまりに相場より安く請求すると私達が悪者になっちゃうし」
「分かった! 素材売却額が1000万円なら、北の誓いへの請求も1000万円でいいって事だね」
ユズキは頷き、改めて女性職員に問いかける。
「という事情なんですけど、これって可能ですかね?」
「私の一存では決められないのですが」
女性職員は助けを求めるように支部長の方を見る。支部長はしばらく難しい顔で考えていたが、ふーっと息を吐いて姿勢を正した。
「それで、一応聞いてみるけど現物支給として欲しいものはなんなんだい?」
ユズキはニヤーっと笑った。それを見たカンナは悪巧みするユズキの表情も素敵だなとか呑気なことを考えてしまう。
書類のサインをすると、柚子缶の2人は退席した。
「本当に良かったんですか?」
2人が部屋を出ると、女性職員が支部長に訊ねる。
「まあ突っぱねる事もできたが……。彼女達と良好な関係を築くためだと思えばむしろこちらに有利な条件だったんじゃないかな」
「珍しいですね、支部長がそんな風に探索者を誉めるのは」
ハハハと笑って支部長はコーヒーを口に含みつつ思考を巡らせる。彼女達は今後探索者としてもっと大きく成長していくだろう。
実力を付けた探索者を、協会は基本的に管理出来ない。大企業所属の者はもちろん企業に縛られるし、個人探索者はといえば本当に実力のある者は相応に富を持つ。つまり協会の庇護が無くても自分の
柚子缶にしたって、今回の素材をオークションにかけて5億10億、なんならそれ以上というカネを手にすればもはや探索者を引退することすら可能だった。当然そこに目をつけた輩は寄ってくるだろうがカネの力があれば正直どうにでもなる。
だが天蔵ユズキはそれも理解した上で、あえて現金1000万円+現物支給を選択している。話していて分かったが、彼女は探索者として必要な知識をよく勉強している。それでいて頭の回転も早い。そんな彼女が向こうから協会に握手を求めてきたのだから、手を取らない理由が無かった。
「柚子缶か……」
窓を見ると、丁度2人が協会の前でタクシーを拾うところだった。松葉杖で歩き辛そうなカンナを、ユズキが甲斐甲斐しく支えているのが見える。こうしてみると年相応の女の子にしか見えない。証拠映像が無ければ彼女達が2人でボスクラスのモンスター、エルダートレントを討伐したなんて信じられなかっただろう。
「是非とも、これからもっと活躍して多くの利益を協会に還元してもらいたいものだな」
そう呟いた支部長は残りのコーヒーを飲み干し、会議室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます