第20話 心を重ねる20秒

 数ヶ月前、渋谷ダンジョンでスキルの訓練をし始めた頃。


「そういえばカンナってソロ配信してた時もずっと『広域化』を使ってたんだよね?」


「そうなんだよね。てっきり自己強化するスキルだと思ってたからさ」


 えへへと恥ずかしそうに笑うカンナ。


「えへへって。はぁ、自分のスキルの効果もわからずダンジョンに潜る人がどこに居るのよ。もう絶対そういう事はしちゃだめよ?」


「はい、反省してます」


「……ところで普段は何を『広域化』していたの?」


「ん? なんだろう。別に何も?」


「でもスキル自体はずっと発動してたのよね?」


「うん、発動はしてた。だって初めてダンジョンに潜って最初のゴブリンを倒すときに『広域化』を発動したら一撃で倒せたんだもん。それで自己強化スキルだと思ったんだよ」


「それ、何かしら『広域化』してるはずなのよね……。ちょっと検証しましょうか」


「検証?」


「うん。今からゴブリンを2体、『広域化』ありとなしで倒してみて、その違いを確認してみるって感じで。やった事ある?」


「無い。じゃあやってみようか」


 …………。


「こっちが『広域化』ありで倒したゴブリン、こっちが無しで倒したゴブリンね」


「どっちも一撃だったよ……」


「そりゃあね。でも違いは分かったわよ」


「本当に!?」


「斬ったカンナが自分でわからないのもどうかと思ったけど……私は目に『一点集中』して見てたし、そもそもある程度こうじゃないかなって予想もしてたしね」


「凄い! それでどうだったの?」


「結論から言うと、カンナは「斬撃」を『広域化』していたわ」


「斬撃を?」


「ええ。だからスキルを使って倒したゴブリンは、剣が当たるほんの少し前に身体に傷がついてたの」


「それって凄いのかな?」


「例えば突きを広域化すれば間合いの外から攻撃が当たるとか、そういう「不可視の剣」を使えるようになるんじゃ無い?」


「何それカッコいい! 練習する! すごく練習する!」


 …………。


「攻撃を伸ばしても、岩は斬れないね」


「斬撃と『身体強化』を同時には『広域化』出来ないのね。結局カンナの素の力で突かないといけないから、攻撃力は高くないのか」


「斬撃自体は10mくらい延びるから遠くからゴブリンを倒せるようになったけどね」


「いつか『身体強化』無しで岩も砕けるくらいムキムキになれば必殺の一撃になるかもね」


「あはは、精進します」


「ところでその斬撃の『広域化』って私の攻撃も延ばせるかしら?」


「ユズキの?」


「私が『一点集中』で腕を強化した状態で剣を振ってその斬撃をカンナが『広域化』して範囲を延ばせれば、今でも協力技として「不可視の剣」ができるかなって思って」


「それいい!」


 …………。


「出来なかったわね」


「斬撃自体は一瞬で、しかもユズキとなかなかタイミングが合わないし……私は自分で無意識にやってるからできてる感じなんだね。そもそも他の人の斬撃の広域化は無理なんじゃ無いかな?」


「『広域化』は私の『身体強化』にも適用されているから、多分スキルの制約じゃなくて単純にタイミングの問題だと思うけど……まあ難しいわよね。こんな必殺技に頼らなくても安定した討伐が出来るようになりましょう」


「うーん、残念」


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 時系列は再び現在に戻り、札幌ダンジョン。


 ユズキはエルダートレントを改めて観察する。幹の直径は丁度10m程度。これならいけるはずだ。


「私の斬撃をカンナが『広域化』する。上手くいけば10mぐらいに斬撃が延びるから、『身体強化』を『一点集中』した一撃ならエルダートレントを真っ二つに出来るはず」


「無理だよ! 練習でも一度も成功した事ないのに!」


「それ以外、2人で助かる道はないわ」


「だからユズキだけでもなんとかして逃げてって……」


「リーダーとしてそれは許可できない」


 エルダートレントの攻撃まで残り15秒。


「だけどもしも失敗したらユズキまでっ……!」


 このまま押し問答をしている時間は無い。ユズキはカンナを正面から見据えると、ぐいっとその顔を引き寄せ唇を重ねた。


「んっ!? んんっ……ふぁ……、ぷはぁ。……ユズキ?」


 一瞬で顔を真っ赤にするカンナ。ユズキはカンナの両肩に手を置いて、その目を真っ直ぐに見ながら話す。


「絶対成功する。一緒に戦ってきた中で、カンナはもう私が攻撃する呼吸がわかってるはず。だから難しく考えないでいいの。剣を振り抜くその一瞬に、『広域化』の対象を『身体強化』から斬撃に切り替える。オーケー?」


 真っ赤な顔で、コクコクと頷くカンナ。


「いい子。じゃあ残り10秒……行ってくる」


「行ってらっしゃい。……ねえユズキ」


「なに?」


「成功したら……ううん、なんでも無い」


 成功したらもう一回キスしてほしい。カンナはそう言いかけて辞めた。それを言ったら死亡フラグになりそうな気がしたから。


 ユズキはニコリと笑うとカンナにもう一度キスをした。


「!?」


「じゃあ、よろしく!」


 くるりと振り返るとそのままエルダートレンドに突進する。残り5秒。奴を一刀で両断するには十分な時間だ。


 カンナは走るユズキの背中を見る。もう「失敗したらどうしよう」なんて気持ちはどこかに行ってしまっていた。無意識に唇に指で触れると、幸せな気持ちで満たされる。


 残り4秒。


 ユズキは剣を両手で持って下段に構える。左下から右上への斬り上げ。カンナとせーので斬りかかる時に、彼女のテニスのフォームを邪魔しないようにといつの間にかクセになっていた構えだ。


 残り3秒。


 カンナは自分の意識がユズキと重なっているような錯覚を覚えていた。まるで自分の意思でユズキの身体を動かしているかのような、そんな感覚に身を任せる。


 残り2秒。


 ユズキはダンっとジャンプしてエルダートレントの足元に飛び込んだ。ここから一刀の元にこの太い幹を斬り伏せる。何も心配する事は無い。ただ、いつも通り剣を振るうだけだ。


 残り1秒。


 エルダートレントが補給を終えて、枝を大きく振り上げた。


「「ゼロ」」


 ユズキがエルダートレントより一瞬早く剣を振るう。カンナはごく自然にその斬撃を広域化した。


 その一閃は、エルダートレントの身体を通り抜けるかのように鋭く輝き――


 ――2人に、勝利をもたらした。


 ユズキの剣の軌跡に沿ってズルリと身体がずれ、そのまま崩れ落ちるエルダートレント。


「やった……」


 小さく呟くユズキだが、勝利の余韻に浸る間もなく、エルダートレントの巨体が倒れてくる。既にカンナは、再びユズキの『身体強化』を全身に『広域化』している。即座に最適な行動を取れる相棒に感謝しつつ、ユズキはその場を離れた。


 ズドーンという音と大きな地響きを起こしてエルダートレントだったものは地面に転がった。無事にその場を離脱したユズキは、土煙から逃れるとカンナの元に走る。


「カンナ!」


「ユズキ! ここだよ!」


 足を怪我して動けなくなったカンナだが、幸い彼女がいた場所にはエルダートレントの残骸は落ちてこなかったようだ。


「やったね!」


「だから言ったでしょ、絶対できるって」


「うん……、うんっ!」


 ハイタッチする2人。パンっと小気味良い音を鳴らして勝利を祝う。


 だがそこで唐突に限界が訪れる。


 札幌の市街地からここまで、張り詰め続けた緊張の糸が切れ、肉体と精神への負担の反動が一気に襲って来たのだ。ダンジョン入口からの全力疾走からの北の誓いを背負っての壁登り、その後の息つく間もなく音速の鞭の雨を潜り抜ける事3回。『身体強化』していたとはいえその負担はかなりのものであった。そしてその間ずっとスキルを発動し続けて来た2人。極度の緊張状態では無意識に普段より魔力を多く消費する。

 そんな状況でボスを倒し安心した2人は、身体を襲う倦怠感と精神の疲弊――つまりは極度の眠気――に抗うことが出来なかった。


 ハイタッチしたままの姿勢で、2人はその場に倒れて意識を失った。

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