第19話 窮地

― 間に合った!

― あぶねええええ

― 間一髪とか主人公かよユズキ

― 急いで逃げて!

― エルダートレントの枝斬った!

― ユズキ!ユズキ!


「なんでここに……?」


 呆然と呟くリーダー。ユズキは素早く状況を確認する。リナとナナミはすぐ後ろで震えているが、サブリーダーとコウキがいない。


「みんなはどこ!?」


「え……」


 咄嗟の質問に答えられず間の抜けた表情をするリーダーに、ユズキは叱咤する。


「ああもう、使えない! ……次の攻撃が来るから『挑発』を!」


「え、あ、わかった!」


 リーダーは再びエルダートレントに『挑発』する。先ほどは攻撃をした枝を斬られたエルダートレントだが、それは無数にある枝の一本でしかない。次の枝を悠々と叩きつける。しかしユズキは冷静にその攻撃を見極め、切り落としてみせた。


「カンナ! みんなをお願い!」


「はい!」


 カンナが後ろで震えているリナとナナミに駆け寄る。


「大丈夫?」


「え、あ、うん……」


「他の人はどこにいるかわかる?」


「あ、あっち……」


 ナナミが震えながら指差した方を見ると、男性が2人転がっていた。1人は地面に、1人は壁際に。動かないところをみると気絶しているのか。


「先にあっちかな。ちょっと待っててね」


 カンナは壁に叩きつけられて気絶したままのコウキに駆け寄る。近くで見ると胸が上下しているのがわかった。生きてはいるようだ。


「ユズキと練習しておいて良かったよ」


 いざという時、咄嗟にお互いを抱えて走れるようにとレンジャーロールを練習していたカンナとユズキ。まさか実践する機会が来るなんて。カンナはコウキの足を持ち上げ小脇に抱えるとそのままコロリンと回転し、意識を失ったコウキをそのまま担ぎ上げた。膝を曲げてグッと力を込め、ジャンプする。一気に20mを、とは行かないがそれでも8mほど飛び上がり上手く壁が窪んだ箇所に飛び乗る事ができた。


「思ったより跳べないな……。次はあそこまで跳べるかな?」


 10mほど先、5m程上にある窪みを目掛けてジャンプする。無事に窪みに乗る事ができたカンナは、そのまま真上に飛び上がり、無事に20mの壁をコウキを抱えてよじ登った。


「ふぅ……あと4人!」


 コウキを地面に寝かせると再び大穴に飛び込む。同じ要領でサブリーダーを救出した。2人を救出するのにかかった時間は2分ほど。ユズキが枝を切った回数は10回を数えていた。


「お待たせ、どっちから行く?」


 リナとナナミのところに駆け寄るカンナ。


「ナナミ、先に行って……」


「いいの?」


「うん。コウキとサブリーダーの回復をよろしく……」


「……わかった」


 ほい、と背を向けてしゃがんだカンナにおんぶして貰う。実はナナミもリナも、迫り来る死の恐怖から失禁していた。カンナはそれに気付いたが、黙って2人を壁の上に運ぶ。


「えっと、この気絶してる2人をもう少し安全な場所に連れていってもらえるかな? 引きずっていいんで。あそこの壁際あたりまでいけば大丈夫かと」


「わ、わかったわ」


 リナとナナミが、コウキとサブリーダーを引きずって壁に移動し始めたのを確認するとカンナは改めて大穴に飛び込んだ。あとはリーダーを引っ張り上げて脱出できれば救出完了だ。


 ここまで4分。ユズキが攻撃を弾いた回数は20回強。


「ユズキ! 代わるよ!」


 剣を持ってユズキの隣に駆けるカンナ。ユズキは素直に剣を下ろす。強化された身体を駆使して枝を切り落としてきたが、その一撃一撃はあまりに重かった。そろそろ腕が痺れてきて、正直しんどかったのでカンナのフォローはありがたい。


「先に行って! あそこから上がれるから!」


 カンナが指差した方を見ると、なるほど壁をよじ登るのに適した窪みがある。


「行くよ!」


 ユズキがリーダーに声をかける。


「だ、だけどこの子が……」


「あなたがいても何にもならないから! さっさと避難しなさい!」


 ユズキは変なところで無駄な正義感を見せるリーダーにイライラしながら一緒に壁際まで走る。だが『挑発』が無くなった事でエルダートレントは都合よくカンナだけを狙うわけではなく、ユズキとリーダーにも狙いを定めた。壁際でリーダーを担ごうとしたユズキに枝が迫る。


「ちっ!」


 間一髪、今の一撃はかわしたがこれでは壁を登れない。その様子を見たカンナは、自分に攻撃を引きつけるためエルダートレントに積極的に斬りかかる。


「カンナ!」


「いいから登って!」


 ユズキにできるのは少しでも早く自分の仕事を終わらせる事だ。そう判断して改めてリーダーを乱暴に担ぐ。


「ユ、ユズキ……」


「黙って! 舌噛むわよ!」


 足のバネを利用して跳び上がる。カンナが登ったようにうまく壁の窪みを利用して無事にリーダーを壁の上まで運ぶ事ができた。少し離れた壁際に残りの4人が避難している。


 あとはカンナが登ってきたら全力で退避すれば救出完了だ。ユズキは振り返ってカンナに呼びかけた。


「カンナ! 来れる!?」


「うん! 今行く!」


 エルダートレントの攻撃をかわしつつ、その太い太い幹に斬りつけていたカンナは、ユズキの合図を聞いて踵を返した。壁に向かって駆け出すカンナ。その様子を祈るように伺うユズキ。


 エルダートレントが枝を大きく振りかぶる。カンナはそれを冷静に見極める。この一撃をかわして、次の攻撃が来るまでの10秒。その間に一気に壁を登り切る。


 だが、エルダートレントの攻撃はカンナを狙ったものでは無かった。限界まで溜めた一撃を、


 途端、足元の地面が割れる。カンナはエルダートレントと共にその穴に飲み込まれた。


「カンナ!」


 考えるより先に、ユズキはその穴に飛び込んだ。


---------------------------


― え、どうなった?

― ユズキが跳んだの? なんで?

― 北の誓いは助かってるのに、柚子缶が戻ってこれない?

― カンナに何かあった?


 柚子缶の配信カメラは、リナが持っていた。救助に駆けつけたカンナが両手をフリーにしたくて「ちょっとこれ持ってて」とリナに手渡したままになっていたのだ。


 そのカメラが北の誓いの5人が助け出される様子を映していた時はコメントは応援で盛り上がっていた。そしてあとはカンナが戻ってくれば……しかしリナの視点で、大穴の様子を映していたカメラの前にカンナは姿を現さなかった。ドーンと一際大きい音がしたあと、ユズキが飛び込む姿が映されたのが1分ほど前。そこからユズキもカンナも戻る事なく、穴の縁が映されていた。


― おい、北の誓い何してるんだよ

― お前ら助けてもらっておいて何もしないのか?

― カメラで穴の様子映して

― コメント見てないんじゃないか?

― 柚子缶無事か?

― 北の誓い動けよ!


 柚子缶の視聴者は北の誓いに文句を言うが、彼らは彼らで満身創痍だった。リナは半ば無意識に手渡されたままのカメラを持ってるが、配信しているという意識はない。ナナミは、傷が深いコウキとサブリーダーの回復に努めている。


 そしてリーダーは、魂の抜けたような表情でただ立ち尽くすのみであった。


------------------------------


― おい、北の誓いの配信みてみろよ

― どういうこと?

― あいつらのカメラ、そのままだったけどそこにユズキとカンナ映ってる。

― え、カメラ交換したの?

― そうじゃない、北の誓いが落としたカメラがそのまま配信状態になってて、そこにユズキとカンナが映ってるってだけ

― まじか

― うおおおまじじゃん

― 柚子缶生きてる!

― てかエルダートレントと戦ってるヤベエ

― ここどこ?

― たぶん、もう一段深い穴に落ちてる。

― 救出はよ!

― 助けが来るまで頑張れ!


 そう、ユズキとカンナは生きていた。


 エルダートレントがさらに開けた大穴。そこに床の残骸と共に飲まれたカンナを、咄嗟に飛び込んだユズキが空中で抱きかかえた。そのまま落下、着地した2人はあたりを見回す。


「カンナ、ケガは?」


「大丈夫。ありがと。ここは……さっきの穴の更に下かな?」


「多分ね。エルダートレントの寝床って感じかしら?」


 大きさ的には丁度東京ドームぐらいだろうか。薄暗いドーム状になっているこの場所だが、周囲の苔が淡く発光しているため視界は良好だった。上を見ると落ちてきた穴がかなり上に見える。


「50mはありそう。さすがにジャンプじゃ届かないわね」


「どこか出口が無いかな。エルダートレントは?」


 カンナが再びあたりを見回すと、ドンっと言う音がドーム内に響く。びっくりしてそちらを見ると、エルダートレントが足……根の部分を地面に深く突き刺していた。


「あそこが定位置ってわけね」


「地面から栄養を吸ってるってことかな……くる!」


 ビュッ!と風を切る音と共に鋭いムチのようにしのる枝が2人を襲う。咄嗟に避けた2人だったが、その表情は驚愕に満ちていた。


「さっきより全然速い!」


「栄養を吸ってパワーアップしたわけね」


 ビュッ! ビュッ!


 10秒ほどのインターバルがあった先ほどまでと違い、ほとんど絶え間なく高速のムチが2人に襲い掛かる。『身体強化』された動体視力でも、音速に迫るムチの先端は見切る事ができない。それでも枝の根元付近を観察しておおよそ攻撃軌道を予測して大きくかわすことで、何とか直撃を避け続ける。


「こ、これはキツイ!」


「弱音吐かない!」


 そのまま1分ほどかわし続けると、不意に攻撃が止んだ。諦めた……? そんな希望的観測を持ちつつもエルダートレントを観察する。しかしカンナとユズキの期待は裏切られる。30秒ほどのインターバルが置いたのち、エルダートレントは2人に襲い掛かった。


「ひぃぃ!」


「ただの補給タイムかよ!」


 再び音速のムチから逃げ回るカンナとユズキ。必死の想いで1分ほど逃げるとまた攻撃が止む。


「これ、攻撃1分休憩30秒のローテーションかな!?」


「じゃあこの隙に逃げ道探す!?」


 相手が攻撃をしてくる1分間は避ける事に全神経を集中しなければならず、脱出路を探す暇も無い。外に続く横穴などを探すなら、相手が補給しているこの30秒の間しかない。


「それもありだと思うんだけど……カンナ、ぶっちゃけこのドームに逃げ道になる横穴とかあると思う? 直感で」


「直感で? たぶんだけど、無いと思う」


「だよね、私もそう思う」


 ユズキも同意する。あくまで直感。だけど2人の意見は一致している。探索者はピンチにこそ、自分の直感に従うべしという格言もある。ユズキの意図を瞬時に汲み取ったカンナは剣を持ってエルダートレントに斬りかかる。


 ユズキもその真後ろを走る。


「はぁ!」


 広域化身体強化されたカンナはエルダートレントの太い幹を斬りつける。カンッといい音を立てつつ、その剣はエルダートレントを深く傷付けた。即座に切り口に新芽が生えて、傷を塞ぎ始める。そこに間髪入れずにユズキが跳んだ2撃目を撃ち込み、新芽を払いつつカンナが付けたものり少しだけ深い傷をつけた。再び塞がれようとするその傷を、今度はカンナが斬りつけてまた少し傷は深くなる。……先日、トレント希少種を討伐した時と同じ戦法であった。

 

 交互に斬り続けてやっと幹の1/5程まで傷が達したところで、エルダートレントが枝を振り上げた。


「……時間切れ!」


「だめかぁ!」


 瞬時にエルダートレントから距離を取り、音速のムチをかわす2人。


 その様子は不鮮明ではあるが、地面に転がった北の誓いの配信カメラが映していた。


― 負けるな!

― なんで逃げないの?

― たぶん逃げ道塞がれてる

― あの枝やばい 当たったら即死だろ

― あれ避け続けるとか、2人とも人間辞めてね?

― 救援はよ

― 北の誓いは何してるんだよ!


 なんとか3度目の鞭の雨を凌いだ2人。だが既に体力は限界に近かった。


「はぁっ! はぁっ! ……さっき付けた傷は完全に塞がってるね……」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


「ふーっ……、ユズキ、どうしようか」


「はぁ……。このままじゃジリ貧、それどころか次のラッシュを避けられるかも怪しいわね」


「私はもう無理かな。ほら」


 そう言って自分の足を指すカンナ。その足からは血が滴っていた。


「カンナ、それっ…!?」


「しくじって最後の一発貰っちゃった。……なんとかユズキだけでも逃げられないかな?」


 ゴメンね、と笑うカンナ。この足では次の1分を乗り切ることは不可能だ。カンナは一瞬で覚悟を決めた。ユズキだけでも逃してみせる。……やったことは無いけど、ユズキが大ジャンプすると同時に自分が下から押し上げたら、あの天井に届かないかな? そんな可能性を模索し始める。

 

 一方のユズキには、もちろんカンナを見捨てる選択肢なんて無い。どうにかして2人とも生き残るには……次の攻撃が来る前に、エルダートレントを倒すしか無い!


 だから、エルダートレントの討伐を検討したときに「もしもやるなら」って話したけれど即座に絶対無理だと結論付けたあの作戦。一か八か、ぶっつけ本番でやるしかない。ユズキは一瞬で決心した。


「カンナ、やろう」


「あれ……って!?」


 驚いて目を見開くカンナ。


「うん。次の攻撃が来る前の残り20秒。それまでに2人であいつを倒そう」

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