第18話 救援

 行くと決めたら早かった。


 車で札幌ダンジョンの入り口付近につけると、戦闘服と武器の入った鞄を持ってカンナとユズキは飛び出した。


「それじゃあお母さん、行ってきます!」


「行ってらっしゃい。2人とも、無理しちゃダメよ」


 運転席から手を振るカンナママ。危険は承知で、行く事を許可してくれた。札幌ダンジョンの入り口横の受付に駆け込むユズキ。並んでいる受付待ちの列を押しのけて、探索者証を受付に放り投げた。そのまま喉に力を込めて『一点集中』して声を張り上げる。


「パーティ、柚子缶です! 北の誓いの救援に向かいます!」


「な!?」


 突然の大声に受付の男性がビックリして手を止める。並んでいる他の探索者も同様だ。そんな人々を無視してそのままカンナと共に入り口に滑り込む。


 私服の上から強引に戦闘服を着込み、武器を持つ。カンナはカメラを起動して配信モードにしていた。これは収益目的ではなく、何かあった時の状況共有のためだ。


「『身体強化』!」

「『広域化』!」


 いつもの広域化身体強化を発動し、一気に駆け出す。


 助けに行こうと決めてからここまで15分。ユズキの見立てではリーダーの魔力は保ってあと15分。エルダートレントがいるのは三層の奥地。間に合うかどうかギリギリだった。


 不意に始まった柚子缶の配信。予告無しなのでチャンネル登録している視聴者のスマホに配信開始の通知が来て、それに気付いた一部の視聴者だけがなにごとかと動画を見始めた。その少ない視聴者も高速で走るだけの映像に困惑していた。


 だがその中に札幌ダンジョンの受付でのユズキの様子を見ていた視聴者がおり、状況を説明した。


― この配信枠、柚子缶が北の誓いの救援に向かってるヤツだ!

― は? 何それ?

― 始まりのコメントもなかったぞ

― だから、北の誓いってパーティがいまエルダートレントの配信してて死にかけてるんだって。それを柚子缶が助けに行ってる

― なんでそんなの知ってるんだ?

― 今おれ、札幌の受付にいるんだって ユズキが大声で救援行くって叫んで札幌に飛び込んで行った

― まじで?

― 生ユズキの見たの? かわいかった?

― カンナは?

― 2人ともめちゃ可愛かった じゃなくて、だからこの配信は救援の情報共有用な

― なるほど、何かあったら俺たちがここで見た事を伝えるわけだな

― 心得た


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「くっ!」


 リーダーがエルダートレントの枝を弾く。ナナミはその姿をどこか他人事のように眺めていた。


(ああ、私ここで死ぬんだわ。)


 今はなんとか死人が出ていないが、ここから状況が好転する見込みは無かった。


 エルダートレントとの戦いを思い出す。いや、それは戦いと呼べるようなものですらなかった。


 エルダートレントを見つけた北の誓いの面々。先ずは最大火力を叩き込もうとサブリーダーが全力のファイアボールを放ち、リナの風魔法でその火を強く煽った。

 

 まずこの判断が大きな間違いであった。魔法を全力で放つと精神的な疲労が大きくなり連発が効かない。その一撃で相手の体力を大きく削れるのであれば効果的だが、そうでないなら負担の少ない弱目の魔法を連発するべきだった。……事実、この一発でサブリーダーは大きく疲労してその後ろくに動けなくなってしまった。


 さて、特大の炎をお見舞いされたエルダートレントだが、そのダメージは木の皮を焼いて剥がすに留まった。そしてトレント族の手強さはその自己回復力にある。サブリーダーとリナが全力で与えたダメージは、みるみる内に回復しものの1分ほどで出会った時の姿に戻ってしまった。


 ここでリーダーとサブリーダーに決定的な意識の乖離ができてしまったのが次の間違いだった。


 リーダーは最初の攻撃を「効いている。継続的にダメージを与え続ければいつかは削り切れる」と判断した。だが魔法を使ったサブリーダーとリナは真逆の感想を抱く。1発にほぼ全ての魔力を注ぎ込んだのだ。それがこの程度のダメージにしかならず、その上すぐに回復されるのであれば自分達にはエルダートレントは倒せない。


「みんな、行こう!」

「撤退だ!」


 リーダーとサブリーダーから同時に、真逆の指示が飛ぶ。メンバーは動けない。そしてお見合いする2人。


サブリーダーアツシ、どういう事だ?」


「もう俺もリナも魔法は撃てない! これ以上は無理だ!」


「魔力回復薬を使えば、」


「あれは自然回復力を高めるためのもので、すぐに全快するものじゃ無いだろうが!」


「……っ!」


「リーダー、俺達ではエルダートレントは倒せない。撤退してくれ!」


 ここでサブリーダーが引っ張ってでも動けば、というのはたらればでしか無い。リーダーに納得してもらって全員で退却するべきとしてリーダーを説得しようとしたサブリーダーの判断が間違っていたというのは酷だろう。10秒ほど考えて、リーダーは苦々しい表情で決断した。


「わかった。撤退しよう」


 リーダーの決定を受けて、即座に後退を始める面々。しかし先ほどのお見合いからのサブリーダーの説得、リーダーが決断するまでのおよそ15秒……これが致命的なタイムロスになった。


 体勢を整えたエルダートレントがその太い枝で地面を強く叩きつける。エルダートレントの足元の地面が割れ、その穴に落ちていった。だがそれだけではない。地面のヒビは即座に、北の誓いの5人が立っていたところまで広がったのだ。


「みんな、逃げ――!」


 リーダーの号令も虚しく、地面は崩れ5人は穴に落ちていく事になった。

 


 敵と認識した相手を自分のフィールドに呼び込んだエルダートレントは改めて北の誓いに枝を叩きつける。20mほどの高さから地面ごと落ちてきた5人は全員が無事に着地できたわけでは無い。魔法を使って精神的に疲労していたリナとサブリーダーは、無理な姿勢で地面に叩きつけられてしまった。リナはなんとか意識があるが、サブリーダーは気絶している。ぱっと見では死んでいる可能性もあるがそれを他のメンバーが彼の生死を確認する前にエルダートレントの攻撃が北の誓いを襲った。


「リナ!」


 リナを狙った枝は鞭のようにしなり彼女に襲いかかる。盾役リーダーのカバーが間に合わないと判断したコウキがフォローに回る。両手で構えた剣でその枝を切り落とさんと振り下ろした。


 ガチンッ! 『剣術』スキルをもったコウキの一撃だが、その枝を打ち払うことは出来なかった。その剣は枝の半ばで止まってしまい、剣ごと身体を払われるコウキ。リナに向かっていた軌道が逸れたことだけが幸いだった。


「コウキ!? ……くそ、『挑発』!」


 やっと体勢を立て直したリーダーがエルダートレントに『挑発』――モンスターの攻撃を強制的に自身に集中させるスキル――を使った。盾を構え、エルダートレントの攻撃を防ぐリーダー。正面から受ける事はとても出来ず、冷静に盾に角度をつける事で攻撃を逸らしている。


「ナナミ! みんなに回復を!」


「わ、わかった……!」


 ナナミは慌てて動き出す。およそ10秒に1度、エルダートレントの攻撃が飛んでくる。リーダーはその構えを見ては『挑発』で自分に攻撃を向ける。


 ナナミはまず、サブリーダーのもとに駆け寄った。辛うじて息はある。ホッと胸を撫で下ろし回復魔法を使った。ゲームのようにこれ一つで全快する代物ではないが、それでも自己治癒能力を大幅に促進し、重傷でもある程度癒す効果がある。顔色が戻ったのを見て一安心。次は吹っ飛ばされたコウキを……。


 ビュッ!


 その瞬間、ナナミの目の前をエルダートレントの枝が通り過ぎた。リーダーが逸らした攻撃が、こちらに流れてきたのだ。


 あと数センチ、前に出ていたらその顔は粉々に粉砕されていた。その事実に気付いたナナミは腰が抜けてしまった。この時点で彼女の心は完全に折れたのだ。這いずるようにリーダーの後ろに移動すると、その場で震えているリナと抱き合って動けなくなってしまった。


 その後はただリーダーがエルダートレントの攻撃を引き付けて逸らし続けている。だけどただ時間を稼ぐだけ。死の予感がすぐそこに迫っているのを感じた。


---------------------------


「カンナ!」


「左!」


 分かれ道をカンナの声に合わせて曲がる。さすがのユズキもエルダートレントまでのルートは頭に入っていない。いざダンジョンに入ってその事に気付いたユズキに、カンナはこのダンジョンに移動するまでの間に公開されているマップを確認して頭の中に地図を叩き込んだから大丈夫だと胸を叩いた。

 自分がしなければならなかった事を、先回りでフォローしてくる相棒を頼もしく思う。


「ユズキ、次は短いスパンで右、右、左! そのあと階段!」


「わかった!」


― なんだこれ、足速すぎる。

― え、バイク乗ってる?

― 走ってるんだよ

― 『身体強化』ってこんなチートスキルだっけ?

― ちがう 柚子缶が特別 

― まじかよ美少女でチート持ちかよ

― 急げー、でも慌てるなー


 配信端末をチラリと見てコメントを確認するカンナ。そうだと思いマイクに……その向こうの視聴者に問いかける。


「みんな、北の誓いはまだ無事かな!?」


 階段を駆け降りて三層に到着。このまま1分ほど駆ければボス部屋だ。


 走りながら再び端末を見る。


― まだ生きてる

― 北の誓いは無事だよ

― なんとか凌いでるけどヤバイ

― 生きてるよ

― ギリギリっぽいけど、いきてる


「みんなありがと! ……ユズキ!間に合ったっぽい!」


「わかった!」


 カンナとユズキはそのままエルダートレントが開けた大穴に飛び込んだ。


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「もう、これ以上は……!」


 リーダーは限界を迎えていた。精神的にも肉体的にもギリギリのところまで来ている。およそ10秒ごとに迫り来る死を紙一重で引き付け、逸らし続ける。自分が崩れたら数秒後にはパーティの全員が死ぬ事になる。その責任感だけで耐え続けてきた。


(だけどそれも、もう……!)


 気力だけで30分以上持ち堪えた事自体は賞賛に値する。だが、それも結局ほんのわずかに終わりの瞬間を先延ばししているに過ぎない。


 ガンッ!


 ついに腕に限界がきた。両手で構えていた盾を弾き飛ばされてしまったのだ。盾は無慈悲にも遠くに飛ばされてしまう。慌てて取りに走ろうとして、既にそんな体力も残されていない事に気付く。足が持ち上がらないのだ。


「ああ……みんな、ごめん、ごめんな……」


 次の攻撃は防げない。自分のせいでみんなが死ぬ。涙を流して謝罪の言葉を漏らすリーダー。せめて、自分が最初に死のう。そう考えて盾を持たぬままエルダートレントに『挑発』をする。


 これまでと同じように、エルダートレントは枝をリーダーに叩きつける。違うのは自分に盾がないだけだ。


 目を瞑り、死の衝撃に備える。ゴウッという音と共に枝が迫る。


 …………。


 だが、予想していた衝撃が来ない。恐る恐る目を開けると、そこに剣を振り下ろしたユズキと、叩き切られたトレントの枝が転がっていた。そして、


「ユズ……キ……?」


 追放した幼馴染が、そこにいた。

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