第17話 絶望の配信
「はい、こちらが残りの素材の買取金額です。164万6000円……手数料5%と、回収作業の委託費用として35%、合わせて40%の65万8400円を引かせていただいて、柚子缶さんの取り分は98万7600円になりますね」
探索協会札幌支部。柚子缶の2人は淡々と処理をする受付の女性の前で小さくなっていた。
「全く。トレント希少種を狩るのは良いですけど、素材を本命の丸太以外はほったらかしとか今後は絶対に辞めてくださいね!?」
「はい、スミマセン……」
叱られて気まずそうにするユズキを見て、カンナは珍しい姿だなあと能天気に考えていた。
「カンナさんも! 聞いてますか!?」
「は、はひぃ! スミマセン!」
あまり反省していない様子を見て取られて、カンナは名指しで叱られる。急に声をかけられたことで変な声で返事をしてしまった。それを見て笑うユズキだったが受付の鋭い視線を受けて顔を引き締める。
「トレントの希少種を燃やさずに討伐するなんて結構すごい事なんですよ。普通は炎魔法とかで燃やしちゃいますから。だからこそ、その素材は貴重なんです。それを「本命の丸太だけ買い取ってください。残りはダンジョン内にほったからしてます」なんて聞いた事もない!」
「おっしゃる通りです……」
「でも、2人で運べる量には限度があるし……」
つい言い訳を溢すカンナ。ユズキが「バカっ」という表情で諌めようとするが、遅かった。
「だ、か、ら! そのための素材回収委託制度があるんです! 事前にご相談いただければ手数料は10%です。今回35%も手数料を取られてるのは緊急出動対応費として25%も上乗せされちゃってるからなんですよ!」
「ご、ごめんなさい……」
その後こってり絞られた柚子缶が――主に叱られたのは、反省の色が少ないカンナであったが――やっと探索協会を後にしたのは昼近くになってからだった。
2日前、柚子缶はトレント希少種を討伐した。魔石を取り出した2人、さて素材はどうしよう、まあできる範囲で持ち帰るしかないよねということで、枝を落として10m強の丸太を作り2人で『身体強化』してえっさほいさと担いで持ち帰った。探索協会に報告と素材の売却をしようとしたところ当然、「切り落とした枝とか、他の素材は?」と聞かれた。持ち帰れなかったので放置しましたと素直にカンナが答えると受付の女性がなんてことを! と叫んでその場で回収委託業者に連絡した。
しばらく待ってからやってきた屈強な男性達……委託業者の方々と、受付の女性を連れ立って希少種と戦った場所まで案内。その場で、あとはやっておくから丸太と魔石の精算をしたら今日は帰っていいから2日後に協会に来るように! と言われてしまったのである。
魔石が約100万円、丸太は250万円にもなりホクホクモードだった柚子缶の2人は、本日改めて探索協会を訪れる。そこで待っていたのは追加報酬の100万円と、冒頭のお説教というわけだ。
「素材回収委託制度は使った事ないから忘れてたわ。ごめんね」
「私も思いつかなかったからおあいこだよ。でも仮に今回頼んでたとして、一昨日は都合良く希少種が見つかったから良いけど、もしも回収委託を頼んでモンスターを狩れなかったらどうするの?」
「その場合は人件費5万円が固定で取られるらしいわよ。あと素材の売値の10%が5万円以下の場合は、支払う金額は5万円で固定だって」
「なるほどね。今後はそのあたりも踏まえて回収委託を使うか考えないとだね」
「うーん、基本的には使わない方向で行きたいんだけどね……」
「なんで?」
「今回はイレギュラーだったから倒し終わった場所に案内って形だったけど、本来の形としては討伐に同行するのよ」
「つまり、配信に映るって事?」
「うっかり映っちゃうのは不可抗力だけど、基本的には居ないものとして扱う感じじゃないとダメ。もちろんカメラを持って貰うとかもNGね」
「ってことは私とユズキでいつも通りの感じにお話ししながら、横には屈強なおじ様方がいるけれど、居ないものとして配信しないといけないってこと?」
「そう!」
「それはキツイなー」
「でしょ? だから、無しの方向で行くか「配信するから倒した後に迎えにきます」って無理を聞いて貰うかしないとなのよ」
「なるほどね」
「でも貴重な素材をほったらかしにすると怒られちゃうってのは知らなかったから、今後の探索計画はちょっとだけ気を付けましょう。……ということで反省会おしまい! さて、ラーメン食べに行こう!」
「お母さん、もうのラーメン屋さんの近くにいるって」
「じゃあ行きましょう。嫌なことはラーメンの思い出で上書きじゃあ!」
「了解っス!」
協会の人に叱られはしたけれど、想定外の100万円が貰えて懐はあったかくなった2人は意気揚々と札幌ラーメンを食べに向かうのであった。
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「美味しかったねー!」
「ええ、やっぱり本場は違うわ……」
ぶっちゃけカンナもユズキも味の違いがわかるほど舌は肥えていない。だが、「札幌で味噌ラーメンを食べる」という行為自体がスパイスとなって、大変満足していた。
そんな2人の様子を微笑ましく見守るカンナママ。
「さて、このあとは函館に向けて出発だよね」
「ええ。今日の夜は登別温泉で、明日の朝から函館に移動。そのまま観光して、明後日函館ダンジョンの探索ね」
「札幌の温泉も良かったし、登別も楽しみね」
「じゃあ早速行こうか……あれ、ミサキから電話だ。出てもいい?」
一応ユズキと母親に確認をとるカンナ。どうぞどうぞと促す2人にお礼を言いつつ、ミサキからの着信に応答する。
「もしもし、ミサキ? どうしたの?」
「カンナ、いま平気?」
「うん。ちょっとなら」
「まだ札幌にいる?」
「うん。これから函館方面に移動しようかって言ってたところ。どうしたの?」
「北の誓いの、チャンネル見れる!?」
「ほえ?」
「だから、ユズキさんの元パーティの探索配信!」
「えーっと……」
気まずそうにユズキの方を見るカンナ。その視線に気付いたユズキがカンナの方に歩いてきた。
「カンナ、どうしたの?」
「えっと……ミサキが北の誓いのチャンネル見れるかって……」
カンナの幼馴染から、自分の元パーティの動画の話?何故そんな事を言ってくるのか分からず怪訝な顔になるユズキ。
「見て貰えば分かるって……」
カンナも困惑している。ユズキはとりあえずスマホを取り出すと探索配信アプリを起動してライブ視聴モードにする。現在の配信一覧タブで「北の誓い」と検索すると、彼らの配信中の動画が流れてきた。
「札幌ダンジョンで……
ユズキとしてはもう元のパーティの事は全く気にしていない。配信開始当初は万が一にも鉢合わせたくないから彼らの配信予定日や探索するダンジョンを軽くチェックしていたが、基本的に週末に配信する柚子缶と、平日に配信する北の誓いはバッティングしない事と、彼らの探索はユズキが在籍していた頃に攻略したことのあるダンジョンに限られている事に気づいたので、それであれば現地で出会ってしまう心配もないなと結論付けて最近はチェックもしなくなっていた。
一方でミサキはユズキの元パーティという事で、柚子缶に、というよりはカンナに何か影響があると困るという思い一応北の誓いの配信をチャンネル登録していたのである。そしてスマホに今日の配信予定として「札幌ダンジョン」の名前が通知され、もしかしてカンナと遭遇してしまうのでは? と一応配信のチェックをしていたのだ。
「それで、配信見てたんだけど……北の誓いの人たち、エルダートレントに挑んでるのよ」
「それは動画タイトルにもあるね。ユズキ。北の誓いの人達ってエルダートレントに勝てるの?」
ミサキと電話しながら、ユズキのスマホ画面の北の誓いの様子を覗き込むカンナ。
「私が知ってる彼らなら100%無理だと思う。希少種ですらギリギリじゃないかしら」
「それって拙くない?」
「……」
ユズキが自分のスマホをカンナに渡す。カンナが画面を見ると、そこには悲惨な光景が映っていた。既にエルダートレントと交戦しているようだが、カメラには盾を構えて必死にエルダートレントの攻撃を防ぐ男性、その後ろでガタガタ震えている女性が2人。そして足元に倒れている男性が2人。
ちなみにカメラは地面に倒れているのか、画像は90度横向きである。
「負けそうじゃん!」
電話越しにミサキが話す。
「戦い始めてすぐに足元が崩れて、剣士っぽい人が吹っ飛ばされて。そこからは盾を持った人が耐え続けているけど、どこまで保つか……ユズキさんの元パーティだから、一応伝えた方がいいかなと思って電話したんだ」
「うん、わかった……ありがとう、ミサキ」
カンナは電話を切ると、再び動画を見る。
― これマジでヤバい
― 放送事故じゃん
― 逃げられる?
― リナたそ逃げてー
― いや、マジで死ぬんじゃないか?
― だれか通報した?
コメント欄からも焦りが伝わってくる。
「通報! そうだ、探索協会に救援要請は!?」
「――いま札幌支部に電話したわ」
2台目のスマホを持ったユズキが応える。カンナに渡したスマホがプライベート用の1台目、いま協会に電話をかけたのが協会との連絡や配信の調子をチェックする時などに使う2台目だ。
「既に何件か通報はあったみたい。……だけど、救援は出ないわ」
「なんで!?」
「理由はいくつかあるんだけど……まずエルダートレントが非常に強い。生半可な戦力じゃあ助けに行った人が犠牲になる。次にこの場所の地形ね。ここは直径100m、深さ20mくらいの大穴になっているらしいの。だから救出に行こうとしたらロープを穴の底まで垂らして彼らに登って貰うか、担いで登るしかないんだって。この攻撃を掻い潜って、それが出来ると思う?」
「それは、」
不可能だ。エルダートレントの攻撃の頻度はそこまで多くない。十数秒に一撃程度、その枝を叩き付けている程度だ。だけど攻撃力は強い。なんといっても枝が通常のトレント程度の太さなのだ。この攻撃を掻い潜ってロープで20m、垂直の壁を登る。しかも気絶している人を担いで。
「最後に、この状況。これって彼らが自分から招いた事態よね。配信タイトルにエルダートレント討伐って書いてあるし。要は自分たちの力を過信してこんな事態に陥ってるのよ……そんな人のために、二次災害の恐れのある救援は出せないっていう事みたい」
「だけど、このままじゃ!」
「全員、死ぬわね。今盾で防いでるのが北の誓いのリーダーだけど、彼が崩れた瞬間全員潰されるわ」
ユズキは悔しそうに呟く。自分を追放した元パーティ。リーダーが気力で保たせているがどんなに長くてもあと30分程度か? 魔力か体力か、いずれかが尽きればそこでジ・エンドだ。
自分を追放した彼らに対して恨みはあるし、仲直りは一生できないと思っていた。それでも、死んで欲しいなんて思った事は誓って、無い。今でこそ道は違えたが、幼い頃から仲良くして来た思い出はある。
彼らとの思い出がよぎり、ユズキの目から涙が溢れる。
そう、こんな形で永遠に別れたかったわけではないのだ。
そんなユズキの手を、力強く握るカンナ。
「ユズキ、助けに行こう」
「え?」
「ユズキにとって大事な友達なんでしょ。だったら助けなきゃ」
「でも、どうやって」
「私とユズキの身体強化なら、1人抱えて20m、跳べるよね?」
「出来なくは、無いと思う。でも危険だし、間に合うかどうかも、」
「うるさいなっ! 出来ない理由を探すなよっ!」
大きな声で喝を入れるカンナ。びっくりして目を丸くするユズキに向き直るとニッと笑った。
「ここで動かなかったら、ユズキは一生後悔する……やらない後悔より、やって後悔しようよ!」
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