第16話 北の誓いの愚行
「これは……」
北海道に降り立った北の誓いの面々。先日の話し合いで決まった札幌ダンジョンへの遠征である。
いざ北海道に到着し、ホテルにチェックイン。明日は朝から札幌ダンジョンで
【柚子缶】真夏の北海道探索! 3回目は札幌ダンジョン。
そこにはユズキがパートナーのカンナという少女と共に、トレントを倒している姿が映っていた。手に持っているのはショートソードのようであるが、手際良く枝を斬り落とし、トレントを蹂躙している。
さらに動画を後半に進めると、トレント族の中に稀に出現する「希少種」と呼ばれる個体を討伐していた。
通常のトレントは樹皮が黒に近いのだが、希少種は白っぽい色をしている。違うのは色だけではなく、枝の数や速さ、さらに本体の幹の太さも通常種より二回りほど大きい。
枝を触手のように伸ばして身体を絡めとろうとしてくるトレントに対して、ユズキとカンナは避けるのでなく前に進んで対応する。進みながら目にも止まらぬ速さで剣を振るい、その枝を確実に切り落としていく。
そのまま本体に接近するとカンナが力任せにショートソードを打ち付ける。幹が太いので一撃で根本から、とは行かないがその幹に大きく傷を付ける。トレントは自己治癒力が高いモンスターで、幹に付いた傷の付近には直ぐに若い芽が生えて傷を塞ごうとする。
その傷に、今度はユズキが斬りつける。塞がりきっていない傷の上から新芽ごと切り裂く事で、先ほどより深い傷がトレンドの幹に刻まれる。あとはカンナとユズキが交互にその傷に攻撃を加えていく。
もちろんトレントは反撃を試みるが、2人とも冷静に攻撃をかわし、お返しとばかりに枝を切り落とす。トレントの攻撃が緩めばまた幹に攻撃をしていく。あっという間に太い幹にその8割ほどまで届く傷となった。
「カンナ!」
「ユズキ!」
最後は声を掛け合って両側……傷をさらに深くする一撃と、反対側からの一撃が交差した。トレントの希少種は、根本付近から幹を折られてその場に沈黙したのであった。
「ふー、硬かった!」
「やっぱり再生能力がすごかったわね」
そんな風に笑い合ってハイタッチするカンナとユズキ。確かにトレントは再生能力がやっかいである。しかしなんと彼女達はそれを「再生能力を上回る勢いで傷つけ続ける」という力技で解決したのである。
動画の再生を止めると、隣の部屋のサブリーダーの元に飛び込んだ。
「サ
「どうした、
「ユズキの今日の動画、みたか?」
「いや、まだ見ていないが」
「これ、見てくれ!」
スマホをサブリーダーに渡す。しばらくして動画を見終わったサブリーダーがスマホを返してくる。
「どう思う?」
「……いつの間にか北の誓いにいた頃の弱点を克服しているみたいだな。それどころか『一点集中』でブーストされた身体強化が全身に広がっているように見える。このカンナって子が『広域化』って言ってるから、まさかユズキの『一点集中』された力を全身に広げているのか?」
「いやスキルの分析じゃなくて、ユズキ達が行ってるダンジョンとモンスター!」
「ああ。俺たちの予定と丸被りだな」
そう。北の誓いが起死回生の一手として狙っていたのはまさにトレントの希少種であった。硬さと大きさが通常種より二回り上の希少種は、北の誓いの戦力ならやや苦戦するものの勝てるだろうと見込んでいた。しかしその戦略はトレント狩りとしてはオーソドックスな方法で、『炎魔法』によって焼き尽くすというものであった。
北の誓いのメンバーのスキルは、以下の通り。
・
・サ
・コウキ……『剣術』
・ナナミ……『回復魔法』
・リナ……『風魔法』
ユズキの攻撃力のみが目立ってしまっていたが実は残りの5人もかなり有用スキルを覚醒している。特に魔法スキル持ちが3人も居るのは贅沢の極みとも言える構成で、だからこそユズキを追放してもやっていけると判断したのである。
今回はリーダーが盾となりトレントを引き付け、コウキの『剣術』とリナの『風魔法』で枝を削ぎ、サブリーダーの『炎魔法』でとどめ、という戦術でトレント希少種を攻略する予定だった。ある意味ではお手本のような戦術であるが、これを実行できる個人探索者パーティは多くない。魔法スキル自体がレアである上に上手く役割分担できるようなパーティが組めるなんてさらに珍しいからだ。人員が潤沢な大企業お抱えのパーティであればその限りでは無いが多くの個人探索者パーティは足りない部分を工夫と経験で補うのが普通であった。
他のパーティに無い利点を活かしてトレント希少種を討伐することで、北の誓いに自信と勢いを取り戻そうとしていたリーダーとサブリーダーは頭を抱える。このままでは柚子缶の二番煎じになるどころか、あまりにタイミングが悪過ぎる。
柚子缶はなんと、切り倒したトレント希少種の幹を10メートルほどの丸太に加工して2人で担いで持ち帰っていた。これを素材として売れば200万円はくだらない超貴重素材である。一方で北の誓いの戦法では希少種を倒すことが出来ても幹は黒焦げ……魔石と、枝のいくつかは持ち帰ることが出来るにしても、柚子缶と比べれば明らかに見劣りする。
「どうする?」
「ユズキはユズキ、俺達は俺達だ。見ろよ、チャンネル登録者数でもダブルスコアを付けられている。彼女達を意識している余裕なんて俺たちには無いだろう」
サブリーダーが柚子缶のチャンネル登録者数を指す。そこには5.5万人と表示されている。一方で北の誓いは2.4万人……最近は週に1000人のペースで減っている。
「と言いたいところなんだが、さすがにこれはタイミングが悪すぎる。せっかくトレント希少種を討伐しても「ユズキに勝てない」と思い込んだら、アイツらはいよいよやる気を無くすのが目に見えるからな」
「そうだよな。希少種でダメなら、いっそ古代種をやるか?」
「古代種か……やってみる価値はあるかもな」
特筆すべきはその圧倒的な大きさである。その幹の太さは屋久島の縄文杉ですら比較にならないと言われており、直径は10m近い。攻撃力はさほどでは無いが、希少種以上の回復力を持ち、生半可なダメージはすぐに回復されてしまう。トレントと同じであれば、その幹のさえ一刀両断出来れば生命活動を停止すると思われるが直径10mの幹を一撃で切り倒す事ができるスキルなんて見つかっていない。
これまでエルダートレントを討伐したパーティは数えるほどしか存在せず、大企業が人海戦術で十数名の炎魔法スキル持ちと風魔法スキル持ちを動員して炎を風で煽り数時間掛けて焼き尽くす方法か、個人探索者では『心眼』スキルを持ったメンバーがいるパーティがピンポイントで魔石を撃ち抜く方法が取られていた。
前者は大企業の攻略ということで一般には動画が出回っておらず、後者は配信こそされてはいたがメンバーの保有スキルは非公開のパーティによる討伐であった事からその脅威度が分かりづらかった。つまりエルダートレントはその危険性が過小評価され易い状況だったのだ。
そこでリスクを読み違えずに「自分達のパーティで討伐可能か」を見極めるのも探索者として必要なスキルである。しかし北の誓いはそれが育っていなかったと言わざるを得ない。ユズキが居た時は彼女が計画を立てていたし、脱退後は過去の成功例をなぞっていただけだからだ。
明日のダンジョン探索前の最終ミーティング。
「……というわけで、予定を変更して希少種から古代種に、討伐対象を切り替えようと思う」
「それ、大丈夫なの?」
リナが訝しげにリーダーを見る。
「サ
そう言ってスマホの動画をプロジェクターに映す。それは個人探索者がエルダートレントを討伐する配信だった。
「彼らはトップ探索者パーティの「光の螺旋」だな。保有スキルは公開していないから、エルダートレントを倒してるスキルが何かは分からない」
「それじゃあ私たちで勝てるか分からないじゃ無い!」
「だけど動画を見てくれ。確かにボスクラスだけあってその耐久力は高い。だけど攻撃力は通常のトレントとさほど変わりないんだ。むしろ枝の数は希少種より少なくて安全ですらある」
「その耐久力が問題なんじゃ無いのか?「光の螺旋」以外にエルダートレントを討伐してる動画がないってことは、通常の探索者パーティでは討伐が難しいって事だと思うんだが」
コウキも反論する。それに対して用意していた答えを返すリーダー。
「確かにボスというだけあってその耐久力は高いと思う。だけど他のパーティがやって来なかったのは俺たちが持つような「強み」が無いからだと思うんだ」
「強み?」
「ああ。俺たちは5人とも有用なスキルを持っている。盾術、剣術、炎魔法に風魔法、さらに回復魔法とまで来ている。……他のパーティでここまで揃っている構成、聞いた事ないだろう?」
「だけど他のパーティは、それなりに補い合ってるじゃないか」
「ああ。足りないものは補い合う。それがパーティの鉄則だからな。だけど俺たちは違う。こと対トレントにおいては俺達の編成は完璧なんだ」
あえて「完璧」という強い言葉を使い、場を盛り上げるリーダー。コウキとリナとナナミは息を飲んだ。
「俺が盾で攻撃を防ぎ、コウキが剣で枝を払う。サ
「な、なるほど」
「そんなローリスクハイリターンな狩りが、エルダートレントに対しては行うことが出来るってわけだ。もしも成功したら俺たちも上位パーティの仲間入り。戦闘中に危険を感じたら逃げればいい」
「……そこまでいうなら、やってみましょうか。でもちょっとでも危ないと思ったらすぐに撤退よ、そこは約束して」
リナがいつもの消極的な賛成をする。
「ああ、勿論。俺だって死にたく無いからな」
こうして北の誓いの5人はトレント希少種を狩る予定を急遽変更して、ボスクラスのモンスターである古代種……エルダートレントを狩ることに決めた。
もしこの場にユズキがいたら、絶対に却下しただろうし、それでも強行する流れになったのなら先に希少種と戦ってみて、自分達の力が古代種に通用しそうかどうかキチンと確認してみようと妥協案を出したはずだ。
だが、「ユズキに負けていられない」という焦りと「北の誓いを盛り上げたい」という想いがリーダーとサブリーダーを暴走させて、残りの3人は流される事でここまで来ているメンバーである。
死地に足を踏み込むことを俯瞰できている者はいなかったのである。
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