第15話 それぞれの気持ち、カンナへの想い
旭川ダンジョンをクリアした翌々日。今日から仕事が休みになったカンナの母親と、新千歳空港で合流する。
「わざわざ私までご招待してくれてありがとう」
「こちらこそ、私が毎週のようにカンナと探索しているせいで親子の時間が中々取れないと思うので。今回はせめてもの気持ちという事で」
「でも本当に私の旅費まで出してもらっていいの?」
「はい、経費に計上できるのは確認済みです。パーッと楽しみましょう!」
お母さんとユズキの仲が良くて良かった。カンナはそんな事を考えつつ、久しぶりの家族旅行を楽しむのであった。
そのまま車を小樽に走らせる。運河を散策したり、海鮮丼を食べたり、オルゴールを見たりと定番のコースを楽しんだあとは札幌に移動してホテルにチェックインだ。カンナとユズキの2人の時はビジネスホテルを取ることが多いが、今日からは温泉付きのホテルに泊まる。
「明日は札幌のダンジョンに行くのよね?」
「うん。お母さんはどうする?」
「うーん、じゃあホテルでのんびりさせてもらおうかな。温泉にたくさん入って癒されておくわ。今日は楽しかったけどちょっと疲れたし」
「オッケー!」
夕食を食べ終わり、お風呂に入った3人。部屋に戻るとカンナの母がユズキに声を掛ける。
「ユズキちゃんはハタチ超えてるのよね?」
「はい。先日21になったところです」
「じゃあ1階にあったバーで少しお酒を飲まない?」
「お母さん、私たち明日ダンジョン探索なんだけど?」
「ちょっとだけ。ね、どうかしら」
「ご一緒させて頂きます。カンナはお留守番お願いね」
「いいなあ」
「ハタチになったらね。じゃあユズキちゃん、行きましょう」
カンナママと連れ立ってバーに向かうユズキ。ホテルの1階にあるバーは比較的明るい雰囲気で、こういったところに慣れていないユズキでも入りやすかった。ユズキはレゲエパンチを、カンナママはキールを注文する。
「じゃあカンパーイ!」
カチンとグラスを鳴らしてカクテルを口に運ぶ。
「私、娘とこういうお店に来るのが夢だったのよ。叶っちゃったな」
楽しそうに笑うカンナママ。
「まだ酔うには早くないですか?ユズキですよー」
「ウフフ。ユズキちゃんだって娘みたいなものでしょう?」
「そんな風に言ってもらえると照れちゃいますね」
「将来、カンナと結婚したら義理の娘になるわけだしね」
「ぶっ!?」
あまりに突飛な発想に、お酒を吹き出しかけるユズキ。
「あれ? カンナと付き合ってるんじゃないんだ」
「違いますよ! まだカンナとはそういう関係じゃないです!」
「まだ?」
「あっ……」
鋭い(?)指摘に顔を真っ赤にするユズキ。そんな様子を見てカンナママは満足そうに微笑んだ。
「カンナね、最近は毎日すごく楽しそうなのよ。ユズキちゃんと出会う前はダンジョン探索も仕方なくって気持ちが混じっていたみたいなんだけど、今はすごく楽しそうにあった事を話してくれるの」
「それは、良かったです」
まだ顔が真っ赤なユズキ。
「それで、「ユズキはね、」「ユズキがね、」っていつもユズキちゃんのことを話すのよ。その顔が好きな子の事を話してる時のそれなんだもん。1年も一緒にいるし、とっくにくっ付いてるのかと思ってたわ」
「あー、うー……」
「その様子だと、ユズキちゃん的にもカンナの事を憎からず思っていてくれてるのかしらね」
お酒のお代わりを飲みつつユズキの方を見つめるカンナママ。なんと言っていいか分からず言葉が出なくなってしまっているユズキだが、精一杯の対応として首を大きく縦に振った。
「なら良かった。これからもカンナのこと、よろしくね」
「は、はい……」
「いい人に巡り会えたみたいで良かった。ユズキちゃんみたいな子なら安心だわ。……あの子、少し男性不信気味なところがあるからせっかくの10代で恋の一つも出来なかったらどうしようって思ってたのよ」
「男性不信、ですか」
「カンナから聞いてない? あの子の父親のこと」
「……中学1年生の時に離婚なさったって」
「そう。酷い話よね。会社の後輩の子にちょっかいかけて、子供ができたから別れて欲しいって。それまでカンナ、お父さん大好きっ子だったから余計にショックが大きかったみたい」
呆れたように元夫の文句を言い始めたカンナママ。ユズキは聞き役に徹する事にする。
「しかも子供が出来たってつまりやる事やってるわけじゃない。ちょうど思春期に差し掛かってたところで大好きだった父親のそういう部分を想像しちゃったみたいでね、一気に拒否反応が出ちゃって……幼馴染のトモハル君の話って聞いた事ある?」
「カンナが昔から一緒に遊んでた子ですよね。ミサキちゃんとトモハル君って3人で仲が良かったって聞いてます」
「そうなのよ。家も結構近くて親同士も仲良くてね。なんだけど、一時はカンナ、そのトモハル君のことも避けるようになっちゃって。まあ中学生にもなると異性の友達とベッタリとはいかないわよねとは思いつつも結構態度が露骨だったりして、雰囲気かなり悪くなっちゃってね」
「そんな感じだったんですか」
カンナからは「仲良しの幼馴染が2人いる」、「中学の時少し気まずい期間もあったけど、今は仲良くしている」ぐらいにしか聞いていなかった。とはいえユズキにしたって幼馴染……北の誓いの5人との関係をあけっぴろげに話しているわけでもないのでその辺りはお互い様だと思っている。なのでこの場でカンナママから本人が話したがっていない過去を聞ける事に、少しの罪悪感とたくさんの好奇心が心を占める。
「そうは言っても親が介入できる話でもないから、見守るしか出来なかったんだけどね。そのうちまた仲良くするようになったから安心はしたんだけど……これ、ユズキちゃんに言ったら嫉妬しちゃうかな?」
少し意地悪に笑ってからカンナママは続ける。
「トモハル君はね、たぶんカンナの初恋の相手なのよ。母親目線の勘だけどね」
「……」
「小学校の頃は「トモはね」、「トモがね」って色々と話してくれたから。それこそ最近ユズキちゃんの事を話す時みたいに。だからこそユズキちゃんに対する想いも分かっちゃったんだけど。だけど父親の離婚から、彼を避けるようなっちゃって……それで、仲直りした後も前みたいな感じにはならなくなっちゃったみたいで」
「それが男性不信って事ですか?」
「多分だけどね。それプラス、恋愛に対して私と元夫のせいで臆病になってるって感じかなあ。だからユズキちゃんともあと一歩、踏み出せないのかもしれないわね。だからユズキちゃん、今だと思ったらいつでもあの子の事押し倒していいからね」
「娘を押し倒せとか、すごいこと言ってますね」
「時には勢いも大事ってことよ。……勢いだけだと後悔することもあるけどね。行動しない後悔よりは、した後悔の方がいいっていうのは年寄りからのアドバイス」
そういってウインクするカンナママは、今年で40だというのに少女のように可愛かった。カンナのかわいさは母親譲りだなあと思いつつもユズキは笑って頷くしか出来なかった。
「それで、ユズキちゃんはカンナの何処がいいの?」
「えーっと……」
その後は酔っ払った四十路の絡み酒から逃れることが出来ず、ユズキはカンナのどこが好きかを洗いざらい吐くことになってしまった。
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ミサキはシャーペンを置いて、問題集を閉じる。今日の勉強はもう終わりにしようと思ったのだ。机を片付けているとスマホが着信を告げる。
プルルルル……。
そこには大切な幼馴染の名前が表示されていた。
「カンナ、どうしたの?」
「あ、ミサキ。いま電話しても平気?」
「うん。丁度今日の勉強が終わったところ」
「お、偉いじゃん」
「カンナは宿題進んでるの?」
「こっちに来る前にワークは終わらせたよ」
「あら、偉い」
「ユズキが勉強見てくれたんだよね」
「……ユズキさん、勉強もできるんだ?」
「うん。教えるの上手で、すごくわかりやすかったんだ」
「そのユズキさんと今は一緒じゃ無いの?」
「それなんだけど、ユズキとお母さん、2人でホテルのバーにお酒を飲みに行っちゃってさあ」
「ははーん、それで暇になったから私に電話をしてきたと」
「うっ、鋭い……。でもミサキと話がしたいなって思ったのはホントだよ」
「あらあら、ありがとう」
「花火大会って、昨日だったよね。トモと2人で行ったの?」
「あー、結局行かなかったんだよね。トモとは会ったんだけど」
「ありゃ、そうなんだ」
「うん。カンナ無しで行くのもねって話になって。私の部屋で駄弁って解散したわ」
「行けなくてゴメンね」
「気にしなくて良いわよ。約束してた訳じゃなくて、なんとなく毎年行くのが恒例になってたってだけだしね」
「来年は行けるかな」
「どうだろう。あなた達、来年は九州遠征とかしてるんじゃ無い?」
「アハハ、あり得るね」
ミサキはため息を吐く。ここで「来年は花火に行こうよ」と言ってくれないあたり、カンナはもう私達よりユズキとの探索を無意識に優先しているんだなと思うと寂しかった。
「そういえば、おめでとう」
「ほえ?」
「柚子缶、バズってるじゃん」
「うそ!?」
「あれ、気付いてなかった? なんかネットで記事になってたよ」
「何それ知らない!」
「さっき柚子缶のチャンネル見たら登録者数一気に5万人超えてたよ?」
「本当に!? すごい!」
「ネットの記事だとモノアイベアーの討伐動画がすごいって書いてあったよ」
「一昨日のやつか! あとで確認してみたいからページのアドレス送っておいて!」
「はいはい」
「ユズキにも報告しないと!」
「そうね、
「うん、ありがとう!」
ユズキばかり優先するカンナに、つい皮肉っぽい言い方になるミサキ。だがカンナはそれに気付かず素直にお礼を言う。
自分は幼馴染が取られてしまったみたいで面白くないというのに、当のカンナはそんなことお構いなくこれまで通りに接してくる。それがまたミサキを惨めな気持ちにさせる。
「じゃあお風呂入ってくるから」
「うん、わかった。ミサキ、またね」
「ええ、また」
電話を切るとミサキはスマホを放り投げた。そのま放置したい気分になったけれど、ネットの記事のページをカンナに送らなければと思いいそいそとスマホを拾ってメッセージを送る。
カンナからはすぐに「ありがとう」と返信がくる。その語尾にあるハートマークを見て思わず顔がにやける。もちろんカンナ的に深い意味があってハートをつけているわけでは無いのは分かっているけれど、こんな小さな事で嬉しくなってしまうのだ。
カンナへの想いとユズキへの嫉妬、それをうっかり電話越しにぶつけてしまった自分への嫌悪と、さらにカンナには皮肉に気付いてすら貰えなかった惨めさ。色々な感情でモヤモヤした胸をスッキリさせるため、ミサキはお風呂に向かった。
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「ユズキ、見て! 私達の事がネットの記事になってバズってる!」
ミサキの気持ちにも、カンナママに散々絡まれて既にライフがゼロになっているユズキの気持ちにも気付かず、カンナは自分達の動画がバズった事を喜んでいた。
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