第14話 討伐! 北の地のモンスター!
【柚子缶】真夏の北海道探索! 2回目は旭川ダンジョンで
「こんにちは、カンナです。前回に引き続き今回も北海道編になります! 第2回の今日は旭川ダンジョンにやってきたよ」
「前回の釧路ダンジョンはクビナガタンチョウに中々会えなくて大変だったけどね、今回はそこで苦戦しないといいかなあ」
「ね。配信動画を見直したら9割が私とユズキの雑談だったからね」
― それもまた良き
― 前回はお疲れ
― 丹頂鶴は見つからないの仕方無い
― むしろ4時間で会えて幸運まであった
― アーカイブのサムネに4:02:45までスキップ推奨って書いてあってワロタ
― 今日も雑談配信?
― 質問コーナーある?
好意的なコメントが流れるのを確認してユズキはホッと胸を撫で下ろす。前回はいつまでも見つからないクビナガタンチョウを探し続けて、想像以上にグダグダと雑談が続く配信になってしまったので視聴者に呆れらていないか心配だったのだ。
雑談を2時間もすれば流石にカメラの前で話すことなど無くなる。そのため急遽視聴者コメントに質問返しを始めたのだが、これが想像以上に盛り上がってくれた。……とはいえ毎回それをしていたら、チャンネルの趣旨から外れてしまう。柚子缶はあくまでもダンジョン探索の配信で人気を得たいので前回はイレギュラーだったと考えようねと、カンナとも話し合ってある。
「今回はスムーズにモノアイベアーを討伐する予定なので、質問コーナーはやらない予定ですよ。期待してた人はごめんね」
「あと、4時間喋りっぱなしは私もカンナもさすがにちょっと喉が枯れちゃったんだよね。インターバルの2日間でめっちゃたくさんのど飴なめたから」
カンナがカメラの向こうの視聴者に謝り、ユズキが適当にアドリブを挟む。
― 4時間話しっぱなしはキツイ。
― 後半ユズキ、喉気にしてたもんな。
― [¥ 300:ミカンのアルミカン] 少ないけど、のど飴代w
視聴者とコミュニケーションをとった後は早速ダンジョン攻略だ。
釧路ダンジョンはまるで湿原を再現したかのように見通しが良いダンジョンで、モンスターの奇襲を受けることはまず無い。というよりもそもそもモンスターの数が異常に少ないという特徴を持つダンジョンだった。そう言う意味でも雑談がしやすかったけれど、旭川ダンジョンは逆に鬱蒼とした森を思わせる環境で気を付けないと小型・中型のモンスターから奇襲を受ける。
だから配信中のユズキとカンナの会話は「前方良し」「後方良し」「2時の方向、モンスターあり」と言った周囲の索敵結果を伝え合うだけであった。これがダンジョン配信の難しいところで、よほどの実力者でも無い限り危険度が一定以上のダンジョンではトークで盛り上げる事は難しい。かと言ってトークのためにダンジョンのレベルを下げるのはある意味で本末転倒とも言えるので、そのあたりのバランス取りが個人配信探索者全員が抱える課題であり、腕の見せ所でもある。
ユズキとカンナは今回北海道で挑むダンジョン4つのうち、あえて釧路を最初に持ってきた。ある程度雑談をする時間が多くなると見越してのチョイスだった――まさか4時間にも及ぶと考えもしなかったが――。
次に最も警戒が必要な旭川を2番目に持ってくる。ここは釧路とは逆に雑談を挟む余裕はないと初めから分かっている。
3番目の札幌と、4番目の函館は言ってしまえば「いつものそこそこ雑談もしながら攻略できる難易度」である。この辺りは配信がマンネリ化しないようにという狙いがあっての構成だ。
ダンジョンに入って1時間ほど。
モノアイベアー。その体は大きく、立ち上がると5mにもなる。その名の通り大きな一つ目でが特徴だがなんとこのクマ型のモンスターはその目で魔力の流れを察知する特性を持っているらしくそれを応用した「動きの先読み」をしてくる。正面から戦うには非常に手強いモンスターである。
討伐動画や体験談を研究した結果、カンナとユズキはそれぞれ1人では討伐出来ないと結論づけた。だから、今日は初めてのコンビネーションに挑戦する。
カンナは三脚を立ててその上に持っていたカメラをセット。いつものように戦闘をズームで撮ることは出来ないが、片手にカメラを持って戦える相手では無いので仕方が無い。その代わり、2台目のカメラを起動して1台目と連携させると、それを胸のホルダーに固定した。これで視聴者は固定されてた定点からの映像と、カンナの視点の映像を同時に視聴できるようになった。
ショートソードを手に持って構える。
ユズキもカンナとお揃いのショートソードを持っていた。『一点集中』で殴っても倒せないと見て、素直に武器を持つことにしたのだ。
「『身体強化』!」
「『広域化』!」
カンナの『広域化』はあくまでもユズキの『一点集中』で強化された『身体強化』を2人に広げるスキルなのでユズキより先に使っては効果が無い。同時でもダメだ。だが、1年近くに渡る訓練と実践、そして2人の息がぴったり合っている事でコンマ数秒の時間差で発動できるようになっていた。
2人の魔力の流れを察知したモノアイベアーが臨戦体制になる。その大きな身体からは想像もできない機敏な動きで駆け出し、2人に迫る。
2人は左右に跳んでモノアイベアーの突進をかわす。モノアイベアーは顔を振ってカンナを目で追った。その背中にユズキが斬りかかる。その身体は硬い毛に覆われた皮に守られ、生半可な武器では傷一つ付かないとされる。身体強化されたユズキの一撃は、無駄ではなかったが浅い傷をつけるに留まった。ユズキはモノアイベアーから距離を取ると、一度ショートソードを鞘に収める。
モノアイベアーはユズキに振り返るとその両腕を振りかぶった。しかし今度はその隙にカンナが鋭い突きを放つ。しかしこれも大きな傷を作ることは出来ずに数cm刺さったところで刃がそれ以上奥に進まなくなった。カンナは剣を引き抜くと、やはり一度鞘に収めた。
その後も2人は常にモノアイベアーに狙われていない方が後ろから斬りつけて、武器を鞘に収めるという動きを徹底した。敵もフェイントをかけたりとなんとか攻撃を当てようとして来るが、身体強化で動体視力も底上げされた2人は冷静にそれをかわす。
― これヤベェだろ
― 一発当たったら放送事故になる
― カンナが持ってるカメラ、動き速すぎて意味分からん
― このクマ硬すぎる
― 頑張れ!
戦術としては比較的地味で地道な戦いだが、特にカンナのカメラの映像は視聴者を惹きつけた。手ブレ補正が効いててもその映像はブレブレだが、モノアイベアーの背中が映った次の瞬間にはそれがドアップになるのは画面越しでも分かる。その背中に斬りつけると敵が振り返りこちらに殴り掛かってくる緊張は、カメラ越しでも十分に伝わる。
― 毎回、剣を鞘に入れてるのはなんでだろう
― 抜刀術じゃないか?
― すぐに逃げられるようにかな
― 今ちょっと掠ったか?
― 無理しないで
ひたすらモノアイベアーの背後を斬り続けること20分程。相変わらず大きな傷はなく背中一面に浅い裂傷がついているだけで、血もあまり流れていない。これではいつまで経っても討伐出来ないのではないか――そんなコメントもチラホラと書かれ始めた頃、状況が一変する。
「ユズキ、きたっ!」
「わかってる! でも焦らないで!」
突然モノアイベアーの動きが鈍り始めた。これまでの俊敏な動きは何処へやら、腕を緩慢に振り回して牽制するだけとなる。
― どうしたんだ?
― え、クマ疲れたのか
― 毒?
― ああ 毒か
― 剣に毒塗ってたのか
― どういうこと?
さらに1分ほどでモノアイベアーは完全に動けなくなり、その場に蹲る。ここで初めてカンナとユズキが共に動く。
「はっ!」
ユズキが背後からモノアイベアーの背中に、全力で剣を突き立てる。これまでは回避を前提としていたため深くは刺さらなかったが、これはトドメの一撃だ。腰の入った突きは、モノアイベアーの背中から内蔵に到達する。
「えいっ!」
カンナは正面から、既に虚となった
モノアイベアーはそのまま反撃することも無く、地面に倒れた。2人は念のため剣を抜かずにモノアイベアーから距離を取る。そのまま30秒ほど様子をみて、敵が完全に沈黙したと判断した。
「ふぅ。お疲れさま」
「強かったね……。作戦が効いてるか、ちょっと不安になってたよ」
「ね。無事に効いてくれて良かったわ」
カンナは胸のサブカメラの電源を落とし、定点カメラを取りに行く。カメラを回収するといつもの自撮りモードにしてユズキのもとに戻った。
「無事、討伐完了です!」
「見てくれてありがとうございました!」
「コメントちょっとだけ確認しようか。……ああ、気付いてる人もいるね。種明かしをすると、剣に毒を塗っていました」
そう、今回正面からモノアイベアーを斬ることは無理だと判断したユズキは毒で倒すことを提案した。それはダンジョン内で採取できるマダラトリカブトから採取できる毒で、モノアイベアーにもよく効くとされている。なんとこれ、旭川ダンジョンの近くにある探索協会旭川支部で買うことができる。小さな薬瓶に50mlほどで10万円と超高額ではあるのだが。
今回はこの薬瓶を何本か購入して、それぞれのショートソードの鞘に流し込んだ。ドロリとした質感の毒は鞘の先端部分に溜まる。そこに剣を収めると、切先に毒が付着するという寸法だ。
「これはカンナがある漫画を見て思いついた戦法なんだよね」
「そうなの。刀で斬って毒にする剣士がいて、鞘に剣を収めると毒を調合するって設定だったの。毒の調合は無理でも鞘に入れておけば塗り直しの手間が省けるかなって思ったんだ」
― あのキャラか!
― え、誰?
― この間の雑談で言ってた漫画か!
カンナが参考にした漫画とキャラ名を挙げるとコメントは多いに盛り上がった。
モノアイベアーを毒で倒すのはスタンダードな戦法ではある。しかし普通は剣の先に毒を塗って倒すなんて危険な方法は取らず、生き餌に毒を含ませて食べさせるか、『弓術』や『遠距離攻撃』などのスキルを持った人間が毒矢を使って討伐するのが一般的であった。そういう意味では柚子缶の毒剣で斬り続けて討伐するというのはセンセーショナルな戦法であった。
モノアイベアーの魔石の売値は30万円程。内臓は毒が染み付いている可能性があるので土に埋めるしか無いが、毛皮は素材として売ることが出来るのだが……。
「ちょっと背中部分がズタズタすぎるね」
「これは売り物にならないかなあ。とりあえず剥ぎ取って持っていく?」
ここで柚子缶の弱点、「女の子2人しかいないので素材を厳選して持ち帰らないといけない」が露呈する。事前に素材となる部位は予習してきた上で討伐に臨んでいるのでどこを持ち替えれば良いかは分かっている。ただ、「モノアイベアーの毛皮」と言われてもこの背中部分がズタズタになった毛皮は売れるのか……そこまでは分からない。買い取ってもらえないなら毛皮は諦めて他の素材を持ち帰った方が良いのだ。
「まあ大型モンスターを解体するのも練習になるかな?ダメ元で毛皮を持って帰りましょう」
「了解! ……というわけでこれから解体作業に入ります。今日の配信はここまでということで、ご視聴ありがとうございました! 高評価とチャンネル登録、よろしくね!」
カメラをしまって解体に入るカンナとユズキ。声を掛け合ってモノアイベアーの毛皮を剥いでいく。これも事前に動画で予習済みであった。
頑張って解体した甲斐があり、モノアイベアーの毛皮は相場の半額ほどで買い取って貰えた。毒瓶代が高い事を考えると今回は大物相手のわりに身入りが少ない討伐だったが、経費を差し引いてもしっかり黒字だし、動画映えしたからまあいいか。カンナとユズキの感覚はそんな具合だった。
しかし前述の通り、剣に毒を塗ってモノアイベアーを斬り倒すなんて戦法は前代未聞である。そして北の誓い時代から切り抜き動画を作っていた製作者が、カンナ視点の画像と固定カメラの画像を上手く編集してとても出来の良い討伐動画を作ってアップしたのだ。この切り抜き動画がたまたまネットニュースの記者の目に留まる。そこで柚子缶を知った記者は過去の切り抜き動画や柚子缶のアーカイブを見て「これは売れる」と判断し、記事を書く。
記事がネットにアップされたのはモノアイベアーの討伐から2日後。ついに柚子缶は初のバズりを経験する事になったのだ。
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