第13話 北の誓いの現状

 とある月曜日。いつもの時間、いつもの探索者協会の貸会議室。北の誓いのメンバーはミーティングを行なっていた。


「今週は誰だっけ?」


「私。はい、これ」


 女子メンバーのナナミが、全員に探索計画書を配る。以前は、ユズキが毎回探索計画を立てて宿も仮押さえした上でミーティングの場で周知していた。彼女が抜けたあと初めのうちはリーダーとサブリーダーがその役目を引き継いだものの、毎週違う場所を提案しては宿を探し、さらに探索スケジュールを立てると言う作業は思った以上に負担が大きかった。そのためリーダーと相談し、全員で持ち回りにしようと言う話になったのである。5週に1回ならまだなんとかなると判断しての事だった。


 ……しかし、リーダーとサブリーダーの思惑は悪い方に外れていた。


「また熱海か」


「うん。この宿、温泉も綺麗だしご飯も美味しいから」


「ダンジョンは……」


「書いてあるでしょ。芦ノ湖ダンジョン。二股大蠍デュアルスコーピオンを狩ろうよ」


 またか。声にこそ出さなかったがリーダーは辟易していた。ナナミは自分の番の時、熱海の芦ノ湖ダンジョンか、草津の西さいの河原ダンジョンばかり提案してくる。ホテルも毎回同じだ。明らかに、ホテルが目当てでダンジョンはオマケだった。

 要は自分の好きな温泉宿に泊まりたくて、その近くのダンジョンを攻略対象として挙げてくるのである。


 芦ノ湖ダンジョンも西の河原ダンジョンも、北の誓いが探索するには少し難易度が低い。初心者が中堅にステップアップするためのダンジョンという位置付けになり、そもそもユズキのワンパンスタイルになる前に攻略したダンジョンである。ホテル代を考えると探索による魔石と素材では収支はトントンかやや赤字、配信で稼げれば……という感じだ。


 だが、この傾向はナナミだけでは無い。もう1人の女子メンバーのリナも自分の行きたいところの近くのダンジョン、それもユズキのワンパンスタイル確立前に攻略したところを提案してくるし、男子メンバーのコウキは一応毎回被りが無いように気を遣ってはいるものの、やはりユズキの在籍時代に一度攻略したダンジョンを提案してくる。


 結局のところ、彼女達はパーティの成長をというよりは場当たり的に出来ることをしているだけに過ぎないのだと感じていた。その点、ユズキは常にパーティと、配信チャンネルの成長を考えて計画を立てていた。そのやや強引な進め方に意を唱えたのはリーダーである自分と、サブリーダーの2人である。自分達も探索者として大成したいからこそ、ユズキありきのスタイルに不満を持ち、彼女がいない方が良いという空気を作り出した。


 だが思い返せば他の3人はユズキの追放に反対こそしなかったが、消極的な賛成と言った様子ではあった。


「山奥のダンジョンが続いてて辛い」

「最近は車移動が長いところばかりだ」

「自分の魅せ場が無い」


 そんな愚痴レベルの不満を、上手く膨らませて追放の流れに持っていったのは他ならぬリーダーである自分自身だ。残りの3人は場所の選定や動画の撮り方に不満はあったが、それでも自分が積極的になにかせずともついていくだけで一定の成果と達成感が得られる環境にそこそこ満足していたのだ。


「……ダー、ねぇ。リーダー!」


「あ、ああ。すまない」


「何よ、ボーッとして。ここでいい? みんなは構わないって言ってるけど」


 考え事をしている間に、メンバーは既に決を取っていた。一応全体の合意の上で次のダンジョンを決定する事になっているため、この場で異を唱える事は出来る。だが前に一度強固にダメ出しをしたところナナミは「だったら自分で考えなさいよ!」と激昂し、その場で自分が代案を出せなかったためその週の探索自体が流れたのだ。以降はなんとなく多数決というスタイルに落ち着いてはいるが、5人中3人が「やる気がないわけでは無いが楽して現状維持を望むタイプ」だと、ナナミの案――温泉を楽しみつつ片手間で簡単なダンジョンに挑む――は反対される訳もなく。それが分かっているからサブリーダーも半ば諦め気味に賛成するのだ。


「ああ、俺も賛成で構わない」


 だからこそ、自分のターンである来週こそ適正な、成長に繋がる探索をしようと決意したリーダーは全員に提案をする。


「今週はナナミの案でいい。まだ会議室の時間はあるし、ちょっと来週の話を先にしていいか?」


 既に弛緩したムードになっていたメンバー達は怪訝そうにリーダーを見る。


「来週は、これまで行ったことのないダンジョンに行こうと思ってる。探索スケジュールはまだ出来てないけど、場所の目星はつけてあるんだ」


 そう言ってカバンから資料を取り出して配る。前回、前々回も新しいダンジョンを提案したものの、女性陣の反発と彼女達にええかっこしいしたコウキの反対票によって流れてしまい、妥協案として過去の焼き直しになってしまった。だからこそ、今回は先んじて意見を通しておこうという狙いだ。


「北海道?」


「ああ。札幌の市街地にあるダンジョンだ」


「待てよ、ここって結構上級パーティ向けじゃないのか?」


「確かに少し手強いモンスターが多いし、飛行機の移動は金もかかる。だけどたまには遠出するのも悪くないだろう?」


「……危険な事はいやよ」


「大丈夫、俺達なら十分勝てると見込んだ上での選択だ。ついでに前回提案した和歌山の紀伊ダンジョンは確かに安全への考慮が足りなかったけど今回はそこも検討済みだ。札幌ダンジョンで相手にするのは樹人族トレントと呼ばれるモンスターになる。こいつらは足も比較的遅いし、いざとなれば走って逃げられるんだ」


「トレントか。他の配信者が狩ってるのを見たことがあるけど、確かに俺たちでもなんとかなりそうだな」


「ああ。それに最近はチャンネル登録者数もだいぶ減っちまった。ここで視聴者に「北の誓いはまだやれるんだ」って見直してもらうためにも、一度新しいチャレンジをしたいんだ。……頼む」


 自分達で勝てそう、安全性も考慮、配信チャンネルにも触れた上で、最後は頭を下げる。これで上手くいかなければ、最悪今週の熱海への反対をカードにするつもりだった。


「……はぁ。分かったわよ。来週は札幌ね」


「いいの、ナナミ?」


 渋々と承認といった様子のナナミに、リナが問いかける。


「安全が確保されてるなら、反対する理由も無いしね。それに3回連続でNO出したら熱海行きもダメって言われそうだし」


「なるほどね。確かに。じゃあ私も賛成でいいわ」


「2人が賛成するなら、俺も賛成だ」


 ナナミの悪びれない態度に、リナとコウキが同調した。その様子から最早この3人には、ユズキが居た頃の最低限の向上心すら無くなったような印象を受けるリーダーだったが、それでもこの札幌遠征で上手く成功体験を共有できれば……と淡い期待を胸にする。


 

 今週の熱海、来週の札幌が決まったところで、いつもの雑談タイムに入る。この雑談タイムもユズキが居た時には無かったものだ。彼女はダラダラしたミーティングが嫌いで、会議室の利用時間が残っていてもやる事が終わったらさっさと退室を促すタイプであった。今は時間いっぱいまでメンバー間の雑談に花が咲く。……しかしこれはこれで悪いことではないとリーダーは考えていた。ユズキはこういう雑談の場を大切にしなかったことで、絆を育む事が出来なかったのだと。


「そういえばユズキ、最近調子良さそうだよね」


「うん、ウチらといた時より生き生きしてる気がする」


「……なに? ユズキがどうしたって?」


 思いがけず、ナナミとリナの口からユズキの名前が出たことでリーダーは思わず問いかけた。


「リーダー知らなかったんだっけ? ユズキ、ちょっと前から新しいパーティ組んで活動してるんだよ」


「それは知らなかったな。ナナミはユズキと連絡取ってるのか?」


「まさか。あんなふうに追い出して、出来る訳ないじゃない。……視聴者からのコメントで知ったのよ」


「視聴者のコメントから?」


「どれだったかな……ああ、最近のアーカイブにもコメント付いてるわ。ほら、ここ」


 そういってパソコンの画面を見せてくるナナミ。それは北の誓いが最近あげた配信動画のアーカイブのひとつであった。そこにはこんなコメントが付いていた。


― ユズキが居ない北の誓いとか、カツのないカツ丼みたいなもんなので柚子缶に移住しますね。


 酷い例えだが、アンチコメントをいちいち気にしていたらキリが無い。


「この柚子缶って言うのがユズキの新しいパーティ名。いつくかそういうコメントが付いてて、なんだろうって気になって検索したら出てきたのよ、ほら」


 そう言ってナナミは柚子缶のチャンネルが表示し、動画を再生する。そこにはユズキが、高校生くらいの女の子と2人で楽しそうに探索をしている姿が映っていた。


「もともとこっちのカンナって子が1人でやってたチャンネルで、それは鳴かず飛ばずだったんだけど数ヶ月前からユズキも一緒に動画に出るようになって、人気が出てきてるみたいよ」


 そう言って登録者数を指すと、そこには2.3万人と表示されていた。一方で北の誓いは全盛期から半減して、今は2.5万人と表示されている。なんともう直ぐ追い抜かれそうでは無いか。


「あんな風に追い出しちゃってさ、そのまま野垂れ死されたらさすがに目覚めが悪いなって思ってたんだけど……どんな経緯でパーティを組むことになったかは知らないけど、まあ元気そうにやってて良かったねってリナと話してたんだよね」


 ナナミの能天気な声はもはや耳に入って来なかった。


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 ダンジョン協会前で解散した北の誓い。明日の朝、熱海に向けて出発予定でこのあとは自由時間である。サブリーダーがいつも通りジムに向かおうとしたところで、リーダーから声を掛けられる。


アツシサブリーダー……時間あるか?」


タカヒロリーダー。ああ、いいぜ」


 男2人でカフェに入る趣味もなかったが、外は炎天下である。仕方なく適当な店に入りコーヒーを注文した。


「それで、どうした?」


「……3人について、どう思う?」


「どう、と言われてもな」


「向上心というか、やる気というか……北の誓いを日本一のパーティにしてやろうという気概が、」


「無いだろうな」


「……っ!」


「今さら話さなくても、この1年……ユズキが居なくなってからの様子を見れば分かるだろう? あいつらはユズキの熱意と行動力に引っ張られていただけだ。俺やタカヒロみたいに自分からカッカと燃えるタイプじゃないんだよ」


「あいつらにやる気を出してもらうにはどうしたらいいと思う?」


 アツシは黙ってタバコに火をつける。フーッと煙を吐くと、小さく首を振った。


「無理だな。もうあれは何かきっかけが無いとどうしようも無い。例えば強烈な成功体験……それこそ俺たちでもトップを目指せると確信できるような、な」


 アツシの残酷な宣言に、タカヒロは愕然とする。そんなタカヒロにアツシは続ける。


「あいつらは「現状維持」に甘えきっているどころか、緩やかな衰退をヨシとしている。ナナミの探索計画がいい例だ。あんな探索をしていたら収支はマイナスか良くてトントン、視聴者だって更に減るだろう。だけどそれを自分でなんとかしようという気持ちはゼロだ。お前がしてくれた札幌ダンジョンへ挑戦の遠征提案だって、「消極的な賛成」だ。ユズキを追放した時と同じでな。反対する理由が見つからなかったから、賛成する。そこで自分に都合の良い何かが起こるのを待っている。……3人共そんな感じだよ」


「だったら……」


「だったらなんだ? あいつら3人も追放するか?」


「そんな事、出来るわけが……」


「何故? ユズキは追放できただろう。同じ事だ」


「違う! ユズキは、俺たちとは違う場所を見ていたから……」


「それは違うな。少なくともユズキはあの3人よりは余程俺たちと同じ方向を向いていた。やり方に問題が無かったとは言わないが、それでも客観的に見ればユズキの性格を知ったうえで甘い蜜を吸っていたんだよ、俺達は。その上でユズキの才能と人気に嫉妬して、碌に話し合いもせずに追放した。これが事実だ。認めろよ」


「ユズキに、嫉妬……」


「ああ。なんだかんだ理由をつけたが、俺達はユズキに嫉妬していた。そして、怖かったんだ。いつかユズキについて行けなくなって見離されるのが。だから先にこちらから切った」


 アツシは2本目のタバコに火を付ける。


「アツシ、お前は全部わかってて?」


「流石に違う。……俺だって今の状況を良しとは思っていない。なんとかしたいと足掻いている。だけど、足掻けば足掻くほど、ユズキが居なくなった穴の大きさに今更ながら気付いた。そして遅ればせながら1年前を振り返って分析した結果だ」


 タバコを咥えて自嘲的に笑うアツシ。


「どうすれば良いんだろうな……」


「あいつらを追放しないなら、方法は3つだな。1つめ。ユズキに戻ってきてもらう」


「無理に決まっているだろう!? ユズキはもう、新しいパーティを組んでいる!」


「ああ、仮にそうでなくても今更どのツラ下げてって話だ。2つめ。新しいメンバーを入れる……起爆剤になるようなすごいやつをな」


「それは……」


 良い案だと思う一方、そうそう上手く事が運ぶ気もしない。


「まあこれも無理だろうな。まず現時点で実力があるやつはウチみたいな落ち目のパーティには来てくれないよ。じゃあ才能のあるやつを探すか? そんなの俺たちには分からないし、それを育てるノウハウも無い。

 つくづく、ユズキは北の誓いにとって必要なものを全部持っていたと思い知らされる」


「3つめの方法は?」


「……甘えるなって事だ。外からの力に頼れないなら、俺たちが変えるしかない。そのための札幌遠征だろ。そこであいつらに思い知らせるしかない。「俺たちでもやれる」ってな。逆にわざわざ新しいチャレンジをして碌な成果がなければアイツらが立ち上がるのはもう無理だろうな。そんなところまで来てると感じるよ。

 わかるか? ここが分水嶺だ。だからタカヒロ、計画の作成は俺も手伝う。2人最高の計画を作って、5人で最高の成功体験をするんだ。それしか無い」


 アツシが真剣な目でタカヒロを見つめる。タカヒロは大きく頷いた。


 その後2人は話し合って、まずは今週中にタカヒロが計画のたたき台を作り、土日にアツシと共に詰める事にした。


 タカヒロが去ったあと、アツシは最後のタバコに火を付けて独りごちる。


「それでもユズキの追放は間違ってなかった……遅かれ早かれあのままでは俺達はユズキについて行けなくなったからな。最大の失敗は、俺とタカヒロがユズキのようにみんなを引っ張れなかった事と、それでもまだ夢を見ちまってる事なんだよな……。頼むぞ、相棒。もう一度、希望を持てるような奇跡を起こしてくれ」

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