第12話 真夏の北海道遠征へ

 春先に柚子缶として配信を始めてから4ヶ月ほど。季節は夏を迎えようとしていた。


 毎週土曜日に探索の配信を行う柚子缶のチャンネルは、大きくバズる事こそ無かったが着実にその登録者数を増やしていた。


 この4ヶ月で20回弱の探索配信を行い、昨日はついに中級探索者の1つの壁とも呼ばれている火炎トカゲを討伐した。


「チャンネル登録者数は2万人ちょっとか……。最近は投げ銭してくれる人も出てきたし、順調ではあるのかな」


 チャンネル登録者数が1000人を超えると収益化が出来る。1000人は10回目の配信で突破した。やはり最初は中々数字が伸びないが、ある程度登録者が増えると切り抜き動画をあげる人が出てくる。そこから探索のフル尺を見ようと来てくれる新規視聴者もいて、そこからまた切り抜き職人が生まれる、といういいサイクルが出来てくる。柚子缶もそのサイクルに乗り始めたといった感じだ。


北の誓い元パーティの切り抜きやってた人が気付いてくれたのが大きいな。この人編集上手だし、毎回作ってくれるし、ありがたいんだよね」


 北の誓い時代に毎回切り抜き動画を作ってくれていた視聴者さん。毎回丁寧な編集をしてくれるし、トークを切り取り方が上手い。またこういう切り抜き動画にありがちな「そういう意味で言ったわけじゃないんだよな……」というケースが全くと言って良いほど無いので安心して見ることが出来る。

 当時のパーティメンバーは「人の探索動画を切り貼りするだけで再生数稼ぎやがって」と否定的だったけど、だったら自分で作ればいいわけで、自分でも気付かないような発言を拾って面白い動画を作ってくれるこの職人さんの存在を、ユズキは内心ありがたく思っていた。


「ただ、ちょっとカンナと私の仲を盛り上げようとし過ぎな感はあるんだよな。このひとの動画タイトルの影響で最近みんな「てぇてぇ」って言うようになってるし」


 そう、唯一少し気になっていることはこの人、動画タイトルを【柚子缶切り抜き】○○【てぇてぇ】で統一しているのだ。


 最初は「てぇてぇ」って何だろうと思っていたけれど、どうもユズキとカンナの仲睦まじい様子を盛り上げようとしているらしい。

 

 その動画を見て配信に来た視聴者がてぇてぇと言い出して、ユズキ的にはカンナと仲が良い様子を盛り上げてもらえるのは正直ちょっと嬉しいので放っておいたら、いつの間にかみんなコメントでてぇてぇするようになっていたのだ。


「ま、伸びてるならいいか」


 このまま順調に伸びれば以前のパーティにいた時のチャンネル登録者数である5万人は近いうちに届きそうだ。だがその先、100万人までの見通しについてはユズキにも分からない。ここからは未知の領域だ。


「とりあえず出来ることをやっていくしか無いか」


 パソコンを操作して今後の計画を書いた資料を開く。スタートダッシュについてはかなり細かく計画を立ててきたが、この先については我ながら拙いプランである。というよりも基本的には出たところ勝負、悪く言えば行き当たりばったりで突き進むしか無い。


「ん……ユズキ、おはよ」


 カンナが目を覚ます。昨日は配信が終わり、火炎トカゲの魔石と素材を売却した時にはもう夜遅かったのでそのままホテル戻った。カンナはその後、来週に控えた期末テストの勉強で夜更かしをしたをらしくユズキより大分ゆっくりの起床である。


 まだボーッとしている様子のカンナ。ビジネスホテルの備え付けのパジャマは少しサイズが大きいようで、その様子はあたかもダボダボの彼シャツを着て朝チュンしているかのようだった。もちろん、お互いそれぞれのベッドで寝たので何も無かったが。


「おはよう。あと1時間でチェックアウトよ」


「かお、あらってくるね……」


 ぽてぽてと洗面所に向かうカンナ。パシャパシャと音がしたあと、よっしゃ! とオヤジくさい声で気合いを入れているのが聞こえてきた。すっきりした顔で一度戻ってくるとコスメポーチを持って再び洗面所に向かう。5分ほどでメイクと髪型を完成させて戻ってきた。


「ユズキ、おはよう!」


「はい、おはよう」


 さっき挨拶したじゃないかなんて野暮なこと、ユズキは言わない。最初は「寝起きのカンナ」で今のは「化粧で武装したカンナ」なんだろう。


「それでユズキは、朝からパソコン使って何やってたの?」


「昨日の火炎トカゲ討伐の動画にサムネイルを付けてアーカイブ化しておいた」


「おお、ありがとう!」


「それと今後の探索プランの見直しかなあ」


「む、そういうのは私も混ぜてよ?」


「それはもちろん。基本的には一緒に考えた案なんだけど……帰りの車の中で話すわね。とりあえず京都の街に繰り出しましょうか」


「うん! お昼は精進料理を食べにいくんだよね。私精進料理って食べたこと無いから楽しみ!」


 火炎トカゲを討伐したのは京都にある嵐山ダンジョンだ。今日は午前中に京都市内を観光して昼食に精進料理を頂いてから、ユズキの運転で帰る予定だ。移動中に話す時間はたっぷりあるので、今は観光に意識を向けても問題ない。


 午前中だけでは金閣寺、銀閣寺を見るだけで時間が無くなってしまった。


「王道を回るだけでも時間が足りないものだね」


「半日だからね。残りの名所は次に京都のダンジョンに来た時に回りましょう」


「そうだね、また来よう!」


 そしてお待ちかねの精進料理である。ランチでひとり1万円ほどと中々に奮発したけれど、今回はホテルを素泊まり5000円のビジネスホテルにしているのでバランスは取れているだろうという判断だ。ついでに遠征中の食事は経費に回せるので節税にもなる。たっぷり食べて満足したら、のんびり東京まで、車でおよそ7時間の旅に出る。


「いつも運転ありがとう。来年、18歳にになったら私も免許取るからね」


「ふふ、期待してるわね」


 助手席で寝ててもいいわよとユズキは言ってくれるが、カンナは助手席でユズキとお喋りしながらドライブするこの時間が好きだった。


 柚子缶として配信を始めるまでの期間は2人きりで話すと言っても雑談がなかったわけではないが、基本的にはダンジョンの探索に向けた計画や、スキルの検証とトレーニング、配信についてなどの真面目な話がほとんどだった。でも最近……特に運転中はそういった真面目な話もするけれどむしろ大部分が雑談で、カンナはそれがとても楽しかったのだ。


 ユズキとお互いの好きな小説や音楽、漫画やアニメの話までしたり、小・中学校の頃の思い出を語り合ったり。いつの間にかお互いの事は何でも知っているのではというくらい、気心が知れて来ていた。


「そういえば朝、ホテルで帰りに話したい事あるって言ってたよね? 今後の探索について」


 カンナは助手席でペットボトルのお茶の蓋を開けて、ユズキに手渡しながら訊ねる。


「ありがと。……うん、それなんだけどね」


 お茶を一口飲んで、カンナに手渡すユズキ。カンナは受け取ったお茶の蓋を閉めてドリンクホルダーに戻す。以前、赤信号のタイミングで慌ててお茶を口にするユズキを見て「私が開けてあげるから」と進言して以来、助手席でユズキにお茶の蓋を開けて手渡すのはカンナの大事なお仕事のひとつだ。


「カンナ、もうじき夏休みだよね。今は毎週末にこうやって長距離ドライブしてるけど、夏休みになったら長期間の遠征に行かない? って話をしようと思ってたの。とはいっても2週間くらいかな」


「2週間も?」


「探索予定を立てた中に、いくつか北海道のダンジョンがあったじゃない? 飛行機の距離だし週末の往復で弾丸ツアーをやるよりは、夏の北海道編とでも銘打ってのんびり回るのも悪くないかなって」


「楽しそう!」


「でしょう。私達でも挑めそうなダンジョンって言うと札幌、函館、旭川、釧路あたりかな? それぞれ中2日か3日を移動兼観光日として入れれば体力的にもそんなにキツくないしいけるかなって考えてたんだけど」


「うんうん、いける気がする」


「カンナのお母さんはずっと仕事?」


「毎年お盆は1週間くらい休みだったかな。なんで?」


「せっかくだしお母さんもご一緒にどうかなって。配信する日は1人で観光して頂く形になっちゃうけど、それ以外の日なら一緒に北海道を見て回れるでしょ」


「いいの!?」


「問題無いわよ。パーティの資金も結構たまって来てるし、たまには親孝行したらって提案」


「お母さんもパーティの資金で行っていいの?」


「もちろん。カンナは今17歳の未成年だから、保護者同伴って名目で問題無いわ」


「ありがとう! お母さんに相談してみるね!」


「ええ。2週間丸々は無理でも、後半に合流とかやりようはいくらでもあるからその辺りも踏まえて話を聞いてみて」


 北海道遠征か……行ったこと無いし楽しみだな。北の大地に思いを巡らせるカンナであった。


------------------------------


「というわけで、夏休みはユズキとお母さんと一緒に北海道に行くんだ」


 週明け、いつものようにミサキとお弁当を食べながら夏の予定を楽しそうに語るカンナ。昨日、帰宅中に母親に電話で北海道旅行兼遠征の話をしたらノリノリで喰い付いてきたのだ。そのままユズキも一緒に日出家に向かい、さっさと飛行機と宿の予約まで済ませる流れになった。


「2週間もホテル泊が出来るなんて「柚子缶」、稼いでるわねえ。……動画に上がってた火炎トカゲの魔石って買取額50万円ぐらいでしょ? ちょっと前までの赤字カンナはどこに行ってしまったのやら」


「あはは……」


 お金の話は仲が良い友人とでもしない方がいいとユズキからアドバイスされているカンナは笑って誤魔化した。


 ちなみに今回の火炎トカゲ討伐の収入は、火炎トカゲの魔石が60万円、素材が15万円。さらに道中で他のモンスターも狩っているのでそれらの魔石と素材で5万円ほどで合計80万円ほどだった。そこからカンナとユズキの取り分は1割ずつで各8万円。残りがパーティ資金としてある。成果の8割をパーティ資金、残り1割ずつを互いの取り分にするというのが柚子缶のルールだった。あとは年に2回、6月と12月にボーナスという形でパーティ資金からいい感じに互いの口座に振り込んで調整しようという方針である。

 ちなみに探索期間の食費宿泊費はパーティ資金から出ているので、先程の8万円は丸々カンナの口座に入っている。普通の女子高生が土日で簡単に稼げる額でもない事を考えれば、既にカンナは探索者ドリームを掴みかけて来ている。ユズキに言わせれば「命をベットしてる事を考えれば少なすぎるくらい」らしいが。


「それで北海道にはいつからいつまで行くの?」


 ミサキがお弁当を食べながらカンナの予定を聞いてくる。


「えっとね、7月31日から8月14日までのまるまる半月だね。最初はユズキと2人で釧路と旭川のダンジョンを攻略して、お母さんはあとから後半に合流して札幌と函館のダンジョンと、小樽とか一緒に観に行くんだ。やっと親孝行できるよ」


 カンナがあまりに楽しそうだったから、ミサキは文句を言うことができなかった……毎年8月第一週にある花火大会に幼馴染3人で出掛けていたが、今年はそれが出来なくなった事に。


「そっか。行ってらっしゃい。怪我はしないようにね」


「うん」


「あと、今年の花火大会はトモと2人で行ってくるから」


「あ……、あー、ごめんね」


 いま思い出したといった様子で気まずそうに謝るカンナ。


「いいのよ。北海道のお土産を楽しみにしてるわね」


「うん! 美味しいものいっぱい買ってくるよ。トモの分もね!」


 すぐに明るく笑って北海道に想いを馳せるカンナを見て、ミサキはため息を吐いた。


(北海道に行くのが楽しみなのか、ユズキさんと一緒なのが楽しみなのか……両方かな?

 トモのやつは「女の人とのパーティなら安心だ」って言ってたけど、これ、ウカウカしてるとカンナを掻っ攫われるわよ。ちょっと忠告して危機感を煽っておかないと。)


 長年、くっ付きそうでくっ付かない幼馴染2人を見てきたミサキとしては、トモに頑張って欲しい気持ちはある。だからうっかりカンナに余計な事を聞いてしまった。


「カンナはさ、ユズキさんのことどう思ってるの?」


「ん? どうって?」


「好きなの?」


「そりゃあ好きだよ。優しくて頼りになるし、一緒にいると楽しいし。美人でスタイルもいいんだよ」


「それって恋愛対象としての好き?」


「へ?」


「そこのところ、どうなのかなって。最近はユズキさんの話ばっかりで、なんか恋人との惚気話みたいだったから」


「そそそ、そんなことあるわけないじゃん! ユズキは女の子だし!」


 顔を真っ赤にして首を振るカンナ。その反応を見て少しホッとしたミサキは、まだ付き合ってるわけじゃ無いと確信して口を滑らせた。


。……でもそういう感じじゃ無いのね」


「そうだよ! あくまで探索者パーティとしての大事な仲間!」


 そう言って手で顔を煽ぐカンナを、ミサキは楽しそうに見守っていた。


 昼休みが終わり午後の授業。カンナは授業に集中出来ずに、先ほどのミサキの言葉を反芻していた。


(そっか……そうだよね、女の子の事を好きになるのって別におかしな事じゃ無いんだよね。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る