第11話 第2回配信、そして

 柚子缶としての初回の配信から1週間。次の配信予定は前日にSNSで告知することにした。


「「明日、柚子缶の探索配信やります! 明日はカンナが頑張る予定です!」っと。告知はこんな感じでいいかな」


「本当にそれでいいのかな。ユズキみたいに格好良く倒せないよ?」


「別に視聴者から文句があるわけじゃないんだし、好きにやっていいのよ。……まあ文句言われても好きにやるけど」


 カンナとしてはユズキの華麗な戦いを見せた方が視聴者が喜んでくれてチャンネル登録者も増えると思うのだが、ユズキは首を縦に振らなかった。


「私とカンナ、それぞれにファンを作らないと。私だけが活躍してたら短期的には視聴者が増えるかもしれないけれど、直ぐに頭打ちよ」


「そんなもんかな」


 ユズキは呆れてため息をつく。カンナは自分の魅力に無頓着すぎる。もともと可愛い顔立ちを化粧で際立たせれば、誰もが振り返るキュートガールである。それでいて身体つきは女としての魅力がしっかり主張している。はっきり言って男にモテるのは圧倒的にカンナだ。ユズキはどちらかと言えば女子モテする外見と性格である。

 

 タイプの違う2人がいるのなら、どちらも前に出た方がお得である。キャラクターを全面に押し出すのは本意では無いし、あくまで探索内容で視聴者を増やしたいが、とはいえ使えるものは使った方が効率的だ。そのあたりのバランスは自分がとった方が良さそうだとユズキは判断する。


「先週、配信外でさくさく斬り伏せてたじゃない。あれをやればいいと思うわよ」


「動画映えはしないと思うけど……うん、今回はユズキのプロデュースに任せてみるよ」


 

 翌日、柚木缶の第2回配信である。


「こんにちは、ユズキです」


「カンナです」


「はい、というわけでですね、今日も渋谷ダンジョンに来ております!」


「ここは二層ですね。あそこが、一層から降りてきた階段です」


 カンナがあっちあっちと指さして示す。


「今日は……というか今日も、なんですけどワイルドウルフを狩っていこうと思います!」


「思います!」


「はい! 第2回目にしてネタ切れかよって思ったカンナちゃん!」


「ネタ切れだとは思ってないけど、正直なんでまたワイルドウルフなんだろうとは思った。視聴者さんも思ってるんじゃないの?」


「はい、その疑問にも答えちゃいます。ズバリ……カンナの見せ場を作るためです!」


 よっ! と拍手するユズキ。女優だなぁと思いつつカンナは次のセリフを思い出す。なるべく棒読みにならないように気を付ける。


「私の見せ場ですか」


「うん、前回の配信は私がワイルドウルフの群れをほとんど倒しちゃったでしょ。だから今日はカンナだって強いんだぞ! ってところを存分なアピールしていいよっていう日」

 

「ワーイウレシイナー」


「ということでいざ行かん、ワイルドウルフの群れを求めて!」


 カメラを持ってさっさと進むユズキ。カンナは無事に台本通り話せたことにホッとしてあとを追った。


「ワイルドウルフの群れ、居たね」


「行こうか。――『身体強化』」


「――『広域化』」


 カンナはユズキの身体強化を互いの全身に広げる。行ってきますと言ってワイルドウルフの群れに駆けていくカンナ。その手にはショートソードが握られている。ユズキはカメラにその様子を収めつつ、配信確認用端末のコメント欄をチラリと確認した。


― 強化しないの?

― 広域化って言った?


 よし、いい感じに疑問を持ってもらえてる。事前に話し合って、「ユズキの身体強化をカンナの広域化で2人に適用している」までは特に隠さずに公開しようと決めていた。その倍率がバグっていることやそのカラクリまで事細かに話すつもりは無いけれど。


 ある程度謎を投げかけて、しばらく経ったら答え合わせすれば視聴者の興味をより強く引く事ができるかも? というこれもユズキの戦略のひとつである。そして、ユズキの『一点集中』は北の誓い元パーティ時代にはある程度そのメリットデメリットを公にしていた。柚子缶のユズキと北の誓いユズキが同一人物だと気付いた人がコメント欄でその辺りを言及してくれて、あちらの配信でさり気なく宣伝してくれれば、北の誓いの視聴者も一部取り込めるのでは無いかという狙いがある。


 とはいえこのような戦略はあくまでオマケ。本命は2人で色々なモンスターを討伐していくその過程を楽しんでもらう事だ。


 ユズキは自分に襲い掛かる数体のワイルドウルフを返り討ちにしながら、カンナに向けたカメラをズームする。


 カンナは中学生時代に軟式テニス部に入っていたので剣の振り方が軟式ラケットのそれになっている。なまじフォームが綺麗なだけに、経験者が見れば明らかにそれと分かる。


― カンナの構え、へっぴり腰じゃない?

― あれ、腰を落としてるんだよ。テニスの構えw


 事実、配信にはこんなコメントが付いている。軟式テニスフォームとはいえ、20倍身体強化した上で持っているのは刃のついたショートソードである。

 カンナは剣を持っているため、無理攻めはしない。上手く斬れそうな時にまるでテニスボールを打ち返すようにワイルドウルフを斬り伏せて、そうでない時や少しでも体勢が崩れている時は落ち着いて攻撃を交わす。まるで一流のテニスプレイヤーの素振りを見ているような錯覚を視聴者に引き起こすが、一振りごとに足元に一体ずつワイルドウルフの死体が増えていく光景はカンナの可愛らしい雰囲気とのギャップもあり中々に衝撃的な映像だ。


 死のラリーはおよそ2分ほどで終わり、ワイルドウルフの死体の山からユズキに向かって歩いてくる。


「どうだったかな? ユズキの時より時間かかっちゃったと思うけど」


「完璧。安全第一よ。ケガは無い?」


「えーっと……うん、大丈夫」


 軽く自分の身体を確認して無傷なことを確認したカンナはニコリと笑って答えた。もちろんその表情はカメラに映っている。この笑顔だけ何人かの男は落ちてるんだろなぁと思いつつ、ユズキはカメラに向かって話しかける。


「これから魔石回収タイムなんですけど、前回はここで配信終了したんですよね。黙々とワイルドウルフを捌いて心臓付近の魔石を集めるだけで、画的にも気分が良いものでは無いのと、わりと時間がかかる作業なので」


「今日はそこも配信するの?」


「うーん、前回のコメントで「もう終わり?」ってちょっと尺の短さの指摘があったから。今日も配信開始してからまだ20分くらいなのよ」


「もう1つくらい、群れを狩ってからいっぺんに魔石を回収しようか」


「もしくは、私がちゃっちゃと魔石を回収してくるからその間カンナがコメント読みするとか」


「ええ!?」


 台本に無い! カンナは思わず口をパクパクさせる。


「うん、それがいいかな。というわけで宜しく」


 自撮りの向きにしたカメラとコメント読みようの端末をカンナに押し付けてユズキはさっさとワイルドウルフの死体の山に向かう。


「え、えーっと、じゃあコメント読んでいきます。……全部は読まなくていいんだよね? わ、たくさんコメントついてる……って今の視聴者100人近くいるの!?」


 わたわたとしながら端末を操作するカンナ。


「えーっと、じゃあ目に付いたコメント読んでいくね。

 「危なくない?」「大丈夫?」……心配してくれてありがとうございます。えっと、なんとか大丈夫でした!

 他には、そうそう! 私ソフトテニスやってたんです。へー、分かる人には分かるんだなあ。あ、バックハンドが完全にソフトテニスになってたって? 硬式テニスはフォーム違うんだ……知らなかった。

 あとは……」


 頑張ってコメントを読んでそれに返していくカンナ。中には「あざとい」だの「可愛い子ぶっている」だののコメントもあり、そんなつもりは無いカンナは一瞬手が止まる。しかしユズキから予め注意されていた事を思い出す。


「視聴者が30人……1クラス分も集まれば、悪口のひとつふたつは飛んでくるわよ。相手してもつけ上がるだけだから、無視する練習もしないとね」


 こういう事か。まだ視聴者が……ひいては悪口や暴言が少ないうちにカンナに慣れさせるために、ユズキは敢えてこの段階でカンナにリアルタイムのコメント読みをさせたのだと気付く。


 そんな事を考えてコメント読みが止まってしまったカンナに、

― どうしたの?

― 大丈夫か?

そんな気遣うコメントがつく。そうか、悪口を言う人もいるけど、こうやって心配してくれる人もいるんだな。当たり前の事だけど、それを肌で実感したカンナ。


「うん、大丈夫。ちょっと緊張しちゃってて……こうやってカメラに向かって話して、みんなからコメント貰うのって直接会話してるみたいで不思議な感じですよね。全部のコメントは読めなくてごめんなさいだけど」


 ユズキが戻ってきた。


「ただいま。どうだった?」


「おかえりなさい。えっと、みんな応援してくれてて嬉しかったよ」


「ちゃんとお礼言えた? みなさん、応援ありがとうございます!」


「あ、ありがとうございます!」


「じゃあ討伐もコメント読みもカンナが頑張ったという事で、今日はこのあたりで切り上げようと思います。来週は別のダンジョンに行こうと思ってるから、楽しみにしててくださいね」


「えーっと、面白かった方はチャンネル登録と高評価、よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします。じゃあまたねー」


 配信を切るとふーっと息をつくカンナ。


「お疲れさま」


「うん。ユズキ、ありがとね」


 ダメージが小さいうちに否定的なコメントに触れる機会をくれたことに対して、カンナはお礼を言った。ユズキはニコリと笑って返す。


「どんなトークしてたのか、後でアーカイブで確認しておくから」


「へ? 恥ずかしいよ!」


「うっかり変な発言してないかチェックしないと」


「してないから!」


 カンナをからかって笑うユズキと、恥ずかしがって照れるカンナ。実はこんなやりとりにも需要はあり、ここを配信しておけばもっとファンが増えるのだけれど、流石のユズキもそこまでは読めていないのであった。


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 予告通り、翌週は別のダンジョンに行くことにする。金曜日、学校が終わり家に帰宅したカンナをユズキが迎えに来た。


「じゃあお母さん、行ってくるね」


「スミマセン、カンナさんをお預かりします」


 丁寧に頭を下げるユズキ。


「行ってらっしゃい。気を付けてね」


 カンナの母親に見送られて、2人はユズキの車に乗り込んだ。


「さて……弘前のダンジョンだよね」


「うん。今から出たら日付が変わる前には青森に着けるかな。ホテルはとってあるからそこで朝まで寝て、明日の昼に弘前ダンジョンの探索を配信しましょう」


「今回の目標は、暴れ大鹿レイジディアだよね」


「そうそう。大物に行ってみようかなって」


「あえて青森なのはなんで? 調べたらレイジディアは埼玉のダンジョンにもいるらしいけど」


「あ、バレちゃった」


 ユズキはイタズラっぽく笑った。


「えっと、関東の近場ばっかりだと私達が住んでる場所が特定されやすいからかな。顔と名前を出している以上はどうしたってそのうちバレちゃうんだけど、ある程度力が付くまでは時間を稼ぎたい」


「なるほど。だから敢えて地方のダンジョンに行くんだね」


「っていうのはまあ後付けの理由で、本当はカンナと2人で旅がしたかったからかな……」


「ぶっ!」


 甘えたような声で呟いたユズキに驚き、思わずお茶を吹きこぼすカンナ。


「あらあら、照れちゃったの?」


「いきなり何言うの!?」


「えー、せっかく探索者やってるんだから、色んな場所に行ってみるのも楽しいじゃない。今回も攻略終わったら青森観光して行きましょうよ」


「あ、そういう意味か」


「どういう意味だと思ったの?」


 ニヤニヤしながら聞いてくるユズキ。カンナはなんでも無いよと言って窓の方に顔を向けた。急に意味深な感じで言うからちょっとドキドキしちゃったよ。そう思って顔の火照りが取れるまでそっぽを向いていたカンナは気が付かなかった。言ったユズキの顔も真っ赤に染まっていた事に。

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