第10話 柚子缶、初配信!
【柚子缶】ワイルドウルフの群れと正面からガチンコバトルしてみる
「お久しぶりです、カンナです」
久しぶりにカンナのチャンネルで配信を開始する。チャンネル名はちゃっかり「チーム:柚子缶」に変更済みである。
ユズキが長めのスタビライザーにつけたカメラを操作して自分とカンナが画角に入るように調整したら挨拶からスタートだ。
「えっと、久しぶりの探索配信なんですけど、今日からは私とユズキの2人パーティ……柚子缶としてやっていこうと思います」
「はじめまして、ユズキです。頑張りまーす」
「それで、記念すべきパーティ初配信なんですけど……タイトルにある通り2人でワイルドウルフの群れを討伐しようと思います!」
「思います」
「ワイルドウルフって言えば、渋谷ダンジョンの二層の代表的なモンスターで。一体一体はあんまり強く無いんだけど、とにかく数が多いのが討伐する時にはネックになります」
「大体20〜30体が群れになって行動してるんだよね。だから基本的には広範囲を攻撃できる魔法スキル持ちが居ないと危ないモンスターです」
「またはこちらも大人数で挑むとか、そういう戦い方がセオリーになるんだよね」
事前に作った台本を思い出しつつ会話をしながら渋谷ダンジョンの一層を歩く2人。この間に少しでも視聴者が増えればという狙いで、ダンジョンの入り口付近で配信を開始したのだ。
「私もカンナも、魔法スキルは持ってないので、そんな少人数パーティがどうやってワイルドウルフの群れと戦うのか! ってところを楽しみに見てくださいね」
「……という事で今は渋谷ダンジョンの一層ですね。あと15分くらいここを進むと二層への階段が見えて来ます」
「頑張ろう!」
……。
「あの、ユズキ」
「ん?」
「台本に書いてたこと、全部話しちゃった。あと15分、なに話そう……」
「いまそれ聞く!?」
「だ、だって……」
急に弱気になるカンナ。もちろんこの様子も絶賛配信中だ。
「そうねぇ。じゃあ初回だしファッションチェックでもしようか。はい、この服は某社さんの女子向け戦闘服ですね。案件じゃ無いので会社名は伏せますけど。これ、私とカンナで色違いのお揃いになってます」
「えっと、ここのヒラヒラが可愛くてお気に入りです」
そう言ってスカート部分を摘んで見せるカンナ。
「ね。あとは胸の部分に2人で考えた「柚子缶マーク」を刺繍してます」
そう言ってユズキは胸のマークにカメラを寄せた。そこには柚子の絵が描かれた缶詰のイラストが丁寧に刺繍されていた。これは戦闘服に刺繍をしてくれるお店にわざわざ持ち込んで、カンナが描いたイラストを縫って貰ったのだ。ちなみに配信チャンネルのアイコンもこのマークになっている。
「私のユズキって漢字で描くと柚子の柚に月だから、まさに私達にぴったりのイラストですね」
「待って、誤解を招く前に言っておくけどカンナのカンは缶詰の缶じゃないからね!?」
「そうだっけ?缶詰の缶に菜っ葉の菜じゃなかった?」
「ちがうよ!柑橘系の柑に、那覇市の那だよ!」
「あはは、知ってた」
そんな自己紹介的なトークを交えつつなんとか間を持たせること15分。ついに二層への階段に到着した。
「ユズキ、そろそろ気合い入れよう」
「オッケー。じゃあ階段降りる前にちょっとコメント確認しようか」
そう言って端末を取り出すユズキ。通常のスマホだと電波が届かないので動画は確認できないが、これはカメラと通信して自分の配信に対するコメントがリアルタイムに確認できる特殊な端末だ。値段はそこそこするが、これも初期投資の100万円から捻出している。
「カンナ、コメントいくつか来てるよ」
「うそ!?」
「ホント。頑張ってとか、無理しないでとか。みんな、ありがとー」
「ああああありがとうございますっ!」
見てくれている人がいるかすら半信半疑だったカンナだが、コメントが付いていると聞いて一瞬でテンパってしまった。
「ちょっと落ち着いて。はい、深呼吸」
「は、はい。スー……ハー……。うん、落ち着いた」
「良し。コメントくれた方、ありがとうございます。2人じゃ危険って注意してくれた方も居ますが、とりあえず今日は事前に安全を確認したうえでの配信になるので大丈夫です。じゃあ行ってきますね」
落ち着きを取り戻したカンナと共に階段に向かうユズキ。この時点で配信を見ていたのは20人ほど。
(まあ最初はこんなものよね。)
二層に降り立ったカンナとユズキ。ここに巣食うワイルドウルフは、まず群れで獲物を囲んでから襲い掛かる習性があるので奇襲してくる事はほとんど無い。最初の1匹を視認してからスキルを使えば問題無いとした事前の打ち合わせ通り、ダンジョンを進んでいく。
「さすがに少し緊張するね」
「万が一奇襲を受けた場合に備えて、スキルはいつでも発動できるようにしておいて」
「ユズキもね」
「……居た。第一モンスター、発見です」
ユズキが指した方を見ると、一体のワイルドウルフがこちらをジッと見ている。
「一体だけかな」
「多分、既に取り囲まれてるわ」
「そうなの?」
「ええ。こちらに姿を見せるのは既に包囲網が完成してからのはず。油断しないで。……行くよ」
ユズキはカメラをカンナに手渡した。カンナはユズキが映るように向きを調整してカメラを構える。
「――『身体強化』」
「――『広域化』」
ユズキが拳に集中した身体強化を、カンナが2人の全身にまで範囲を広げる。
身体強化は通常、全身を強化するがその倍率は1.1倍程度である。しかしユズキの持つ『一点集中』とあわせて特定の部位のみに20倍以上の倍率で強化を施す事が出来る。そしてカンナの『広域化』は『一点集中』で倍率が20倍に上がった身体強化をユズキの全身に、さらにその隣のカンナにまで広げる事が出来る。
数ヶ月に及ぶ訓練の結果、この状態でも十全に動けるようになった2人。ユズキは姿を見せている一頭に向かって駆け出す。
その途端、周囲から大量のワイルドウルフが現れてユズキとカンナに襲いかかった。
カンナは自分に襲い掛かるウルフを倒しつつ、ユズキがカメラから外れないように注意する。戦闘服が破れると悲しいので、爪と牙には特に注意を払う。カンナに襲いかかってきたウルフは3体。これを左手に持ったショートソードで手際よく斬り伏せた。
「ユズキは、……あそこだな」
改めてユズキの方にカメラを向ける。ユズキの元には20体以上のウルフが絶え間無く襲いかかっている。ユズキはその猛攻を冷静に捌きつつ、的確に反撃していく。喉元を喰いちぎろうと飛び掛かってくるウルフにはその顔面にカウンターパンチをお見舞いし、脚を噛もうとするウルフは踵で迎撃。脇腹に突進してくるウルフはその牙がユズキに触れる直前に脳天に肘が落とされそのまま脳漿をぶちまちる。
「……すごい」
カンナは素直に称賛する。ユズキは倍率20倍の『身体強化』に加えて、攻撃の瞬間に半ば無意識に身体の筋力を『一点集中』している。つまり軽く払っているだけに見えるその手足は、インパクトの瞬間には必殺の一撃になり得るのだ。
その動きはまだ洗練されきっていないものの、あたかもダンジョンに降り立った舞姫のようで、カンナはカメラを構えたままその姿に見惚れていた。
たった1分ほどで、およそ30体のワイルドウルフの群れは全滅した。
「ユズキ、お疲れ様!」
ユズキの元に駆け寄り労うカンナ。ユズキはニコリと笑って応える。
「カンナの方にも何体か行った?」
「3体かな、残りは全部ユズキ」
「思ったより偏ったわね」
「でもすごいよ、一度も攻撃されなかったよね」
傷ひとつないどころか、戦闘服の解れすらないユズキをカンナは褒める。
「やっぱり動体視力の強化が大きいわね」
訓練の中で気付いた『身体強化』のメリットのひとつに、動体視力の強化があった。その効果は絶大で先程のワイルドウルフ達の猛攻。その全てをカンナとユズキは見切る事ができていたのだ。
「あ、ユズキ。カメラカメラ」
「カンナが締めてくれていいよ」
「そう?じゃあ失礼して……」
カンナはカメラを内向きに変えて、自分とユズキが画面に入るように調整した。
「はい、いかがだったでしょうか? 「ワイルドウルフの群れと正面からガチンコバトルしてみる」という事で、身体強化で真っ向から全部叩きのめしてみました!」
「2人とも無事ですよ」
「ね、怪我が無くて良かったよ。……えっと、このあとは魔石を回収していくんだけど、映像的には気持ち良くないと思うので今日の配信はここで終わろうかなと思います。じゃあ、またよろしくお願いします」
配信を切ろうとするカンナ。
「カンナ、あれ言わないと!」
「あれ? ……そうだった! えっと、面白かった方はチャンネル登録と高評価、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「それじゃあ今度こそ、終わりまーす」
カメラに手を振りつつ、配信を切るカンナ。
「……最後ちょっと失敗しちゃった」
「上出来、上出来。以前の配信に比べたら月とスッポンよ」
さっさと魔石の回収を始めるユズキ。
「さて、配信は終わったけど狩りはまだまだ続けるわよ。ワイルドウルフの魔石はひとつ300円だけど、100個集めれば3万円だからね。群れを10個倒せば約300体で9万円。さくさく狩って行きましょう」
カンナとしてはパーティとしての初配信の余韻にもう少し浸っていたかったけど、ユズキはその辺りドライだなと思った。そんな風に思いつつせっせと魔石を取り出す姿を見ていると、ユズキは顔を上げてカンナに笑いかける。
「頑張ってたくさん稼いで、帰ったら今日はお祝いしましょう。初配信成功記念で」
そういう事か。カンナはうん! と頷くとユズキと一緒に魔石の回収に勤しむのであった。
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