第8話 今後の方針:ユズキの考え
さて、カンナがパーティ名「柚子缶」を一生懸命捻り出していた裏側で、ユズキはせっせと事務処理を進めていた。まずは渋谷の探索者協会に向かい新規パーティ申請の届出用紙を貰う。これはカンナとのパーティを申請するためのものだ。次に北の誓いのリーダーを呼び出す。トラブル防止のために馴染みの職員に立ち会って貰ってユズキの脱退手続きと、パーティ資金の1/6をユズキの口座へ移す作業を実施した。
「パーティ資金は600万円ちょっとか……私の取り分は100万円ね。端数はいらないけど、振込手数料はそっちで負担してね」
「ああ」
事務処理が終わり、協会のビルから外に出る。さて、この後は新しいパーティの準備だ。さっさと家に帰ろうとするユズキに、元リーダーが声をかける。
「……ユズキ、済まない」
「それは何に対する謝罪? 何の相談もなく他の5人で私の追放を決めた件について?」
ユズキはゆっくりと振り返ると怒気の篭った声で返す。
「それは……」
「……幼馴染とはいえ、6人集まれば不満や意見の食い違いはあるわ。ただ、それを私に伝えずに残りの5人で追放を決めるのは、ちょっと乱暴だったんじゃない?」
「追放なんて、そんな言い方っ……!」
「あれがパーティ追放じゃなくてなんだっていうのよ。そのまま円満離脱しましたなんて嘘動画まで撮って……円満離脱っていうくらいなら退職金も請求していいかしら?」
「あの動画は、ユズキの今後のためを思って……」
「嘘吐いてるんじゃねぇよ。あんなのどう見たってお前らの保身だろうが。それで、退職金はくれるの?」
「……俺の一存では、決められない」
「ふーん。じゃあ
「……ユズキ、変わっちまったな。そんなカネカネ要求したり、嫌味を言ったりしなかったのに……」
誰のせいだよ。こっちはこれから暫く収入ゼロなんだから必死にもなるよ。それに新しいパーティを立ち上げるにあたって、初期資金は多いに越した事も無い。だけどこれ以上会話を続けても文句しか出てこないと判断したユズキは会話を打ち切ることにした。
「じゃあ万が一退職金をくれる気になったら連絡頂戴」
踵を返し、その場を去るユズキ。その場に残されたリーダーは小さく呟いた。
「退職金を渡すなんて、出来るはず無いだろう……」
そもそも残りのメンバーにはユズキに100万円を渡すことにさえ不満を漏らしている者もいるのだから。
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土曜日になり、カンナはユズキが一人暮らししている部屋に来ていた。ものはあまり無いがシンプルな家具や小物はユズキのクールな雰囲気と合ってあるななんて考えつつ、カンナはキョロキョロと部屋を見回していた。
「そんな珍しいものもないでしょう?」
お茶を淹れて来たユズキは、少し恥ずかしそうに笑うとカンナの前にマグカップを置いた。カンナの前に置かれたマグは白、ユズキが自分の前に置いたマグは黒。色違いでペアになっているマグカップを見て、カンナはピンと来た。
「これって私が使ってもいいんですか? 彼氏さんとのペアマグってやつですよね」
「カワイイからセットで買っただけよ。……ちなみに恋人いない歴20年だから」
的外れな気遣いに内心ズッコケつつユズキは冷静に返した。
「あ、ごめんなさい……。ユズキさん、綺麗だしカッコいいから、てっきり彼氏さんいるのかなって思ってました」
「ふふ、ありがとう。でも意外とガサツだし、男を立てるって事をしない性格だからかな? 告白もされた事ないのよ。男の人ってむしろカンナちゃんみたいに可愛くて守ってあげたくなっちゃう感じの子が好きなんだと思うわ。
……カンナちゃんこそ、恋人はいないの?」
「い、いないです! 出来たこともないです!」
「そうなんだ。告白されたことは?」
「それは何度かありますけど、よく知らない相手だったからお断りしました」
「ふーん……好きな男の子はいる?」
「ふぇ!? い、い、いないですよ!?」
あたふたするカンナを見てユズキは楽しそうに笑う。
「じゃあ恋人いないもの同士ということで、仲良くやっていきましょう。……さて、私が考えて来た今後の流れを説明していくわね。
まず前提として、私達の目標は登録者数100万人のトップ配信探索者を目指すで間違いないわよね?」
「あ、はい。でも、100万は言い過ぎたかも知れません。もしかしたら届かないかも……」
ここでカンナは100万という数字に対して一応保険をかける。しかしユズキはケロリと返す。
「ああ、そこはもちろん解ってるわ。あくまで大きな目標、受験生が「東大を目指します」って宣言するくらいの感覚よ。ただ目標として立てたからにはそこに向かってできる事をやっていこうって話」
「100万人を目指して……できますかね?」
「一応私が前のパーティでやってノウハウや、その時にこうすれば良かった的な反省点はあるわけで、暫くはそれに則ってやっていこうかなって思ってるわ」
ユズキには元パーティで5万人の視聴者が居たことから、ある程度ユズキのファンがついて来てくれて、あとはカンナのプロデュースがうまく乗ればバズって一気に登録者が増えるかも……ぐらいの算段はあるが、取らぬ狸の皮算用の段階ではあまり期待を持たせる事を言うつもりもない。
「分かりました。あ、そういえば私のチャンネルってどうしたら良いですかね?」
「ああ、せっかくお金払って開設したチャンネルだしそこの名前を変えて使いましょう」
「はい! ……でもいきなり動画のテイストが変わったら元の視聴者さん、びっくりしないかな」
「うーん、いい意味でびっくりはしてくれるかも。……同じパーティになったから遠慮せずに言うけどカンナちゃんの配信、全っ然おもしろくなかったから」
「うっ……」
「だから100万人に面白いと思ってもらえる動画を作れる、そんなパーティを目指しましょう」
ズバリ面白くないと言われてしまい、少し凹むカンナ。ユズキはそんな様子を気にする事もなく話を続ける。
「まず準備するものね。例えば撮影用のカメラ。カンナちゃんが使ってるあれは一番安価なタイプで手ブレ補正も弱いし画質も良くないから、ゆくゆくは買い替えが必要だけど一旦保留。ただ、胸ポケットに入れて歩くのは流石にあり得ないから、ちょっといいスタビライザーを買うわ」
「スタビライザー?」
「カメラを付ける棒っていったら分かるかしら。手ブレ補正してくれるし、画角も調整できるわ。ゆくゆくはドローンも導入したいけど、それは相当お金に余裕ができたらで。
他にはお揃いの戦闘服と、武器も居るわね。ここは命に関わるところだから妥協はできないわ」
正直、少し良い戦闘服と武器を2人分揃えると、元パーティから分配してもらった100万円は大体無くなってしまう。だけどここでお金をケチる選択はユズキにはない。個人探索者の死亡事故は少なくないが、その内2割ほどは装備にさえお金をかけていればあるいは、というものである。つまり装備にお金さえかければ死亡率を2割減らせるとも言い換えられる。
「そんなにお金がかかるんですか……?」
「そこはパーティとしての初期投資になるから、一旦気にしなくていいわ。細かいお金の話も後でしましょう。柚子缶は明朗会計をモットーに」
「はい、分かりました」
「あとは『一点集中』と『広域化』の連携も練習しつつ、他にはカンナちゃんの改造もして行かないといけないのよね」
「か、改造!?」
突然放り込まれた穏やかではない単語にびっくりするカンナ。
「うん。まずはメイクを覚えて貰います」
そう言って新品のプチプラコスメを取り出したユズキ。
「ほえ? 改造ってそういう……?」
「肉体改造もするよ。明日から毎朝一緒にジョギングしよう。見たところそういう地道なトレーニング、してないでしょ」
「してないです……」
「うん。いくらダンジョンに潜ってモンスターと戦ってもレベルが上がって身体が強くなるわけじゃないからね。身体づくりは基本中の基本だよ」
「メイクと、トレーニング……」
「ついでにお金の管理もあるから簿記も勉強して欲しいのと……私たちの距離感だね」
「距離感ですか?」
「それ。カンナちゃん、私に丁寧語を使うけど2人でパーティ配信するならお互いにタメ口で話した方がいいと思う。あとは呼び方もさん付けはいらないかな。そうじゃないと私が引っ張ってる感が出ちゃう」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんよ。配信を見る人は会話からしか私たちの関係を知りようが無いから、そこで変に上下関係を意識させない方がいいわ。……という事で、お互い今から丁寧語は禁止で、名前も呼び捨てね。
ちなみに呼んでほしいニックネームがあるならそっちでもいいけど」
「ニックネームとかは特に無いです……無いよ。あの、配信の時だけとかじゃダメですかね?」
「じゃあカンナって呼ぶね。カンナも私の事はユズキって呼び捨てにして。あと、普段からそうしておかないと配信中に考える事が増えちゃうから、配信中だけ言葉遣いがくだけるって案も却下」
「わ、わかった。ユ、ユ、ユズキ……」
「うん。よろしくね、カンナ」
「……やっぱりちょっと緊張しま、緊張するよ」
「すぐに慣れるわよ。じゃあ今日はこのあと戦闘服を選ぼうか」
「お金はどうします? ……どうしたらいい?」
「ああ、その辺りから話そう。えっとね、とりあえず100万円、前のパーティから分配金として貰ってきてる。だからこれを初期費用にするよ」
「ひ、100万円!?」
「一旦ね。まずは私の持ち出しになってるから、今後探索と配信で稼いだらちょっとずつ返済してもらう形にする。だから報酬の先払いだと思ってカンナも遠慮はしないでね」
「いや、100万円はさすがにおっかないかな」
「……まあさっき言ったスタビライザーと戦闘服、それとまともな武器を買ったらほぼ無くなるから」
「そんなに高いの!? 私が着てた戦闘服ってスポーツ店で上下で1万円もしなかったけど」
「あれは戦闘服のファッションだけ真似たただのジャージよ。最低限カーボンファイバーが編み込まれてるタイプじゃ無いと、モンスターを相手にした時の防御力はそのトレーナーと大差ないわ。
さらに獣型モンスターの毛が編み込まれてたりすると防御力が跳ね上がるから、きちんとした戦闘服は安くても10万円以上、上を見ればキリが無いって感じ。まずは上下で15万円前後のモノをチョイスかなぁ」
「ひょえー……」
その後、一般向けに戦闘服を売っているメーカーのホームページを見て好みのデザインを2人で選んだ。カンナはピンクが好きだが、ユズキは同じデザインのラベンダーを選択。見積もりと出張採寸を依頼した。
「出張採寸って?」
「高い服だからね、腕の長さとか腰回りとかはセミオーダーメイドになるっぽい。早速明日来てくれるみたい。じゃあ戦闘服はいったんOK。ダンジョンに行くのは戦闘服が出来てからにするとして……そうだカンナ、これ書いて」
「新規パーティ申請届……これは協会に提出するの?」
「うん。私が書くところは全部書いてあるから」
「わかった。……あれ? パーティのリーダー欄が空白になってますけど?」
「そこは相談してどっちがリーダーか決めようかなって。……カンナやる? 色々と勉強になるよ」
「参考までに、リーダーの仕事って?」
「パーティメンバー全体の意見をまとめて方針の舵取りしたり、探索者協会との折衝をしたりとかかな?
あとは他のパーティと臨時でアライアンスを組む時に代表者として交渉したり」
「責任重大……」
「その分パーティが受ける名誉と称賛を一身に受けられるけどね」
「それは別にいらないから、ユズキにやって欲しいです……」
カンナはむしろ人前に出るのが苦手なので、矢面に立つ様な立場は遠慮したい。授業でみんなの前で発表する時もガチガチに緊張してしまうタイプなのだ。そのあたりを説明してリーダーは遠慮したい旨を必死に訴えると、ユズキは苦笑しつもそこまで言うならとリーダーを請け負ってくれた。
「さて、メンバー構成欄も埋まったし、必要事項は書けたかな。……早速出しにいこうか」
「はい! ……じゃなくて、うん!」
頑張って丁寧語にならないようにするカンナが微笑ましくて、ユズキはついニヤニヤしてしまう。
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