第7話 パーティ結成!

「元のパーティ……「北の誓い」ってね、小学校時代からの腐れ縁仲間が集まって作ったパーティだったのよ。実家も近所の仲良し6人組って感じで。幼い頃から馬鹿なことばかりしてたんだけど、そのまま高校卒業後に集まって探索者をやり始めたの。「北の誓い」って名前は小学校の頃よく遊んだ公園が「北公園」だったからって理由なのよ」


 懐かしむようにパーティの説明をするユズキ。カンナは黙って聞いていた。


「そんなわけでお互いの性格とかもよく分かってたんだけど……端的に言うと、男子3人は少しお調子者なのよね。要領が良いタイプというか。ちなみに私を含めた女子3人はみんな気が強めって感じ。一応リーダー格の2人をリーダー・サブリーダーとして登録してたんだけど、仲が良い面子で集まった弊害ってのが出てきちゃってて、役割分担とかがだいぶなあなあになっちゃってたのよね」


「えっと……普通のパーティだときちんと役割分担とかするんですか?」


「うーん、私も詳しくはわからないけど……少なくとも誰か1人が探索予定を全部立てて残りのメンバーと共有するだけっていうのは健全な状態ではなかったって今は反省してる」


「もしかして、さっき言ってた探索予定を作るって全部ユズキさんがやってたんですか?」


「ええ。最初は探索者協会の会議室を借りてミーティングをして決めてたんだけど、仲良しメンバーだからどうしてもお喋りで時間が無くなりがちだったのよ。お金払って会議室借りてるのに勿体無いからって事で試しに私が探索予定を立てて臨んで見たら上手くって、その時の動画も好評だったってのもあって……そこからなし崩し的に私が予定を立てるようになっちゃったって流れ」


「そんな頑張ってるユズキさんが追放されちゃったんですよね?」


「そうなのよね。昨日の朝もいつも通りミーティングしようと会議室に向かったら、いきなりの追放宣言」


「どうして、ですか?」


 カンナは恐る恐る理由を訪ねる。


「北の誓いの動画を見たでしょ。強いモンスターを私の『一点集中』でワンパンするって言うのがスタイルとして定着してたんだけど……みんなはそれが不満だったらしいの。「俺たちはユズキの舞台装置じゃない」って言われちゃった」


 ユズキは自嘲気味に笑った。


「でも、さっきユズキさんから聞いた感じだとすごくみんなの、パーティのことを考えて探索予定を組んでいたっぽいんですけどっ?」


「……そう思っていたのは私だけだったって話。確かにどうやっても私がワンパンする形になっちゃってたのも事実で。私以外のメンバーもスキルは持ってたけど、どうしても火力で数段劣るから、動画映えを意識するとね。とどめは私になるにしても他のメンバーの見せ場をもっと意識するべきだったかも……なんて今更よね」


 ふと気がつくとユズキの目にうっすら涙が浮かんでいた。強がって見せてはいるけれど、やはり悔しさ、悲しさ、寂しさ……そういったものが複雑に絡んだ感情はあるのだろう。カンナは涙に気づかないふりをした。


「だから、カンナちゃんとパーティを組むならその辺りの反省は活かして、やりたいこと、やるべきことはきちんと2人で決めて行こうって思ってるわ!」


 ユズキはそう言って微笑んで見せた。その顔からは先程見せた悲しさは既に影を潜めている。こういった切り替えの上手さ――それが強がりであっても――もカンナからすればユズキの魅力として映った。


「じゃあ他のメンバーの方々は、なんでユズキさんから脱退したなんて嘘の動画を……?」


「追放したなんて言ったら外聞が悪いからでしょ。動画の収益はまだそこまで多くなかったけどそれでも無視できる額じゃなかったし、今後も伸ばしていきたいなら評判は落としたくないじゃない。バンドのメンバー脱退でも、芸能人の離婚でも、みんなとりあえず円満に別れましたって言うのはお互いにダメージが少ないからよ」


「それはユズキさんも了承してるんですか? その、嘘の理由で抜けた事にされてるわけだし、本当の事を公表しようとかは考えたりしませんか?」


「……彼らにそこまでの恨みがあるわけでもないし、ここでドロドロの争いをする気にもならないかな。結局言った言わないの水掛け論になれば5体1で私が不利だし。引越し当日に隣の家の犬に噛まれたようなものだと思って放っておくことにしたわ。

 私の性格上、そういう判断をするだろうと見越した上であの動画をあげたって事に対しては心の底から腹が立つけどね」


「……大人ですね。私なら仕返ししたくなっちゃいます」


「恋愛でもそうだけど、自分を捨てた相手に対する最高の復讐は、相手には目もくれずに自分が幸せになることよ。だから切り替えて次に行くべきだと思う。……幸い、運命の相手に出会えたしね」


「ふえぇっ!?」


 急に「恋愛」だの「運命の相手」だの、際どい単語を使われて顔を真っ赤にするカンナ。そんな様子を見てユズキは楽しげに微笑んだ。


「そういうわけだから、私から一方的にカンナちゃんを振るなんて事はないから安心して」


 そういって手を差し出すユズキ。この手を取ることが、パーティ結成の合意になるんだなとカンナは理解する。ユズキが今言った事はどこまで本当なのか……もしかすると動画内で北の誓いのメンバーの言い分が本当の可能性だってある。しかし、カンナは目の前で微笑む女性を信じたいと思った。


 だからカンナはその手を取った。後にひとつの伝説となるパーティが誕生した瞬間である。


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「さて、差し当たってこのパーティの目指すところを決めましょうか」


「目指すところですか? 生活費を稼ぐとか……?」


「志が低いね!? ……カンナちゃんってまだ高校1年生なのに個人探索者をやってるなんて、珍しいよね。てっきり有名配信者になりたいとかそういう目標があるのかと思ってたんだけど違うの?」


「あ、そんな高尚な理由じゃなくてですね」


 カンナはユズキに探索者になった理由を話す。高校入学時に母親から大学に行かせる学費が無いと言われたため、就職か苦学生かの2択となったため、とりあえずお金を稼ぎたいと思って一発探索者ドリームを掴もうと考えた……という程度のものであって、カンナ自身はそれほど立派なものでは無いと思っていたのだが、


「高校生なのに自分で進路のことを考えてて偉いわねー」


 なんとユズキには褒められた。ユズキにしたって進学するか就職するかと言った進路を選択する段階で若さ故の勢いに任せて探索者になっているため、そこに「学費」という選択肢が入っている分、カンナの動機は十分賞賛出来るものであった。


「でもそうするとあと2年くらいで数百万円は貯金が欲しいのか……うん、地道にモンスターを狩って魔石や素材の買い取りだけだとやっぱり厳しいかも」


「あ、そうなんですね。目標金額とかも特に定めて無かったので……」


「ちなみにカンナちゃん、これまでの半年で貯金はどのくらい増えた?」


「……」


「増えてない?」


「……むしろ、減ってます……」

 

 そう、毎回ショートソードのレンタル代、2000円が払えるかどうかなんてレベルの稼ぎしかないカンナは未だに初期投資分すら回収出来ていなかった。これまでにダンジョン探索に費やした時間、どこかでバイトでもしていれば……という事実には、もはや目を向けることすら出来ずにいた。


「動機は立派でも目標もなければ勿論そこに向かう道筋、ビジョンもないわけね。うん、わかったわ」


「……すみません」


「謝らなくていいわよ。とりあえず一歩を踏み出すには行動力が必要だし、それを半年間も継続するには忍耐力が必要。どっちも探索者をするには重要な才能よ。カンナちゃんは1人で手探りだったから、効率の良いやり方を知らなかっただけだもん」


「ちなみにユズキさんの目標ってなんだったんですか?」


「偉そうな事を言っておいてなんだけど、そんなにしっかりしたビジョンがあったわけでも無いのよね。でもやるからにはトップ探索者、トップ配信者になりたいとは思って、そのための努力はしてきた……つもりだったんだかどなぁ……」


 その結果がパーティからの追放だったと思うとどうしても弱気になる。ヘロヘロと机に突っ伏したユズキに、カンナは慌ててフォローする。


「じゃ、じゃあ、私たちでトップの配信探索者になりましょう! 元のメンバーが羨むくらい、私たちで幸せになりましょう!」


「……そうね。ええ、そうしましょう。ありがとう」


 ユズキは顔を上げてニコリと笑った。


「はい! じゃあ私たちのパーティの目標は「トップクラスの配信探索者になる」で! 目指せ登録者100万人!」


 カンナはユズキを鼓舞したくてとりあえず大きい目標を掲げただけで、100万人という数字は適当に言ってみただけである。しかしユズキはそうは受け取らなかった。


「チャンネル登録100万人か…日本の個人探索者にはまだ100万人達成者はいないのよね。そっか、それを目指すのか……」


「え?」


 真剣に100万という数字を呟くユズキを見て、カンナはしまったと思ったがもう遅い。


「よし! じゃあ2人で日本一を目指そう! 私がしっかりプロデュースするから、一緒に頑張ろうね!」


 目をキラキラさせてカンナの手を取るユズキに対して、今さら適当に100万人って言ってみただけですと白状することもできずにカンナは「お、おぅ……」と返すのが精一杯であった。


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 カフェを出ると既に辺りは暗くなって来ていた。


「お家は遠いの? 送るわよ」


 クルマのキーを取り出すユズキ。駐車場に一緒に行くと、そこにはブルーのコンパクトカーが停まっていた。


「ユズキさんの車ですか?」


「渋谷みたいに駅から10分歩けば行けるダンジョンばかりじゃ無いからね」


 多少シャッフルすることはあっても、女子はユズキの車に、男子はリーダーの車に乗って移動する事が多かった。そういえばユズキが抜けたらリーダーの5人乗りSUVで全員移動するのだろうか。荷物はどうするつもりなんだろう。……まあもう自分には関係ないか。そう結論付けてユズキは助手席にカンナを座らせる。


 カンナの家の住所をナビに入力し、車を発信させる。


「次は週末……土曜日でいいかしら? 前のパーティと事務処理とかがあるのと、今後の方針について考える時間が欲しいかな」


「あ、はい。大丈夫です」


「そうだ。一応釘を刺しておくけど、もうカンナちゃん1人で勝手に渋谷ダンジョンに潜ったらだめよ? 何かあった時にフォロー出来ないし」


 ユズキに言われてカンナははっとした。ナチュラルに明日以降も渋谷ダンジョンにゴブリンを狩りに行くつもりだったのだ。


「……その顔は明日もソロ配信するつもりでしたって感じね」


「ちょ、ちょっとでもパーティの資金を稼いだ方が良いかなって」


「そもそもプラマイゼロギリギリのラインで稼ぐも何も無いし、仮にカンナちゃんが残りの平日3日間で10万円稼げる探索者だったとしてもソロ探索は許可しないわよ。パーティを組むからには危険な行動は慎んでね。

 今漠然と考えてる範囲だと、暫くはダンジョンでの探索と配信はおやすみして2人のトレーニング期間に充てようかなと思ってるわ」


「え、すぐに稼がなくてもいいんですか?」


「お金の話はこのあと元パーティともするんだけど、当面の間は収入ゼロでもやっていけるだけの資金は作れると思うから、まずは足元を固めたいの。詳しい話は土曜日までにプランを作って来るわ」


「分かりました、ユズキさんにお任せしますね」


「……草案は私が作るけど、2人でしっかり決めていくのよ。私だけがなんでも決めて進めて、カンナちゃんにまで愛想尽かされたら嫌だもん」


「そ、そうですね! じゃあ2人で頑張りましょう!」


「フフ、よろしくね。……じゃあ土曜までの間に、カンナちゃんに一つ宿題を出そうかな」


「宿題?」


「ええ、私たちのパーティ名を考えて欲しいの。探索者協会にもだす正式なやつね。今後はその名前で活動していくから、素敵な名前を考えておいてね」


「パーティ名……わかりました、考えておきます」


 ユズキはうんうんと頷いた。


「さて、到着。今日はお疲れ様。じゃあまた土曜日に。待ち合わせ場所は連絡するわね」


「はい。お疲れ様でした」


 車から降りて、去っていくユズキの車を見送るとカンナは家に入る。本当にパーティを組んじゃったんだと、まだどこか実感の湧かない感覚だった。


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 その後カンナは土曜日までの3日間、ああでもないこうでもないとパーティ名を熟考した。他の配信者の動画を見たり、探索者協会のホームページから登録済みパーティの名前を検索して参考にしたり……ついにこれで行きたいとひとつの名前を生み出し、ユズキにメッセージを送った。


― パーティ名、「柚子缶」でどうでしょう?


 メッセージを受け取ったユズキはカンナのネーミングセンスに思わず笑ってしまった。


― それだとカンナちゃんの名前が後になってるけどいいの?


― 大丈夫です! 柚子缶の方が響きがかわいいので!


 パーティ名をメンバーの名前にすると、面子が変わった時にチグハグになるというデメリットはあるが、カンナが一生懸命考えてくれた名前だし、ユズキには却下する理由はなかった。


― じゃあ「柚子缶」で決定で!


― ありがとうございます!

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