第6話 カンナの答え

「……眠い」


 翌朝……というより昼に近い時間にユズキは目を覚ます。結局昨晩はほとんど一睡も出来ず、明け方も近くなってから、仕方無くお酒の力に頼る事にした。


 テーブルに置きっぱなしの酎ハイの空き缶を濯いでシンクに逆さまに置くと、シャワーを浴びる。


 この1年半、パーティのために時間を作ってきたユズキはこんな風に昼近くまで寝過ごすなんて久しぶりであった。


「久しぶりに服でも買いに行こうかな……ああそうだ、戦闘服の上着を買わないと」


 昨日着ていた上着はそのままカンナにあげてしまった。クローゼットに予備は1着あるけれど、考えてみれば追放されたパーティで揃いにしていた戦闘服なんて着たくも無い。心機一転、新しい戦闘服を一式買うのも悪くないと考えていた。


「……でももしもパーティを組めるなら、お揃いにした方がいいかなあ」


 そんな妄想をして顔が緩んだ事を自覚し、思わず首を振った。


「とりあえず何か食べに行こ……」


 もともと今日から土曜日まで遠征する予定だったので冷蔵庫には食材はほとんど入っていなかった。


 ユズキはロングのワンピースに袖を通し、スマホと財布をカバンに入れてショッピングモールに向かった。


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 一方カンナはきちんと高校生としての本分を全う、つまり学校に来て授業を受けていた。


 昼休みになりお弁当を広げたところで声をかけられる。


「カンナ、一緒に食べようよ」


「ミサキ」


 ミサキはカンナの前の席の椅子をくるりと回して座ると、さっさとお弁当を取り出して広げる。


「なーんか今日はうわの空じゃない?三連休に何かあったかい?」


「うわの空、だったかな?」


「うん。いつも以上にぼーっとしてたよ」


 確かに授業に集中は出来ていなかったか。カンナは反省する。女手ひとつで養ってくれている母が、せめて高校くらいは卒業しておかないとと学費を捻出してくれているのだ。授業はきちんと受けなければ。


「……というかいつもは別にぼーっとなんてしてないよ?」


「ツッコミ遅っ!」


 カラカラと笑うミサキ。ひとしきり笑った後、少し真面目な表情になる。


「それで、何かあった?もしかしてダンジョンで危ない目にあったりした?どこも怪我して無い?」


 ミサキは小学校時代からの親友で、カンナが探索者をやっている事を知っている数少ない人物でもある。母親と教師以外に探索者をしていることを打ち明けているのは、ミサキともう1人の幼馴染くらいだ。


「怪我は無いよ。心配してくれてありがと。えっとね、パーティに誘われたんだよね」


「まじで?すごいじゃん!どんな人?カッコ良かった?……あ、でもよく知らない相手とパーティを組むのは危ないんだっけ。組む事にしたの?」


「とってもかっこいいヒトだったよ。回答は一旦保留中。私なんかとパーティ組んで、足手纏いにならないかなって思っちゃって」


「カンナってずっとゴブリンを倒してるんでしょ?」


「うん。でも昨日は渋谷ダンジョンの二層に行ってみたよ。そこでパーティに誘ってくれた人に出会ったの」


「二層って危ないって前に言ってなかった?」


「そう。危なかった」


「やっぱり危ない目にあってるんじゃん!」


 ミサキは怒ったようにカンナを咎めた。もちろん不用意に危険な事をしたカンナを心配しての事だ。そんなミサキの気持ちがわかるから、カンナは素直に謝り、二層であった事とその後ユズキから勧誘されるに至った流れを説明した。


「ふーん、女の人だったのか。なら一安心かな」


「男の人だとダメだったの?」


「ダメじゃ無いけど、カンナのカラダ目当ての可能性もあるじゃん。カンナおっぱいおっきいし」


「なっ!?」

 

 不意なセクハラ発言に思わず顔を赤くして胸を隠すカンナ。こういう話に免疫が無いのだ。ミサキとしてはこういう初心なところがカンナの魅力であると思う反面、やはり親友が悪い大人に騙されないか心配でもある。そういう意味では比較的歳の近そうで、かつ探索者としての実力もありそうなユズキという女性と組むのは安心材料であると言える。


「それで、結局どうするの?」


「どうしようかなあ。午前中もそればっかり考えちゃってて」


「一度組んでみて、やっぱり違うなって思ったらパーティ解消すればいいんじゃないの?」


「そんなお試しで付き合ってみるみたいな返事していいのかな」


「いいんじゃないの?一生一緒にいる訳じゃあるまいし……男子と付き合う時だってそんな感じでしょ、最初から結婚を前提には付き合わないわけで」


「わ、わかんないよ!付き合ったことなんてないし……」


 後半は消え入るような小声になるカンナ。


「それとも他に気になる事でもあるの?」


「あー、……気になるって言うか、なんで前のパーティ辞めちゃったのかなって。同じ理由で私もフラれたら辛いなあって思っちゃってる」


「……カンナって告白する前からフラれたら時の事を考えて踏み出せないタイプでしょ」


「告白なんてした事ないから分かりません!」


「だから踏み出せてないんだよな。……辞めた理由もだけどさ、気になる事があるなら直接訊けばいいじゃん。それを話してくれなくて、結果的にカンナの不安が払拭出来ないならやっぱりパーティは組めませんって言ってさ」


「訊いていいのかな?」


「知らないけど、初めから相手に不信感というか、いつフラれるんだろうなんて思いながらパーティを組む方が不誠実なんじゃないの?」


 まあ私は探索者のマナーまでは知らないけどね。ミサキがそう締めたところで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。


「そっか……そうだよね。うん、気になる事は直接訊いてみるよ!ミサキ、ありがとう!」


「どういたしまして」


 ミサキと話してやるべき事がはっきりしたカンナは、さっそくユズキに今日の放課後会って話せるかメッセージを送った。ユズキからはすぐにOKの返事が届く。


 気持ちの切り替えが出来たカンナは無事に午後の授業に集中して臨む事ができたのだった。


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 放課後、ユズキと待ち合わせたのは学校の近くの公園だった。カンナが到着するとユズキは既に待っていた。オシャレなワンピースの上にカーディガンを羽織り、ベンチに腰掛けて本を読んでいるユズキの姿はドラマのワンシーンのようで、思わず声をかけるのを躊躇してしまう。


(やっぱり綺麗なヒトだなあ……。)


 切れ長の目で文字を追う表情は女優さんみたいだし、明るく染めたショートボブはサラサラで、シャンと伸びた背はそのスレンダーなスタイルをしっかりと強調している。自分とは対照的なその姿にしばし見惚れていると、ユズキなふと顔を上げカンナに気付く。


「やだ、もう来てたの?」


 パタンと本を閉じてカバンに仕舞うとユズキは立ち上がって服のシワを伸ばす。そんな仕草も様になってるんだから美人は凄いとカンナは感心する。


「い、いま来たところです」


「フフ、恋人同士の会話みたいね。……何処かに入る?」


 カンナの隣に歩きながらユズキは落ち着いて話ができる場所に行こうと提案した。さらにお茶くらい奢らせてね、と先回りして言って来る。カンナは一度は遠慮したが、学生さんが無理しないのと押し切られてしまった。


 ユズキに連れられて入ったのはカンナが小洒落たカフェであった。これまでカフェと言えばスタバが最上級の贅沢だったカンナからすれば未知の世界である。


「カンナちゃんは紅茶派?コーヒー派?」


「紅茶の方が好き、です」


「奇遇ね、私もよ」


 ニッコリ笑って2人分のダージリンティーをオーダーするユズキ。ケーキも付けていいよと言ってくれたけれど、そこまでしてもらうのは申し訳なくて、ダイエット中なんですと言って断ると笑って了解してくれた。でもきっとお見通しなんだろうなあ。


 出された紅茶はとてもいい香りだった。


「……美味しい」


「口にあって良かった。お気に入りのお店なのよ」


「このお店、よく来るんですか?」


「そうね。パーティの探索予定を立てるのにカフェで缶詰めする事が多かったからね、ここでパソコン開いて、何時間も居座っちゃうの」


 こうやってね、とパソコンを触るジェスチャーをするユズキ。


「探索予定……そういうのも自分でやるんですね。私は渋谷以外行ったこと無くて」


「企業だと当然全部お膳立てしてくれるし、個人でも事務所に所属すると裏方作業をやってくれる人がついたりするらしいけどね。私が居た所は全部自分達でやっていたわ」


「難しいんですか?」


「うーん、自分達の実力と相談しながらある程度動画として見映えるモンスターで、なるべく直近と被らないようなタイプで……とか考えると結構大変だったかも。対象が決まったら次は移動と宿の手配をして、探索ルートとスケジュールの作成とか。マップが公開されてないダンジョンの場合は予備日にずれ込んだ場合の宿の仮押さえもしてたわ」


「ひょえー……」


「6人のパーティだったからコンディション管理も大変だったわね。季節の変わり目には誰かしら体調崩すし。……あと、女子は月に一回パフォーマンスが落ちるのよね。そういうのを考慮するのが一番面倒だったな」


 そんな苦労をほとんど自分に押し付けていたクセに、平然と追放した元パーティメンバーを思い出し、少し不快な気持ちになったユズキだが、表情に出さないように注意する。


 その後紅茶を飲みながら暫く他愛無い話に花を咲かせた2人。カンナはいよいよ本題に入る決心をする。


「あの、ユズキさん。昨日のお話ですが……」


「……はい」


 ユズキは緊張した様子で背筋を伸ばす。よろしくお願いしますか、ゴメンナサイか。緊張で、紅茶を飲んだばかりなのに喉に渇きを覚えた。


「私、ユズキさんに誘って貰えて、すごくびっくりしました。でも、ユズキさんみたいなすごい人に必要として貰えるのは嬉しくて……。だけど、同じくらい不安なんです。もしお役に立てなかったらフラれちゃうのかなって」


 ユズキは黙ってカンナの声に耳を傾けている。


「それで、昨日の夜「北の誓い」がアップした動画の中でユズキさんには夢があるって言ってて。……その夢を叶えるのに私が足を引っ張っちゃったらどうしようって考えちゃったりもして。

 ……だから、もし良ければユズキさんの夢って何か教えて貰えますか……?だ、誰にも言いふらしたりしませんから!

 前のパーティではそれが叶えられなかったのかもしれないけど、私は、その夢を一緒に叶えられるように、頑張っていけたらなって思って……」


 カンナは精一杯、自分の考えを伝えた。ユズキから誘って貰えて嬉しかった事と、不安も大きい事。それでも頑張って行きたいという覚悟はある事。


 そんなカンナの想いがしっかりと伝わったからこそ、ユズキは怒りを覚えた。もちろん元パーティメンバー達に対してだ。


 ユズキは大きく息を吐く。緊張のあまり、無意識に殆ど息を止めて聞いていたらしい。改めてカンナに向き合うと優しく声を掛ける。


「カンナちゃん、……ありがとう」


「あ、はい……」


「えっとね、勿論私からカンナちゃんを振る事なんて無いんだけど、それはこれから信用して貰えるように努めるとして……ひとつだけ、誤解があるの」


「誤解?」


「ええ。カンナちゃんが見た昨日アップされた動画ね。あの中であの人たちが言ってた私の脱退理由なんだけど……あれ、全部ウソなのよ」


「ウソ……ですか?」


「ええ。私から抜けたいって言ったんじゃなくて、全員の総意でパーティを追放されたのよ。それも昨日の朝、突然ね」


「追放……ってええっ!?」

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