第5話 それぞれの夜更かし

 風呂から上がったカンナはベッドに倒れ込み今日の事を改めて思い出していた。


 3連休の最後の月曜日、最初の土日の探索で上手くゴブリンに遭遇出来なかったので赤字が大きくなった事もあり、少しでも稼ぎたいという想いから渋谷ダンジョンの二層に入ってしまった。そこでワイルドウルフに襲われていたユズキに出会い、命からがら一層に逃げ帰った。


 その後はユズキとカフェで話をして、彼女が登録者が5万人もいる人気配信探索者だと知り、まさかのパーティ勧誘を受けた。


「ユズキさんか……思わず逃げるように別れちゃったけど、ガッカリされてないかな」


 天蔵ユズキさん。年は聞かなかったけどハタチくらいかな? 強いし、テキパキとした様子はオトナの女性としての頼もしさを感じた。そんな人が私にパーティを組んで欲しいと言ってきた事で、つい気後れして首を縦に振ることが出来なかったのだ。


「北の誓い、だったかな。もう一回動画を見てみようかな」


 スマホを取り出しユズキの動画を見る。いずれの動画も数万回は再生されており、投げ銭まである。カンナと同じ配信個人探索者なのに天と地の差があるなと改めて思った。


「……すごい。映画みたい」


 北の誓いの動画は見応えがあった。戦闘中はカメラは後衛の女性が持っているようでやや見辛いのだが、それでも強大なモンスターをみんなで翻弄して行く様子はハラハラするし、最後にユズキがワンパンで仕留めるというスタイルは見ていてスカッとした。無事にモンスターを倒したらパーティ全員でカメラに手を振って動画は終わる。基本的にはどの動画でも同じ事をしているのだが、毎回違うモンスターと戦っているため飽きが来ないし、目標の大型モンスターと戦うまでの道中ではメンバー間のやり取りなども聞こえてきて楽しそうに見える。カンナはついいくつかの動画を続けてみて、気が付けば2時間も経ってしまっていた。


「あ、いけない。もうこんな時間。明日は学校もあるのに」


 そろそろ視聴を辞めて寝なければ。そう思って画面に目を向けると北の誓いのチャンネルのトップページについ先程アップされた新しい動画が表示されていた。


「「重大発表について」……なんだろう?」


 やや短めの動画だったので、最後にそれを見て寝ようと思いクリックした。すると北の誓いのメンバー……そこからユズキを除いた5人が神妙な面持ちで座っているところから動画が始まった。


「今日はみなさんにお知らせがあります。……北の誓いの結成時から共に活動してきたユズキが、パーティを抜ける事になりました」


「少し前に、彼女からやりたい事が出来たという相談を受けまして。詳しくは彼女のためにも言えないんですが、その夢と言うのはそれは僕らと一緒に歩んでいく事では実現出来ないと、そう言った話だったんです」


「僕らは何度も話し合いの場を設けました。でも、ユズキの決意は固くて……。だったらせめて快く送り出してあげようってメンバーで話して、前回の牙虎タスクタイガーの討伐をユズキとの最後の探索にしようって話になっていたんです」


「ファンの皆さんには急な話ですが、これはだいぶ前から話していた事で……でもユズキが「ファンのみんなを心配させたく無いから」ってギリギリまでいつも通りの配信をしたいという事で、こう言った形での送り出しになりました」


 リーダー、サブリーダーの2人が交互に説明し、残りの3人は黙って涙ぐんでいる。


 その後各メンバーからユズキとの思い出やら彼女に向けたメッセージやらを伝えて、新しい体制になる僕達をこれからも応援してくださいと締めて動画は終了した。


 動画を見終わったカンナはスマホを充電器スタンドに置いて布団に入る。


「ユズキさん、やりたい事があったのかな?でも今日会ったばっかりの私と組みたいって言ってくれて……。じゃあ動画の人たちが嘘を言ってるのかな。わかんないや」


 でも、ユズキが自分と組みたいと言ってくれた想いは真剣だったと思いたい。そんな風に考えつつカンナは眠りに落ちた。


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「……くだらない」


 ユズキはスマホを放り投げた。北の誓いが動画を上げるとユズキのスマホに通知が来た。有る事無い事吹聴されても堪らないと一応チェックしたのだが、内容は胸糞の悪くなる茶番だった。嘘しか言ってないじゃないか。


「とはいえ、私が嘘ですって動画を上げたところで誰も得しないし」


 さらに言えば既にチャンネルの管理者権限を取り上げられているのでユズキは反論動画の上げようも無い。


「とりあえず私をそこまで悪者に仕立て上げてるわけでも無いし、無視しましょう」


 正直もっと悪女にされているかと思ったが、それなりに円満脱退のようなストーリーになっていた。まあチャンネルの今後を考えるとあまりユズキの事を悪く言うメリットも無いので妥当なところか。


 自分を追放したパーティの事なんて考えるのも時間の無駄でしかない。ユズキは今後の事に思いを馳せる。


 日出カンナ。4つ年下の高校1年生。おそらくユニークスキルである『広域化』というスキルを持つ。彼女にパーティ結成を打診した時に話した理由に嘘はない。如何にも隙だらけですと言わんばかりの様子を見て危なっかしい、自分が守ってあげなければと反射的に思ってしまったし、自分のスキルとの相性の良さから組めたら今後の探索者生活の見通しが明るいと思い……いやらしい感情だけど、元のパーティを見返せるという考えが無かったとは言い切れない。


 心配4:打算5:残りが1と言った具合だ。


「カンナちゃん、かぁ……」


 改めて面白味ゼロのチャンネルを覗きにいく。今日の動画も再生数は1……昼間ユズキがカフェで確認しただけであった。他の動画も再生数はほぼ0、たまに1といった具合である。良くこれで心が折れずに配信者を続けているものだ。自分と組めば、もうちょっとマシな数字には出来ると思う。何しろパーティ6人ではあったが、登録者5万人まで成長させた実績があるのだから。


「その辺りの配信のノウハウがあるってところもアピールすれば良かったな」


 少し強引にパーティ結成を迫ってしまった事を後悔する。普段ならそんなミスはしないのに……つい焦ってしまったのだ。


 心配と打算以外の、残りの1割。


 ユズキはワイルドウルフに襲われた時のことを思い出し、ブルっと震えた。強がっては居たものの正直状況は絶望的であった。パーティを追放されて、ヤケクソになって危険地帯に入ってしまい、絶体絶命の危機に瀕した。そんなユズキのもとに駆けつけたカンナ。本人にその自覚はなくても結果的にカンナはそのスキルでユズキを救ってみせた。


 ユズキだって年頃の女の子だ。自分のピンチに颯爽と現れてくれる王子様を潜在的には期待していたのだろう。危機が去った後のあわあわした様子とのギャップすら魅力的に映ったのは、吊り橋効果であろうとは思うけれど。


 そこまで考えてユズキはパンッと両手で自分の頬を叩いた。


「しっかりしなさい。あの子は女の子で、自分より4つも年下なのよ」


 自分に言い聞かせるけれど、カンナの事を考えれば考えるほど胸は早鐘を撞く。


 その感情が、恋心と呼ばれるそれに近いものであり、突然のパーティの打診はある意味では一目惚れした相手にそのまま告白したようなものである。つまり今は告白の返事待ち……恋愛においては一番ヤキモキする期間と言っても差し支えない状況に近いのだとは、恋愛経験の乏しいユズキは認める事が出来なかった。


 それでも「もしもOKして貰えたら」、「もしも断られたら」。そんな事ばかり考えて布団の上で悶えて寝付けない様子は傍からみれば恋する女の子のそれであった。ユズキは一人暮らしなのでそんな姿を覗く人間が居ないのは幸運であったし、顔を赤くしたり青くしたり、バタバタと悶えるユズキを冷静にさせる第三者が居ないのはある意味では不幸であった。結局ユズキはカンナの事ばかり考えて、明け方まで寝付けないのであった。

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