第4話 ユズキの勧誘
ダンジョンを出た2人は探索者協会にショートソードを返却し、そのまま併設されたカフェに入る。ここは探索者が軽いミーティングに使ったり、ダンジョン探索の前後に一息ついたりする場所なので戦闘服でも悪目立ちしない。
「私から強引に誘ったんだから、ここは奢るわ。好きなの頼んでいいわよ」
「……高いですね」
カンナは飲み物の値段に驚く。コーヒー1杯2000円、オレンジジュースが1800円だと?
「一応探索者同士の秘密の話をしたりするのに使われるカフェだからね」
ユズキは苦笑しつつ、店員を呼ぶ。好きなものを頼んでいいと言われたからって無遠慮にケーキセットを頼める図太さを、カンナは持ち合わせていない。仕方なく紅茶を頼んだユズキに合わせて「同じものを」という声を絞り出したのであった。
「自己紹介もまだだったよね。私は
じゃあ次、と言わんばかりで手をどうぞされたのでカンナも同じように自己紹介をする。
「わ、私は
「カンナちゃんね。高校1年生で半年もソロでやってるなんて入学早々に探索者デビューってことか……凄いわね。ソロ歴だって私より全然先輩だわ。配信はそのカメラよね?」
「は、はい。まだ全然収益化ラインに乗ってないんですけど……」
「そうなの? 可愛い女の子のソロ配信なんて半年もやってれば嫌でもファンがつきそうなものなのに。……なんて名前で登録してるの?」
可愛いと言われて顔を真っ赤にしつつ、カンナはユズキに自分のチャンネルを伝える。ここで見ても良い? と言われたので恥ずかしかったが感想が貰いたいという思いもあり首を縦に振った。
ユズキは適当なアーカイブ配信動画を選択する。数分間、動画を見て内心で頭を抱えた。
(……絶望的に面白くない。胸ポケットに収めたカメラのせいでブレも大きいし、ボソボソと何言ってるか分からないし、ただダンジョンの風景が流れててたまーにゴブリンを倒す様子がブレブレで映ってるだけとは。)
なるほど、視聴者がいないのも頷ける配信動画だ。ふとカンナに目を向けると期待に満ちた眼差しでユズキを見ている。……これは感想を期待されている。しかし、ユズキには全く面白くなかった――これだったら新聞の番組欄の方がまだ見応えがある――なんて本当のことをストレートに伝えるだけの勇気と残酷さは無かった。
どこかに褒める場所は無いものか……っ!? 平静を装いつつチャンネルに目を向けると今日の動画がアップされていた。ユズキが他の動画に目を通している間にアーカイブ化したのだろう。
(これだっ!)
他の動画は褒めるところなど無いが、今日の動画なら少なくとも自分の危機に駆けつけてくれた事に礼を言うことが出来る。そう考えてワイルドウルフの群れが登場する場面に動画を合わせた。
「お、オオカミの大群!?」
「た、大変!誰か襲われてます!」
「あわわ!どうしよう!?」
ここで画面がブレブレになりつつユズキの方に寄っていく。
「大丈夫ですかっ!?」
ユズキがカンナの方を向くと同時に一体のワイルドウルフがユズキに飛び掛かる。反射的に拳を突き出して迎撃した。
ここまでは覚えている。だが次のシーンからはユズキも把握していなかった、ワイルドウルフ討伐のカンナ視点である。
「と、とりあえず強化しないと! 『広域化』!」
カンナがスキルを使った次の瞬間、次のワイルドウルフがユズキに喰らい付いた。
ふと気が付いて直前に動画を戻す。
「と、とりあえず強化しないと! 『広域化』!」
『広域化』? 聞いた事がないスキルだが、カンナは自身ではなくユズキにスキルを使っているようにみえる。まさかこれがユズキの自己強化を全身に広げたスキルか?
そんな風に考えながら動画を眺めていると、一頭のワイルドウルフがカンナに狙いを定めた。
「わわ! 私にも『広域化』!」
そう言ったあと、カメラは地面を映して、ワイルドウルフの唸り声や悲鳴だけが音声として流れてくる。うずくまって耐えているのだろう。しばらくすると音が止んだ。
「えーっと……大丈夫?」
ユズキの声だ。ここからは知っている。動画を止めるとユズキのは顔を上げた。
「ど、どうでした?」
カンナは相変わらずキラキラした、期待に満ちた目でユズキを見ている。動画の感想を言う前に、ユズキはカンナに確認をする。
「いま、二層でワイルドウルフに襲われた時のシーンを見てたんだけど……カンナちゃん、私にパワーアップスキルを使ったって言ったよね?」
「え? あ、はい。咄嗟に……」
「それってこの動画でも言ってる『広域化』ってスキル?」
「そうです」
「……差し支えなければどんなスキルか教えてもらってもいい?」
有名な汎用スキルならまだしも、固有スキルの場合はその詳細を聞くのはマナー違反なのだが、そもそもカンナは動画で公開しているし、なによりユズキにはある程度の確信があったため直球で聞いてみることにした。
「えーっと、範囲を広げられます」
「対象は?」
「対象って、何のことでしょう?」
「うーん、スキルに覚醒した時になんとなく使い方が理解できたでしょ? 例えば私の自己強化の場合は「自分の身体を」魔力で強化できるって感じで……スキルが適用される範囲っていうのかな、そういうの」
「えーっと……分からないです」
「分からない」
「はい、このスキルに覚醒した時、漠然と発動方法と「範囲を広げる」って効果はわかったんですけど、何の範囲を広げるスキルなのかって分からなかったんですよね」
「なるほど、そういうことか……」
カンナの回答はユズキの想像を遥かに越えるものだった。ユズキ一度立ち上がり、グッと身体を伸ばす。と、同時に周りの席に人がいない事を確認した上で、改めてカンナに向かい合って座る。そして小声で自分の推測を伝えた。
「多分カンナちゃんのそれ、対象に制限が無いタイプのぶっ壊れスキルだわ」
「えっ!?」
「静かに」
しっと指を立ててカンナを制する。
「お返しっていうわけじゃ無いけど私が持ってるスキルについて教えるわね。『一点集中』って言って「力」を身体の一点に集中させる事で効果を高める事ができる。例えば拳に力を集中させればパンチで岩も砕けるし、足に集中させれば10m以上垂直跳びが出来たりするの。強化倍率が低くてあまり人気の無い『身体強化』スキルも、一点集中すれば何十倍も威力が出せるのよね」
「す、すごい! 大当たりスキルじゃないですかっ!」
目を輝かせてユズキを見るカンナ。
「ただ、少し制約も多くてね。一点に集中しちゃうせいで他の部位は強化出来ないの。集中してない箇所は弱々なのよ。だから昨日まではパーティを組んでカバーしてもらってたってわけ。超火力の一撃を当てるためにね。……見てもらった方が分かりやすいかも」
そういうとスマホを操作して「北の誓い」の配信のアーカイブをカンナに見せた。
「わぁ……」
食い入るように動画を見るカンナ。そこには他のメンバーが上手く連携して隙を作り、強大なモンスターをワンパンで仕留めるユズキの勇姿が映っていた。
「ユズキさん、すごい人だったんですね……。チャンネル登録も5万人もいるし……」
「まあこれはパーティの成果だから。話を戻すけど……二層でワイルドウルフに襲われた時、カンナちゃんが私に『広域化』を使ってくれたでしょう? その時に私が『一点集中』していた身体強化が、そのままの強度で全身に広がったんじゃないかと思う。
で、動画だとそのあとカンナちゃん自身にも『広域化』してたけど、多分私の一点集中身体強化がカンナちゃんにまで広がったんじゃないかなって思うのよね」
「あ、そうだったんですか」
なんて事ないように納得するカンナ。ユズキは呆れたように諭す。
「あのね、私の一点集中した身体強化は他の部位が紙装甲になるリスクと引き換えに凄い強化倍率なの。それを維持したまま全身、どころか他人まで強化できちゃうとか、ぶっ壊れもいいところなのよ」
「で、でも、それってユズキさんの『一点集中』があっての事ですよね?」
「それはそうなんだけど、カンナちゃんのスキルはまだまだ応用が効きそうって事よ」
「うーん……でも私はユズキさんと違ってぼっち探索者なので、今日みたいなミラクルはそうそう起きないと思います」
カンナは先程の動画を見て、目の前のユズキに対してすっかり萎縮してしまっている。まさか相手がチャンネル登録者5万人超の有名配信者だなんて思いもしなかったのだ。登録者ゼロのカンナからすればユズキはある意味雲の上の存在ですらある。
(『広域化』がそんなすごいスキルだなんて気付かなかったなぁ。今日の動画が上手くバズればパーティのお誘いとか来るかなあ? ……あわよくばユズキさんのチャンネルで宣伝してくれないかな?)
そんな事を考えていたカンナにユズキは提案する。
「ええ。だから提案なんだけど……カンナちゃん、私と2人でパーティを組まない?」
「ええっ!?」
どこかからお誘いどころか雲の上の民からのお誘いである。なんだこれは、地獄に降りて来た蜘蛛の糸か? まさかのチャンネル5万人パーティからのお誘い……ん? 2人で? そういえば今はソロでやってるって言ってたような?
「あ、あの、2人でパーティですか?」
「うん。私、今日「北の誓い」を抜けたから」
「えええっ!? ど、どうして…」
「うーんと、ちょっと今のメンバーとはやって行けなくなっちゃって……」
気不味そうにするユズキの様子に、カンナは踏み込んではいけない空気を感じ取る。
「ああ、人間関係って難しいですよね。私はぼっちだから平気ですけど」
そしてよく分からないフォローをしてしまう。ユズキは苦笑いしつつ、改めてカンナに向き合う。
「……そんなわけだけど、やっぱりソロでやって行くのはちょっと厳しいなって思ったわけよ。検証は必要だけど、私達スキルの相性も良さそうだし一緒にやっていけたら良いなって」
「でも、私なんかじゃユズキさんと釣り合わないかも……」
「そんな事ないよ!」
「は、はい!」
「カンナちゃんのスキルはぶっ壊れだし、まだ高校生なのに探索を配信する行動力もあるし、何よりカワイイし、むしろ私の方が釣り合ってないからお願いする立場になるわよ」
とはいえスキルは宝の持ち腐れだし、配信は全く面白くないし、まだまだ自分の魅せ方も分かってないので今のままでは原石だ。だからこそ、この子が悪い大人に利用させる前に自分が磨いてみせるとユズキは思った。
「そ、そんな、えっと、どうしよう……」
すっかり萎縮してしまったカンナの様子を見てユズキは落ち着いて話しかける。
「急に迫ってごめんね。ただ、今日ってタイミングでカンナちゃんに会えたことにちょっと運命的なモノを感じて焦っちゃった。……今日のところは連絡先だけ交換してもいいかな? もしも私と組んでくれるなら、また連絡くれると嬉しいな……」
「あ、はい……」
連絡先を交換したユズキとカンナはカフェを出て別れる。
カンナはダンジョンで起きた事から先ほどのユズキとのやりとりまで、自分の中で消化しきれずに完全に脳がショートしてしまっていた。とりあえず今日のところは帰って寝よう。そう考えて帰路に着いたのであった。
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