第3話 ピンチの出会い

「あわわ! どうしよう!?」


 カンナは慌てつつもワイルドウルフの群れの様子を伺う。群れは1人の女の子を取り囲み、ジリジリと距離を詰めて居た。女の子の方は、一応横幅10m、高さ5mほどの大きめの岩を背にはしているが、なんとその岩の上にもワイルドウルフが数頭陣取っているという有様であった。


 ちなみに、いち探索者としてここでカンナが取るべき正しい行動は彼女を見捨てて逃げ出して救助を求める、である。これまでの半年間、ゴブリンを叩くことしかしていなかったカンナは当然ワイルドウルフの群れを制圧する事など出来ないし、協力しようにも素人同士が即席のコンビネーションなど上手くいく方が稀だ。


 しかし、配信に意識があったカンナはこう考えてしまう。


(ここで見捨てたら、殺人罪に問われる!?)


 そんな勘違い全開の自己保身の精神も手伝って、彼女の足はワイルドウルフの群れに向かってしまった。


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 油断したつもりはなかったけれど、やはり通常の精神状態じゃなかったことは認めざるを得ない。ユズキは後悔しながらワイルドウルフの群れと向き合う。1対1なら遅れをとるような相手ではないが、いかんせん数が多い。このまま一斉に飛び込んで来たら何匹かは倒せても残りのワイルドウルフに食い殺されてしまう。


「いっそ大ジャンプしてやり過ごす……?」


 足に自己強化を一点集中して高く跳べば……いや、だめだ。岩の上にもワイルドウルフがいる。そもそもそんな曲芸じみた技は練習した事がなく、ぶっつけ本番で成功するイメージも湧かなかった。この場でなんとかするしか無い。右手を自己強化してワイルドウルフ達を睨みつける。


 ジリジリとにじり寄るワイルドウルフがユズキに飛び掛からんとするまさにその瞬間、


「大丈夫ですかっ!?」


 そう言って1人の少女が声をかけて来た。


「えっ!?」


 思わずそちらに意識がいった瞬間、一頭のワイルドウルフが飛び込んでくる。しまった! 対応が遅れた! 咄嗟に拳を突き出す事で最初の一頭は返り討ちに出来た。しかしその代償にユズキは体制を大きく崩す。目の端で次の一頭が飛び込んでくるのを捉えたが対応しきれない。終わった――。


 しかし、予想して居た痛みや衝撃が襲ってこない。ワイルドウルフは喰らい付いてきているのだが、その牙がユズキの皮膚を傷付けるに至っていないのだ。お気に入りの戦闘服は千切れてしまっているが、身体は全くの無傷であった。また別のワイルドウルフがユズキを押し倒さんと飛びかかってくるがその重さも感じない。


 何が起こっているのか分からないが、ひとまずユズキは次々に飛び込んでくるワイルドウルフを払おうと乱暴に腕を振るう。するとそれだけで数頭のワイルドウルフがキャインと鳴いて地面に横たわる。この感覚は……。


「自己強化が身体全体に行き渡っている?」


 これまで、『一点集中』のせいで逆にどれだけ努力してもできなかった全身の身体強化が出来ていることに気付く。理由は分からないが今はこの危機を乗り越えるのが先決だ。一通り周囲のワイルドウルフを蹴散らしたあと、ふと気付く。


「さっきの女の子は?」


 慌てて周囲を見回すと、少し先で身体を丸めてうずくまっているのが目に入った。安物の戦闘服はワイルドウルフに食いちぎられ、真っ白な背中が露出している。ある意味扇状的なその姿にドキリとしたが、ふと冷静になる。


(この子も無傷?)


 そう。戦闘服はズタズタに引き裂かれているというのにその白い肌に傷ひとつないのだ。ワイルドウルフの群れがいなくなり……半分ほどはユズキが屠り、残り半分ほどは逃げ出したためであるが、一応の安全が確認できたのでユズキは少女に声をかける。


「えーっと…大丈夫?」


 少女はパッと顔を上げると涙目でユズキを見る。


「お、お姉さん無事だったんですね!? 良かったぁ……」


「ええ、よく分からないけどとりあえず無事ね。危ないところではあったけど。あなたも服はボロボロだけど、とりあえず怪我はなさそうね?」

 

「え? ……ああ! なけなしの一張羅が!」


 ユズキに言われて自分の様子を確認した少女は自分の身体を改め、戦闘服の腰の部分が大きく切り裂かれているのに気付く。そのまま身体を捻り、どの辺りまで裂けているのか確認しようとする。


「そんなバタバタしたら服脱げちゃうわよ? 自分からは見えないだろうけど、背中の部分とかほとんど布が残ってないし」


「ええっ!?」


 ユズキの言葉にびっくりして、背中を見ようと大きく振り返りる少女。その表紙に辛うじて肩に引っかかって居たボロ切れと化した服の残骸は、同じくボロボロになったインナーと共にハラリと地面に落ちて、下着姿が惜しげもなく披露された。


「あわわっ! み、見ないで!」


「見てないから落ち着いて胸を隠しなさい」


 はい、とユズキは羽織って居た上着を渡す。これもオオカミに腕の部分が喰い千切られてしまっているが、身体を隠すだけなら問題無いだろう。少女は慌てて上着を羽織るとおずおずと頭を下げる。


「ありがとうございます……」


「それで、改めて聞くけど怪我はない?」


「えーっと。……はい、痛いところはないし大丈夫そうです」


「そっか。それだけ服が破けるくらい攻撃受けてたのに傷ひとつ無いとか、あなた強いのね」


「そうなのかな……。あんまり強くないモンスターだったんじゃないですかね?」

 

「……もしかしてあなた、ワイルドウルフと戦うのは初めて? 彼らの牙と爪の鋭さと力強さは十分脅威になるわよ」


「じゃあ私のスキルのパワーアップがうまく働いたんだと思います」


「へぇ、いいスキル持ってるのね。ところでそのスキル、さっき私にも使ったりした?」


「え、まずかったですか? 咄嗟にお姉さんを守らないとって思って使っちゃったんですけど」


「……身体を強化するタイプのスキルって基本的に重ね掛けできないのよ。だからあなたがスキルを使うと私は自前の身体強化を発動できなくなるの。講習で習わなかった?」


「……あ」


 ヤベッという表情になる少女。


「それがあるから基本的にダンジョンでの即席のコンビネーションが推奨されてないの」


「……ごめんなさい」


「まあ結果的に助かったからいいんだけど。というかむしろ普段より調子が良かったくらいなんだけどね」


 全身の身体強化がなかったらケガでは済まなかった可能性が高いのは、疑いようの無い事実であった。


「あ、あのオオカミ達は全部お姉さんが?」


 周囲に散らばるワイルドウルフの死体は20体弱。


「そうね。死体の匂いで他のモンスターが寄ってくる前にさっさと移動しましょうか。ここからだと一層に戻るのがいいわね」


「え? 魔石は回収しないんですか!?」


「……あんなの1つ300円とかよ? ここに長時間留まるリスクに見合わないわ」


 これまで一度の狩りで最高30万円程度の魔石を入手したことのあるユズキにとってはわざわざ回収するほどのものではなかったが、そんなユズキの発言に少女は目を丸くしている。そのまま彼女の手を引いて一層に向かうが、どうみてもワイルドウルフの魔石に後ろ髪を引かれまくっていた。


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 一層に戻った二人はひとまず見通しの良い広場に出ると壁を背にして腰掛けた。


「ふぅ。とりあえずここなら安心かな。渋谷ダンジョンの二層はソロじゃNGだっていうの、完全に忘れてたからね。正直あなたが来てくれて助かったわ」


「さっきみたいに群れに襲われるって良くあるんですか?」


「ええ。ワイルドウルフは二層の代表的なモンスターだけど、基本的には20体前後の群れで狩りをするからね。魔法による範囲攻撃があるか、きちんとした盾役がいるパーティが連携するかしないと危ないわ」


「じゃあお姉さんは魔法が使えるって事ですか?」


「……だから私もうっかりしてたのよ」


「はぁ……」


「さて、今日は帰ろうかな。あなたも帰った方がいいわよ。こういう「何かあった時」には無理せず撤退! が探索者として続けていくためのコツだからね」


「あ、でもまだ今日は全然稼げてないのでちょっとだけでもゴブリン倒していかないとレンタル代が……」


 そう言うとカンナは手に持った剣を持ち上げる。


「え、その剣ってレンタルなの? どこの?」


「どこのって、表のダンジョン協会で借りられるやつです。1日2000円の」


「マジ? あれって最低クラスの武器じゃない……というか借りる人いたんだ」


「だから最低ゴブリン20体は倒して剣の代金は稼がないと、また赤字になっちゃうんです……」


 ん? この子なにかおかしい事言ってないか? ユズキは発言に違和感を覚えた。


「……あなたのお陰で今日は助かったし、そのくらいは私が出してあげるわよ。ところでこの後時間ある?」


「え? そんな、悪いですよ」


「いいから。時間はある?」


「あ、はい。今日は祝日で学校も休みだったし。だから気合を入れて稼ぎたかったんですけど……」


「うん、じゃあ行きましょう。ちょっとお姉さんに話を聞かせて。なんかあなた危なっかしい空気だし、このままさよならして直後に死なれたら流石に目覚めが悪いから」


 そう言うとユズキはカンナの手を引いてダンジョンの入り口に向かって歩きはじめた。

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