第2話 天蔵ユズキの事情

「ユズキ……悪いが俺たちのパーティから抜けて貰えるか?」


「はあ?」


「これはみんなの総意なんだ」


 いつもと同じ1日。そのつもりでミーティングルームを訪れた天蔵あまくらユズキに告げられたのは、パーティからの追放宣言であった。今週の探索スケジュールを決めるために、毎週実施しているミーティング。探索協会本部にある貸会議室にはユズキと、彼女に追放を告げたリーダーの他にパーティメンバーが全員揃って居た。


「いや、いきなりそんなこと言われても……なんで?」


「正直に言って君のスキルが俺たちにとって好ましいものでは無いでないからだ」


 リーダーが尤もらしく告げる。確かにそれを言われるとユズキには分が悪かった。


 ユズキのスキルは『一点集中』。「力」を一点に集中させることでその効果を大幅に高めることが出来る。さらにこれまでの探索者活動で『自己強化』と『障壁』という有用なスキルまで会得したユズキは、パーティの大砲役として活躍しては居た。


「……私のスキルの火力で、討伐には貢献して居たつもりだけど」


 一応反論を試みる。


「確かにユズキの火力は抜群だ。『一点集中』は結成当初からただのパンチで猛進猪ラッシュボアと渡り合えるほどの威力があったし、最近は『自己強化』の性能もあって牙虎タスクタイガーすらワンパンだった」


「でしょう?」


 タスクタイガーなど体高2mにもなる大型のモンスターで、これを狩れる個人探索者パーティは十分上位勢であると言えるだけの強敵だ。


「だけどそれだけだ。俺たちはユズキの一撃を当てるための舞台装置じゃない」


「……そんな風に考えた事も無いわよ」


「だけど実際そうなっている。なぜなら君の『一点集中』は攻撃する場所にしか発動できないから」


「……ぐ」


 そう。ユズキの『一点集中』は拳に集めればその殴打が、足先に集めればその蹴撃が、必殺の一撃となる。さらに数ヶ月前に修得した『自己強化』のスキルは、本来は身体能力を1.1倍程度にするという魔力を消費するわりに効果は微妙なスキルだが、一点集中する事で強化倍率20倍以上の威力となる壊れスキルになっており、さらにそこに筋力の一点集中による攻撃力も上乗せすれば、強力なモンスターも一撃で屠ることが可能になっていた。


「だけど集中した箇所以外は常人以下の強さにしかならない。つまり俺達はユズキがモンスターに殺されように一撃を当てるためのお膳立てしないといけないんだ」


「だけど、そのやり方でこれまでも上手くやれてこれたじゃない!?」


「確かに、これまでは上手くやってこれた。だけどそれはユズキありきの作戦がハマっていただけで、今後ユズキにもしもの事があれば俺たちはまるで戦えない。……幸い、これまでの活動で資金は十分に貯まっている。しっかりした装備を整えて、全員で戦う堅実なやり方にシフトすべきという方針に決まったんだ」


「それならそれで構わないけど、私が追放される謂れはないわよ?」


「いや。全員で戦えるようにと考えた場合、ユズキのピーキーな性能をカバーしきれないだろう」


「納得できない。自分の身は自分で守れる」


「だったら尚更、パーティである必要があるか?」


 全く筋が通って居ないリーダーの言い分は、ユズキの追放ありきで話が進んでいるようにしか思えなかった。


 ユズキは他のメンバーに声をかける。


「みんなも何か言ってよ! これまでみんなで上手くやって来たじゃない!」


「上手くやって来た、か……。ユズキ、本当にそう思ってるのか?」


 声をあげたのはサブリーダーであった。


「ミーティングではいつもユズキが次に狩るモンスターを予め決めてきていて、その狩り方……どうやってユズキの一撃を当てるか、それを決めるだけだったよな?」


「それはっ……」


 そうするのが一番効率的にパーティが成長できると思っていたから。


「さっきユズキは俺たちを「舞台装置じゃない」と言ったけれど、そう思っていたのはユズキだけだったよ。少なくとも俺は、このパーティの歪さはどこかで是正すべきだと思い続けて居た」


 それを今言うのか。ユズキは唇を噛み締める。だいたい毎週のミーティングでユズキが翌週に狩る対象を決めるようになったのは、他の誰も発言しなかったからだ。せっかくお金を出して会議室を借りているのに、結論の出ないお喋りミーティングが続き結局なんとなく雑魚狩りをするだけの活動が続いた時期があり、それであればと元々仕切り屋の気質があったユズキが会議を仕切るようになったに過ぎない。

 そこに不満があったのなら、それこそミーティングでも、普段の探索活動の中でも、どこでだって言えば良いのにギリギリまで不満を溜め込んで追放しようだなんて酷い話じゃないか。


「……他のみんなも同意見なの?」


 声が震えそうになるのをぐっと堪え、ユズキは他のメンバーにも聞いて見る。しかし残念ながらその場にユズキの味方は居なかった。全員、ユズキのワンマンになっているパーティに多かれ少なかれ不満があり、また個人的に追放するほどではないと思っているメンバーも今後の活動を考えれば無理にユズキを庇うよりはリーダーとサブリーダーに同調した方が良いと考えた。


 ここで泣いて縋るような可愛げがあれば、或いはそもそも追放を言い渡される事もなかったかもしれない。だがユズキにもプライドがあった。


「……これまでの活動で貯まったパーティの活動資金。その6分の1は貰えるんでしょうね?」


 なんとか絞り出した答えは、きちんと資金の分配を求める事だった。

 


 個人探索者が集まってパーティを組む事も珍しく無い。より安全に深い層まで探索できるのは言わずもがな、スキルは他のスキルとのシナジーでより強力な効果となることもあるため、パーティを組む事はむしろ推奨されて居た。


 もちろん赤の他人同士で組む際には役割分担や報酬の配分をしっかりと取り決めておかなければトラブルを招きかねないし、逆に仲の良い身内でパーティを組むもそれはそれで別のトラブルを起こしやすいのだが……今回ユズキが巻き込まれたのは後者であった。

 

 幼馴染達6人で集まって、1年半前の高校卒業と同時に結成したパーティ「北の誓い」。ユズキもそこで探索者活動を続けていた。最初は楽しく、力を合わせて徐々にいけるダンジョンを増やしていたが、ユズキの火力一点突破型のパーティになってからは他のメンバーが少しずつ不満を溜めていったのである。また彼らも個人探索者の例に漏れず配信をしていたが、その人気がユズキに集中して居たことも大きい。やはり大型のモンスターを一撃で仕留めるユズキの姿には華があり、それに対するコメントが多いのは仕方ない事であった。


 ユズキはただ自分が狩りたいモンスターを選んでいただけでは無い。常に自分を支えてくれる他のメンバー5人の実力やコンディションを把握して、十分な安全を確保した上で、尚且つ一定の狩果が期待できるモンスターを必死で調べて提案していた。「北の誓い」は月曜日にミーティング、火曜日に移動、水曜日から木曜日に探索、金曜日は予備日もしくは移動、土日は基本的に休みというスケジュールでの探索ルーチンを組んでいたが、ユズキはここ半年以上、土日に碌に休んでいない。翌週以降に狩るモンスターの選定やスケジュールの作成などに時間をかけていたためだ。

 今週狩ろうと予定して居たのは、奈良のダンジョンにいる双角の大鹿デュアルディアである。その資料と行程表を印刷した紙をゴミ箱にぶち込んで、探索者協会を後にしようとするユズキに声がかかる。


「あ、ユズキさん!」


 振り返ると探索者協会で顔馴染みの女性職員だった。


「ああ、お疲れ様です」


「お疲れ様です。「北の誓い」さん、今日はもう会議は終わりですか?」


 探索者を続けていく以上は協会にはそれなりの頻度で訪れる。一定以上の強さのモンスターを狩る際に必要な事前討伐申請やその後の事後報告、報酬の税務処理などデスクワークも探索者の仕事で、「北の誓い」は一応当番制になっていたもののサボりがちな男性陣の代わりにユズキが対応する事も多かった。結果、いつの間にか協会側の認識としてはユズキが事務処理を担当という事になっていたのだ。

 

 声をかけて来た女性は「北の誓い」結成当時からユズキ達に親身になってくれた。比較的年齢が近い事もあり、ユズキはプライベートでお茶をした事もある。ミーティングの日はいつも朝から夕方まで会議室に篭っているユズキが昼前という時間に協会の出口に向かっていったので、珍しいと思い声をかけたのだろう。


「まだやってるんじゃないでしょうか。私はもう「北の誓い」じゃないので分からないですが」


「え!?」


「さっき……パーティを辞めて来たんです」


 追放されたとは言いたくなかった。つまらないプライドだと自分でも思うが、悲劇のヒロインになんてなりたくなかった。


「ああ、そうですか……。まあ色々とありますからね」


 予想外のユズキの発言に、精一杯のフォローをする女性職員。


「なので、私の名前で予約している会議室……来週以降分は全部キャンセルしておいてください。他のメンバーが予約してくると思いますので」


「……承知しました」


 彼女は手元のタブレットを操作すると、終わりましたよと笑顔を向けた。


「ありがとうございます」


「ユズキさんは、これからソロで?」


「……まあどこかからお声がかかればとは思いますが。でもしばらくは充電期間ですかね」


 とりあえず今すぐパーティを募集するのも必死な感じが出て悔しいし、少しダンジョンから離れたかった。このまま探索者を引退するのもありかなと思っている。


「わかりました。じゃあパーティを募集したくなったら相談してください。間違っても適当なSNSの募集についていったらダメですよ? ユズキさんみたいなかわいい女性探索者を狙う不埒な男は思ったよりも多いんですから。安心できるパーティを協会側で紹介しますからね」


 ユズキは苦笑いしてそれに応えた。職員と別れ、外に出る。まだ日は高い。このムシャクシャした思いをどこかにぶつけたいと思った。


 ふと、協会から歩いて5分のところに初心者向けのダンジョンがある事を思い出す。


 弱いモンスター相手なら。そう思って武器も持たずに渋谷ダンジョンに向かってしまったユズキは、やはり突然の追放に冷静ではいられなかったのだろう。



 渋谷ダンジョンの第一層に蔓延るゴブリンは、『自己強化』をしなくても一撃だった。


 ストレスをぶつける相手を求めて、ユズキは第二層へ向かってしまう。渋谷ダンジョンが初心者向けだというのは第一層に限った話で、第二層以下に潜る時は上級探索者でも注意が必要だと言う基本的な注意点を失念したまま。

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