第1話 日出カンナの事情

 日出ひのでカンナは底辺ダンジョン配信者だった。


 世界中にダンジョンと呼ばれる謎の大穴が現れてから既に半世紀が経ち、世の中には探索者と呼ばれる職業が一般的となった。各国政府は探索者協会と呼ばれる組織を設立し、今ではその資源の生産・流通を管理している。

 

 とはいえ探索者稼業は既にレッドオーシャン。既に大企業による組織的な攻略と資源の独占により、個人の探索者として成功するには余程の才能と運に恵まれるしか無い。探索者を夢見る多くの若者は大企業が定期的、または不定期に開催する採用試験に臨むのが今の日本の「普通」だった。


 そんな中でここ数年、個人探索者は新たなる道を開拓した。それが「ダンジョン攻略配信」である。10年ほど前に、ある企業が攻略のために開発した、通信技術を応用した通信機能付きカメラによってダンジョン内の様子をリアルタイムでウェブ上に公開する事が可能となり、数年前には個人の手に届く範囲まで値段が落ち着いて来た。大企業は各々の探索を振り返り、また安全に進めるためにカメラを活用したが、ここにある探索者は「俺が探索する様子を動画サイトにアップしたらウケるんじゃ無いか?」とその様子を世界中に公開した。

 

 これまで大企業が独占していたダンジョン探索の様子に、世界中の人々は釘付けになる。初めに公開した探索者は個人探索者としてはベテランであり、かなり強力なスキルに覚醒していたこともあり、その映像はまるでアクション映画のようなスリルと迫力があるものであった。


 ここに続いたのが数多の個人探索者達。先駆者の彼ほどの実力を持たないものによる配信の多くは、とりたててスリルやスペクタクルを刺激するものでは無かったが、それでもある者は話術で、ある者は個性付けで、またある者は色気を駆使して、あの手この手で視聴者の興味を掴んだ。


 そんなブームから数年経ち、今若者の中では「大企業の歯車になるよりは、個人でダンジョン配信して一発当てるのもありじゃないか」という意見も出始めた。すると必然、多くの面白みのない配信が雨後の筍の如く乱立する。また大企業もある程度配信に力を入れ始めたことで、ダンジョン配信も一部の才能がある者以外は稼げないという元の木阿弥になりかけてはいた。それでも以前よりは選択肢が増えたことは探索者を目指す若者達にとってはそれだけで希望が持てる話であったし、実際多くの若者がカメラを片手にダンジョンに潜るようになって居た。



 カンナもそんな有象無象の配信者の一人であった。もともと彼女は探索者を夢見て居た訳ではない。ただ、父の浮気が原因で両親が離婚して早3年。大学卒業までは養育費を払うという取り決めは残念ながら守られず、母の収入のみが家計の支えとなった。

 高校入学直後のある日、カンナは母から「大学に行かせるのは経済的に難しい」と言われてしまう。もともとなりたい夢など特に無かったカンナは、高校卒業後に就職するか、奨学金を借りて苦学生をするかの選択を突きつけられてしまった。

 今から3年間、バイトして貯金したところでたかが知れている。それであれば一攫千金、ダンジョン配信で有名になろう! と考えたのだ。上手くいけばそのままダンジョン配信者として生きるのも良し、ある程度稼いで引退してから大学に通うのもありだ。また、有名配信者は大企業からヘッドハンティングもあるらしい。いずれにしてもこのまま腐っているよりは明るい未来が待っているに違いない。そんな取らぬ狸の皮算用に顔をにやけさせた。


 これまでお小遣いやお年玉を貯めた貯金は10万円ほど。それを注ぎ込んで個人用のラインナップの中でも最低グレードのダンジョンカメラをなんとか買う事が出来たカンナはさっそくダンジョン協会が開催するダンジョン講習を受け、探索者として、そしてダンジョン配信者としてデビューした。

 

 そして初日に現実を突きつけられたのである。


------------------------------


「あー、あー、テストです。これで配信できてるかな?」


 カンナはダンジョンの前に立つと、カメラを設定し胸元に固定した。そして自分のスマホで配信ページを表示してみる。そこには無事に目の前の風景が表示されて居た。


「よし、上手く行った! 確かこのままダンジョンに入るとスマホの方は通信が切れちゃうんだよね」


 スマホをカバンにしまい、いざゆかん! 初めての配信! バズったらどうしよう。えへへ。


「はい、視聴者の皆さんはじめまして、えっと、カンナと言います。えーっと……、今日からダンジョン配信やっていきます。じゃあ、これから、えっと、この渋谷にあるダンジョンに入って行きます」


 想像して居たのは憧れの配信者のような立板に水のトークであるが実際自分の口からでたのは、つっかえつっかえの棒読みであった。また、いざ話そうとすると恥ずかしさが勝って声が張れない。


 そしてカンナは自身の致命的なミスに気付いて居ない。最安のこのタイプのカメラは自分の顔を映さない。つまり視聴者からはただただダンジョンの壁が移り、ボソボソと聞き取りづらい棒読みの下手くそな実況が流れるだけの配信となって居た。


「えっと、それでは、初めてのダンジョンダイブです。ここでスキルに覚醒するんですよね?」


 講習で習った事を思い出す。初めてダンジョンに入ると1つ、スキルが覚醒する。どんなスキルが覚醒するかはランダムと言われており、「剣術」「格闘術」など戦闘向けのスキルが当たりとされている。稀に「炎魔法」「水魔法」と言った魔法スキルに覚醒する事もあり、もしもこの辺りのスキルを入手出来れば探索者として成功を約束されたようなものだし、さらに一部のトップ探索者が持つ通称ユニークスキルなんてものも存在する。

 逆にハズレスキルも存在し、例えば「即死耐性」などは明確なハズレスキルだ。何故なら即死スキルを使うモンスターは未だダンジョンでは見つかって居ない。


 統計的に、当たりを引く確率はおおよそ9割。確率は非常に良心的なガチャではあるが、逆にここでハズレを引くと探索者としてはお先真っ暗、諦めた方が良いとすら言われる。


「アタリこい、アタリこい、アタリこい……」


 そんな風に念じながらダンジョンに入るカンナ。一歩足を踏み入れた瞬間、自分の中で眠って居た力が目覚めるのが分かった。これが覚醒か。


「来ました。えっと、私のスキルは……『広域化こういきか』、です」


 どんなスキルかは、覚醒と同時に分かると言われている。剣術や格闘術ならその道の達人であるかのように身体が動かし方を理解するし、魔法スキルならその発動方法が感覚的にわかる。


「これは、えっと、範囲を広げられます……。何のだろう?」


 範囲の広げ方は分かった。だけど、何を対象としたスキルなのかは、わからなかった。


「魔法スキルとかの範囲が広がるのかな……?」


 そうであれば魔法スキル持ちと組まなければ意味がない。今日から探索者を始めたカンナには当然、組んでくれる魔法スキル持ちなどおらず試す事は出来なかった。


 残念ながら自分の攻撃力を上げるスキルでなかった。しかしここで引き下がるのも悔しいのでダンジョン協会からレンタルしたショートソードを持ってダンジョンを進む。


「だ、第一モンスターを発見ですっ……!」


 第一層と呼ばれるフロアをしばらく進むと、初めてのモンスターに遭遇する。1m程度の人型の魔物で、緑の肌、醜悪な顔。ゴブリンと呼ばれる雑魚モンスターであった。


 カンナは剣を構える。子供の頃から探索者がモンスターを討伐する動画を見てきた世代なので、意外と人型のモンスターを斬る事に忌避感を感じない。


「せ、せっかくだから広域化を使いながら、戦ってみます」


 カンナは右手で持った剣を『広域化』してみる。何が違うのかは分からないが、多分強くなっているんだろう。


「えいっ!」


 思い切って剣を振るうと、ゴブリンはあっさり倒れた。


「やった!」


 すごい! 広域化ってパワーアップスキルなんだ! そう理解したカンナはその日5体のゴブリンを狩った。


「今日は初日なのでこれくらいにしておこうと思います! 明日からも頑張るので、チャンネル登録を、よ、よろしくお願いします!」


 そう言って配信を終了する。意気揚々と外に出てスマホを開く。視聴履歴……1人。少なっ! しかもその1人はダンジョンに入る前にカンナがテストで接続しただけ。要は誰も見て居ない配信だったという事だ。


 ちなみにこの日はゴブリンの魔石を5つ売って500円。ショートソードを1日2000円でレンタルしたのでなんとマイナス1500円の収支だった。


「しょ、初期投資ってやつだから……」


---------------------------


 その後もカンナは黙々とゴブリン狩りを配信し続けたが、視聴者は相変わらずほぼゼロ…多くて片手の指で収まる人数であった。稀に配信サイトのトップページの「現在配信中の探索者」のリンクから覗きに来る人がいても、ただゴブリンを屠り続けつつボソボソと話す動画に興味を持つ人間など居なかったのである。


 ゴブリンを20匹狩れればそこからは、1匹100円の黒字だが、ゴブリンには出会えるのは10分に1回程度。3時間配信しても剣のレンタル代すら払えない。 


 それでも一回バズればっ……! そんな夢を見てダンジョンに通う日々は早くも半年続いて居た。


 ちなみにダンジョンでモンスターを倒してもレベルが上がって身体が強くなるような事は無い。身体を強化するには地道なトレーニング以外にない。スキルについては使えば使うほど練度が上がりより高度な事が出来るようになるので、それがロールプレイングゲームに当たるレベルアップに当たると言えなくもないが、これは別にモンスターを相手にする必要は無い。

 稀にモンスターを倒した際に新しいスキルを得ることはあるらしく、それは相手が強いモンスターであるほど確率が高いとされる。しかし階層ボスと呼ばれるようのモンスターが相手でも1%程度であるとされ、ゴブリンなどが相手では天文学的な確率である。

 カンナもゴブリンを倒す時は常に広域化を使い続けては居たが、初日から一撃でゴブリンを倒せて居たものが、今も変わらず一撃で倒せているだけなので果たしてスキルは強化されているのか全く分からなかった。


 鳴かず飛ばずの底辺配信者生活からの脱却を目指して、ある日カンナは第二層へ進むことを決意する。しかし渋谷ダンジョンは第二層から危険度が跳ね上がることで有名だった。


 第一層ではのだが、第二層ではベテラン探索者ですら油断すれば命を落とす。そんなピーキーなバランスなのが渋谷ダンジョンだ。カンナもそれは知識として知っていたが、とりあえず1体だけモンスターを倒してみようかと考えてしまったのだ。


---------------------------


 第二層に降り立ってしばらく進む。しばらく進むと第一モンスター……どころでは無く、大量のモンスターの群れに遭遇してしまった。


「お、オオカミの大群!?」


 第二層の代表的なモンスターの一種、ワイルドウルフ。体長1m程度のオオカミ型のモンスターで、集団で狩りをする習性がある。個々の強さは野生のオオカミと同程度だが、だいたい20〜30体程度の群れで行動するため、もしも範囲攻撃を持たないソロ探索者が彼らに襲われたらひとたまりも無い。カンナもこれは危ないと思って慌てて引き返そうとするが、残念ながら彼女はすでにワイルドウルフの感知範囲に入り込んでしまっている。


 しかしワイルドウルフはすぐにカンナに襲いかかってくる事はない。カンナが注意深く様子を伺うと、既に1人の探索者がワイルドウルフ達に取り囲まれて居た。


「た、大変! 誰か襲われてます!」


 人の心配などしてる暇は無いのだが、自分が獲物としてロックオンされて居ない事と、襲われていた探索者が女の子だった事から、思わず助けないとと考えてしまったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る