これからの関係

三鹿ショート

これからの関係

 学校の卒業を機にこの土地を離れると告げられた私は、あと一年早く誕生していなかった自分を呪った。

 これまでとは異なり、共に過ごす時間が減ってしまうことは残念だが、会いに行こうと思えば会いに行くことができることを考えると、今生の別れなどではない。

 連休には必ず会いに行くことを告げると、彼女は神妙な面持ちで首を横に振った。

 それから告げられた言葉を理解することができず、気が付けば私は同じ姿勢のまま何時間も過ごし、朝日を迎えていた。

 何かの冗談だろうと考えようとしていたが、彼女が私を避けるような行動に終始したために、現実であることを認めなければならなかった。

 彼女は、私に別れを告げたのである。


***


 互いの立場上、交際していると知られては厄介な事態と化すために、他者の目が存在している場合は険悪な関係であることを示す必要があった。

 二人きりと化した際には、演技とはいえ互いを傷つけるような言動を繰り返したことを謝罪しながら、接吻を交わし、身体を重ねていった。

 我々のことを知らない人間ばかりが集まっている土地へと向かえば、堂々と交際することもできるだろうと考え、私は学校を卒業することが待ち遠しかった。

 だが、彼女はそのような未来を望んでいるわけではなかった。

 前日の夜も愛し合ったために、彼女も私と同じようなことを考えているのだろうと何の疑問も抱いていなかったのだが、何故彼女は別れを告げてきたのだろうか。

 しかし、私はそれを訊ねることができなかった。

 理由を聞いてしまえば、別れることが確定事項と化してしまうからだ。

 それを知らなければ、彼女の気の迷いだと考えながら、日々を生きることができるのである。

 ゆえに、別れを告げられて以来、私が彼女と接触することはなくなった。

 寂しさを覚えているが、それは彼女も同じであり、何時の日か彼女が自らの選択の誤りに気付き、戻ってきてくれるのだと信じていた。

 だが、彼女はこの土地を去って行った。

 私に別れを告げることなく、涙を流すこともなく、あっさりと、この土地を離れたのである。

 彼女が私に対する愛情を失ってしまったということを、認めなければならない。


***


 彼女の姿が消えてから、私は自棄になった。

 彼女と同じ大学へと進むための勉強を行わなくなり、性質の悪い人間たちと付き合っては、毎日のように異なる女性と関係を持った。

 暴力と暴言と快楽に満ちた世界での日々は刺激的だったが、私の寂しさが埋まることはなかった。


***


 元々道を踏み外していたようなものだったためか、私は学校を辞め、性質の悪い人々と共に他者を威圧し、脅し、金銭を奪うような生活を送ることに、何の抵抗も持っていなかった。

 仲間たちは特定の相手と関係を深め、中には子どもが誕生した人間も存在しているが、私は身を固めることがないまま、多くの女性と関係を持っている。

 褒められるような生活ではなく、明日にでも背後から刺されたとしても仕方が無いような毎日を送っていたところで、ある日、私はその客と出会った。

 借りた金を返すことなく逃げ回っていたその客は、かつて彼女と同級生だった人間だった。

 私のことを知ると、口添えをしてほしいと頭を下げてきたが、私は相手の顔面を殴りつけた。

 涙を浮かべていたその人間は、謝礼として、彼女の秘密を教えると告げてきた。

 思わぬ提案に心が動き、私は、とりあえず話だけは聞くことにした。

 それを聞いた私は、気が付けば走り出していた。

 背後から仲間の声が聞こえてくるが、構うことはなかった。


***


 彼女の住んでいる場所は、今にも崩れそうな集合住宅だった。

 私が呼び鈴を鳴らすと、私は久方ぶりに彼女と再会した。

 虚ろな目で、骨と皮だけのような状態だったために、私は眼前の人間が彼女と同一人物なのかと疑ってしまう。

 しかし、私を見て驚いたような表情を浮かべ、私の名前を呼んだことから、彼女であることは間違いないようだ。

 私は彼女の肩を掴むと、彼女の同級生から聞いた話を告げた。

 いわく、その同級生は、深夜の公園で私と彼女が接吻を交わしている場面を目撃したらしい。

 翌日、その同級生は、私との関係を秘密にする代わりとして、彼女の肉体を求めた。

 彼女は断ることができず、望まぬ相手との時間を過ごした。

 その行為の最中、彼女は相手から、私との関係は続けるべきではないと告げられた。

 たとえ誰にも露見することがなかったとしても、私と彼女のそもそもの関係性が消えるわけではない。

 互いの将来を考えれば、二人は別々の道を歩むべきなのだと、相手は快楽に溺れながらもそう進言してきたのだった。

 それは、彼女も分かっていたことである。

 だが、自分で自分に告げる言葉と、他者からの言葉では、重みが異なっていた。

 彼女は己の行為が間違っているのだと後悔するようになり、その結果、私と別れることを決めたらしい。

 しかし、それが何だというのだろうか。

 間違った関係などということは、百も承知である。

 だが、一線を越えてしまったのならば、今さらどう取り繕ったところで、無かったことにはならないのだ。

 それならば、その道を進み続けても良いのではないか。

 私は、彼女にそう告げた。

 彼女は目を見開いた後、私から目を逸らしたが、その手は私の衣服の袖を掴んでいた。

 それが何を意味しているのか、私は知っている。

 私は彼女を抱きしめると、玄関であるにも関わらず、身体を重ねた。

 これまで関係を持ってきたどの異性よりも、やはり彼女は、素晴らしい肉体の持ち主だった。

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