#012 『旅の方針』
既に空になった食器を綺麗に片づけてから、椅子に座ってカシュアと向き合う。
『さて、ボクらの旅の目的を再確認しよう。ボクらの最終目標はなんだっけ?』
「カシュアの身体を取り戻す手段を探す事、そして……全ての迷宮を破壊する事」
『そうだね。ボクの身体を取り戻す手段は正直見当も付いていないから、迷宮の破壊を優先してもらう事になる』
腕を組みながらそう言うカシュアに、おずおずと尋ねる。
「なあ、本当に迷宮は破壊しなきゃいけないのか……? 別の方法とかは……」
『残念だけど、迷宮の破壊は絶対だ。勇者亡き今、魔王の復活だけは絶対に阻止しなきゃいけない。奴が生きていた頃に起きた被害については君も良く知っているだろう? もう二度と、あんな悲劇を繰り返してはいけない』
『アルガノー平原の惨劇』を始めとした、魔物の軍勢による蹂躙。被害の大小こそあれど、そういった出来事は世界各地で起きていた。
当時の状況を思い出しながら、小さく息を吐き出した。
「そうだよな。ごめん。甘えた事を言った」
そう言って自分の頬を思い切り叩き、気を引き締める。
俺は、カシュアを一人にしないと決めた。もし、仮に彼女が身体を取り戻したら、一人でも迷宮を破壊して回る道に進んでいくだろう。だから、その時自信を持って隣に立てるように生きていくと決意したのだから。
突然自分の頬を叩いた俺を見てカシュアは少し驚いていたが、少し眉を下げて。
『……君の気持ちも分かる。国家単位で管理している迷宮の破壊は大罪だ。バレてしまえば良くて終身刑、最悪斬首刑と言った所か。英雄に憧れた君にこんな事を頼むのは酷なんだが……でも、ボクを認識できる君にしか頼めない事なんだ』
「ああ、分かってるよ。俺は、カシュアの為に最期まで戦うと決めたからな。今は実力的に無理でも、必ずこの世界全ての迷宮を破壊するつもりだよ」
『……ありがとう。無論、ボクも君を全力でサポートする。だから、信じて付いて来て欲しい』
握り拳を創りながらそう言うと、カシュアもまた、真剣な表情で頷いた。
迷宮を破壊する、という目的については理解している。だが……。
「なあ、迷宮を破壊するって言っても、具体的に何をすれば良いんだ? いまいちそこら辺を良く分かっていないんだが……」
『迷宮を破壊するには、最奥にある迷宮の核を破壊するだけで良いんだ。そうすれば迷宮そのものがゆっくりと崩壊していくからね。……と言えば簡単そうに聞こえるけど、実際はそう簡単に事は運ばない。核を守護する
「
『君が挑んでいたサナボラ樹海で言えば、
カシュアの言葉を聞いて緩んでいた気持ちを引き締める。
ただでさえパラサイト・タイタンボアには散々痛い目を見たのだ。あれよりも苦戦を強いられるとなれば、何度か死に掛ける事も覚悟しておかねばなるまい。
『迷宮の核を破壊した後は、速やかに迷宮から離脱する。そして、冒険者ギルドに特定されない内にその国を後にするのが理想だ。ほとぼりが冷めた頃に再びその国に戻って別の迷宮を潰していく。大まかな流れはこんな感じかな。良い機会だ、レイン君。君はこのライト神教国以外の国についてはどれぐらい知っている?』
「えっと……あまり詳しくないかな」
『なら、この機会に教えておこう。ちょっとこっちに来てくれるかい?』
そう言ってカシュアは額縁に飾られている世界地図の前に立つ。
そして、カシュアは世界地図の中心にある巨大な大陸──本土と呼ばれる大陸の北側へと指を持っていく。
『今ボクらが居る国がここだ。創世の神マギアを崇拝する国、ライト神教国』
ライト神教国から東へと指を持っていき、そこに広がる草原地帯を指す。
『迷宮を拠点に据え、動物を狩りながら移動し続ける遊牧国家、アヤラル』
指が大きく下側に移動し、世界地図の南側、砂漠が大半を占める地帯を指す。
『龍信仰のある、大地と共に生きる国、ナーガ』
そして、本土から外れ、本土の周囲に広がる大海原の中間──巨大な船の絵を指す。
『かつて大災害に遭い、今は海原を移動する水上都市、リベルタ』
海原から指が移動し、東側にひっそりとある小さな離島を指す。
『小さいながらも独自の文化で脅威のスピードで発展を遂げている、
再び指が本土へと戻り、ナーガと呼ばれた国の西側を指す。
『剣闘士を始めとした興行が人気を博している情熱の国、カリエンテ』
そして、指が再び本土に戻り、世界の中心へと指を向ける。
『10年前魔王が住まい、未だ数多くの謎に包まれた闇の都、レーツェル』
一通り国の説明を終え、ふぅと一息吐いたカシュアは、顎に手を添えながら。
『状況に応じて、この七つの国を行き来する事となる。まあ、レーツェルに関してはまだ往来が出来る程整備が整っていないだろうから……基本的にはレーツェル以外の六つの国を旅をしていくつもりだ』
「おお……」
色々な国を冒険。まだ名前を聞いただけだが、既にワクワクしている。
実際は逃走の為に旅をするのだが、それでも期待せずにはいられない。
『と言っても、事を急いても仕方ないからね。君が
期待感にうずうずしているのを見透かされ、カシュアは苦笑いしながらそう言う。
少しだけしゅんとしていると、カシュアは顎に手を添えた。
『しばらくは冒険者ギルドで依頼を受けつつ、君の修行に専念。行けると判断したタイミングでサナボラ樹海を破壊する。その後、別の国に姿をくらます。……そうだな、隣国だし、数ある国の中でも迷宮の管理が甘い『アヤラル』辺りに行くのが良いかもしれない。もしかしたら、あの国の
「しきたり?」
『あそこは遊牧国家でね。自国内に出現した迷宮を転々と移動しながら、周囲に集落を築いているんだ。まあ、国家と言っても、そこまで支配者層の圧は強くないから、実態は遊牧民族のようなものさ』
「遊牧国家……国が移動している、という事なのか?」
『そうそう。国単位が移動し続けてるのは水上都市リベルタも同じなんだけど、リベルタと違って暫くの間は同じ迷宮を拠点に据えるから、そこがリベルタとの大きな違いかな』
国単位が移動し続ける。自分の想像も付かない国の在り方に、胸が高鳴った。
『それで、アヤラルは『族長』が国のトップなんだけど、その族長の座が5年周期で入れ替わる。『汝、武と知と
「へぇ……その試練ってのが俺らの目的と関係してるんだな?」
『そうだ。迷宮が出来てからというもの、どの国もその在り方は大きく変わったからね。昔は族長候補者に指定した魔物の狩猟を依頼し、その成果で決めていたみたいだけど、今は違う。『武と知』を試すのに迷宮の存在はうってつけ、という訳さ』
「なるほど。『武と知』は何となく想像付いているけど、
『族長候補者は、一人だけ冒険者に依頼を出して、ペアになって試練に挑むんだ。迷宮に出現する魔物を圧倒出来るだけの『武』、悪辣な迷宮の罠を回避出来る『知』、そして共に試練に挑むに足る『友』を見極める事こそが、族長に必要な能力だとされているからね』
試練を突破出来る程の実力を持つ者を見定め、その人間と信頼を築くことが出来るかどうかというもまた、族長の器と言う事か。
ただ、その候補者に選ばれるかどうかの判断材料が何か、という話だな。
「と言う事はつまり……」
『ああ、君が想像している通りだろう。君が冒険者として急速に頭角を現していけば、その候補者に指名される可能性が高まる。だから、君には次の【族長の試練】が始まるまでに実績を積んでいって欲しい』
「やっぱりそうか。修行も兼ねてだし、丁度良いな」
指名依頼。Fランク冒険者以上の特権で、ギルドや依頼主から直接依頼を貰う制度。
カシュアに出会わなければ、いつまでもGランク止まりであろう俺に訪れた転機が、早速活かされる時だ。
『さて、旅の方針も固まった所で、早速君の修行を始めるとしよう。準備は良いかい?』
「ああ! 勿論! やる気も十分だ!」
こうして、旅の方針を固めた俺達は、冒険者ギルドへと赴き、迷宮へと挑むのだった。
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