#013 『小さな死神』


 冒険者ギルドで何個か依頼を受注した俺達は、再びサナボラ樹海へとやってきていた。


『今だ、魔力を流し込め!』


「ふっ!!」


『ギシャァァアァ!?』


 目前に迫ったリトルフラワーの触手を斬り払い、火打ち金に叩き付けた短剣が発した火花を魔力で増大させる。

 一瞬にして炎に包まれたリトルフラワーは、そのまま完全に燃え尽きるまでのたうち回った。

 そして、燃え尽きた後、緑色の小石──魔石がポロリと落ち、それを回収して袋に収納する。


『良い感じだね、レイン君。この程度の敵にならもう苦戦はしないだろう』


「……凄いな、魔力が使えるだけでこんなに違うものなのか」


 自分の手を見ながら、感嘆の吐息を漏らす。

 昨日この迷宮に挑戦した時は、少ない手持ちの資金で火を起こす為の道具を買い、それを駆使して何とか魔物を狩っていた。だが、今は火打ち金と短剣だけあれば、それで火花を散らして魔力で活性させるだけで良くなった。あまりにも効率が段違いだ。

 それに加えて。


「というか、なんだ……? 昨日より、身体が軽いような?」


 しっかりとした休息と、きちんとした食事を取れた事も要因の一つだろうが、明らかに動きの精度が良くなっている。リトルフラワーの攻撃も、昨日よりも遅く感じるようになった。

 そんな俺の疑問に答えるように、カシュアが説明する。


『レイン君。なんで修行の場に迷宮を選んでいるのかは分かるかい?』


「え? 依頼も同時にこなせて一石二鳥だからじゃないのか?」


『それもあるね。だけど、一番の理由は迷宮が一番からだ』


「魔力が……濃い?」


 言われてみれば、迷宮内は迷宮外よりもふわふわと浮いている魔力の数が多い。

 正直、今の所ただ宙に浮いているだけで特に意味は無いと思っていたんだが……。

 カシュアはこちらに近寄ると、今の戦闘で触手が掠った時の傷に触れる。


『人間の身体は、外傷を負うと、その傷を塞ごうと身体が魔力を取り込もうとするんだ。魔力の濃度が濃ければ濃い程、魔力を取り込む事で自然治癒の速度は加速していく。そして、取り込んだ魔力は、自分の中にある魔力と、そのまま自分の血肉となるんだ』


 すると、カシュアの説明通り、カシュアの指先から少しずつ俺の傷口に溶けて行って……。

 それに気付いたカシュアはすぐさまバッと俺の傷口から指を離すと、胸の前で腕を抱いた。


『おいおい、ボクを取り込もうとしないでおくれ!?』


「完全に今の俺は悪くないよな!?」


 分かりやすく説明する為にしてくれたのは分かるんだけど、今の自分は魔力の塊で出来ている事をちゃんと理解していて欲しい……。色々と心臓に悪いから。

 怯えているカシュアを尻目に、右目に宿った【純真の魔眼トゥル―サイト】の力を通してふわふわと浮いている魔力の場所に移動すると、そこに傷口を浸すように腕をかざしてみる。

 すると、傷口に魔力が少しずつ入っていき、緩やかだが傷口が塞がっていくのが分かった。

 凄い、ポーション無しでもこんな目に見えて癒えていくなんて。


「おお……」


『君は昨日、死地を越えて生還した。その時に負った傷から魔力を取り込み、一夜明けて君の魔力に馴染んだんだ。だから今、君は身体が軽く感じている事だろう。実際に、君は強くなっているんだよ』


 カシュアの言葉を聞いて、思わず口元が緩む。

 自分が目指す理想には程遠いだろうが、それでも少しずつ近づけている。それが堪らなく嬉しかった。


『歴戦の冒険者が生身の状態で身体能力が高いのはそういうカラクリなのさ。数々の死線を潜り抜け、生き抜いてきたからこそ、その身体に取り込んでいる魔力の量が非常に多い。早い話、死に掛ければ死に掛ける程早く強くなれる。……生き急いでる、とも言うけどね』


「まあ、好き好んで死に掛ける人間なんて居ないよな……」


 強くなれると言っても、死に掛けてる時点で代償がデカすぎる。

 最悪そのまま死んでもおかしくないのだ。そういう無理をするのは極力控えたい。

 冒険者稼業は引き際が一番肝心だしな。


『まあ、土台が出来上がっていないと死に掛けた所で強くなれないけどね。大事なのは日々の鍛錬を継続して、魔力を受け入れる事が出来る器を作り上げる事。例えば、わざと高い所から落ちて大けがを負って、自然治癒させて、みたいな事を繰り返しても意味が無いって訳さ』


「だから魔物との戦闘が一番手っ取り早いのか。魔物との戦闘で技術も洗練させつつ、経験を積んでいく事が大事だと」


『そう言う事。理解が早くて先生も教え甲斐があるよ』


 俺の返答を聞いてカシュアは満足そうに笑った。

 傷口が修復していく様子を見ながら、ふと湧き出た疑問を問いかけてみる。


「……この魔眼の能力が発現したも、魔力を取り込んだのが原因なのか?」


 カシュアと出会う前、俺はリトルフラワーとの戦闘で右目に大けがを負った。逃走の最中にいつの間にか魔眼が発現していたのだが、もしかしたらそれもこれと同じ理屈なのだろうか。


『んー……外傷を塞ぐ上でそういった特殊能力を習得する事については本当に稀な事象だね。世界でも数例しか存在しないぐらい希少だ。後、魔眼については習得出来る人間は限られてるって言われているね』


「習得が……限られてる?」


『例えば、数え切れない程の死地を経験し、あらゆる場面において脳が最適解を導き出せる領域に至った人間には、数秒先の未来を見通せる【予見の魔眼】を。この世の全てを憎み、停滞と不活性を強く願った人間には【石化の魔眼】を……といった風に、様々な資格を持つ者に、自然と発現すると言われている』


「……カシュアは魔眼は大抵ロクでもない、って言ってたよな。【石化の魔眼】のロクでもなさは今の説明で良く分かったけど【予見の魔眼】は便利なんじゃないか?」


 数秒先の未来が見えるって、そんなの戦闘において最強の能力じゃないか。

 相手が不意打ちをしてこようと、それを想定した動きが出来るのは反則級だ。

 と、俺がそんな事を思っていると、カシュアは「ああ……」と気まずそうに笑った。


『それがねー……片方の目はずっと先の未来を見続ける事になるから、別に能力を使いたくない時は片目を閉じなきゃいけなくてね。それで死角が生まれちゃうから結果的に戦闘の邪魔になる、みたいな話があってだね』


「……確かにそう聞くとロクでも無いな……」


 そう考えると俺が手に入れた【純真の魔眼】は強みこそ薄いがデメリットらしいデメリットは無いよな。強力な能力程デメリットも大きくなるのだろうか。

 しかし、魔眼の発現には条件が付いている、か……。


「そうなると、俺はどういう理由でこの魔眼が発現したんだろう?」


『一応お師様も同じ魔眼を持っていたからね。推測は出来ているそうだよ』


「ち、ちなみにどんな……?」


 ゴクリと生唾を飲み込んで、恐る恐る聞いてみる。

 不安そうな俺の表情を見てか、カシュアは悪戯っぽい笑みを浮かべてこう答える。


『『世界で一番素直な人間』に与えられるんじゃないかって言ってたよ』


「は?」


 す、素直な人間? なんだそれ?


『物事をありのままに、自分の信じると決めた物を愚直に信じる。そんなにこそ、この魔眼が発現するんじゃないかってね。世界のありのままの姿を見る能力だから、そういう風に推測してた。お師様も大概夢追い人だったからねぇ……』


 遠い昔を懐かしむようにそう言うカシュア。

 うーん……ろくでもない理由じゃなかっただけマシだと思うべきなのか……複雑ではあるな。


『さて、雑談はこれぐらいにして、依頼を進めて行こう。リトルフラワーの魔石はもう規定数集め終わったんじゃないかな』


「ああ、後は治癒ポーションの材料の『上癒草』を3つ……」


 と、その時だった。

 木の陰から、てんてんと跳ねながら小さな生き物が顔を出す。

 丸っこい図体に、細い手足。妖精と言われても不思議ではない見た目の、弱そうな魔物が視界の先を横断していた。


「なんだ、あいつ……」


『待て、駄目だ! 絶対に気付かれるな!!』


 カシュアが突然声を荒げ、短剣を抜こうとしていた手を止める。

 何事かと戸惑い、彼女の方へと視線を向けると、険しい表情のままあの小さな生き物を睨みつけていた。


『嘘だろう、なんでこんな所に……!! ああ、本当に最悪だ……!!』


 カシュアの表情の険しさは、あんな脅威の欠片も感じない生物に向けるような物じゃなかった。

 ともすれば、パラサイト・タイタンボア以上の──。


『良いかい、あいつは。可愛らしい見た目に反した強さを持つ魔物、通称小さな死神リトルリーパー! 決して殺意を向けるな、奴に捕捉されたら終わ……』


『キュ~?』


 可愛らしい声を上げて、こちらを見上げる不思議な生物──小さな死神リトルリーパー

 びくりと肩を震わし、その生物を見た途端……小さな死神リトルリーパーもまた、恐怖に引き攣った顔を見せる。

 そして──。


「がっ……!?」


 とっと軽い足取りから繰り出された、鋭い蹴りが腹部に炸裂する。

 メキメキメキ、と骨が粉砕する嫌な音を聞きながら、俺は軽々と吹き飛ばされた。

 近くにあった木にそのまま激突し、その痛みに悶絶する。


『奴のランクはD!! いくらパラサイト・タイタンボアを倒せた君でも奴は無理だ!! 意識を絶対に手放すな! 意識を強く持って、すぐに迷宮から抜け出すんだ!!』


 薄れそうな意識の中、カシュアが伝えてくる内容は、今の俺にとってあまりにも絶望的な物だった。

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