#011 『カシュア先生の良く分かる魔法教室』
「ん……」
重い瞼を開け、ゆっくりと身体を起こし、あくびを一つする。
清潔なベッドの上で寝られたのはいつぶりだろうか。孤児院を抜けるまで衣食住は保障されていたが、冒険者になる為に孤児院を抜けてからずっと路地裏生活だったので、こんなに熟睡出来たのは本当に久しぶりだ。
休息をしっかり取れたことで、寝る直前まで感じていた気だるさが殆ど取れて身体が軽くなった。
窓から差し込む日の光の眩しさに目を細めつつ、ベッドから降りる。
『ゆっくり休めたかい? おはよう、レイン君。もう昼だよ』
「うわぁ!?」
突然目の前にふわっと現れたカシュアを見て、思わず腰を抜かしそうになる。
そうだ、俺は昨日迷宮でカシュアに出会って、その後死に掛けたけど何とかパラサイト・タイタンボアに勝って……うん、大体思い出してきたぞ。
心底驚いた俺の顔を見て、カシュアはジトっとした目をこちらに向けてくる。
『うわぁってなんだい。まさか、昨日の事をもう忘れたのかい? やっぱり契約は無し、なんて言わせる気は無いぜ?』
「いや、悪い。カシュア。別にそういう意図は無いんだ。ただ、あまりに現実味が無さ過ぎて……」
『事実は英雄譚より奇なりだよ、レイン君。生きていると、普通じゃない事の方がずっと多いんだぜ』
「そういうものなのか……?」
確かに目の前に幽霊みたいな存在も居るしな、と内心思いながら納得する。
気を取り直して、私物が入った袋を持ち上げる。
「というか昼まで寝てたのか、俺。時間が勿体ないな……。ゆっくり休めた事だし、早速修行を……」
と、その時腹の虫が鳴った。その締まりの無さに少し恥ずかしくなっていると、カシュアはくすりと笑い。
『そうだね、まずはご飯にしようか。どうやらこの宿は個人の部屋に食事を持ち込んでも構わないらしい。食堂から食事を取ってきて、この部屋でゆっくり今後について話し合おうじゃないか』
「食堂で食べながらでも良いんじゃないか?」
『ボクは別に良いけど、傍から見たら一人でぶつぶつ呟いている不審者みたいになるけど大丈夫かい?』
「……ここで食べます」
そうか、カシュアが他の人に認識されない弊害はこういう所にも出るのか。
確かに周囲から変な目で見られるのはちょっと嫌だな……。
素直にカシュアに従い、食堂へと昼飯を取りにいく。
食堂の元気の良いおばちゃん達に挨拶を返しつつ、トレーを受け取った。
部屋への道を戻りつつ、じっとトレーの上に乗る食事に目を向ける。
『うーん、まさか今日の献立がこれとは。間が良いのか、悪いのか』
「……なんか、少しだけ複雑だな」
食堂で渡されたトレーに乗っているメニューは、パンと具沢山のシチュー、色とりどりのサラダに、大きなステーキ。そのステーキ肉の正体が、どうやらタイタンボアの物らしい。
肉汁が滴り、適切に焼き上げられた肉には濃厚なソースが掛けられていて、非常に食欲がそそられるのだが……昨日死闘した相手の成れの果てだと思うと、少しだけ思う所がある。
まあ、昨日倒したパラサイト・タイタンボアは滝壺に沈んでいて、恐らくもう迷宮に吸収されている筈なので、別の個体なんだろうけど。
『味はかなり良かった記憶があるから、安心すると良い』
「……そういえば、カシュアって食事とか取らないのか?」
『こんな身体で取れると思うかい?』
「……確かに」
食事をしようにもまず食べ物を持てないだろうしな……。
「取れないのは分かったけど、腹とか減らないのか?」
『不思議な事に全く減らないんだよねぇ。魔法研究に没頭していた時代にこの体質だったら良かったんだけど。そうすれば時間が許す限り研究し続けられたのに……』
カシュアは口を尖らせながら、少しだけ残念そうに呟く。
やはり歴史に名を残した魔法使いなだけあってそういう思考になるんだな。
そんな会話をしている内に部屋に着いた。テーブルに食事を置き、椅子に座る。
「頂きます」
食事の際は必ず頂く生き物に感謝しろ、と口酸っぱく言っていた両親を思い出しながら手を合わせる。
タイタンボアのステーキを見て一瞬手が止まるも、恐る恐るフォークで肉を刺す。
「ん、うまっ!?」
えいやと口の中に放り込むとほろりと脂が解けた。
だが、その脂はしつこくなくて寧ろさらりとしている上品な味わいだった。
ソースとの相性も抜群で、噛めば噛むほどに味が染み出てくる。
凄いな、あまり良い物を食べてきていなかった俺でもそんな感想が出てくる程美味しい。
夢中になって食べている内に、カシュアが少し羨ましそうな視線を向けてくる。
『美味しそうに食べるねえ』
「まあ、こんなちゃんとした食事も久しぶりだからなぁ。……後で後悔しないように、大切に食べないと」
今は小金持ちになったものの、こんな贅沢を繰り返していればすぐにお金は無くなる。
一口一口味わいながら食べるべきと判断し、咀嚼回数を増やす。
『じゃあ、今後の作戦会議と行こう。と、その前に。君の方から何か聞きたい事はあるかい?』
カシュアが首を傾げながらそう尋ねてきたので、ごくんと肉を飲み込んでから。
「魔法。魔法について教えて欲しい」
幼い頃から英雄譚が好きだった俺は、魔法は憧れの存在だった。
自分もいつかは魔法を駆使して強大な敵を打ち倒してみたいと妄想したものだ。
カシュアは少し呆れたような視線を向けてきたが、一つ咳払いをして。
『いきなり脱線かい。まあ良いさ、時間は沢山ある。君の修行をする上でも習得してもらいたい事だしね。じゃあまずは、『魔力』について教えよう』
カシュアは指を立てると、その指先に光を発し始める。指先に魔力を集めて可視化させているのか。
『この世の万物は『魔力』によって生み出された、という一説がある。自然界にある植物も、ボクらのような生物ですらもその範疇にあるという考え方だね。その魔力を産み出したとされる存在の名はマギア。この光の国、ライトで信仰される神様の名前にして、創世の神と呼ばれている存在さ』
「創世の神……」
カシュアの言葉を聞いて、自分の身体を見下ろしてみる。【
だけど、自分の身体も本当は魔力で出来ている、と言われてもいまいち分かりにくいな。
俺の表情を見て何となく考えている事を察したのか、カシュアは苦笑いすると。
『あくまで一説だからね。身近な所で言うと、昨日君が手にして喜んでいた通貨。あれの名前にもなっているし、想像上の姿が刻印されていたりするね。試しに見てみると良い』
「……本当だ、全然気付かなかった」
そう言われて、袋の中から、1万
これが創世の神マギア……見た目だけでも神々しいな。
『ボクら魔法使いが得意とする【魔法】は、その万物を構成しているとされる魔力を使って、現象を『創造』するという物だ。魔法使いの脳内で現象をイメージして、自身の内部にある魔力と、自然界に存在する魔力を織り交ぜる事で、現象を発現させる。魔法の構築に失敗しない限りは、この世のあらゆる理を無視する事が可能なのが魔法の強みだ』
「……うん、それは迷宮で聞いたから何となく分かる。それで、失敗したらカシュアみたいになるって事だろ?」
『その通り。まあ、ボクの場合は規模が規模だったからね。払わされる制約がデカすぎただけで、本来の制約はもっと緩い。だから、魔法を使う事を恐れなくて大丈夫だよ。むしろ、戦闘を優位に運べるからどんどん使った方が良い』
「分かった」
言われなくても、魔法を使わないという選択肢は俺の中に無い。むしろ、早く習得して戦ってみたい。
内心でワクワクしていると、カシュアがこちらに問う。
『レイン君。君は魔法を使う時って、どういうイメージを持ってるかい?』
「え? ええと、詠唱を紡いで、魔法を放つ物だと思うけど……」
『そうだね。じゃあ、なんで詠唱を唱えているのかという理由については分かるかい?』
「え……? 魔法を使うには、必ず詠唱が必要なんじゃないのか?」
『ううん。別に、魔法を使う上で詠唱は必須条件じゃない。それなのに、一般的に詠唱が使われているのにはとある理由があるんだ』
カシュアはそこで区切ると、何か思いついたのか指を立てながらにやりと笑う。
『じゃあ、ここで問題だ。魔力の消費量を考えないものとして、雨を降らせる魔法と炎の剣を創り出す魔法。どちらの方が構築が難しいと思う?』
「……えーと」
雨を降らせる魔法と、炎の剣を創る魔法……?
どう考えたって、そりゃあ……。
「雨を降らせる魔法じゃないのか?」
『ぶぶー、残念。実は、炎の剣を創る魔法の方が構築が難しいんだよね』
「ど、どういう事だ?」
ばってんマークを腕で作るカシュアに戸惑いの視線を向ける。
天候を変える程の魔法の方が簡単? 魔力の消費を考えないとしても、起こしている現象の大きさからしたら、雨を降らす方が難しいんじゃないのか?
『魔法を構築する時、一番大事なのは現象を創造させた時のイメージなんだ。ボクら人間は、生きている内に必ず一度は雨を見た事があるだろう? 空に雨雲が発生し、そこから降り注ぐ雨をね。明確なイメージが出来ていなければ、構築に失敗してしまうから、見た事がある物の方が構築しやすいんだ』
「……そう言う事か。見た事がある物を再現するのと、本来自然現象としてあり得ない物を再現するのだったら、見た事があって想像しやすい方が構築が簡単なのか」
雨を降らせる魔法は、天候として雨を見た事があるから再現しやすいけれど、炎の剣は一から自分のイメージで作り出す必要がある。だから、そっちの方が難しい、という理屈か。
『正解。詠唱が用いられるのは、言葉として口に出す事で、イメージの補強の役目を果たしているからなんだよ。戦闘中、あれこれ考えながら無詠唱で魔法を行使するのは一流の魔法使いじゃないと難しいからね。強引にでも、イメージをする必要がある時に詠唱が用いられるのさ』
「なるほど……」
長文の詠唱をつらつらと唱えている魔法使いをかっこいいと思ってはいたが、それにはちゃんとした理由があったんだな。
『他に何かあるかい?』
カシュアにそう問われ、脳内で昨日のパラサイト・タイタンボアとの戦いを振り返る。
ふと、掌に灯る赤い魔力を視て、気になった疑問をカシュアに投げかける。
「そう言えば、カシュアはあの時俺に炎系統の適性があるって言ってたよな。その場合って、俺は他の系統の魔法は使えないのか?」
『いいや、そんな事は無い。ただ、基本的に適性外の系統の魔法を習得出来るかどうかは本人の才能による所がある。適性外の系統の魔法は構築しにくかったり、威力がかなり落ちたりしてしまうからね。系統適性が複数ある人間はほんの一握りだけだから、あまり期待し過ぎない方が良い』
「そうか……」
それを聞いて、少しだけ凹む。複数の系統の魔法を同時に運用出来たら戦闘の幅が広がりそうだな、と思っていたのだが。まあ、無い物ねだりをしても仕方ない。あるものだけで勝負しよう。
「でも、なんで俺はあの時炎が出たんだ……? もし他の系統の魔法の適性があった時は水とか雷とかが出てたのかな」
『それには明確な理由がある。君がサナボラ樹海で魔力を放出した時、何か想像していなかったかい? 炎に関連する何かを』
「あ……」
言われてみれば。パラサイト・タイタンボアに追い詰められた時、俺は『アルガノー平原の惨劇』の出来事を走馬灯に見ていた。辺り一面が焼け焦げ、焦土の大地。その景色の印象が、そのまま発露した結果、炎として噴出したのだろう。
『思い当たる節があるようだね。あの魔力の暴発は、君の中にあった強いイメージと、君自身の適性が合致した結果さ。本来はもっとちゃんとした工程を踏んで自身の適性を見極めていくんだけど……状況が状況だったからね。たまたまとは言え、君は非常に運が良かった。炎以外の適性があった場合はあの勝負の結末がどう転んでいたかは分からない』
「……ああ。確かに、運が良かったんだろうな。カシュアに出会えたのも、状況を覆せる手札が整っていたのも、本当に運が良かった。何か一つでも違えば、今ここに俺は居なかっただろうな」
改めて自分の幸運に感謝しながら、最後の肉の一切れを口に放り込む。
『さて、食事も終わりそうだし、また魔法については修行の時に教えよう。ここからが本題だ』
カシュアはそこで話を区切ると、にやりと笑う。
『今後の旅の方針を決めようと思う』
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