光の章

#009 『冒険者ギルドにて』


 七つある国の内の一つ、光の国、ライト神教国。その中心に位置する首都アルター。

 カシュアと共に死線を潜り抜け、サナボラ樹海を抜け出した俺達は、成果物の報告をする為に首都アルターにある冒険者ギルドへとやってきていた。

 その道中、本当にカシュアは俺以外の人には見えていないらしく、ふわふわと浮いている彼女の姿に見向きするような事は無かった。

 俺が冒険者登録をした時に担当してくれたお節介なお姉さんが居たので、彼女に受付してもらう事にした。


「パラサイト・タイタンボアを倒したァ~~~!?」


「えっと、その。はい。これが証拠の魔石です」


 素っ頓狂な声を上げるギルドの職員であるお姉さん。信じられない、という風な眼を向けて来たので、ギルドのカウンターに証拠物であるパラサイト・タイタンボアの魔石を置いた。

 迷宮を出る前、滝壺に落ちた魔石を回収するのには大分苦労したが……何とか回収する事が出来て良かった。

 魔物そのものがデカかったのもあってか、魔石自体もかなり大きく、ゴトリと重厚感のある音が周囲に響いた。

 お姉さんはその魔石を見て、眼の色を変える。それを手に取ってまじまじと観察し、偽物では無いと言う事を確認し終えると、恐る恐る聞いてくる。


「……レイン・シュナイダー君。君って、先日冒険者ギルドに登録したばかりだよね」


「はい」


「……それで、もうEランクの魔物を倒しちゃったの?」


「……えっと、はい」


「そんな、簡単に『はい』で済む話じゃないのよ~~~!!」


『まあ、そういう反応になるよね。普通の人は』


 俺の反応に、頭を抱えるお姉さん。周囲の人がなんだなんだとこちらに視線を向けてくる。この人反応が一々オーバーで面白いな、と他人事のように考えていると、気を取り直してこちらへとずいっと身体を乗り出してきた。


「私、君は絶対にそんな事をしないって信じてるんだけど、一応立場があるから聞くわよ。……他の冒険者からこの魔石を奪ったりはしてないよね?」


「いや、むしろその冒険者に襲われたんですが。迷宮内で冒険者狩りに滅茶苦茶追いかけ回されて、崖から飛んだんですよ。普通に死に掛けました」


「……君、若いのに度胸あるわね……いや、若いからこそ度胸があるのかしら……?」


 正確にはカシュアがそれでしか逃げる道が無いって言われたからやっただけなんだけど。多分俺一人だったら間違いなく飛んでなかっただろうし。あの時カシュアに会って無かったら死んでいただろうな……。

 そんなあったかもしれない可能性に背筋に冷たいものを感じていると、お姉さんは一つため息を吐いてから。


「分かったわ。後で倒した時の状況を詳しく聞かせてね。私が信じても、上が信じないだろうから……。それだけ二つも上のランクの魔物を討伐した事は異常事態なのよ」


「そうなんですか?」


 首を傾げながら問うと、胃が痛いとばかりにお腹をさすりながら、お姉さんが丁寧に答える。


「まず、ギルドが選定したランクの話からするわ。ギルドはね、魔物による被害を少しでも減らす為に厳格な調査の上で魔物のランク付けをしているの。基本的に自分より一個上のランクの魔物には殆ど敵わないってレベルの差があるぐらいのね。それは、ひとえに冒険者が無茶をしないようにするためよ」


「確かに、あいつと戦って一度死に掛けはしましたが……」


「それは今の君の姿を見れば分かるわ。でもね、一つ上ならともかく二つ上のランクともなれば、普通なら死に掛けるってより会った時点で終わり、ぐらいのつもりで居て欲しいの。今回は運良く勝てたのかもしれないけど、次は上手く行かないかもしれない。……君は冒険者になったばかりなんだし、あまり無茶しないで欲しいのよ」


 今の俺は迷宮を抜けてすぐに冒険者ギルドに直行したので血と泥でボロボロの状態だ。治癒ポーションのお陰で大分傷が塞がった物の、まだ生傷が身体中に残っている。そんな俺の姿を見て、お姉さんは痛ましいものを見るように目を細める。

 ふと、一ギルドの職員がここまで気にかけてくれるのか気になったので聞いてみた。

 

「あの……なんで俺の事をそんなに気にかけてくれるんです? 冒険者なんて帰って来ない人が多いでしょうに」


「あのね、レイン君はギルドの従業員をなんだと思っているの? 確かに迷宮に挑みたいって勇む冒険者志望の人は多いわ。けれど、ちゃんと私は一人一人の名前と顔を覚えるようにしているの。冒険者は使い捨ての人材じゃない。国の発展に貢献してくれる、貴重な人材なの。だから、ただの一人も欠けてほしくない。もし死んでしまったとしても、誰かの記憶に残る事が大事だと思うから。……それに」


「それに?」


「私の弟も、君と同じぐらいの年齢なの。だから、嫌でも弟の姿と重なっちゃうのよね」


 なるほど、確かにそれは目を掛けるのも納得が行く理由だな。

 俺は苦笑しながら。


「善処します……」


 とは言った物の、カシュアの願いを叶える上で俺は全ての迷宮を破壊しなければならない。無茶をするなというのがそもそも無理な話なんだよなぁ……。

 一区切りついて、お姉さんはパンと両手を叩いてから。


「取り敢えずお説教はこれぐらいにしましょうか。じゃあ、パラサイト・タイタンボアを倒した時の状況について教えて貰っても良いかしら?」


「分かりました」


 ギルドのお姉さんがパラサイト・タイタンボアの魔石を丁寧に布で包んでから、それを持って別室へと移動する。その後ろを付いていく途中で、静かにしていたカシュアが声を掛けてくる。


『ああ、レイン君。一つ注意だが、君に発現した魔眼については言わない方が良い』


「……なんでだ?」


 ギルドのお姉さんに聞こえないように小声で聞くと、カシュアが答える。


『魔眼は、存在そのものが希少過ぎるからね。どんな能力だろうと、魔眼を欲しがる人間は多い。どこかから情報が洩れれば、最悪、に発展しかねない』


「……えっ」


 淡々とそう言うカシュアに思わずゾッとする。

 顔を引き攣らせていると、カシュアは言葉を続ける。


『それに、情報を秘匿する事で切り札に成り得る。これから先、君は魔物だけでなく人からも追われる立場になるかもしれない。そんな時、君の眼の能力は戦闘を優位に運ぶことが出来るからね。バレない限りは、絶対に公言しちゃ駄目だよ』


 まだ迷宮を破壊していないのでそんな立場では無いのだが、確かに情報は隠しておく事に越した事は無いか。

 小さく首肯すると、カシュアがほっとしたような表情になる。


『安心したよ。君があのお姉さんにデレデレしてるもんだから、情報をボロボロ吐いちゃいそうで怖かったんだ』


「……」


 いや別にデレデレはしてないと思うんだが。見た目とかそういう話をするならカシュアの方が……いや、これを言うと調子に乗りそうだから言わないでおこう。


 別室に連れられた俺は、パラサイト・タイタンボアとの戦闘時の事を、細部をぼかしつつ答えた。カシュアの存在、そして発現した魔眼の事は当然教えなかった。


「一度死に掛けて、そこで魔法が発現。……その後、魔力操作を覚えてその場から逃走。何とか崖際に追い詰めて、パラサイト・ヴァインを燃やし尽くしてから崖から落として勝った、と。……うーん、なんか出来すぎてるような」


「そ、そうでしょうか」


 我ながらかなり無理がある話をした気がする。だが、カシュアの存在とかを抜きにすれば事実をそのまま伝えたから、納得してもらわないと困るんだよな。

 お姉さんは「良い?」と言って、人差し指を立てながら。


「普通、魔法が発現しても使い方が分からない物なんだけど……でも君、一人で戦っていたんでしょう? 指南役も無しに、魔力操作を戦闘中に独学で覚えたってとんでもないわよ。極限状態で何とかするしか無かったとは言え、とても信じられないんだけど……この魔石がある事が何よりの証拠なのよね……」


 お姉さんはパラサイト・タイタンボアの魔石に触れながら悩まし気な声を漏らす。

 じっと魔石を見つめて、少し経ってからため息を一つ吐いた。


「……分かったわ。上には君の証言通り報告する。あんまり今回みたいな異常事態が発生すると、魔物のランク選定のやり直しとかあるんだけど……今回は多分大丈夫だと思うわ。聴取はこれで終わり。じゃあ、次は……」


 と、ギルドのお姉さんが何やら書類を取り出す。


「はい、レイン君。先にこの書類のここの部分に名前を書いてね」


「えっと、これは?」


「正式に、君がFに昇格する為の手続きよ」


「っ!?」


 その言葉を聞いて、思わず目を見開く。

 カシュアと出会う前は早くFランク冒険者になりたいと思っていたが、こんなに早くランクが上がるとは思いもしなかった。


「そんなに不思議? 君はEランクの魔物と遭遇、そしてその魔物に勝利。Gランクの迷宮とは言え戦闘後に単独で帰還、魔力操作も初歩的ながらも習得。十分、Fランク冒険者になる資格はあるわ。……異例の速さなのには変わりないけどね」


 驚いた俺の顔を見て、お姉さんがさも当然とばかりに答える。

 机の下で小さくガッツポーズを作って喜んでいると、カシュアがふっと笑った。


『おいおい、Fランクなんかで満足してもらっちゃ困るぜ。このボクが直々に君を鍛えるんだ、Sランク冒険者を目指すつもりで頑張ってもらわないと』


(Sランクって……)


 S。Aの上に存在する、今の俺にとっては雲の上過ぎるランクだ。

 Aランクですら国に数名しかいないというのに、Sランクともなれば、世界に三人しか存在しない程、その道のりは果てしないもの。

 そんな存在になれと簡単に言うカシュアに苦笑していると。


『英雄を目指すのなら、Sランクにならなきゃ話は始まらない。実力至上主義である冒険者にとって、ランクは絶対の指標だ。後世に語り継がれたいのなら、君もそれぐらいなってみせないと。因みにボクもSランク冒険者だったんだぜ?』


 どやぁ、と腕を組みながらそう言うカシュア。

 かつて彼女は勇者と呼ばれた内の一人。実力も功績も十分だし、当然Sランクだったのだろう。

 改めて彼女が雲の上の存在だったという事を再確認しながら、それでも彼女に一対一ワンツーマンで指導してもらえる幸運に感謝する。

 ずっと何も言わずに固まっている俺を見てか、ギルドのお姉さんは心配そうな顔をして。


「それとも、Fランクに上がるのは止めておく? まだGランクのままがいい?」


「いや、Fランクに上がります。俺、Sランク冒険者を目指したいので」


『おっ』


 彼女を真正面から見ながらそう宣言すると、僅かに眼を見開いてから、口をへの字に曲げた。


「さっき君に無茶をしないで欲しいって言ったばかりなんだけど……」


「す、すいません……」


「でも……そうね。折角なら夢は大きく持たなきゃ。そうやって、夢を口に出す事はとても大事よ。……頑張ってね、レイン君!」


 最初こそ怒られそうな雰囲気だったが、彼女は柔らかく笑って俺を応援してくれた。

 少し気恥ずかしくなっていると、お姉さんが手を差し出してくる。


「私はナターシャ。今後、このギルドでは君の担当を務めるから、よろしくね」


「はい。よろしくお願いします」


 ギルドのお姉さん……ナターシャさんと握手を交わし、書類にサインする。

 こうして、俺は晴れてFランク冒険者となり、冒険者ギルドを後にした。

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