#007 『崖際の攻防』
倒木の合間を縫い、森林地帯を駆け抜けていく。
樹齢の長そうな巨木が倒れていても、今の俺の脚力が強化された状態では軽々と飛び越える事が出来た。
だが、そんな俺をあざ笑うかのように、一直線に木々を薙ぎ払いながら、パラサイト・タイタンボアが猛追してくる。
『ヴォモォオオオオオオオ!!!』
一度は仕留め、捕食にまで至ろうとしていた獲物が挑発しながら逃げているのだ。向こうからしたら溜まったもんじゃ無いだろう。
奴が加速して突っ込んでくるのを、大きく横に逸れて回避する。
『その調子で逃げ続けるんだ。──地形を上手く利用しろ。相手は人型の魔物じゃない。君に出来て、奴に出来ない事。それを理解すれば、自ずと戦い方は見えてくる筈さ』
カシュアの助言にこくりと頷く。
冒険者狩りの男達から逃げていた時もそうだが、複雑な地形を活かせる体躯だからこそ出来る立ち回りがある。
奴は木々を軽々と粉砕する膂力はあるが、急停止や直角に曲がったりなどの動作に弱い。
一度突っ込ませて、奴の周囲をぐるっと回りながら逃げるのが最適だろう。
『見えてきたぞ、少年!』
カシュアが指差す先、俺が先ほど飛び出した崖が視界に入る。
凄いな、魔力によって脚を強化すればこんな距離を軽々と移動出来るのか。
目的地に無事に辿り着けたと気が抜けた瞬間、身体に力が入りにくくなる。
「ぐっ!?」
『危なかったね、魔力操作の弊害だ。これまで使った事が無くて、内部に溜まっていたとは言え、君の魔力量の上限値は大したこと無い。ここまでフルでぶっ飛ばしてきたんだ、ここから先はあまり魔力に頼らない戦い方をするしかない』
「魔力に頼らないって……!」
だが、これ以上魔力を使っていたら今以上に力が入らなくなるのだろう。
そうなれば、戦う所の話じゃない。あの強靭な四肢で軽々と踏み潰され、捕食されてしまうだろう。
その光景を想像し、ゾッとする。頭を振って気を取り直すと、周囲に視線を巡らせる。
「っ、あれか!」
幸いにも、到着してすぐに目的の代物は見つかった。
あの冒険者狩りの男達も荷物と同様に、地面に転がっていた。
だが、生前の面影は殆ど無く、干からびたような死体に成り果てていた。
恐らくは、あの猪に吸い上げられたのだろう。あんな結末だけは御免だ。
「ちゃんと残ってろよ……!!」
袋を拾い上げ、中身をすぐに漁る。この迷宮の地図、予備の短剣が一つ、解毒薬らしきポーション、中身が空になった油の容器に……火打石と火打金のセットが一つ。……これだ!
『よし! 第一関門は突破だ。それを上手く使って、奴の全身を焼き払うんだ』
「でも、この火打石のセットだけじゃ奴の全身を燃やすのは厳しく無いか!?」
『出来ればまだ油が残って居れば良かったんだけど……幸い、君の魔力は炎系統に親和性がある。火を起こした瞬間に、そこに君の魔力を流し込むんだ。そうすれば、火力は一気に跳ね上がる』
「分かった。やってみる」
勝利条件が明確になり、こちらへと迫ってくるパラサイト・タイタンボアに視線を向ける。
俺が手に持っている火打石を見て目の色を変えた奴は、くんっと大きく頭を下げた。
『ッ、少年、気を付けろ!』
『ヴォモォォオオオオオオオ!!』
カシュアが声を荒げる。奴は下げた頭を大きく上方へと振り上げ、その強靭な牙で俺を貫かんとする。
今までに無い行動に戸惑いながらも、カシュアの警告で間一髪バックステップする事で回避に成功する。
だが、代わりに致命的なミスを犯してしまった。
「ッ!」
パラサイト・タイタンボアの口元からこぼれた唾液が、火打石を握る左手に降りかかった。若干の酸性を含むその唾液は左手の皮膚を軽く焼き、その痛みに思わず火打石を落としてしまった。
「しまっ」
『下がれッ!!』
カシュアの声を聞き、回収を諦め即座に従う。次の瞬間、火打石を落とした箇所にパラサイト・タイタンボアの強靭な足が降り注いだ。
ズガン!と地面を陥没させ、地面を揺らす。間違いなく、あの下にある火打石は粉々に砕け散ってしまっただろう。
それを見て表情を歪めると、対照的にパラサイト・タイタンボアは気味の悪い不細工な笑みを浮かべた。
こいつ……!!
「くそ……! 火打石が……!」
『奴の知能を侮り過ぎだ。人間がやってくる手段の大半は理解していると思った方が良いよ。……だが、同時に好機でもあるから落ち着くんだ』
「好機……?」
『まだ、火打金が残っているだろう。奴は、今ので君が火を付ける手段が無くなったと思い込んでいる。だが、それを失ったら本当に詰みだ。どんな事があってもそれだけは放すんじゃないぞ』
「分かった……!」
右手に握る火打金に込めた力をより一層強める。
だが、肝心の着火手段はどうするか。短剣を用いて着火させても良いが、構えた瞬間に奴に勘付かれてしまう。
どうするか悩んでいると、カシュアが助言する。
『奴は頭が良い。それを逆手に取るんだ。──認識を刷り込め、苛立ちを蓄積させろ。そうすれば、君にチャンスが巡ってくる』
そうか──相手がなまじ頭が良いからこそできる事もある。
……カシュアのお陰で良い案が思いついた。やってみるか。
思いついた案を早速実行すべく、駆け出した。
距離を取れば、奴は触手攻撃をしてくる。だから、出来るだけ突進してくるように距離を一定に保つ!
「おるぁッ!!」
パラサイト・タイタンボアの周囲を動き回りながら、抜刀した短剣を振るって傷を増やしていく。
(浅いっ、いやでもこれでいい!!)
筋肉が引き締まっているせいか、弾力のある天然の装甲に弾かれそうになるものの、浅く確かに切り裂いていく。
肉体に刻まれる傷は、致命傷にはなり得ない……が。
『ヴォモォォォオオ……!!』
静かに、パラサイト・タイタンボアの苛立ちが募っていくのが分かった。行動の一つ一つが荒々しく、呼吸の頻度が増していく。
そして、同時に奴の脳に、『突進攻撃をする時は必ず横に逃げる』という行動を刻んでいく。
『ヴォヴォヴォヴォヴォモォォオオオオオオオ!!!!!!』
苛立ちが最高にまで到達したタイミングで、奴は正面から突っ込んできた。
俺もまた、同時に奴に向かって走り出した。
そして、これまで回避の時に取らなかった行動──激突の直前で体勢を低くする。地面すれすれを滑走し、パラサイト・タイタンボアの股の下を抜けるように滑り込んだ。
『打ち付けろ!!』
「うぉるぁあああああああああああああ!!!!」
交差の瞬間、全身の力を火打金を握る右手に集中し、パラサイト・タイタンボアの巨大な牙に打ち付けた。
その衝撃で、宙に火花がパチッと舞った。その一瞬の閃光に、体内の魔力を右手に集中、そのまま放出した。
すると、魔力によって増大した火力によって、パラサイト・タイタンボアの全身を包む蔦が燃え盛り、凄まじい勢いで全身に火が巡っていく。
「燃えやがれッ!!」
『ヴモォォオオオオオオオ!?!?』
まるで馬のように前後に飛び跳ねながら、暴れ回るパラサイト・タイタンボア。
何とか鎮火しようと試みているようだが、身体の構造的に炎を振り払う事が出来ず、全身を包んでいた蔦が焼け焦げ、黒ずんで消えていく。
一度着火した炎は勢いを衰えさせる事は無く、全身の蔦を完全に焼き払うまで燃え続けた。
『ギ、ギィィィイイイイ……』
その時、聞いた事の無い声が聞こえてくる。恐らく、寄生しているという植物型の魔物、パラサイトヴァインの物だろう。その声を聞いて、パラサイトヴァインを完全に焼き払う事が出来たと確信する。
『ヴォモォォオオ……!!』
やがて火が落ち着き始めると、ただのタイタンボアとなった巨大な猪は、尚も激しい敵意を宿しながら、こちらへと突っ込んでくる。
『終いだ、少年! 後は避けるだけで良い!!』
「了解!」
一直線に突っ込んでくるタイタンボアに対し、俺は再び足に魔力を集中させる。
「ふっ!」
強化された脚力によって、軽々とタイタンボアの上方を越える。
パラサイト・タイタンボアとこの場所で戦闘を始めてから、俺は崖際へと誘導していたのだ。
俺が飛んだ位置を勢い良く通過したタイタンボアは、そのまま崖から──。
──飛び出さなかった。
「ッ……!!」
『──少年、まだッ……!!』
カシュアが助言する前に、俺は走り出していた。
予定では、今の突進で完全に崖から落ちている筈だった。
だが、奴は追い詰められた事で想定外の馬鹿力──火事場の馬鹿力をここにきて発揮させた。
後数
だが、追い詰めた事には変わりない。これが間違いなく、勝負の分かれ目。
「勝負だ、猪野郎ッ……!!」
必死に後方に下がろうとするタイタンボアの後ろから突貫した。
身体全部を使って、自身の数倍もある強靭な肉体を押し留める。
酷使した筋肉が悲鳴を上げる。魔力の喪失に伴って身体から力が抜けていく。
生死を巡る、最後の凌ぎ合い。
「こんな所で…………!!」
本来であれば決して敵う事の無かった相手をここまで追い詰めた事を自信に、最後の力を振り絞る。
魔力も、気力も、今俺に持てる全てを奴の身体を押す手と足に注ぎ込んだ。
「負けて堪るかぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」
『ヴォモォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?!?!?』
──巨体が、宙に浮いた。
押し出されたタイタンボアの足は虚しく空を切り、そのまま落下していった。
断末魔が遠退いていき、少し遅れてから水面との凄まじい衝突音が聞こえてくる。
カシュア曰く、寄生型の魔物に寄生されていた影響で奴の内部はズタボロらしい。無防備な体勢で、これだけの高さから落下すればひとたまりも無いだろう。
その光景を最後まで見届けたカシュアは、少し驚いたような表情をしながらも俺の勝利を祝福する。
『お見事だよ、少年。君の完全勝利だ。……本当に、良くやった』
「はぁ、はぁ……本当にギリッギリだけどな……」
地形を利用して戦え。そのカシュアの助言を有効活用し、辛くも勝利を収める事が出来た。
最後の攻防で体力と魔力が完全に尽きたようで、身体に力が入らなくなり、うつ伏せに地面に倒れ込む。そのまま休むのはアレなので、仰向けになると、震える手を空に伸ばす。
「でも……確かに生き残ったぞ」
『ああ。──
伸ばした手を握ると、朗らかに微笑んだカシュアもまた、重ならぬ拳をぶつけた。
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