#006 『覚悟』
燃えるように身体が熱い。いや、実際燃えている。
痛みから来る、神経が訴えてくる熱さと、自分の身体から迸る炎の熱さが全身を蝕んでいた。
だが、その熱のお陰で、パラサイト・タイタンボアを大きく退かせる事に成功していた。
『な、魔法……!? まさか、君、炎系統の魔法が使えたのかい!?』
「いや……使うのは初めてだ」
カシュアが驚きの声を上げるが、俺自身も驚いていた。
元冒険者だった両親は魔法を使っていたが、俺が両親から魔法を教えてもらう前に他界してしまったので、教えてもらう機会は無かった。
勇者レクスに救われてすぐ、孤児院に入ったので学ぶ機会も無かったし。
俺の様子を見て状況を理解したのか、カシュアは一つ頷くと。
『分かった。なら、今の君は身体の内部に溜まっている魔力を放出しているだけの状態だ。……その勢いで放出を続ければ、すぐに力尽きてしまうだろう。だから、まずは弁を元に戻さなければならない』
「弁を元に戻すって、どうやって……?」
『幸い、君が炎を出し続けているお陰で奴は君に近寄れない。一旦、深呼吸をして心を落ち着かせるんだ。魔力は感情によって制御を失いやすいからね』
言われた通り、パラサイト・タイタンボアの動きに注意しながら深呼吸を繰り返す。
すると、内から溢れ出る炎の勢いが徐々に落ち着いていくのが分かった。
『それと、今の君の眼の力を使えば、魔力の流れがどうなっているか良く分かる筈だ。君の魔力を生み出す器官、魔臓からとめどなく魔力が溢れているのが分かるかい?』
そう言われ、自分の身体を見下ろすと、心臓の傍に存在する臓器から、幾重もの線が全身に伸びているのが見えた。
『伸びている線を、短くしていくようなイメージをするんだ。導火線が火で短くなっていく様子を想像すると良い。魔臓へとその線を縮めていけば、その発火現象はすぐに収まるよ』
【
みるみるうちに火は勢いを落としていき、平常時と殆ど変わらないぐらいにまで落ち着いていく。
それでも、パラサイト・タイタンボアはまだ火が残っているからかこちらへと近付いて来ようとせず、少し離れた場所でこちらの様子を眺めていた。
ほっとしたように安堵の表情を見せたカシュアは、おずおずとした様子で俺に聞いてくる。
『その発火現象が収まれば、またパラサイト・タイタンボアは動き出すだろう。……その前に、一つ聞きたい。ボクを、本当に信じてくれるのかい?』
まるで縋るような視線をこちらに向けられ、表情を引き締めながら答える。
「……俺は、俺を一人にしなかった勇者レクスに憧れた。……ここでただ死んで、お前を一人にするのは、俺の憧れを否定する事になる。……だから、俺はお前の為に戦うよ」
そう言って、彼女に笑いかけてから、腰に下げていた袋から一つの瓶を取り出す。
万が一の時の為に、大金をはたいて買っておいた、高級な治癒ポーション。
その栓を抜き取り、中身の緑色の液体を一気に呷る。
抉られた箇所が少しずつ修復され、じくじくと痛み続ける鈍い痛みが引いていく感覚を覚えながら、瓶を放り投げた。
「ああ、本当に最悪な一日だ! ただでさえ赤字なのにこれで大赤字だ! この出費を取り戻すには、格上の魔物でも討伐しない限りは取り戻せないかもな!」
我ながら下手くそな演技だ。だが、俺が伝えたい事は彼女に伝わっただろう。
突然の大声に、眼をぱちくりとさせるカシュア。だが、すぐに意図は伝わったらしく、彼女も笑みを見せる。
『……分かった。これでも死線は何度も潜り抜けてきたつもりだ。ボクが出来る最高、最適解で君を導こう。だから、君はボクを信じて、全力で付いて来て欲しい……いや、こんな言い方じゃ君の覚悟は決まらないか』
少し考える素振りをしてから、カシュアは俺の両肩にそっと手を乗せる。
ただ俺と同様に前だけを見据え──最大限の信頼を委ねる言葉を問いかけてくる。
『少年。──ボクの為に、死んでくれるかい』
「──ああ! お前の為に、死ぬ覚悟はとっくに出来ている!」
内なる恐怖を押さえ、心を奮い立たせるように、短剣を構えながらそう言い放った。
◇
『さっきも言った通り、今の君の実力じゃあパラサイト・タイタンボアは倒す事は出来ない。だから、技術と知識で補う必要がある』
再び動き出したパラサイト・タイタンボアの攻撃を捌きながら、カシュアの言葉に耳を傾ける。
『あの猪はパラサイト・ヴァインという寄生植物系の魔物に寄生されている影響で、見た目からは想像が付かない程に内部がズタボロの状態だ。火を使ってあの猪に寄生しているパラサイト・ヴァインを取り除けば後は君でも余裕で勝てるただの猪に成り下がる』
正面から迫る触手攻撃は単調な物で、戦闘経験の浅い俺でも捌く事が可能だ。
突進攻撃にさえ注意を向けていれば、カシュアとの作戦会議の時間が稼げた。
『問題は、君が魔力の使い方を覚えたばかりという事だ。運よく炎系統の魔法に適性があったとは言え、奴の全身を焼き払う程の魔力操作ともなると、歩く事を覚えたばかりの赤子に急に走れって言ってるようなもんだからね。だから、内部出力じゃなくて外部の要素に頼ろうと思う』
「外部の要素?」
『さっき君に言ったろう、あの猪の餌食になったであろうあの冒険者狩りの男達の荷物を漁るんだ。そこから火を起こす道具を入手し、パラサイトヴァインを焼き尽くす』
「……やってる事は冒険者狩りの連中と同じような」
死んだとは言え、他人の道具を使うのは良心が痛むというか……。
それを聞いたカシュアから、呆れ混じりの声を聞こえてくる。
『おいおい、何を言っているんだ君は。君はこの先、迷宮を破壊するっていう大罪を犯すんだぜ? そもそも、生きている奴から奪うんじゃなくて死んだ人間が落とした道具を有効活用してやるだけさ。ちゃんと使ってやらないと温存された道具も浮かばれないぞ』
仮にも元勇者の発言としてはどうなんですかねそれは。
「その事はまだ完全に了承した訳じゃ──」
『右に飛んで!』
「──ッ!!」
声を聞いて、視線を向けるよりも早く、右に大きく飛んだ。
強靭な四肢が唸りを上げながら数瞬前まで俺が居た位置を通過し、地面を大きく陥没させる。その衝撃に地面が揺れ、体勢を崩しそうになりながらも、奴から距離を取る。本当に危ない、死ぬところだった。
「第一、どこでやられたかとか分かるのか?」
『君が気絶していた時間から奴が現れた時間を考慮して、恐らくは君が飛び出した崖の上だろう。あれだけの図体だ、居たであろう位置は倒れた木々とかを目印にすればすぐ見つかるさ』
カシュアが指を指した方角を見ると、木々が何本も倒れ、視界が開けている場所が見えた。
あいつはあっちの方角から来たのか……それを分かったのは良いが。
「だが、どうやって向かえば良い!? あの怪物と追いかけっことか、間違いなく追い付かれて終わりだぞ!?」
『それこそ今君が会得したばかりの技術の使い所さ。魔力を使って君の脚力を強化する。魔法と違って、そこまで技術を要しないから使ってればすぐに慣れる』
「慣れるって……」
それでも、出来なければ死ぬだけだ。
だから、死にもの狂いで今技術を会得しなければならない。
『さっき収納した線を、今度は足に集中するんだ。そうすれば、今の君の脚力から想像もつかないぐらいの速さで走れるようになるよ』
にやりと笑ったカシュアの言葉に従い、魔臓から伸びる線を足へと集中させる。
魔力の流れが目に映る俺の視界には、足が僅かに発光していくのが見て取れた。
カシュアはそんな俺の様子を見て、満足気に頷く。
『魔力が見えるからか、呑み込みが早いね。うん、ボクが想像していたよりもずっと楽にあいつを倒せそうだ』
「最初はどれぐらいの勝率だったんだ?」
『2割?』
ひっくいなおい。本当に死ぬかどうかの瀬戸際だったじゃねえか。
思わず顔を引き攣らせてカシュアを見る。
『さあさあボケっとしている暇は無いよ! すぐに崖上に向かうんだ! 君の魔力が尽きてしまう前に!!』
カシュアに急かされ、力強く足を踏みしめる。
そして、駆け出した瞬間──。
「うおっ!?」
ぐんっ、と普段からは考えられない程の速度が出て、思わずつんのめりそうになる。だが、すぐに次の足を出して何とか転ばずに走り出す事が出来た。
倒木を目印に樹海の中を駆け抜けていきながら、絶望しか無かった戦いに確かな勝ち筋が見えたような気がして、口が僅かに緩む。
「確かに行ける、これなら……!」
この速度で細かく動き回れば、奴に追い付かれる事は無いだろう。
奴を挑発するように後ろを見て笑ってやると、憤怒を宿した眼光がこちらを捉えた。
『ヴォヴォヴォヴォヴォモォォオオオオオオオ!!!』
──決して逃がしはしない。
そんな意思を宿した瞳を向けながら、逃げ出した俺を追うように、パラサイト・タイタンボアもまた猛追を始める。
俺は決戦の場へと向けて、命懸けの逃走劇を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます