#003 『少女の願い』
俺の言葉に、カシュアの笑顔がぴたりと固まった。
ひくひくと頬を引き攣らせながら、カシュアは青筋を浮かべて問う。
『おい、もう一度聞き返すぞ。……ボクが、一体、何だって?』
返答次第では殺す。そんな殺気が放たれ、ゴクリと喉を鳴らしながらも正直に答える事にした。
「こ、腰抜けカシュア……」
『誰だいそんなふざけたあだ名を付けた馬鹿野郎は!? 最後まで勇敢に戦っただろうボクは!?』
「魔王との最終決戦で一番に逃げ出したって英雄回顧録に……」
『確かにボクが一番最初にあの戦いから脱落したけど!! でもだからってそんな伝わり方は流石に無いだろう!? それに、あれは魔王の奴が反則級だったからじゃないか!! なんだよ見てから魔法を
地団駄を踏みながらそう抗議するカシュアに対し、どう言葉をかけるべきか分からず、思わず苦笑いする。
ひとしきり地団駄を踏んで少しは気が済んだのか、ふん、と鼻を鳴らしながらカシュアは言う。
『……まあいいさ。なんでボクが後世にそんな最悪な伝え方をされてるのかは知らないけど、魔王討伐に参加した勇者であったのは事実だよ。……
『そんな最低な元勇者が何故こんな所に』だとか、『そもそも身体が薄く透けているような』とか様々な疑問が脳内に浮かび上がる。
何を問おうか迷っている俺の表情を見てか、カシュアは指を立てながら。
『今、君はボクに色々聞きたい事があるとは思う。だけど、何を説明するにしてもボクの背景を知らなければ何も話は進まない。だから、まずはボクの事情を知って欲しい』
「……分かった」
真剣な声音で話すカシュアの言葉に、首肯する。
そして、カシュアはゆっくりと語り始める。
『十年前、ボクは魔王との決戦の際──とある大規模な魔法の構築に失敗したんだ。正確には、失敗させられた、というのが正しいかな。その魔法は、決まれば魔王すらも討伐出来る可能性を秘めたであろう必殺の切り札。だけど、それを魔王はボクが魔法を完成させる前に妨害してきたんだ。その結果、ボクはとんでもない代償を負う羽目になってしまったんだ』
「とんでもない代償?」
『そもそも君は魔法失敗の代償って知ってるかい?』
「……知らない」
『おいおい、そんな初歩的な事も知らずに迷宮に挑んでいるのかい!? 命知らずだねぇ、君は! ……所で君の冒険者ランクは?』
「Gランクだけど……」
『……君は冒険に夢を見ちゃうタイプなんだね……』
ジト目を向けられて、遠回しに馬鹿にされている事に気付いた。
だが、実際こうして怪我を負ったり、冒険者狩りに追いかけ回されたりした事で、自分がいかに浅はかな行動をしていたのかを良く思い知っていたので、何も言い返せず黙り込む。
しばらく沈黙がその場を包んだが、気を取り直したようにこほんと一つ咳払いをするカシュア。
『──魔法とは、この世の理を捻じ曲げる力だ。本来の理を捻じ曲げ、現象を強制的に引き起こすこの力には、規模の大小はあれど失敗時に必ず制約が存在する。ボクが行使しようとした魔法は、魔法の中でも最高クラスの魔法だ。妨害があったとは言え、その魔法の構築に失敗してしまった代償は支払う必要があった訳だ。結論から言うと、ボクは代償として死ぬに死ねない身体になってしまった』
たはは、と力ない笑みを浮かべるカシュア。発言の意味が良く分からず、首を傾げる。
「死ぬに死ねない?」
『君、ボクが見えるんだろう?』
「だから、どういう意味なんだ、それ」
初めてカシュアに会った時にも言っていた言葉。
『君には、ボクの姿が見えるのかい!?』という言葉の意味をまだ良く分かっていない。
カシュアの事を不審に思い、眉を寄せる。
『実は、ボクの姿や声は君以外の人間には認知されないんだ』
「……何を、言って」
そう言って、無意識的にカシュアに向かって手を伸ばす。だが、その伸ばした手がカシュアに触れる事は無く、その身体を突き抜けた。
その様子を見て、思わず身体を強張らせる。
『おいおい、少年。レディーに対して急にお触りは良くないんじゃないのかい?』
「お前……身体は?」
『だから言ったじゃないか。魔王の妨害によって魔法が失敗したボクは、その代償を支払った。……元々の肉体を喪失し、魔力の残滓として意識を持ったまま揺蕩う羽目になるという代償をね。それが死ぬに死ねない身体って訳さ』
「……っ」
既にある程度割り切れているのか、淡々とした様子で語るカシュア。
話を聞くだけでも想像を絶する災難だというのに、その心境に至るまで一体どれほどの時間を要したのだろうか。
生唾をごくりと飲み込みながら、恐る恐る問う。
「その状態になってから、どれぐらいになるんだ……?」
『んー、意識を取り戻したのが大体5年前ぐらいかな。それからずっとこのままさ』
「5年!?」
誰にも見えない状態で、5年間も。元々人間だったカシュアは、五年もの間誰にも認知してもらえずにこの世界を彷徨い続けていた。
もし自分がそうなったらと思うと、身震いした。恐らく、平常心ではいられないだろう。すぐにおかしくなってしまうに違いない。
そして、初めて彼女を見つけた時に途方に暮れたような表情をしていたのはそれが理由なのだろうとようやく思い至る。
今でこそかなり明るく振る舞っているが、間違いなくあの時は憔悴しきっていたのだろう。
『もしボクの事を見えるとしたらお師様だけだと思って探し続けていたんだけど……うん、やっぱりそうだ』
カシュアがこちらに近寄ると、頬に手を添えて顔を覗き込む。そして、どこか悲しそうに笑った。
『君、その眼はいつから?』
「眼?」
言われてみてようやく、自分の眼に対して違和感を覚えた。
滝壺に飛び込むまで、灼けるように熱かった筈の右目が元に戻っている。確かに応急処置はしていたが、完治しているのは有り得ない。それこそ高位の回復魔法やポーションがあれば別だが、Gランク冒険者の自分がそんな魔法を習得している訳が無いし、そんなポーションを買えるような金銭も持ち合わせていなかった。
それに加えて。
「なんだ……これ?」
意識していなかったが、いつの間にか視界には、周囲に漂う光のような物が映っていた。その光に手を伸ばすも、その光はカシュアと同じ様にすり抜けるだけだった。
『【
どうやらカシュアは今の俺の眼について知っているらしい。だが、そんな名前の魔眼は聞いた事も無かった。俺のイメージでは、魔眼とはもっとこう……視た相手を石に変えたりだとか、少し先の未来が見えるとかそういう凄い力の筈だ。
カシュアの言葉が本当なら折角魔眼を手に入れたというのに、魔力を視れるだけって、あまりにも能力が地味すぎる……。
一人静かに凹んでいると、カシュアは補足するように。
『その魔眼のお陰で、ボクが見えているんだろう。やっぱり、ボクの仮説は正しかったんだ。……少しばかり、遅かったみたいだけどね』
「……遅かったって、何が?」
「魔眼は、同時期に同じ所有者が現れる事は無い。つまり、ボクが知っていた本来の【
明らかに落胆した様子を見せるカシュア。
その師の存在は肉体を失った彼女にとって一縷の希望だったのだろう。
だが、皮肉にも俺が彼女を認識出来ているという事実が、彼女の希望を失わせる原因となってしまった。
言葉に詰まり、何も言えずに居ると。
『ああ、勘違いしないでおくれよ? お師様の魔眼を手に入れたからって、それは君が悪い訳じゃあない。魔眼なんて大抵ロクでもない代物だし、無いに越した事は無いんだ。それに、君がボクに気付かなかければお師様が死んだ事すら知る機会が無かったかもしれない。むしろ感謝したいくらいだ』
俺の内心を読んでか、カシュアが慰めの言葉を掛けてくる。
だが、カシュアの背景を知ってしまった事で、胸の中の罪悪感は増えるばかりだ。
「……分かってはいるけどさ、それでも申し訳なくは思うよ」
『はー……君は人が良いんだねぇ。……うーん困ったな。こういった手合いの人間は何かしら償いをしないと気が済まないタイプだろうから……じゃあ、こういうのはどうだろうか』
「なんだ?」
腕を組んで唸っていたカシュアは、指を二本立ててみせる。
『そこまで申し訳なく思うのなら、ボクの願いを二つ、聞いて欲しい。勿論、その願いを叶える為ならボクからの協力は惜しまないつもりだ』
「二つ?」
一つは何となく想像は付く。これまでの話からして確定だろう。
だが、もう一つの願いの内容がいまいち想像付かなかった。
『一つは、これまでの話の流れから察せられると思うけど、ボクの肉体を取り戻す手段を一緒に探して欲しいという事。そして、もう一つは……』
そこでカシュアは一旦言葉を止めると、静かに続きの言葉を紡いだ。
『今この世界に存在する迷宮。その全てを、君に破壊して欲しい』
その願いの内容は、この世界において大罪と言える行為だった。
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