#004 『迷宮の真実』
「迷宮の破壊……!?」
10年前、魔王が死に際に残したとされる迷宮。
迷宮からは人智を超えた遺物や財宝が見つかり、平和な時代が訪れたばかりだというのに、それが原因で新たな争いの火種になりかけた。
迷宮から発生する利益を独占すれば確実に戦争に発展する。そう危惧した各国の首脳陣は、世界各地に出現した迷宮はその国の所有物という風に取り決め、細かな法整備を進めていった。
迷宮は、危険性を度外視すればその核を潰さない限り無限に遺物や財宝を生み続ける宝物庫のような物。
そうなれば当然、核の破壊は人類に対して大きな危害を及ぼしかねない異常事態を除き全面的に禁止されている。
そういった背景もあり、迷宮を破壊すると言う事は、その国に対して喧嘩を売るのと同義。
ましてや、出現した迷宮の全てを破壊するという事はこの世界全てに宣戦布告しろと言っているような物だった。
カシュアの願いを聞いて、眉間に皺を寄せる。
「ふざけるな、なんで俺がそんな大犯罪を……!」
『ボクが身体を取り戻したい理由は二つある。一つは、今のような魔力構成体としてでは無く、人間の身体を取り戻し、人として死を迎えたい。誰にも認知されず、ひっそりと死を迎えるなんてごめんだしね』
「それは分かるけど……それが迷宮を破壊する事とどう繋がるんだ」
『皮肉にも、こんな身体になったからこそ気付けたんだ。今のボクは君と同様に魔力の流れを視る事が出来る。迷宮の最深部に存在する、迷宮そのものを構築している核は、地脈を伝ってこの世界のもっと深い所にまで根を伸ばしている。まるで、何かの養分を蓄えているかのようにね』
俺の問いに対して、カシュアが地面に掌を触れながら言葉を続ける。
「養分……?」
『そうさ。植物が根を伸ばし、栄養を吸収しているように、迷宮もまた、死んでしまった人間や魔物を取り込み続けている。迷宮が活動を続ける為の栄養補給をしているという見方も出来るが……5年掛けてボクが一人で調査をしてきて、見てきた全ての迷宮から、吸い上げられた魔力がある一点に集中している事が分かった。だからこそ、断言出来る。迷宮が誕生した由来からも推測出来る事だ』
「まさか……」
迷宮が誕生した由来。
幼い頃から何度も読み返した、英雄回顧録に書かれていたその成り立ち。
と言う事は、つまり。
『そう、迷宮の真の存在理由は、魔王復活の為の祭壇だ。迷宮が存在する限り、いずれ魔王は復活し、世界は再び混沌に陥るだろう。だから、こんな身体で何も出来ないボクの代わりに、全ての迷宮を破壊して欲しいんだ』
予想が的中し、心臓が平静を失い、早鐘を打ち始めた。
魔王の復活。もしそれが本当ならば、確かに絶対に阻止しなければならない事だ。
そして、説明するカシュアの表情は至って真剣だった、けれど。
俺には、どうしてもその行為が許容する事が出来ない。
何故なら俺は──。
「……信用できるもんか。そもそも俺は、勇者レクスに憧れた。名も知らない誰かを助ける、彼のような英雄になりたくて冒険者になったんだ。……英雄とは真逆の行為に加担する訳には行かない」
10年前、俺は故郷と両親を失った。
後に『アルガノー平原の惨劇』と呼ばれたこの出来事で、俺は勇者レクスに命を救われた。
その時に見た彼の勇敢さ、そして強さを目の当たりにして、俺は冒険者を志したのだ。
いつか俺も彼のような英雄になりたい。何もかもを失った俺が、今日まで生きてきたのは、それが原動力となっていたからだ。
俺の言葉に、カシュアは信じられない事を聞いたかのように目を大きく見開いた。
『……レ、レクスに憧れたのかい!? よりにもよって……』
そして、俺にとって最悪とも言える言葉を続けた。
『あの泣き虫で臆病者のレクスに!?』
「────」
──は? こいつは、何を言っているんだ?
勇者レクスが、泣き虫で臆病者?
何を、言って──。
カシュアのその言葉を聞いた途端、頭が沸騰しそうな程の怒りが込み上げてきた。
怒りで声が震えそうになりながら、ゆっくりと口を開く。
「取り消せよ、腰抜けカシュア。……俺は、10年前にアルガノー平原で勇者レクスに命を救われたんだ。勇者レクスは俺にとって最高の憧れで、命の恩人なんだよ。そんな彼を侮辱するような奴に、俺が協力すると思うか?」
もし俺の手が彼女に触れられたのならば、間違いなく掴みかかっていただろう。
拳から血が噴き出しそうな程硬く握りしめ、目の前のカシュアを睨みつける。
大体、魔王との決戦で逃げ出したと伝えられているような奴の言葉に信憑性なんて無い。
俺を騙す為に、自分の事を良く言っている可能性だってある。そもそも、こいつはカシュアなんかじゃなくて魔王そのものの可能性だって……。
煮えたぎる怒りを込めた俺の表情を見て、カシュアは慌てたように手を前に突き出しながら。
『ま、待っておくれよ。レクスは本当に泣き虫で憶病な奴で……彼と旅をしていた時にはそのせいで何度迷惑を掛けられた事か……じゃない、今はこんな話をしたい訳じゃ……。こ、この世界で、ボクを認識できるのは君だけなんだ。君に断られたら、魔王は確実に復活してしまう! 君は真実を知っても尚、拒否するというのかい!?』
彼女は尚も彼の侮辱を取り消すつもりは無いらしい。
一定を超えた怒りは、逆に頭を冷やし──全身に血が巡っていないかのような冷たさが身体を支配した。
そして、彼女に侮蔑の視線を向けながら言い放つ。
「真実か真実じゃないかなんて、もうこの際どうでも良いよ」
『え……』
「俺が個人的に、お前を信頼出来ない。 ──悪いな、他を当たってくれ」
『待っ……』
俺以外に彼女を認識出来る人間は居ない。
そう知った上で冷たく突き放し、彼女から逃げるように早歩きで離れていく。
「くそっ……なら俺は、一体何の為に冒険者になったんだよ……!」
底冷えした感情が、胸中に渦巻く。
『あの泣き虫で臆病者のレクスに!?』……彼女は確かにそう言った。
魔王を討伐した彼を綴った英雄回顧録には、彼が如何に勇敢な人間で、奉仕の心に満ちていた素晴らしい人間であったかが記されていた。
事実、勇者レクスに救われた俺は、当時その姿を目の当たりにしていたのだ。
だが、カシュアは勇者レクスと共に旅をしていたパーティの内の一人。
そんな立場であったカシュアがあの言葉を放った瞬間、そんな彼に憧れた自分すらも否定されたような気持ちになった。
俺の憧れは偽物で、その偽物に憧れた自分はもっと情けなくて。
自分の存在理由が、分からなくなってしまった。
暫くその場で呆けていたらしいカシュアは顔を真っ青にして、すぐさまこちらへと駆け寄ってきた。
『わ、悪かったよ。心から謝罪するよ。今言ったって君のご機嫌取りに聞こえるかもしれないけど、確かにレクスは──』
と、カシュアの言葉を遮るように、ズズン、と周囲の木々が揺れ、木に止まっていた鳥たちが一斉に羽ばたいた。
「なんだ!?」
『おいおい、このタイミングでそりゃないぜ!? ……今すぐに、隠れるんだ』
カシュアが何かに気付いたらしく、声音を低くする。
言われずとも異常な事が起きているのだろうと分かり、すぐに木陰に隠れる。
そして、木陰から一瞬だけ顔を出すと、その姿が視界に入った。
「~~~~~ッ!」
ぬうっと現れたその生物を見て、声を上げなかった自分を褒めた。
蔓が身体から生え揃った巨大な猪の魔物が鼻を鳴らしながら、ゆっくりと歩いているのが見えてしまったのだ。
その足取りを見て、こちらへと確実に向かっている事が分かった。
『パラサイト・タイタンボア……本当にツイてない。あの魔物は“E”ランクの魔物だ。このサナボラ樹海の中でも、一番か二番目に強い魔物だよ。……栄養を際限なく欲する性質上、一度狙った獲物をずっと追跡し続ける。きっと、あの冒険者狩り連中からの逃走中に目を付けられたんだろう』
カシュアが、猪の魔物──パラサイト・タイタンボアをじっと見つめながら冷静に分析を続ける。
『見たところ、今しがた食事を終えたばかりのようだ。魔力量的に、大人が二人程かな……多分だけど君を追っていた冒険者狩りの男達を食べたみたいだね』
こっちは逸る心臓の音を抑えながら息を殺しているというのに、平然とした様子を見せる彼女。
彼女がもし本当に勇者だったのだとするならば、これぐらいの事は日常茶飯事だったのだろうか。
いや、そんなことはどうでも良い。俺は彼女を信頼しないと決めたのだから。
『君には選択肢がある』
じっと、彼女はこちらの眼を真っすぐに見据える。
『ここで何もせずに死ぬか、迷宮を出る為に、あの魔物に立ち向かうか』
歩く度にメキメキと木々が倒れ、踏みつぶされる音が響く。その巨躯に轢かれれば一瞬で同じ事になるだろうという事が容易に想像できた。
かちかち、と無意識に歯が鳴り、若干顔を青ざめながらも答える。
「……立ち向かうしか、無いだろ」
『……そうかい。なら、最初に言っておこう。君一人では、あの魔物には絶対に勝てない』
「……」
『Gランクである君が“E”ランクに該当するあの魔物を討伐するなんて、夢のまた夢だ。天地がひっくり返っても勝てっこないんだよ』
「……それぐらい、言われなくても分かってるさ」
それぐらいは俺にだって分かる。
Gランクの中でも最底辺。冒険者に成り立ての俺は、同じGランクの迷宮ですら死に掛けたのだ。
だと言うのに、目の前に居る猪は、二つも上のランクに属している怪物。
しかも、傷を一切負ってない事から、俺がとても敵いそうにないと思った冒険者狩りの男達でも傷を負わせる事すら出来なかったのだろう。
間違いなく、挑めば確実に死ぬ。でも、逃げる事すらきっと許してくれない。
ならば、立ち向かうしかないだろう。
『だからボクが君を手助けする。ボクの指示通り動けば何とかなるかも……』
「いや、お前の力だけは借りない」
カシュアが助言を提案するが、ぴしゃりと断る。
『え……?』
「俺は、お前を信頼出来ないから」
もし彼女が本物の勇者だったのならば、助言を聞いて戦う事で生き残る道もあったのかもしれない。
だけど、もうそんなのはどうでも良かった。
『いつか勇者レクスのような英雄に』そんなたった一つの生きる理由すら見失ってしまった俺にとっては、絶好の死に場所だった。
『駄目だ! 行くな!!』
危険を冒し、戦う者。
それこそが、冒険者の本懐であり──辿るべき末路なのだから。
俺は木陰から飛び出し、パラサイト・タイタンボアとの無謀な戦いに挑んだ。
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