第11話 事件解決?~盗人にも三分の理?~


結局、あたしたちでチェリ山から木彫りの大熊をとりかえすことに決めた。


小春子がチェリ山の居場所はわかるという。


「スマホにGPSアプリ入ってるから」


まさしく監視対象だった。おそろしい。


ゲンゾーさんには作業場にのこってもらうことにした。


もしもゲンゾーさんに会えば、おとなしく返さないで出演交渉という名の脅しをはじめるかもしれない。


「それにしても昨日の今日で探り当てて、目的どおりに木彫りの大熊をとっていくとは、ことの善悪はおいといてたいしたものだね」


ポーがあきれ半分にチェリ山を評した。もう半分は、なんといってもまだ小学1年生の小春子を気遣ってのことのようだ。


「兄は昔から運だけはいいんです。え~と、兄はこっちのほうにいるみたい」


小春子はグングンすすんでいく。足取りによけいな責任をしょいこんでいる気がした。あたしたちは小春子についていく。


「ねえ、こっちの方向って…」


「ああ…」


あたしがテイラーに言うと、テイラーもうなずいた。


小春子はまっすぐに“神様”、あの奇妙な卵が祀られている洞窟に向かっていた。


「ここ」


小春子は、立ち止まった。


はたしてそこは、洞窟のあるガケだった。


だが、変化が起こっていた。


ガケが崩れて、洞窟があらわになっていたのだ。


崩れたところには、手押し車と木彫りの大熊、そしてたおれている人が見えた。


木彫りの大熊はさすがの重心だからだろうか、横だおれになったりせずに四つ足でちゃんと立っていた。


「お兄ちゃんっ!」


小春子が飛び出していく。


あぶない!ガケがまた崩れて、今度は小春子が下敷きになっちゃう!


なんてことが一瞬頭をよぎったけれど、あたしたちもすぐにあとにつづいた。


ガケを見た感じもう崩れてくる感じがなかったのと、小春子ひとりではチェリ山を運び出すのはムリだ。


なんて、こんな理屈っぽいことはうかびもしなかった。とにかく、みんな助けなきゃと必死だったのだ。


ちかくに行くとわかったが、世紀の大発見に思えたあの卵は真っ二つに割れ、祭壇はグシャグシャに崩れていた。


あたしとテイラーの秘密はあっけなくこわれてしまったのだった。


でも、そんなことを気にしているヒマはない。


みんなでチェリ山をかついで、手押し車にのせると、ダッシュでガケの下から脱出したのだった。




「…うん、だいじょうぶそうだ」


ポーがチェリ山の脈や呼吸を見て言った。


今はガケが崩れても安心なくらいはなれたところに避難していた。


「お、お兄ちゃん、生きてるの?」


「うん、だいじょうぶだよ。ちょっと気絶してるだけみたい。さすがに運がいいね」


ポーが安心させるようにほほ笑むと、小春子は急にボロボロ泣きだした。どうやらホッとしたらしい。


「う…小春…子?なに…泣いてんだ?」


チェリ山がタイミングよく気づいた。


「ば、ばか!バカ兄!」


小春子がチェリ山のむねをボカボカなぐった。


「ううっ、いたいいたい…」


「小春子、今はやめとけ」


うしろからテイラーが止めに入る。くらったから威力がわかるのだろう。


「もう!ほんとなにしてるのっ!バカッ!またみんなに迷惑かけてっ!」


手は止まったが、口は止まらなかった。


「うう…ごめん…。だっておれ、なんの才能もないしさ…。将来考えると、今からでもヨーチューバー目指してみるしかないじゃん…?」


なんだかわりと切実な思いでヨーチューバーやってるみたいだった。底辺ヨーチューバーとか言って、ちょっともうしわけなく思った。


「バカッ!再生数3だよ!ヨーチューバーの才能ないじゃん!」


「小春子ちゃん、お兄ちゃんケガしてるから…」ポーがなだめる。


うわあ…小春子ちゃん、超きびしい。


「だいたいなんであんなところで気絶してるのよ!」


「あっ!」チェリ山はなにやらハッとした。「強盗がいたんだ!」


「は?」


あたしたちは一斉に思った。強盗はお前だろ。


「クマを運んでいたら、怪しい男を見かけたんだ。そいつは自分のフトコロから札束を取り出して、ニヤニヤほくそ笑んでやがった。その時おれにはピンと来たね。ニュースでやってる強盗だって」


たしかに朝そんなニュースを見た気がするが…。


小春子が呆れた調子で口をはさんだ。


「夢でも見たんじゃないの?第一そんなやつどこにいるのよ?」


「夢じゃない!だって…!だから、おれはそいつに突っ込んで」


その時、あたしは小春子のうしろに信じられないものを見た。


クマがいたのだ。


ガケの下にあるはずの木彫りの大熊が、なぜかガケからはなれたところに避難しているあたしたちのすぐそばに移動していた。


「動くな!おまえたち!」


さけぶ間もなかった。


木彫りの大熊を一気にはねのけて、中から男が出てきたのだった。


さっきゲンゾーさんが木彫りの大熊のなかは空洞だと言っていたのを思い出す。


「あっ!コイツだ!」


チェリ山が言ったときにはすでに、一番近くにいた小春子が羽交い締めにされてしまっていた。


「きゃああああああ!」


「騒ぐな!」


男が脅しつける。男はムキムキの体をした若者で、最悪なのは、手にナイフをもっていることだった。


「このクソガキが…!いきなり突っ込んで来やがって!」


男はチェリ山に向かって言った。


どうやらチェリ山は木彫りの大熊をのっけた手押し車ごと、この男に突っ込んで気絶したらしい。


そして、男はついさっきまで木彫りの大熊のなかにすっぽり入ってチェリ山と同じように気絶していたようだ。


でも、なんでわざわざ小春子を人質に?警察に追われているならすぐに逃げたほうがよさそうなものだ。


チェリ山に復讐するためか?


「小春子をはなせっ!」


チェリ山が吠える。その姿はさっきまでの情けない様子とはうってかわって、なんともカッコいい。理想のお兄ちゃんしていた。


「うるせー!お前こそオレの金を返せ!」


男は吠え返した。


ん?金を返せ?


「な、なんのことだ?ご、強盗したのはお前だろ!か、金を返すのはお前のほうだ!」


チェリ山はあきらかにうろたえていた。


「何をいけしゃあしゃあと…!」男は怒りにうちふるえた。「オレはうすれる意識のなかで見たんだ。あのでかいクマの置物…なんだ?あのでかい木彫りのクマは?…まあいい!とにかくあの置物がグワングワンゆれてる隙間から、お前がオレの金をパクってる姿を見たんだよ!」


男の主張はほんとうっぽかった。というのも、チェリ山は言われた瞬間おなかをおさえたから。


テイラーがおさえつけて、ポーがおなかをまさぐった。


「うわー!やめろー!」


チェリ山がさけぶ。理想のお兄ちゃんは一瞬で崩れ去った。


ボトボトボト


チェリ山のおなかから、何本もの札束が出てきた。


一瞬、シンとなった。


…つまりは、こういうことだろうか?


強盗を発見したチェリ山は、男の背後から木彫りの大熊をのせた手押し車で突っ込んで気絶させた。


だが、それは正義感からくる行動ではなくて、男のもっていた札束をうばうためだった。


チェリ山があそこで気絶していたのは、ガケから落ちてきた石でも頭に当たったのだろう。よく見るとチェリ山の頭にはたんこぶができていた。


「…お兄ちゃん?」


男につかまったままの小春子が信じられないという目を向ける。


あたしもポーもテイラーも、チェリ山を一斉に見た。


ゴクリ、とチェリ山のノドが鳴った。


「…えへ、みんなで山分けといこうじゃないか」


チェリ山がなぜか照れたような笑顔で言った。


あたしたちはさすがにちょっと引いた。


「い、いやいや!ちょっともらおうと思っただけだから!ぜんぶじゃないから!」


「バカッ!お兄ちゃん最低よっ!いくらなんでもここまでだなんて…!見損なったわ…!」


小春子はつかまったままで泣き出してしまった。小春子をつかまえている男はあわてていた。


「ご、強盗からもらうんならべつにいいだろ!ぎょ、漁夫の利だよ!」


「バカッ!バカッ!こんなの漁夫の利じゃないわよ!ただのネコババよ!」


「そ、そうだぞ!妹を泣かせるな!」


なぜか男が小春子に加勢した。


「う、うるせー!強盗に説教なんかされたくねーや!」


「その強盗から強盗したお前はなんだ!?オレよりタチ悪いじゃねーかっ!」


あ、ほんとうに強盗だったんだ。もしかしたらチェリ山が勘違いしているだけかもと思ったのに。


「そーよそーよ!恥を知りなさいよ!」


今度は小春子が男に加勢し出した。強盗は小春子の言葉にウンウンとうなずいている。


めちゃくちゃだった。


「…帰る?」


テイラーがもう飽き飽きだと言わんばかりの表情で言った。


「そうだね。チェリ山くん。さっさと強盗さんにお金を返したまえ」


ポーももうめんどくさくなっているようで、適当に言った。強盗さんにお金を返すって。


「へへへ、そうそう。金さえわたせば、かわいいかわいい妹ちゃんを無事に返してやるぜ!…妹ちゃん、ほんとうにすまなかったな。あともう少し辛抱してくれよ」


「お兄ちゃん!はやくお金をわたして!…強盗さん、どういう事情があるか知らないけど、どうか体にだけは気をつけてね」


「ぐすっ…!ありがとよ…!」


短いやりとりだったが、なにやらうつくしい絆が芽生えたらしい。


「くっ…!くそぉ…!ちくしょう…!あとすこしだったのに…!」


チェリ山はものすごく苦しそうな表情で、しぶしぶのろのろと札束をもって、強盗に向かって歩いた。ボロボロと涙と鼻水を流していた。汚い。


ああ、やっと終わるのだと思った。


もうなにがなにやらわからないが、とにかく桜山兄妹には今後関わりたくないと思った。


「はあ、けが人に運ばすわけにもいかねーしなあ…」


テイラーがボソッと木彫りの大熊を見てつぶやいた。


ああ、そうだ。そもそもこの木彫りの大熊をとりかえすというのが目的だった。


ということは、これを作業場まで持っていかなくてはいけないのか。めんどくさい。


まったく、チェリ山め。


ふとチェリ山を見ると、足が止まっていた。

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