第10話 事件進展~灯台下暗し~
ゲンゾーさんに話を聞くと、犯人は犯行現場にもどってくる!という刑事ドラマでなんとなく見た鉄則を信じて、作業場で臨戦態勢をとって待ち伏せていたらしい。
なんの犯人かというと、木彫りの大熊を盗んだ犯人のことだ。
臨戦態勢とは、もちろん幼女向けアニメのお面とチェーンソーだ。
「茂みのなかに伏せってまっておったら人の気配がする。現れた!と思って飛び出したら、その女の子だったというわけじゃ」
正座をして敵意がないことを小春子に信じてもらおうとしていたところに、タイミング悪くあたしたちがやってきたとのことだった。
話を聞いてみたら、なんてことはない勘違いだった。もちろん小春子が木彫りの大熊を盗んだ犯人なわけもない。
やはりコミュニケーションは大事だ。
「じいちゃん…!信じてたぜ…!」
「ばあさんにまた一つ語るべき武勇伝ができたな。ボクも誇らしいよ」
テイラーとポーがあっさり手のひら返しする。
「お前らの目は絶対に忘れんからの。孫からあんな目をされるとは…!次のお年玉は覚悟しておけいっ!」
「えー!」
「不可抗力じゃないか。あんなのだれでも疑うよ」
ゲンゾーさんはふたりの抗議にもツーンとして取り合わなかった。
「まあまあ、ゲンゾーさん。ふたりは盗まれた木彫りの大熊をとりかえすためにやってきたんですよ。許してやってくださいよ」
あたしが助け船を出すと、ゲンゾーさんは「なんとっ!」とおどろき、涙ぐんでよろこんだ。
「おお…!愛しい孫たちよ…!ワシの芸術の価値をようやく理解する家族があらわれたのか…!」
テイラーとポーはすかさずゲンゾーさんをハグした。
「じいちゃん。さっきも俺は家で言ってたけど、あのクマは必ずとりかえしてやるからなっ!」
「任せてほしい。だからこれまでどおりボクたちに接しておくれ。さみしいじゃないか」
「おうおうっ…!おまえたち…!」
涙をせき止めようと目をつむり、空を見上げるゲンゾーさん。そして親指をあげてよくやった!と笑顔を向けてくるテイラーとポーの姿があった。
やはりこのふたりは悪魔の姉弟だ。
ヒマそうにスマホをイジっていた小春子が「あっ!」とおおきな声をあげた。
「どうしたの?」
「コイツじゃない?犯人?」
「えっ?」
あたしたちは一気に小春子のスマホに注目した。
そこにはヨーチューブ動画が映っていた。
あたしと同い年、つまり10歳くらいの男の子がしゃべっていた。
『え~、ギュルンッギュルンッ!どーもー!チェリ山でーす!本日は謎のアニメ仮面系木彫りヨーチューバーゲンゾーの正体を探るっ!ということでね。やっていきたいわけですけどもね。え~、みなさんゲンゾー知ってますよね?そうです!あの登録者数100万人超えにもかかわらず、一体どこのだれなのか、一切情報が出てこない謎めいた人物です!で、す、が!』
チェリ山は興奮した様子で言った。
『実はわたくしことチェリ山がですね、情報を入手してしまいました!というのもですね、おなじ学校のある人物、まあ、コイツは学校の有名人なんですけど、コイツがゲンゾーの作品の木彫りの大熊にまたがってる写真を入手したんですよね~!ということはですよ?そいつの家にゲンゾーがいるんじゃないか?家族なんじゃないか?と思うわけですねえ~!ただですね、直撃してもとぼけられるかもしれません。だから、これを見てください!』
チェリ山はカメラを移動させて、手押し車を映した。工事現場なんかで使われているやつだ。
『え~、これでね、証拠の品である木彫りの大熊をとってきたいと思います!重そうですけど、がんばりますよ!そこからゲンゾーさんと出演交渉なんかができたらいいな~なんて思ってます!それでは続きをお楽しみに!暴露系ヨーチューバーチェリ山でした~。チャンネル登録、いいねお願いしま~す!』
動画は終わった。
短い動画で、予告編という感じだった。
しかし、なんとも言えない動画だった。再生数は今のところ3。言っちゃ悪いが、底辺ヨーチューバーという感じだ。
ほかにもいろいろあるが、あたしはとりあえず「…ゲンゾーさん登録者数100万もいるんだね。すごいね」と言っておいた。
「ふぉふぉふぉ、この前、金の盾が届いての。うれしかった」
ホクホク顔でゲンゾーさんは言ったものだった。ゲンゾーさんは今はお面を頭のうえにずらしている。
テイラーとポーは家族だから知っていて当然だとして、小春子はまったく興味なさげだった。またスマホをポチポチやっていた。ドライだ。
「…テイラーのせいじゃん」
ポーが言って、すでに青くなっていたテイラーがビクッとなった。さっきからテイラーは青くなりすぎだ。だいじょうぶかな?と心配になる。
それはそうと、テイラーが写真をSNSにアップしたことをきっかけに、チェリ山が犯行におよんだのは間違いないようだ。
ポーがため息まじりに言う。
「はあ、不用意に個人情報をアップしてはならないなんて常識だろう?メディアリテラシーないのか?」
「い、いやいや!俺のせいってわけではないだろう!だれかも知らないし、べつにコイツに来てくれだなんて頼んでないもん!」
「それはそうじゃが、リスクのことは考えんとのう。ワシもうかつじゃったわい」
「ゔ…そうだな、たしかにミスったみたいだ。削除しとくよ」
テイラーは残念そうにアカウントから写真を削除した。
「あとであたしに送ってよ」
「え?」
「いい写真だし。ふたりの思い出にはなるじゃん」
あたしがそう言うと、テイラーはまるで見えないシッポでもふっているかのような笑顔を見せた。
「おう!」
かわいい。あたしたちは平和にほほ笑みあった。
じっーと小春子が見ていた。まばたきをぜんぜんしていない。こわかった。
「…浮気?」
「ぜ、ぜんぜんそんなことないよー、小春子ちゃん!いやー、それにしてもお手柄だね!これで犯人はわかったも同然じゃない!ね!テイラー?」
「お、おう!すげえよな!だって、再生数3だぜ?よくもまあ、見つけたもんだよ!」
「…えへへ、わたしすごい?」
「おう!すごいすごい!」
フフン!と小春子は鼻高々だ。あぶないところだった。
「そ、そういえば、ゲンゾーさんは被害届出したの?」
強盗でこそなかったが、どうやら盗まれたのは確実らしい。そうなると警察にたよってもよさそうなものだ。
さらに言うと、木彫りの大熊を人質?にしてゲンゾーさんをむりやり出演させようとしているらしい。これってかなり悪質に思えた。
「う~ん、いや~、出しちょらんし、こんな子供じゃしのう…ちと出しづらいわい」
ゲンゾーさんは人格者だった。
「え~、あまいなあ。こんなやつ刑務所に入れちゃえばいいのに」
一番年下の小春子が言った。
う~む、手きびしい。
「こんなの暴露系ヨーチューバーっていうか、迷惑系ヨーチューバーじゃん。さっきコメントしといたよ。『さっさと返せ!バカ兄!』って」
みんな同時に「えっ?」って言った。
「お、お兄ちゃんなの!?小春子ちゃんの!?」
あたしが聞くと、小春子はなにをそんなにおどろいているのかわからないという顔で「うん、そーだよー」と言った。
「…ほんとだ。コメントしてある」
テイラーがスマホで確認していた。
「チェリ山…なるほど」
ポーがうなずいた。
いったいなにがなるほどなんだ?と思っていると、ポーは小春子に聞いた。
「小春子ちゃん、キミの名字はなんだっけ?」
「桜山だよー」
桜山…桜は英語でチェリーブロッサム…チェリ山。
…なるほど。
チェリ山こと小春子の兄が木彫りの大熊を盗んだ犯人のようだ。
なんて迷惑な、いや、アクティブな兄妹なんだ。
「なるほどのう。兄だからフォローしていて、投稿に気づいたんじゃの」
再生数3の動画に気づいた理由もこれでわかった。
「まあ、監視対象ですから」
小春子ちゃんはクールに返したのだった。
「ほんとにもう、あのバカ兄は一度いたい目にあったほうがいいんですよ」
兄なのに、というか、兄だからなのか、小春子ちゃんはよけいにきびしいようにも感じられた。
「ま、まあ、あのおおきな木彫りクマをひとりで持ってくなんてすごいよ!お兄ちゃんも根性あるね!」
「も?」
あたしはついよけいなフォローをして墓穴をほってしまう。
「ああ、たしかにすごいよな!あのクマ2メーターちかくあったしな」
テイラーが半ば本気で感心して言った。
愛しのテイラーが言ったことで、小春子ちゃんは「そうなんだあ」と言い、彼女のなかで微妙にチェリ山の株が上がったっぽい。
ナイスフォロー、テイラー!
ゲンゾーさんが言った。
「ああ、あれ中身空洞なんじゃ。マトリョーシカみたいにしようと思っての。ちいさい子熊がだんだんに出てきたらかわいいじゃろ?」
…かわいいけども。
「そ、そうなんだ。乗ったけど気づかなかったよ」
「ね…」
台無しだった。小春子ちゃんはスンッと表情をクールにした。チェリ山の株はまた落ちたみたい。
「重心が安定しとるじゃろ?グラグラしたら乗るのに危ないからの」
ゲンゾーさんはほめられたように感じたみたいで、うれしそうだった。この笑顔、プライスレス。
…まあ、チェリ山の株はどうでもいいか。
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