第9話 事件?事案?混乱~いたずらな春の風~


クマとはもちろんゲンゾーさんの盗まれた木彫りの大熊のことだった。


ゲンゾーさんの話を聞いたご家族の反応は冷ややかなものだった。


むしろ『そんなでかい木彫りのクマあっても困るから、持ってってくれてテンキュ!』くらいの空気が流れていた。


ゲンゾーさんはその空気にふれて「クソがっ!雑談配信で老人イジメにあってるって言ってやるからなっ!」とどこまでも若々しい啖呵を切って去っていった。


でも、どことなくその背中はさみしそうだった。


あたしはあのクマの良さも知っている。乗り心地は最高だし、気分がアガる。だから、盗まれたクマを探すことには賛成だった。


「でも、なんでテイラーの顔に落書きしたことの罪ほろぼしが、ゲンゾーさんのクマを探すってことになるんだろう?」


あたしたちはまずは現場検証だということで、ゲンゾーさんの作業場に向かっていた。


「それはね」


ポーが耳打ちしてきた。


「テイラーはナナちゃんと探偵ごっこがしたかったんだよ」


「えー?それならそうと言えばいいのに」


「ふふっ、そこはそれ。男心ならぬ男の子心というやつなんじゃないかな?そう思えばなかなか可愛らしいだろう?」


「う~ん?」


男心だの男の子心だの言われてもよくはわからなかったが、木の枝をひろってうれしそうにブンブンふりまわして先頭を歩いている姿は、たしかにかわいいといえないこともなかった。


「…テイラーとポーって仲良いんだね」


「へ?なんだい?突然」


「だって弟のことかわいいとかいうし」


あんまり歳のちかい弟をかわいいといっている姉は聞かない気がした。あたしの知っている限り、たいてい仲悪そうだ。


「だって、アレかわいいだろ?おおきなワンコみたいで」


「おおーい!ふたりとも何してんだよー!はやくー!」


テイラーはニカッと満面の笑みであたしたちを呼んでいた。


「…やっぱりおおきなワンコっぽいよね」


「ね」


あたしたちはしかたなく走ってテイラーに追いつこうとした。


そうしたら、テイラーはなぜかさらに走りだしたので、結局あたしたちはゲンゾーさんの作業場まで走ることになったのだった。このバカワンコめっ!


「この犯罪者!」


「ご、誤解じゃ!」


作業場まで来ると、とんでもない場面にいきなり出くわしてしまった。


幼女向けアニメのお面をかぶったゲンゾーさんが正座をさせられていて、ゲンゾーさんの前ではなにやら本物の幼女が人さし指をゲンゾーさんに向けてブチギレていたのだった。


あまりにショッキングな絵面にあたしたちは固まった。


とくに身内であるテイラーとポーは一気に顔面蒼白になり、息をするのもわすれているようだった。


「お、おおっ!お前たち…!」


ゲンゾーさんが救世主が現れたとでも言いたげな声音でこちらを向くが、幼女向けアニメのお面では怪しすぎてかばう気も起きない。


「じいちゃん…!信じてたのに…!」


テイラーは泣き崩れた。


「…ばあさんに伝えることはあるかい?きっと最後の言葉になる」


ポーは悲しみをたたえた瞳でゲンゾーさんをジッと見つめるのだった。


「ちょっ!やめろ!祖父をそんな目で見るな!だから誤解じゃって!」


ゲンゾーさんはあわてふためいている。せめてお面をとったらいいのに。


「あっ!テイラー!」


「え?」


こちらに気づいてふりむいた幼女がテイラーに向かって突進してきた。


「ゴフッ!」


スピードをゆるめることなく、幼女はテイラーのおなかに激突した。


「…テイラー。最後の言葉になる。なにか言葉は?」


「姉ちゃん!誤解だ!」


場が混乱していた。もういったい何がなにやら。


「あー!この女っ!このメギツネ!」


「えっ!?あたし!?今度はあたし!?」


幼女がキッとあたしをにらみつけたのだった。しかもメギツネって。そんな言葉を言われる日が来ようとは。


「え~と、テイラー、この子とはどういうご関係なの?」


あたしが聞く。メギツネ呼ばわりされたのだから、それくらい聞く権利があるだろう。


「知らん知らんっ!こんな子知らんって!」


テイラーは今度はブンブン顔をふり、あわてている。


ほんとうか?


男心なんてわからないってさっき言ったばかりだが、なんだか男心というものは信じてはいけないものなのだと思えてきたぞ。


じゃないと今もテイラーの足にしがみついて、あたしをにらみつけているこの女の子の説明がつかない。


この目は嫉妬だ。それも強烈な。


ということは、少なくともこの女の子とテイラーの間にはなにかあったと考えるのが自然なのではないか。


テイラーは大人びて見えるが11歳だ。この女の子は見たところ7歳か8歳くらいだろう。小学5年生と小学1年生との恋といえば衝撃的だが、年の差でいえばたったの3つか4つだ。


大人であれば、ぜんぜん不思議じゃない年齢差だ。


あたしはテイラーのうでにやさしくふれた。そしてできるだけやさしい笑顔を向けた。


「テイラー、はずかしがる必要なんてないんだよ。人が人を好きになる感情がはずかしいわけないんだから。ちょっとくらいの年の差なんて問題にならないよ。むしろテイラーは大人っぽいようで子供っぽいんだから、年下の子ってちょうど良いんじゃないかな?」


「なにをひとりで盛り上がってるんだ!だから、俺はこの子と初対面だっつーの!」


「え?そーなの?」


女の子は短い足を精一杯のばして、あたしの足をふもうとしていた。なんだか大したものだと思ってしまう。根性がある。


「ひどいっ!あんなにやさしくしてくれたのにっ!」


今度はテイラーのことを上目遣いでにらみつけて、ポカポカやっている。


「いたい!いたい!こぶしを固めるなっ!」


ポカポカというよりは、ボカボカくらいの威力はありそうだった。


「お嬢さん、よければキミとテイラーの出会いを聞かせてくれないかな?」


「は?あんただれよっ…ってなに!?王子様がいるわっ!?」


女の子はポーの王子様オーラにやられた。ポーに見つめられてみるみる赤面していく。


「え、え~とですね…あの…えっと…」


「うんうん。ゆっくりでいいよ」


ポーが女の子にやさしげな笑顔を向けた。


…なんだかおもしろくない。


「あれは桜舞い散る季節…」


女の子が語りだした。なんだその語り出しは。


要約すると、女の子の名前は桜山小春子。小学1年生。


ついこの間の小学校の入学式で、学校に生えている桜の木を見上げていたら、いたずらな春の風が(この表現は彼女の表現まんまだ)黄色いぼうしを飛ばしてしまった。


ぼうしは頭上の桜の木の枝に引っかかってしまい、自分では届くはずもない。2メーターはうえにある。


女の子は困った。


そこへさっそうと現れたのがテイラーだ。


なんとテイラーは華麗な三角飛びを披露し、あっさりとぼうしをゲット。


黄色いぼうしを女の子の頭にかぶせて、ポンポンとやって、ニカッと笑って無言で去っていったそうな。


ぼうしだけでなく、ついでに女の子のハートもゲットしたというわけだ。


「もう!もう!さいっこうにカッコよくてぇ!」


「うんうん」


小春子は興奮してしゃべり、ポーはそんな小春子をほほえましく見ていた。やばい。このままだと妹増えちゃう。小春子ちゃんかわいいし。


「テイラー」ポーはキリッとして言った。「責任とりなさい。式はいつでもいいから」


「姉ちゃん、ぜってー楽しんでるだろ…」


「え?姉ちゃん?」


小春子はポーとテイラーの間でふしぎそうな顔をしていた。


「え~と、小春子ちゃん。それでいったいなんであたしがメギツネなの?」


小春子に聞くと、ハッとしたようにスマホを取り出した。


「これが浮気の証拠なんだからっ!」


と、力強く見せつけてきたのは、あたしとテイラーが木彫りの大熊に二人乗りしている写真だった。


「あ、これ俺のアカウントだ」


どうやらテイラーのやっているSNSらしい。よく見ると、あたしの顔にはサングラスのステッカーがはってある。テイラーがちゃんと加工してくれたみたいだ。


それでも、今テイラーのちかくにいる女ということで、メギツネ判定を小春子アイは出したということなのだろう。いや、メギツネじゃないんだが。


そこらへんから誤解を解いていくこととした。


「え~と、まず事実として、あたしとテイラーはなんもないよ?」


「…ほんと?」


うたぐりぶかい目を小学1年生の女の子が向けてくる。


「ほんとほんと。昨日会ったばっかだし」


「なにもしてない?手をつないだり、ハグしたり?」


「…するわけないじゃん。昨日会ったばっかだよ?お姉さんを信じてほしい!」


手をつなぐのもハグしたりもしたが、そういう意味合いでしたわけではないのでセーフだ。あまつさえ、昨日はいっしょに寝たが、それもそういう意味合いじゃないのでセーフだ!


というか、そういう意味合いってなんだ。小学1年生との会話なのに、こっちがはずかしくなってきた。


「…うん!わかった!」小春子はちょっと考えてから言った。「お姉さんの言ったこと信じる!それはテイラーのことも信じるということだから!ね?テイラーは浮気なんてする人じゃないもんね?ね?」


小春子はテイラーの足をぎゅー!と抱きしめて、キラキラとした上目遣いでテイラーの目をまっすぐに見つめた。


すごい。完全にロックしている。肉体的にも、精神的にも。


そもそも浮気もなにも付き合ってないとか言える次元を飛び越えている。


これはもう子供の夢を壊すか、壊さないかの問題だ。小学1年生の女の子にサンタなんていねーよとテイラーは果たして言えるのか?というような。


「お、おう…。俺は浮気なんてしねーよ。ばっか、当たり前だろ?」


「キャー!だよね!だよね!」


はい、言えなかった!


顔面蒼白になりながらも子供の夢を守るチョイスをしたテイラーに乾杯したい気分だった。


ポーもおなじ気分のようで、あたしと目配せして、深くうなずいた。


「コングラッチュレーション」


あたしたちは拍手をした。


まるでテイラーと小春子を祝福するかのように。


小春子は満面の笑みで、テイラーはおよそ新郎には似つかわしくない恨みがましい目をあたしとポーに向けていた。


まあ、許してほしい。


だって、小春子ちゃんは、どうやら写真一枚でここまで乗り込んできた超アクティブな女の子なのだ。


そんなのこわすぎ…いやいや、純情じゃないか!健気じゃないか!


応援しないわけにはいかない。それ以外のチョイスはあたしたちにもないのだ。


「おお~い、ワシを忘れんでくれえ~」


ポツンと取り残されたゲンゾーさんは、まだ正座をしていた。

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