第8話 事件発生~木彫りの大熊強盗事件~


ホラー映画の良いところは、わりと短いところだと思う。


映画が終わったら、あたしたちは歯をみがいて、すぐに寝ようとした。


「いやあ、面白かったね!おやすみ!」


「待ちたまえ、ナナちゃん。今日は屋敷沢家はじめての夜。さみしかろう。いっしょに寝てあげよう」


「ああ、そうだな。俺たちがいつでもいっしょにいるぜ?」


ポーとテイラーはいつまでもあたしのパジャマのすそをつかんで放さなかった。


「え?べつにだいじょうぶだよ」


「遠慮することはない。寝かしつけてあげよう」


「まったく、手のかかるやつだぜ。ま、そこがかわいいんだけどな」


「…わっ!」


あたしがちょっとおおきな声を出したら、ふたりとも飛び上がってあたしに抱きついてきた。


「だ、だいじょうぶかい?ナナちゃん」


「お前は俺たちが守る!」


「…はいはい」


あたしはむりやりホラー映画を見せて、さすがに罪悪感というものを感じていた。


だから、あたしたちはベッドで手をつないで寝ることになったのだった。ちなみに一番最後に寝たのはあたしだった。


しょうがないなあ、と思いつつ、ふたりの寝顔を見ていたら、明日が楽しみに思えてきた。


今朝まで、つまらなくなると思っていた夏休みが、もう楽しみなものに思えてきたのだから、我ながら現金なものだ。


あたしはいつの間にか、ねむっていた。




「おはよう」


目覚めると、一番最初に目に映ったのは王子様オーラを朝から放つポーの顔だった。片肘ついて、あたしの顔をながめていた。


「…おはよう」


寝顔を見られていたのかと思うとはずかしいけど、それをわざわざ言うのもなんかはずかしい。


けど、なにかしら文句のひとつでも言ってやろうかしら、とあたしは口を開きかけた。


「しっ」


口を人さし指でおさえられる。


なんでいちいちこういうことをするのか。指をかみちぎってやろうかと思ったけども、ポーはなにやら目で訴えかけてきた。


ポーが横目でさす方をゆっくり見ると、そこには大口を開けてまだ寝ているテイラーがいた。


ポーはニヤリと悪い笑顔をしたかと思うと、どこからともなくサインペンを取り出した。


まったく、よくやるよ。いくら弟とはいえ、朝からひどい。あんまりだ。


あたしたちは1ターンずつテイラーの顔に落書きしていった。


朝から腹がよじれるほど笑った。いや、正確には、笑いを必死でこらえた。必死でこらえすぎて、ベッドがゆれてしまい、それでテイラーが起きたほどだった。


「ん…地震…か?」


「ぶっほ」


「ごっほ」


ポーとあたしがふきだした。


「んあ…?おはよう…」


「お、おひゃよう…!」


「はよう…!」


「?」


テイラーは朝は弱いらしく、目が半分開いていない。


まったく、かわいいやつだぜ。




あたしとポーは先に下におりて、朝ごはんを食べた。


今日の朝ごはん当番は透子さんだそうで、シリアルと梨だった。


「梨むくのがんばったんだ~、ほめて~」


透子さんが言ってくるので、みんなでほめた。


テレビで朝のニュースがやっていた。それを見て透子さんがちょっと解説してくれた。経済的なニュースなんてだれが理解しているんだろう?と思っていたが、ちゃんと理解している人がいたことがおどろきだった。


次に強盗のニュースがやっていた。


「最近多いね。あら、近いじゃない。へー、すごい数の警察が追ってるのねー。あんたら気をつけなさいよー、どう気をつけたらいいかわかんないけどー」


ユッコさんがヴィヴィにミルクをあげながら適当なことを言っていた。


そこへいきなり、ガラッ!スパンッ!と引き戸をぶつけるくらい強く開けて、ゲンゾーさんが入ってきた。


「どうしたの~?お父さんはシリアル嫌いでしょ~?いるの~?」と透子さんがめんどくさそうに立ち上がった。


「い、いらん!それどころじゃない!強盗!強盗が入ったんじゃ!」


ゲンゾーさんは息を切らせて言ったのだった。


「ええっ~?うそ~?どこ~?」


「もうおらんわっ!」


ゆっくりめな透子さんのしゃべりに、食い気味にゲンゾーさんは言った。


ちょっとホッとする。強盗がもしすぐちかくにいるとなったら、朝ごはんを食べている場合ではない。


「じゃあ、なにか盗まれでもしたのかい?」


ポーが聞くと、ゲンゾーさんは重々しくうなずいた。


「クマが盗まれたんじゃ…!」


え?クマってあの?昨日テイラーと乗ったおおきな木彫りのクマのこと?


「クマ~?なにそれ~?」


透子さんはあのクマを知らないようだった。


というか、あたし以外みんな知らないようで、みんなの頭には、はてなマークがうかんでいた。


「話は聞かせてもらった!」


そこへ響く声があった。テイラーだ。


「じいちゃん。あのクマはいいクマだ。盗まれたとあっちゃあ放っておけねえ!俺に任せてくんな!」


大見得を切ってテイラーはみんなの前に姿を現した。


顔は落書きだらけだった。


「…テイラー、気持ちはうれしいんじゃが、とりあえず顔を洗っておいで」


「え?なんだよ、じいちゃん。時間がもったいねえよ」


「いいから行ってくるんじゃ!」


なぞに強い調子で言われて、テイラーはしぶしぶ顔を洗いに向かった。


「まて、テイラー!」


「なんだよ?行けって言ったり、まてって言ったり…」


ゲンゾーさんはものすごくやさしい口調で言った。


「ありがとよ。ワシはお前を誇りに思う。いつでも、お前の味方じゃよ…!」


「う、うん?そう…?」


テイラーは洗面台に向かった。


10秒後、テイラーの叫び声が聞こえた。


まったく、ひどいことをするものだ。


あたしとポーは罪の意識からか、顔を上げられなかった。ポーがあたしのうでを突っついてくるので、あたしも突っつきかえした。あたしたちはこらえきれずにふきだした。




テイラーには梨をあたしとポーから一個ずつあげて許してもらった。


ムスッとしていたが、梨をほおばっているうちにみるみる機嫌が良くなっていくのがわかった。


朝ごはんを食べ終わって、あたしはお風呂そうじをした。


ポーに洗う用のスポンジや洗剤のありかを教えてもらったら、ついでだからとポーは手伝ってくれたので、すぐに終わってしまった。


「次の当番はなにかな?」


家の仕事は当番制のようだった。つまり、いろいろ仕事が変わるのだ。


「そうだね…。ナナちゃんはネコが大好きだから、ネコのお世話なんてどうだい?」


「やるっ!」


あたしはすぐに返事をした。


「ふふっ、良き返事だ。だけど、ネコのお世話は実はなかなか過酷だよ?覚悟はできているかい?」


「だいじょうぶだと思う…!ネコのお世話するのずっと憧れてたから…!」


あたしは興奮をおさえきれずに言った。


「それなら安心だね。じゃあ、明日からやってもらおうかな」


「うんっ!」


「まちなあ!」


テイラーが急に現れた。壁に背をあずけてうで組みをしている。あたしたちをまっていたようだ。


「明日から一週間、ネコのお世話は俺の役目だ!」


「そうか。なら、テイラーに教わるといい」


ポーがにこやかに言う。


「テイラー先生!お願いしまっす!」


「お、おお…?お前、ネコのこととなるとテンション変じゃないか?」


テイラーが戸惑うが、気を取り直して言った。


「お前には教えてやらん!」


「ええっ!?な、なんで?」


「おいー、イジワルすんなよー」


テイラーのワキをポーが手刀で突き刺す。


「ちょっ!それ、いたい!やめ、やめろー!」


テイラーがうでをふりまわして怒った。


「うわっ、びっくりした。なんだい?反抗期か?ちょっとはやくないか?」


「これだけやられてりゃグレたくもなるわ…!お前ら、今朝したことを忘れたわけじゃあるめえ!」


「あるめえって…ねえ?」


ポーに目配せされる。


「ねえ、梨あげたじゃんねえ」


「ばっか!あんなんで許されるわけないだろ!お前らの罪は海よりも深いのだ!つぐないが必要なのだ!」


テイラーはなにやら盛り上がっていた。


「えー」


「えー」


反対に、あたしたちは冷めていた。


「え?そんな感じ?もうすこし乗ってきてくれてもよくない?」


テイラーがしょぼんとする。


まったく、最初に会ったころのシベリアンハスキーのイメージを返してほしい。これではポメラニアンかチワワだ。


「いったい何をしたらいいんだい?」


ポーがため息をついて聞く。


テイラーはパアっと顔を明るくして言った。


「うむ!クマを探しに行こう!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る