第7話 真夜中のアイスパーティ in 秘密基地


「くそっ!これだから女はいやだぜ!速攻で裏切りやがって!」


テイラーがひとりグチっていた。


テイラーが屋敷沢家では男の立場が弱くて困っていると言っていたが、なるほどこういうことだったのか、と思った。


かわいそうに。こういうふうにやればいいのか。


でも、シベリアンハスキーみたいにおっかない外見のテイラーがコロコロ転がされているのは、正直かわいくもあった。


あたしがお皿を洗ったあと、ユッコさんがお風呂に案内してくれた。


「はい、これタオル。シャンプーとかボディソープは何本もあるけど、好きなの使っていいからね」


広いお風呂だった。手足を大の字にのばしてもぜんぜん余裕だった。ちなみにお風呂そうじは明日でいいとのことだった。


お風呂をあがって、歯をみがいて、髪をかわかした。髪をかわかすのは、ポーが手伝ってくれた。


「べつに一人でできるよ?」


「いいんだ。女の子の髪の毛はサラサラしているから、乾かすの好きなんだ」


いったい何人の女の子の髪を乾かしてきたのだろうか?


まあ、うれしそうにしているから、べつにいいけど。ちょっと照れる。


「…そういえば、ポーって何歳なの?」


「12だよ。小学6年生」


「えっ!?」


少なくとも中学生だと思っていた。


「…なんで学ラン着てるの?」


「似合うでしょ?」


それはそうだな、と思った。こんなに学ランの似合う人は見たことがなかった。


ありがとうとおやすみなさいを言って、あたしは自分の部屋である屋根裏部屋に向かった。


ちょっとワクワクする。


さっきは気づかないうちに寝てしまったけど、秘密基地みたいな場所で寝るのはちょっと冒険してるみたいな気分になる。


だけど残念、寝れなかった。


さっき寝すぎたみたいだ。仕方がないから目を開けた。


目の前に、ホッケーマスクをかぶった男がいた。


「うわあああああああ!」


「ぶしっ!」


あたしは叫ぶとともに、ぶん殴った。男は変な声をあげて、のけぞった。


「な、な、な、な、な!」


逃げ出そうにも、腰が抜けてしまって立てなかった。ピンチだ。


「だから言っただろ。奇をてらうんじゃないって」


男のうしろから声がした。目を向けると、ポーだった。


「へっへっへっ!さっき裏切った復讐じゃ!」


男はホッケーマスクを外した。テイラーだった。


鼻血が出ていた。


あたしはとりあえず枕元にあったティッシュをさしだした。


「え?なに?」


「…鼻血でてる」


「うおっ!マジだ!」


テイラーは大急ぎでティッシュを鼻につめた。


「…で、なに?」


あたしは頭にきていた。というか、ちょっと半泣きだった。


たしかにテイラーの言ったとおり、さっきの団らんでテイラーをみんなでイジったのはよくなかったかもしれない。


けど、本当にこわかった。


こんな夜中にわざわざおどかしにくるということは、やっぱり本当には歓迎されていないのだろうか?と不安にも思った。


「ごめんね、ナナちゃん」


ポーがあたしと同じ目線になるようにひざまづいた。


「さっきたくさん寝ていたから、もしかしたら眠れないかと思ってさ。そこで、よければなんだけど…」


「アイスパーティしようぜ!」


テイラーが明るく言った。


「アイスパーティ…?」


なんだその気になるパーティは。


「そう。眠れない夜はコレ!」


ポーが巨大なアイスカップを3つどこからともなく取り出した。


「バニラ、チョコ、ストロベリー。どれがいい?」


「…ストロベリー」


「俺、チョコ!」


「じゃあ、ボクはバニラだね。もちろん途中で交換も可だ。じゃ、ちょっとお邪魔するよ」


ポーとテイラーがベッドにのりこんできた。


「ちょ、ちょっと…!」


あたしは一人っ子だから、だれかとベッドを共有することになれてなくて、あわてているうちに、テイラーとポーにはさまれていた。


「はい、スプーン」


「えっ、あ、ありがと」


ポーに大きめのスプーンをわたされる。


ふたりはカップのフタを開け、むしゃむしゃとベッドのうえでアイスを食べ始めた。


なんというか、深夜、寝る前、ベッドのうえ。しかも、となりにはきれいなのがふたりもいる。


…禁断な感じだ。


良いのだろうか?許されるのだろうか。


「あれ?食べないの?」


「…食べるし」


ポーに聞かれてあたしもアイスのフタを開けた。


というか、気安く話しかけないでほしい。あたしはまだ怒っているのだ。


アイスはピンク色の表面が月光に照らされて光っていた。


あたしはスプーンをさし入れた。


サクッ


見かけよりもあっさりスプーンが入る。


スプーンいっぱいに取れてしまった。山盛りだ。


「へえ」


テイラーがなぜか感心したかのような声をあげる。食べられるものなら食べてみろよ、という挑発にも聞こえた。


あたしはその山盛りのストロベリーアイスを一口でいった。


…禁断の味だった。


「…んまいっ!」


すくなくとも、夜寝る前に食べるものではない。刺激が強すぎて、目が開いてしまう。


「悪魔の姉弟め…!」


あたしは月明かりに照らされてニヤニヤ悪い笑顔をうかべているポーとテイラーをにらみつけた。


「ふふふ、もうもどれないね」


ポーがあたしの肩に手を回してくる。その手はあくまでもやさしくあたしを引き寄せた。


「かわいいかわいい妹ちゃん。大切にしてあげるからね」


ポーがあたしの髪にキスをした。まあ、さっき乾かしてきれいにしてくれたからいいけど、やっぱりちょっとドキッとした。


「ヴィヴィがいるじゃん」


「かわいい妹は何人いてもいいのさ」


ポーはいっぱい妹いそうだと思った。


「いや、ナナには弟の素質があるよ」


テイラーがあたしの頭をわしづかみにして言った。


「弟の素質ってなんだ?あたしは女だぞ」


「まあ、そう硬いこというなよ。今日いっしょに遊んでみて思ったんだけどさ、すげー楽しくなかった?俺はすげー楽しかったんだけど?」


「…楽しかった」


あたしは素直に言った。やっぱりさっきイジったのはすこし悪いと思っていたのだ。


「だろ?」


テイラーはニカッとうれしそうに笑った。


「お前には弟の素質がある」


テイラーはあたしの頭をグシャグシャとなでた。


せっかくポーがきれいにしてくれたのに、めちゃくちゃだ。


「もう!やめてよ!」


そんなことを言いつつも、ふしぎといやな感じがしなくて、あたしはニマついてしまっていた。


「ふふ、弟でも妹でもナナちゃんなら大歓迎だよ。さて、どうしよっか?映画でも見るかい?」


ポーはどこからともなくパッドを取り出した。


「うん!」


またもあたしにとって抗いがたい提案だった。


映画好きなのはもちろん、夜中に秘密基地みたいな部屋で友達とワイワイキャッキャしながら映画を見るというのは、憧れのシチュエーションだった。


「どんなの見る?」


テイラーがパッドをのぞきこみながら言った。


そんなのもちろん決まっている。


「ホラー」


こういうシチュエーションでは、ホラー映画をみんなで見て楽しむのが定番だろう。


「えっ?マジか?なんで?」


ところがテイラーは気が進まないようだった。


「ナナちゃん、ボクはラブコメなんかが良いんじゃないかな?と思うよ。ほら、寝る前だし」


ポーも心なしか肩を抱く手に力が入っていた。


「そうそう!寝られなくなっちゃ大変だもんな!いや、俺らじゃなくてナナがな!」


テイラーがおおきくうなずいた。


「…うん。ホラーね。決定ね」


あたしは勝手に操作して、オススメに出ていたホラー映画を選択した。


「ああ…、始まってしまった…」


「姉ちゃん、なんでこんなことに…」


ポーとテイラーはすこぶるホラー映画が苦手なようだった。


ふたりの名誉のために細かいことは省く。


けど、その夜の映画体験はこれまでで最高に愉快なものだった。

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