第6話 一家団らん
家に着くとユッコさんが部屋に案内してくれた。
「この部屋か屋根裏部屋どっちがいい?」
あたしは12畳はある広い一人部屋を案内されていたが、即決した。
「屋根裏がいいです!」
ユッコさんはうなずいた。
「わかる。わたしも子供なら絶対そうした。ちなみにネズミとかも出ないし、ここらの地域は夏でも夜は涼しいから安心してね」
案内された屋根裏部屋にはベッドにソファ、テーブルと本棚があって、さらにはハンモックまであった。
屋敷沢家は和風と洋風が混ざったようなふしぎな家だった。屋根裏部屋は洋風ぽい。
屋根裏部屋は秘密基地みたいでとても気に入ったのだった。
それからお昼ごはんを食べた。
ポーもいて、ウインクしてくる。
あたしも返そうと思って両目をつむってしまった。ポーが含み笑いをする。それがなんだかふたりだけの通信をしたみたいでうれしかった。
ユッコさん、ポー、透子さん、ヴィヴィ、ゲンゾーさん、テイラー、トラ子さん、ミナモさん、そこにあたしが加わって、お昼を食べた。人間はカレーを食べた。
「ばあさんがいるんだが、今は海外旅行に行っとる」とゲンゾーさんは教えてくれた。
「あとクロエっていう黒猫ちゃんがいるよ」とポーが教えてくれた。
それは楽しみだ!
ご飯を食べ終わって、テイラーに案内されて歯をみがいた。
それから荷物をほどいて整理していると、急にねむくなって一瞬横になった。
あたしはいつの間にかねむってしまっていた。
起きたら夜中だった。
他人の家で一人、ポツンと静かだった。
どことなくさみしい気分になる。
天窓を見ると、ちょうど月が見えた。
今日は三日月か…あれ?
月が歪んだ。半月になったり、ゆれる液体みたいにぐにゃぐにゃ形を変えた。
「グホッ!?」
なんだ?と思っていると、急に月からなにかがふってきて、あたしのおなかに落ちた。
「アオアーオ」
それはあたしの腹のうえにしっかりとした四本脚で立っていた。
黒猫だった。
「も、もしかして、クロエさん…?ぐふっ」
「アオン」
クロエさんらしい黒猫はトラ子さんよりも大きかった。しかし、デブネコちゃんではなかった。なんというか、骨太でがっしりしていて、筋肉質だった。肉食獣を思わせる黒猫ちゃんだった。
ただものではない…!あたしはゴクリとつばを飲んだ。
胸が高鳴った。
「ふっ…!」
クロエさんはあたしのおなかからむねに歩をすすめた。むねが苦しい。恋?
クロエさんは上からあたしを見下ろして、じっーと見つめていた。
背後の窓には満月がうかんでいた。クロエさんは天井近くの梁のうえでずっと寝ていたらしい。クロエさんの黒いからだとかぶって、月が歪んで見えたのだ。
クロエさんはまるで品定めするかのようにあたしの顔をフンフンフンと嗅いだ。
あたしはこんな美しい獣に食べられて死ぬなら良いかもと寝ぼけた頭で思った。
「クロエ」
暗闇のなかで声がした。
横を向くと、むらさき色の瞳がこの屋根裏部屋に通じる階段のそばに立っていた。
ポーだった。
「ア~オ」
「ぐへぇ!」
クロエさんはあたしから飛びおりて、ポーの足元に寄っていった。
「…猫使いめ、うらやましい」
「ふふ、お腹空いてない?」
ポーが月明かりを浴びて微笑んだ。
まるで童話に出てくる王子様のようだと思った。
あたしは急に空腹を覚えた。
「…空いた」
「じゃ、下においで」
ポーは明かりをつけた。まぶしい。
「ん」
ポーはあたしに手をのばしていた。あたしはおずおずと手をのばした。
「ん、ってうわっ!?」
あたしが手をつかむと、意外なほどの力で引き起こされた。
「あ、ごめん。ボクよく馬鹿力って言われるんだよね」
「そ、そうなんだ」
「アオアーオ」
クロエさんが階段の手前で呼んでいたので、あたしとポーはさっさと下におりることにした。
夕食はから揚げだった。
「ナナちゃんの好物なんでしょ?」
「え?うん」
ポーが食事の用意をしてくれて、今はテーブルの向かいのイスに座っていた。
ほかの人はもう食べたみたいで、あたしだけが食べている。
居間にはテイラーとユッコさんとヴィヴィと透子さんがいた。テイラーと透子さんはゲームをしていて、透子さんが1ミリも大人気のないプレイでテイラーをボコボコにしていた。
他人の家でひとりだけご飯を食べているのはちょっと居づらい感じがした。
「…起こしてくれてもよかったのに」
「よく寝てたからね」
「でも、みんなで食べなきゃ的なルールとかないの?」
「ん?」
「お昼はみんなで食べてたから」
「ああ、べつにそんなのないよ。単にみんなで食べたら用意したり片付けたりするのは効率的ってだけ」
「ふ~ん」
じゃあ、いま非効率なのでは?と一人で食事をしてしまっているので思った。せめてはやめに食べて皿も自分で洗おう。
「おいしい?」
「うん。おいしいよ」
ポーが聞いてくるので、すなおに答えるとポーはうれしそうな顔をした。
「へへ~、それボクが作ったんだよ」
「…そうなんだ。味わって食べていい?」
「あはは、どうぞどうぞ」
王子様がせっせせっせとから揚げを作ってくれたかと思うと、ありがたい気がした。
「皿は自分で洗うからさ」
「おっ!お皿自分で洗える?」
「うん」
「洗濯は?」
「うん?できるけど…?」
「掃除機使ったことは?」
「よく使うよ」
「お風呂掃除やトイレ掃除の経験は?」
「あるよ」
「料理なんかもできる?」
「まあ、かんたんな炒めたり、茹でたりくらいは」
「いいね!当然、お米も研げるよね?」
「うん。…これなんのアンケート?」
いつの間にかポーはメモ用紙とペンを手にもっていた。
「ふふん。ナナちゃん、キミはけっこう気を使うタイプと見た!」
いつの間にかユッコちゃんたちもこちらを見ていた。急に注目されていて、あたしは戸惑った。
「そこでだ!これはあくまでもキミのためを思っての提案なのだが、家事を分担してみないか?そうしたら、気を使わなくて済むんじゃないかなって思うんだよね!」
「なるほど。いいね」
あたしはあっさり提案を飲んだ。
ポーに言われたとおり、そっちのほうが気が楽だと思った。
「よっしゃ!楽になるぞー!」
「いえーい!」
ポーがこぶしをつきあげ、テイラーたちはヴィヴィを優勝カップのようにかかげてヴィヴィの小さな足にタッチしていた。ヴィヴィはムスッとしていた。
「ほんで、なにしたらいいの?」
「まあ、楽なのからってことで、お風呂そうじからでどうだい?」
「あっ!姉ちゃん卑怯だぞ!自分の当番じゃん!」
「ふむ、テイラー。お前の当番はトイレ掃除だが、いきなりナナちゃんにトイレ掃除をさせるのかい?なんだい?いびりかい?新入りには最初はガツンといっとかなきゃ!なんて古いタイプなのかい?」
こわいね~とポーはあたしにふってくる。
あたしは答える。
「ええ、こわいです。テイラー、あなたってそういう人だったの…?」
あたしはショック顔になる。
「いやいや!変わり身はやっ!昼間あんなに仲良くしたじゃん!」
テイラーが慌てて言ってくる。
「仲良くした結果がどろんこ遊びじゃね~」
透子さんが言った。お昼に帰ってきた時、服がどろだらけだったことを言っているのだ。
「ぐっ…!いやいや、ナナも楽しんでたし!な?」
「そう…だね…?」
「なんでためらいがちなんだよっ!」
「ナナちゃん、だいじょうぶ?変なことされなかった?」
ユッコさんがマジメくさい顔をして聞いてくる。テイラーが「変なことってなんだよ…」と小さい声で言っていた。
かわいそうに。テイラーはなにも悪くないのに。
「だいじょうぶです。テイラーはホントに親切にしてくれて、いきなり内蔵売られそうになったり、クマに二人乗りさせられたり、単純にこわがらせられたり…アレ?おかしいな、涙が…」
あたしは顔をおおった。
「ナナちゃん!よしよし!」
ポーがとなりに来て、あたしの頭をなでてくれる。そうしてから、キッ!とテイラーをにらんだ。完璧だ。
「おいおいおいおい!おかしいだろ!内蔵売ろうとしたのは透子だし、クマにはお前から乗ってただろー!」
「え~?勝手にナナちゃんに責任なすりつけてたのはテイラーじゃ~ん」
「テイラーひどい!」
あたしはポーのむねに抱きついた。たしかにクマには自分から乗った。反論のしようがないので、被害者ぶっといた。
ユッコさんと透子さんがちかくにきて、あたしのことを抱きしめてくれた。ヴィヴィもユッコさんに連れられて来てる。無敵だ。
「ええ~!一日目にしてめっちゃなじむじゃん!」
「わたしたち、仲良くやれそうね」
ユッコさんがニンマリ笑った。
ウンウン、とあたしたちはうなずきあった。テイラー以外。
「うぉおおおおお!クロエー!」
テイラーはクロエさんのおなかに頭からつっこんで、なぐさめてもらおうとした。
「アオー」
しかし、クロエさんはいやそうに顔をそむけて、テイラーの顔を肉球で押していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます